【現代】蕾声優たち(齋藤みおの苦悩)
深夜1時を過ぎても、齋藤みおの部屋は灯りがついている。
机の上には「新!令和のお嬢様」の原作コミックスが何冊も積み上がっている。付箋だらけの台本を握りしめながら、齋藤みおは小さく息を吐いた。
「……難しい。」
ページの中では、薫子が男たちへ鋭い視線を向けていた。
「本当に汚らわしい。見るだけで背筋が凍りますわ。」
悪役令嬢のような台詞を言う薫子。読み進めるほど、齋藤みおは最初の薫子と今の薫子について違和感がでてくる。厳しい名門家系に生まれ、常に完璧であることを求められ、努力しても婚約者に裏切られた薫子。男性へ嫌味を言う場面も多いが、その裏では何度もトラウマに苦しめられている。
味方だった橋本も今はいない。
「……悪役っていうか、可哀想になる。」
齋藤みおはため息をつきながらページをめくる。
「人って1回イメージがつくと、そこから動けないから。だから私、悪役令嬢やりたいんだよね。」
川田真帆が言っていた。
打ち上げ帰りの深夜、みんなでファミレスにたどり着いた。真帆はドリンクバーのハーブティーを飲み、はっきり通る声でつぶやいた。
「主人公って、理解される側でしょう?でも悪役令嬢って、誰にも理解されないまま終わること多いじゃない。だから演じる人によって、全然違うキャラになると思うのよ。」
その時の齋藤みおには、真帆の言葉がよくわからなかった。ただハーブティーを選んでいることが、いつでも喉を大切にする真帆らしかった。
だが今は少しだけその意味がわかる。私も自分に挑戦したい。
スマホが震えた。
画面には、知らないアカウントからDMが届いていた。
嫌な予感がして通知を見ないようにしたが、ポップアップ機能で先頭の文章が見えてしまう。
『人の役奪って楽しい?』
みおの肩がびくりと跳ねる。さらに次々と通知が増えていく。
『前から狙ってたんでしょ』
『真帆ちゃん返して』
『タイミング良すぎ』
「……っ。」
みおはスマホを伏せた。わかっていた。川田真帆の代役になるということは、こういうことだ。
でも。
「……違うよ。」
誰もいない部屋で、みおは小さく呟く。
「私だって、真帆に戻ってきてほしい……。」
その時だった。
再びスマホが震える。今度はDMではない、非通知番号からの着信だった。
みおは息を止める。
深夜1時23分。
数秒迷ったあと、恐る恐る通話ボタンを押した。
「……はい。」
ノイズ混じりの沈黙。
そして。
「薫子役、似合わないね。」
低い声が、耳元で笑った。




