その七(最終回)
武骨な甲冑武者が、山犬の首をぶら下げて戻ってきた。
「犬童丸」
その首に月京は問い掛けた。太刀を抜きこそすれ、結界から出たのは首だけの犬童丸に脅威は無いと判断したからだろう。
「何故、お前は揚野村を憎む?」
「我を殺した」
「ほう。その恨みか。しかし、それはお前が悪さをしたからであろう?」
「否。我は何もしておらぬわ」
「では、何故だ。お前の物語りを聞かせてくれまいか」
「物好きな陰陽師め。よかろう……」
犬童丸は息も絶え絶えに語り出した。
まだ天下が太閤の御世であった頃。揚野村に一人の青年が訪れた。青年は猿楽師であり、京都へ向かう途中だった。
青年は美男子だった。自然、村の女に持て囃された。それを妬んだ男衆に暴行され、この黒毛山に捨てられた。
「男の嫉妬は怖いのう」
「我は目を覚ました。夜だった。何も見えぬ。が、暫くして、黄色く光る目が浮かび上がった」
「山犬か」
「我は、生きながら喰われた。腸を、腕を、足を。我が身が山犬に貪られる様を眺めながら、死んだのだ」
初めて聞く話だった。無理もない。大昔、太閤の御世の話。しかも、他所から養子入りした自分が知り得る事は無い、村の恥部である。
「なるほど。それは憎かろう、犬童丸」
「憎し」
「だが、安心しろ。お前を殺した男衆は皆死に絶えておる」
月京は犬童丸の前に片膝を付くと、その首を一つ撫でてやった。
「申し訳ない、犬童丸殿」
吉蔵は結界を出て、月京の傍らに並んだ。犬童丸の話を聞いたからか、不思議と恐怖は消え、哀れみだけが胸に残った。
「お前は?」
「私は、揚野の庄屋で吉蔵という者です」
「揚野の者か」
犬童丸が、最後の力を振り絞るように牙を剥いた。
「犬童丸殿、お待ち下され。あなたを殺した者は死んでおります。しかし、私は庄屋として謝りたい」
と、吉蔵はその場で平伏した。
「申し訳ない」
「憎し、憎しや……」
そう言いながらも、その目は獰猛な色から穏やかなものに変わり、そしてゆっくりと閉じた。
月京に腕を掴まれ、立つように促された。
「吉蔵殿。どうやら犬童丸は、殺された青年の怨念が山犬に乗り移ったものだったようだ」
「しかし、これで終わったのでしょうか」
「あとは、代官所でおぬしが証言してくれれば終わりだ」
そう言って一笑する月京を無視し、犬童丸の首に目を落とした。そこには乾いた白骨と化した山犬の頭蓋骨が転がっている。
(犬童丸殿の塚を建てよう)
そうやって祀れば、村への戒めと守り神になるであろうと、吉蔵は思った。
黒毛山の犬 了
「第一回 黒毛山の犬」を読んでいただき、ありがとうございます。
第一回のこのお話で、今後の進め方や妖鬼の在り方を描いたつもりです。
この作品がお気に召したならば、この先もお付き合いをお願いします。




