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消えない歴史と遺産2

 野盗を捕縛し、馬車の乗客の様子が落ち着いた。しかし、その場が一先ず収まった頃には、既にアルトの姿は無かった。あの場では立ち去るのがベストだろう。


「お怪我はありませんか、ライト様」

「これくらい平気だよ…さて、と。この男達はどうする?」


 緊張状態から解放された乗客達は早くこの場から離れたいと訴え、同じ馬車で野盗を連行するなんて冗談ではないと主張する。その中には誰一人、姿を消した青年のことを気にする者はいなかった。

 主の問いにレシアは「我々が残りましょう」と溜息を吐いて馬車から荷物を取り出す。御者に、街の警邏兵に連絡して貰うことにして、ライトとレシアはこのまま待つことにした。


「で、待っている間はどうする?レシア」

「この先には湖があったかと。少し散策でもしますか」


 野盗と剣を交えた後で、まるでピクニックにでも来たかのように提案する。縛り上げた盗賊たちは木に括り付けているので逃げられないだろう。


 ……レシアって、見た目によらず力が強いんだよね。彼らの骨が軋んだかな、まぁ、俺が知ったことではないけどさ。


「休憩か、丁度いい」

「水浴びは止めて下さいね」

「しないよ」


 暦の上での季節は春だが、まだ温かいとは言えない。この気温で水に入ったら風邪を引くだけでは済まないだろう。最悪、肺炎とかありそう。


「そう仰って、以前も森の動物を助けようとして落ちましたよね」

「あれは…まぁ、いいじゃないか。風邪も引かなかったし」


 じとっと信用のない目で睨まれ、ライトは視線を逸らした。

 数年前、枝から落ちたらしいリスが湖で溺れていたので、考えるより先に水の中に飛び込んで拾い上げたことがある。当時は夏だったから湖の畔で服を乾かせたが、時季が悪ければ高熱を出していただろう、と未だにレシアにねちねちと小言を言われるのだ。

 枝を掻き分けると、大きな湖が見える。きらきらと湖面が光り、近付くと湖の底が見えるほど透き通っている。緑色の絨毯のように広がる草原と、シロツメクサの花が咲いていて白い模様を描いている。


「綺麗な所だな…確か、この先の川はノルデール公爵が買い上げてるんだよな」


 湖から流れ出す水が川を作りだし、それが運河となる。森そのものは国のもの──すなわちヴェスト王のものだが、この先の川は王弟であるノルデール公爵の管理下にある。海運事業関係はほとんど王弟が牛耳っていると言えるだろう。


「正解です、ライト様。流石、ヴェストの地図は頭に入っておられますね」


 レシアはにっこりと微笑む。しかし、その言葉には含む所があるようだ。


「……伊達に脱走してないって?」


 ヴェストの地理は詳細に把握している。これは異母兄に散々地方へと派遣されたせいだが、それだけに留まらずライトは自ら各地を回っていたことも要因だ。


「ウィルバラス様のお話は話半分に聞くべきだと、メルディア様が仰っていたのに……何度も挑戦されれば、それは詳しくもなりますよね」


 ガイアルフェルーネ公爵がヴェストの各地について面白おかしく聞かせたせいで、ライトの冒険心が疼き、その話を確かめるべく何度も城を脱走した。


(すみませんね、遊びたい盛りなんだよ!)


 王子と雖もまだ十代の少年。未知なる冒険に心を躍らせて何が悪い!……などと思った頃が懐かしい。

 心躍るままに地方の視察に同行、更には勝手に探検。その結果、色々あった。ただ、確かなのは『心躍る』筈の物語の殆どが公爵の虚言だったということ。いや、事実に尾ひれがついたと言うべきだろうか。

 それは兎も角、その副産物としてヴェスト各地について詳しくなった。


 呆れられたけど、地方の人とは仲良くなったよなぁ。そういえば酒場の小父さん元気かなぁ。次は何処に……って、レシア!何で笑みを凄めるの!?


 レシアはニコニコと笑ってはいるが、それらの御蔭で彼自身が振り回されたことを忘れてはいないのだろう。ライトは返す言葉もなく、視線を逸らす。余計なことを言えば、過去の行動について説教が始まるだろうことが簡単に想像できた。


 あぁ、怖いな…うちの側近。その微笑みが優しい筈なのに悪寒がするよ。今日は水浴びしてないのに。


 湖の畔まで赴き、ライトは腰を下ろした。柔らかな緑の絨毯は心地よい。湖を覗いてみれば小魚が泳いでいる。不意に湖面に影ができて驚いたのか、魚は深い方へと逃げてしまった。

 魚を追いかけて視線を上げれば、湖の中心の方で小鳥が降り立って水浴びをしていた。


「……何だ、あれ」


 水鳥が降り立った場所とは別に水面が不自然に揺れていた。まるで水が何かを避けるように流れている。木々の死角に岩でもあるのだろうか。


「ライト様?あれは…」

「積荷を運んでるのかな?」


 川岸には小型の木造船が浮かんでいた。水夫らしい数人の男達が荷を運んでいる様だ。


「この辺りに停泊するということは、ヘーゼル男爵領に出入りする商人でしょうか」

「そうだろうな。港がないから河川を利用してヴェルア港まで運ぶんだろう」


 森を抜けた先にはヘーゼル男爵領がある。男爵との面識はないが、こうしてノルデール公爵の河川を使っているのだから、王家との関係は良好なのだろう。地方が安定していれば、こうしてライトが異母兄にパシリに使われることも少なくなる筈だ。


「……ヘーゼル男爵が、ですか」


 レシアの呟きが、何処か不穏さを纏う。顎を親指と人差し指で挟むように触れ、少し考え込むような仕草を見せる。


 実に、絵画向きな顔だよね。レシアの肖像画とか男女関係なく売れそう。……あぁ、そういえばうちの使用人達って美形が多いかも。侍女も騎士もレシアと並んでも見劣りしないし。


「どうかしたか?」

「ヘーゼル男爵がこの運河を使用する契約をしていたかと疑問に思いまして」


 レシアはその立場から国を管理する書類に目を通すことが多い。その中には国と領地を結ぶ契約事項も含まれている。

 唯一の側近はたまに駆り出されます。主人が王宮限定で出不精──王宮の人間嫌い──のため、あちらこちらに伝手や人脈があるのは寧ろレシアの方だったりする。実に有能です、うちの側近。たまに怖いけど。

 まぁ、それはさて置き。


「……レシアが目を通した書類にはなかったと?」


 ライトの側近となり、早十年余りの月日を過ごしたレシアが知らないとは珍しい事例である。勿論、レシアが知らない情報とてあるに違いない。寧ろ網羅していたら逆に怖い。


(しかし、関わっているのが最近噂のヘーゼル男爵か…)


 嫌な予感がして、ライトは大きな溜息を吐く。


「王都に行って、兄様に確認しよう」


 さて、吉と出るか凶と出るか。

 場合によってはまた地方にお出掛けですね。次こそは地域の名産物を食べよう。今度こそ、この雪辱を果たさねば!…って、あれ?ヘーゼル男爵の領地って、目立った名産物なくないか?ただ働きとか、御免なんだけど……そうも言ってられないかぁ。


 ライトがそんなことを考えていると、レシアが笑みを深めた。


 ねぇ、レシア、その笑顔が怖い。

 まさか、俺の思考読んでる?

 食べ物の恨みについてなら語るよ?

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