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月京妖し語り~風説百魔草紙~  作者: 筑前助広
第四回 開かずの魔
28/31

その八

 月京は、男を一人伴って上屋敷に現れた。

 夕暮れ時である。伴った男は若い武士で、厳原府中いずはらふちゅう藩士・鈴木庸蔵と名乗った。


「厳原府中ってあれかい? 対馬の」

「御名答。対馬の殿様とは、ちょっとした飲み友達でね。あそこは朝鮮とも繋がっているし、通詞を貸してくれと頼んだら、この鈴木を寄越してくれたんだ」

「へぇ。頼むぜ、鈴木さん。相手はちと面倒だが」


 鈴木は緊張気味に頷いた。生きている人間の通詞をするわけではないという事は、どうやら聞いているようだ。


「で、それが陰陽師の戦支度か」

「まぁね」


 五芒星の擦文すりもんが施された純白の褐衣かちえに、括袴くくりばかま。そして、頭には立烏帽子。腰には太刀を佩いている。


「だが、今回は戦をする気はないよ」

「ほう。相手が女だからか?」

「どうだろうな。兎角、話を聞いてあげるだけさ」

「それだけか」

「ああ、それだけさ」


 それであの女を祓えるのか? そう思ったが、ここは月京に任せるしかない。餅は餅屋というものだ。

 日が暮れ、夜になった。

 蔵。その前で、三人して酒を飲んで待った。酒は屋敷で準備した聚楽酒。肴は干した烏賊である。

 月京は平然と飲んでいる。鈴木の盃は重く、かく言う自分も平然を装ってはいるが、緊張はしていた。

 それを見透かして、


「ふふふ。そう固くなるな」


 と、月京は笑った。


「人間と妖鬼。命があるか否かだけで、余り変わらんさ」

「そう言えるのは、お前が玄人だからだ。俺や鈴木さんの様な素人には、その境地は無理ってもんだ」

「帯刀。例えば、赤の他人に突然馬糞を投げられたらどうする?」

「そりゃ、怒る」

「妖鬼も同じさ。失礼な事をすれば怒り、人を襲う」

「何もしなくても、人間とみりゃ見境なく襲って来る妖鬼もいるんじゃねぇのかい?」

「いるね」

「ほら」

「だが、それは人間も同じだろう。自分の欲望の為に、盗み・犯し・殺す。そうした賊を懲らしめる為に武士がいるように、そうした妖鬼を懲らしめる為に、俺がいる」

「だからって、俺にはまだ納得出来んなぁ」

「何事も経験だな、経験」


 暫く盃を交わしていると、女の泣き声が聞こえて来た。

 三人は顔を見合わせると頷き、蔵の中に入った。

 淡く蒼い光。その中に、女は立っていた。下を向き、顔を抑えて泣いている。


「間違いありません」


 と、鈴木が呟いた。


「あの着物は朝鮮のものです」

「やはりそうか」


 月京は頷き、帯刀に顔を向けた。


「帯刀は此処で待っていてくれ」

「何故?」

「相手は花も恥じらう乙女。野郎三人で行ったんじゃ、驚いて話もしてくれぬだろうよ」

「おいおい相手は、うん百歳な妖鬼だろう?」

「妖鬼でも女さ」


 月京は微笑み、鈴木を伴い女に近付いた。

 一言二言ほど言葉を交わした後、三人は腰を下ろし、じっくりと話し込んだ。

 帯刀は、ただその様子を眺めるしかなかった。聞こえてくるのは、聞き慣れぬ朝鮮語だけである。月京は鈴木に耳打ちをするので、何と話しているのか全く分からない。

 四半刻後、三人は立ち上がると、月京が手招きをした。


「何でぇい。俺を除け者にしやがって」

「そう拗ねるな。それよりこれからがお前の出番だ」

「俺の?」

「力仕事さ」


 と、月京は女の足元を指さした。地面は三和土たたきだが、その部分だけが妙に色が違う。


「此処を壊せと?」

「槌も用意している」


 いつの間にか、月京の手には大きな木槌が握られていた。


「それも陰陽術ってわけか」

「便利なもんでね」

「しゃらくせぇ」


 帯刀は、城門すら壊せそうな木槌を構え、三和土目掛けて何度か打ち据えた。

 三和土がひび割れ、その隙間から赤土や砂利が舞う。更に打ち据えると、そこには大きな扉が現れた。

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