表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

ありがとう、ユメ




 オムライスを食べ終え、お腹いっぱいになったユメがすやすやと眠る横で、リュウは妹の頭を撫で、微笑んだ。



 食器を片付けようとしたリュウを制して、イチカとシンジは調理場に向かった。それは決して多くはない、羽瀬田兄妹の面会の時間を大切にしてあげようという、2人の心遣いであった。

 後片付けを終え、病室に戻ると、リュウもユメのベッドに上半身を預け、静かに寝息を立てていた。


(本当に天使みたいね)


 2人の寝顔を見つめながら、イチカは小さなため息を漏らした。


 ユメの病状をリュウに話すべきだろうか。リュウに、普段何をしているか問いただすべきだろうか。


 体が微かに震え、静かに眠る2人を見つめていると、シンジがイチカの肩を叩いた。彼は微笑み、リュウを抱きかかえると、隣の空きベッドに優しく寝かせ、そして布団をかけてやる。


「最後の瞬間まで、見守ってあげたらいいんじゃないかな」


 シンジの言葉にイチカは胸が熱くなるのを感じた。そして頷くと、眠るリュウの横に立ち、その短い黒髪を撫で、微笑んだ。






 早朝


 リュウは自分が病院のベッドで眠っている事に気付き、枕元に添えられた手紙をぼんやりと眺めた。


”ゆっくり休みなさい イチカ”


 可愛らしい猫の模様のメッセージカード。


(そうか、昨日ここで寝ちゃったのか)




 起き上がり、布団を綺麗に畳んでいると、病室の入り口に気配を感じた。




「リュウ、今日は少し早めに出る事になった」


 病室の前に立った黒服の男は冷たい視線をリュウに送った。

 その言葉にため息をつくと、リュウはユメの頭をそっと撫でた。




「お兄ちゃん…」


 リュウの手が驚き、一瞬揺れた。そっと触れたつもりが、起こしてしまったようだった。

 目を覚まし、目の前に兄の顔が映り笑顔になるユメ。しかし、その表情はすぐに曇った。リュウの横に、見た事のない男が立っていたのだ。


「その人、誰?」


 声が小さくなるユメ。リュウは自身の体が反射的に震えるのを必死に抑えつつ、妹の頭を撫でた。


「心配ないよ」




 

 黒服の男は、まるで無機質な機械のように感じられ、その視線にユメは一瞬体を震わせた。そしてリュウの精いっぱいの微笑は固く凍り付いているように、ユメには映った。



「お兄ちゃん、顔色が悪いよ。まだ、傷傷む?」


「大丈夫だよ。出かける前にユメの好きな絵本を読もうか」


 絞り出すような声に、兄が何かを恐れている事を察したユメは、少し目を閉じた後、笑顔を浮かべた。それを見てほっとしたリュウはベッドに腰かけ、ユメが大好きな妖精の物語の絵本を手に取り読み始める。


 その様子を黒服の男は、ただ静かに見つめていた。



(ユメはお兄ちゃんが心配…)



 ユメは、そう言いたかったが言う事が出来なかった。


 自分が病院で世話になっている事。兄が仕事をしている事はそれに関係している事を、ユメは薄々気が付いていた。だから、言えなかったのだ。看護婦のイチカにそれを打ち明けた時、彼女はこう言った。



「ユメちゃんの為にリュウ君が頑張っているなら、応援してあげる事よ。そして、帰ってきたときに笑顔でおかえりなさいって言ってあげるの」



 ユメはイチカのその言葉を聞いた時に思った。


 お兄ちゃんは自分の為に頑張っている。でも、自分は体が弱くて、ここで待っている事しかできない。

 だから、自分はいつも言ってあげるんだ



「ユメ、ここにいるね。お兄ちゃんが来るの、いつも待ってる」



 自分のいるところが、兄の…リュウの帰ってくる場所だと。そう伝えると、リュウの強張った表情が少し緩み、そして微笑を浮かべた。


 ユメも笑顔を向ける。大好きな兄が自分の為にしている事がいつか終わる事。そして無事に帰ってきてくれる事を、強く願った。







 



 病院を後にしながら、男は囁く。


「リュウ、君は強い。何も心配する事はないよ」


 自身の心の中で響く声が、再び響く。

 いつもは心が圧迫されるような苦しさを感じていたけど、その辛さはいつもより少ない。リュウはそう思った。


 ありがとう、ユメ


 素直に心の中で妹に語り掛ける。


 黒いリムジンが2人の前に停まった。そして中から響く、男の声。告げられた言葉に自分の役割を理解すると、リュウは車に乗り込んだ。


 軽く目を閉じたリュウは、深呼吸をした。

 そしてゆっくりと瞳を開く。


 彼の瞳は暗く深い闇を宿し、その表情は、まるで機械のように無機質なものに豹変した。



 それを合図に、リュウの思考は一切の刺激を遮断していく。


 それは、任務に向けて作られた、彼のもう一つの顔であった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ