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月京妖し語り~風説百魔草紙~  作者: 筑前助広
第四回 開かずの魔
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その九

「これだな」


 月京が言うと、朝鮮女が何やら呟いた。


「左様でございます」


 と、鈴木が間髪入れず訳した。

 三和土から現れた扉は鉄製で、更に呪符で封印されている。


「何やら禍々しいな」


 肩で息をしている帯刀が、汗を拭いながら言った。


「並みの封印ではないな、これは。強力だ」

「どうする?」

「どうするって、このまま帰れぬだろう」


 月京が楽しそうに嗤《わら》った。そして下がるように命じた。


「てっきり、扉を開けろと言われるかと思ったぜ」

「助っ人を呼んでる」


 すると、水干の男と背の高い甲冑武者が蔵に入って来た。

 水干の男は櫛橋邸で見た、執事の藤九郎だ。甲冑武者は、初めて見る。褌一丁の素肌の上に、漆黒の鎧。半月を描いた凛々しい兜を被り、顔は面頬で隠されているが、野太い眉と大きな目だけは確認する事が出来た。

 異装だ。この泰平のご時世に、甲冑を纏う者などいない。この状況でなければ、大いに笑い飛ばしていた所だ。


「あの甲冑武者が、お前の式鬼って奴かい?」

「さて、どうかな」

「答えねぇのか?」

「その問いは無粋だね」


 月京は質問を躱すと、鈴木に目を向けた。


「大丈夫か?」

「え、ええ」

「気をしっかり持てよ。妖鬼は、人の弱気を巧妙に嗅ぎ分ける」

「大丈夫です」


 そう返事をしたものの、鈴木の表情は硬い。

 月京が二人に扉の取っ手を持つように命じると、何やら右手人差し指を口の前で立て、呪文を唱え始めた。

 その言葉の意味は分からない。しかし、呪符は風もないのに大きく揺れ出していた。そして、勢いよく弾け飛んだ時、


「今だ」


 と、月京が叫んだ。

 藤九郎と甲冑武者が、扉を引き開ける。錆。軋む音。少しずつ開いていくと、硫黄臭とも腐臭とも表現できぬ悪臭が吹き上げて来た。


「瘴気だ。吸い過ぎるなよ」


 そう月京に言われ、帯刀は慌てて鼻を塞いだ。鈴木は目すら閉じているが、朝鮮女は平然としている。人間ではないのだ。瘴気など慣れたものだろう。一方の月京は、扇を広げ口を隠している程度だ。


「気を付けろ」


 月京が言った。


「どうした?」

「罠を仕掛けてやがった」


 扉が全て開いた、その刹那だった。

 赤い肌で野太い腕が扉の奥から伸びるやいなや、側にいた藤九郎を掴み上げたのだ。

 掴んだ手に、力が入る。骨が軋み、折れる嫌な音が蔵の中に響く。そして目・鼻・耳・口から血が噴き出し、藤九郎の身体は開いた扉の奥へと腕と共に消えた。


「藤九郎」


 咄嗟に軍荼利左文字に手を伸ばし、前に出ようとしたが、それを月京が右手を出して止めた。


「帯刀、妖鬼退治は俺の領分だ。手出しは無用」

「餅は餅屋か」


 月京は頷き、甲冑武者を一瞥した。


「太兵衛。始末して来い」

「御意」


 低く呻くような声で太兵衛という名の甲冑武者は頷き、その身形《なり》から想像出来ぬ身軽さで、扉の奥へ飛び込んだ。


「月京よ。あいつで大丈夫なのか?」


 帯刀が月京に歩み寄って耳打ちした。鈴木は相変わらず、目を閉じて耳を塞いでいる。朝鮮女は無表情で突っ立っている。


「九割はな」

「藤九郎には悪い事をした。葬式諸々は夜須《うち》が持つぜ」

「気にするな。三日もすれば、また元気に元通りだ」

「どういう事だ」


 月京がほくそ笑んだ。


「扉を開く時に言ったろう? 『人間じゃ無理』だと。つまりそういう事だ」


 式鬼か。あんな歳を重ねた小男が式鬼だとは思えないが、月京が言うのだからそうなのだろう。


「お、おおお」


 不意に、足元が揺れた。それは地震のような、下から突き上げてくる揺れで、それは一頻《ひとしき》り続いた。


「と、止まった」


 腰を抜かした鈴木が言った。まだ目を閉じ、鼻を摘まんでいる。それを見て、月京は瘴気は止んだ事を告げた。


「心配無用。太兵衛が暴れていただけだ。それに、もう終わった」


 太兵衛と呼ばれた甲冑武者が、一躍して地下室から出て来た。

 全身に返り血を浴び、左手には短刀。そして右手には、その刀で掻き獲ったであろう生首。しかし、人の首《もの》ではない。肌は赤く、目の数は左右に二つずつ。更に額には、角のような瘤があった。


「鬼か」

「そうだ。鬼は誇り高い妖鬼。姓名だけでなく諱まで名乗り、無暗に人間を襲わない。自らを高尚な者と自認しているからな。下等な人間は相手にせぬのだ。それがこの地下に罠として捕らえられて、封印を破る者を襲うように仕掛けられていた。どうやら、これを作った奴は強力な術者だな。そして下衆《げす》でもある」

「それだけの事情があるって事か」

「そうみたいだな。どうだ、下に行くか?」

「勿論」

「怖くないのか?」

「滅多に見れねぇものだ。勿体ねぇよ」

「よかろう」


 灯りを手に、下に降りた。

 先頭は月京で、次に朝鮮女。帯刀の後ろにまだ震えている鈴木だった。太兵衛は上で待っている。

 まず、藤九郎や鬼の骸を探した。しかし、何もない。ただ埃っぽいだけだ。


「おい、来てみろ」


 月京が帯刀を呼び、灯りを翳した。

 そこには、白骨化した骸骨が横たわっていた。


「酷いな、こりゃ」


 帯刀は、思わず声を出していた。

 その骸骨の両手両足、そして首に禍々しい鎖と枷で戒められ、それが壁に繋がれていたのだ。何がどうして、このような事をしなければならないのか。


「人間って、怖いですね」


 鈴木が言った。


「ここまでするって、激しい憎しみがあるからでしょう。妖鬼にも驚きましたが、私はこの光景の方が恐ろしく思えます」


 月京が鈴木に顔を向け、軽く笑んだ。


「その通りだ」


 と、答えたかのような笑みだった。

 それから鎖を外した。もう錆びて腐食し、簡単に断ち切る事が出来た。


「カムサハムニダ」


 ふと、朝鮮女が口を開いた。両眼には大粒の涙を浮かべている。が、それは今までの涙と種類が違う。何故か帯刀は、そう感じた。


「ナヌン イジェ トラガムニダ」


 すぐに鈴木が訳す。故郷に帰るそうだ。月京が頷く。朝鮮女の身体が淡い光を放ち、薄くなっていく。その顔は穏やかで、美しくもある。


「おい」


 帯刀は何か思いついたように、名を訊けと鈴木を小突いた。


「キダリョ! ソンハミ オットケテセヨ?」


 すると、女は涙を一筋零した後、


「ソヨン」


 と、微笑みながら消えた。

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