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お転婆姫、失踪

「──様……ライト様」


 どれだけ眠っていたのか。既に太陽が西に傾いた頃、レシアの声が聞こえた。少し焦っているようだ。


「……どうした」

「目を擦らないで下さい、目が悪くなります。それはそうと、ミカエル様が行方不明だという連絡がありました」


 覚醒しきらない眼を擦りながら問えば、怒られた。しかし、重要なのはそこではなく、その後に続けられた言葉だ。


「……何、なんて言った?」

「ミカエル様が脱走されたそうです。今朝、我々が見たのは脱走しようとしていた姫の姿だったようで。その後、昼過ぎに部屋に閉じこもったまま出て来られないことを不審に思った侍女が部屋に入ると、既に姿がなかったとのことです」


 そう言われて、今朝のことを思い出す。侍女に小言を言われている様子だったのは脱走を試みていたからのようだ。


(いや、普通、脱走するか…?)


 活発だと有名な令嬢ではあるが、深窓の姫君である筈の王弟公爵の娘が脱走なんて、何の冗談だとライトは眉を顰めた。

 深窓の姫君といえば、一日中部屋で詩を書いたり刺繍をしたりして過ごすものだ。近隣を散歩する時ですら侍女を何人も引き連れて行動するもので、侍女の目を盗んで部屋から出て行くなんて誰も想像しないだろう。


「……今、兄様の言葉を思い出した」


 あの令嬢の行動力は評価する、と異母兄が認めていたではないか。この脱走を行動力として評価できるかは別とするが。


「でも、脱走ってどうやって?」

「カーテンを使って窓から降りたようですね…しかし、どの門も通った形跡はありませんからまだ城内にいらっしゃるかと思いますが」


 どうやら、ヴェストの王族は男女を問わず窓からの出入りが好きらしい。

 思わず異母兄が出て行った窓を無言で捉えた俺は悪くない。


「……一応、様子を見に行くか」

「その前に食事を召しあがって下さい、ライト様」


 側近の言葉にライトは呆気に取られる。


 ねぇ、レシア。今、重大な事が起こっていると思うんだけど。


「何をするにでも食事は必要です」


 ライトの無言の抗議を、レシアは簡単に退ける。どうやら譲る気はないらしい。


 と言うか、無言でも言いたいことはわかるんだね。……うん、相変わらず有能な側近殿だよ。


 ライトは寝間着から着替え、バルコニーに出た。既に令嬢捜索隊が行動し始め、幾人もの衛兵が庭園内に見える。


「これなら俺が行く必要もないかな……そういえば、まだ公爵から返事ないのか?」

「えぇ、伝令から連絡はありませんが。姫君もすぐ見つかるでしょう、女性の足で王城を抜け出せる筈もありませんし」


 レシアは温め直したスープをライトに渡して庭園を一瞬だけ視界に映すと、部屋の隣にある簡易台所に戻って行った。


「……絶対、興味ないだろ」


 公爵の運河のことは気にしているみたいだけど、今起きている令嬢の一件は大して関心がなさそうなんだけど?


 清々しいほどに令嬢の一件に関心のない側近に、ライトは額に手を当てた。


 ねぇ、レシア、お前、結構人気なんだよ?心優しく美しい王子の側近って、お前だよね?……心優しいのも美しいのも否定しないし、間違ってはいないさ。時々腹黒さと冷酷さが見えた時に戦慄するだけで。


 レシアはバスケットと鍋をワゴンに乗せて戻って来た。テーブルに皿を並べ、鍋の蓋を開ける。鼻孔をくすぐる芳ばしい香りにライトの腹は大きな歓喜の声を上げた。


「どうぞお召し上がりください。行動するのはそれからです」


 大人しく席に座り、スプーンを手に取る。レシアが作った料理はいつでも美味しい。添え物の人参とピーマンは嫌いだが「残したら外には出しませんよ?」とレシアの目が、まさしく口程にものを言うので仕方なく口に放り込む。


「……ごちそうさま。やっぱり外で食べるよりレシアが作った方が旨いな」

「それは光栄です」


 礼儀正しくて合わせて礼を述べ、ライトは席を立った。


「さて、令嬢の捜索の進展状態を確認しに行くか」


 異母兄からの連絡を待っているだけでは暇なので、ライトは階下に降りた。長い王宮の廊下を抜け、庭園に出る。春を迎えて花の彩りが加わった庭園は夕日が傾いて昼間とは別の色合いを見せる。そんな中を武骨な衛兵たちが駆け回っていた。


「あ、あれは…ナイト殿か」


 紺色の服を纏った衛兵の中に一際若く、深緑色の服を纏った青年がいた。金色の髪の青年はライトに気付くと、駆け寄って来た。


「ご無沙汰しております、ライト王子殿下」


 ペリドット色の瞳が芽吹いたばかりの新芽を連想させる。すらりとした身体に端正な顔立ち。物語に登場する騎士のような気品のある姿で、ライトよりも余程、王子らしい。

 この絵に描いたような美男子はシャンディア侯爵家の跡取りであるナイト・フェインだ。彼の父親は正妃の兄にあたり、ルークの従弟である彼は将来、異母兄の右腕となるだろうと臣下からも期待されている青年である。


「お久しぶりです、ナイト殿。如何ですか?公爵令嬢の捜索状況は」

「目撃情報もなく難航していますが、まぁ、何れ見つかるでしょう…まったく、ノルデール公爵令嬢のお転婆にも困ったものです」


 やれやれ、と肩を竦めるナイトにライトは苦笑した。


「今回の捜索、ナイト殿が指揮を?」

「指揮と申しますか。王太子殿下のご命令通り、端から端まで探すように伝達しているだけです。どうやら北の区域にはいらっしゃらないようでして…」


 ヴェスト城は中央の宮殿〈麗鳥の館〉を真ん中にして東と西、そして北にそれぞれ宮殿がある。西の宮殿〈爛月の館〉にライトの私室があり、東の宮殿〈彩花の館〉はルークと正妃が生活している。そして、北の宮殿〈涼風の館〉に王弟の一家が住んでいるのだが、どうやら令嬢は生活区域を離れているらしい。


「城の外に出ている可能性は?」

「流石に、それはありないでしょう。いくらあのお転婆姫でも侍女を連れずに外出などありえません」


 ナイトは首を振って否定し、更に門番にも確認したと続けた。

 ライトも、まさかとは思っている。しかし、何の為に脱走しているのか分からなければ、探す範囲も絞れない。実際、今は王宮全体を対象にして人海戦術を行っているらしいが、衛兵を総動員しても日が沈むまでに見つかるだろうか。


 年頃の姫君が夜遅くまで──いや、昼間でもありえないが──一人で出歩くなんて考えられないけど、規格外の令嬢の行動を読むのは不可能に近い……人海戦術以外に手が打てないって状況だよね。あの令嬢にも困ったものだ。


「城中をくまなく探せば見つかるでしょう。殿下の宮殿までお邪魔しておりますが、ご容赦ください」

「えぇ、構いませんよ。私にもお手伝いできることがあれば、ご指示頂けると助かります」

「いえ、殿下のお手を煩わせる訳にはいきませんので」


 ナイトは恭しく退去の礼を取ると、衛兵たちの元へと戻って行った。衛兵から報告を受けて、また何か指示を出しているようだ。


「令嬢探しは断られてしまったことだし、どうしようか?」

「伝令ならそろそろ来てもおかしくありませんが…おっと、噂をすれば」


 レシアの視線の先には外套を羽織った男の姿があった。王太子付の伝令役だ。異母兄が執務をしている〈麗鳥の館〉に向かっていく。


「待つ?追う?……どうした、レシア」


 伝令に着いて行けば待ち時間は短縮されるだろう──と思ってレシアに問いかけたのだが、彼は非常に驚いた表情を浮かべた。


「ライト様がルーク様に呼ばれしていらっしゃらない状態で、かつ、この時間に自ら足を運ぼうとされていることに驚いています」

「あぁ、この時間はまだあの連中がうろうろしている時間だったな」


 レシアの指摘に、ライトは時計台を見上げた。丁度、執務時間が終わる頃だった。王太子の仕事が定時で終わることは滅多にないが、補佐を行う人間はそろそろ終業時間だ。今、異母兄の元へ向かったら間違いなく鉢合わせする。

 平民だった母親に対して、城に出入りする貴族は良い顔をしなかった。それはライトに向けられる目も同じで、ライト自身が「平民の女」から生まれた王の子として蔑まれているのは、彼等の態度を見れば明らかだった。


 ご丁寧にも「出来損ない」の王子というレッテル付だしね。まぁ、期待されていない分、油断は誘えるし、悪評なんて元より気にしない!でもね、わざわざ顔を見る気はないんだ。


「大人しく待っているか……レシア、時間潰しに森に行こう」


 ライトは上着を羽織って部屋を出た。

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