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邪神  作者: 霧島樹


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105/110

105「啓示」

 聖都ルヴァンシアに着いてから、三年後。

 リオナンドが千を超える人数の聖衛騎士団を壊滅させた衝撃は時の流れと共に薄れ、教会本部でも死神への警戒は次第に形骸化していった。


 四六時中、いつまでも終わりなく警戒し続けられる人間はいない。

 それは人間が構成する組織も同様である。

 三年という歳月は忘却を呼び、組織を緩め、油断を生む。

 その油断が、刈り取りの合図となった。


 リオナンドはその頃、死神殺し計画に加担した三名の大司教全員の居場所を突き止めていた。いずれも教会内に強い影響力を持ち、当時の穏健派と呼ばれる大司教たちが次々と失脚した際、代わりに台頭した過激派と呼ばれる派閥の者たちである。


 そしてある新月の夜。

 目標となる一人目の大司教は自宅の書斎で死の床を迎え、二人目は聖堂の祈祷室で事切れ、三人目は愛人宅の寝台で息を引き取った。

 共通していたのは、いずれの遺体も一切の損傷がなかったこと。


 一晩のうちに目的を達した死神、リオナンドは夜が明ける前に聖都を出る。

 だが、完璧に思えた復讐劇の幕引きは、想定外の乱入によって歪められた。


「おぬし、死神か」


 聖都を出てしばらく歩いた街道に、奴はいた。

 聖衛騎士とは異なる、重厚な白銀の鎧に身を包んだ初老の男性。

 聖国に十二人しかいない聖騎士のひとり。


 そこで待ち伏せしていたのは十二聖の序列一位。

 聖国最強の聖騎士とされるガラト・ヴァルクだった。


「何を仰っているのか、よくわかりませんね。ボクはただの旅人ですよ」


「祈りを忘れた者に神は語らぬ。それでも、声は届いておるはずだ」


「…………何が、言いたいんですか?」


 リオナンドが拳を強く握り締める。

 俺にはまったく意味がわからなかったが、リオナンドが激しい怒りを覚えているということは、聖書に由来する言葉なのだろうか。

 

 聖騎士ガラト・ヴァルク。彼には数々の伝説があるらしい。

『ひとりで魔物の大群を滅ぼした』『剣を抜かずに敵国の兵を降伏させた』『歩いた大地から泉が湧いた』など、それらがすべて本当なら現代の神話である、死神にすら匹敵する伝説だ。


 だが、それらを実際に目撃した者は誰ひとりとして現存せず、記録は曖昧で矛盾に満ちている。

 あまりに出来すぎた逸話。神懸かりすぎた奇跡。

 いつしか人々は、彼の伝説をおとぎ話と同様のものとして捉えるようになっていたという。


 つまり教会が神の威光を誇示するために仕立てた象徴。

 教会が作り上げた政治的プロパガンダの偉人。

 それが各国のみならず、聖国内でも通説となっていた。


 実際、ガラトは何十年もの間、誰とも戦っていないという。

 戦いといえば、高位の司祭と各国を回り、神の教えを広める中でたまに遭遇する弱い魔物を討伐するだけ。

 たとえ訓練ですら、人との戦いを殊更に避ける。

 聖都に戻れば、教会の聖堂で静かに祈りを捧げる日々。


 だが、リオナンドの前に立つガラトからは、単なる教会の象徴だとは思えない異様な魂の波動が感じられた。

 一度オベライという前例と相対したからこそわかる。

 この男は邪神()に、届き得る力を持つ人間だと。


「ひとつ聞かせてください。あなたは、どうしてここに?」


 奴と戦ってはならないと直感で理解したのだろう。

 リオナンドはガラトに理由を問い、会話で時間を稼ぎながら、周囲の森に視線を走らせる。


「導きにより」


「はは……あなたには、神の声が聞こえたとでも? 神がボクを殺せって?」


「神は沈黙される。それでも信じて歩む者には、風すら啓示となる」


「聖書の言葉はうんざりですよ。それとも、まさか本当に風の啓示を受けたとでも言うんですか? そんなものを根拠にボクを殺そうと?」


「光は闇を裂き、闇はまた光に形を与える。儂はただ、その狭間に立つのみ」


「……どうやら話が通じないみたいですね。正気の沙汰じゃない」


 ゆっくりと後ずさるリオナンドに向けて、ガラトが腰の長剣を抜き構える。

 ガラトの声は穏やかだったが、その言葉には揺るぎない敵意があった。


「月を背にして歩む者よ。おぬしは、夜を照らす覚悟があるか?」


 次の瞬間、ガラトの姿が消えた。

 リオナンドが気配を察して振り返ると、既にガラトの剣がリオナンドの首筋に迫っていた。


 間一髪で身を捻り、刃を避けるリオナンド。

 だが、ガラトの攻撃はそれだけでは終わらない。

 返す刃が今度は胴を狙う。更に追撃の突きが心臓を貫こうとする。

 

 リオナンドは金属製の杖を盾に攻撃を受け、回避し続けるが、反撃の機会を見つけることができない。

 ガラトの接近と同時に、リオナンドは最速でソウルスティールを発動していたが、不可視の力は奴に届く直前で霧散していた。


 オベライの時と同じ……いや、状況はあの時より遥かに悪い。

 ガラトはソウルスティールが効かないうえに、聖騎士クロードよりも遥かに強かった。


 ガラトの剣技は老練で隙がない。

 こちらの動きを完璧に読んでいるのではないかとさえ思える。

 長年の経験に裏打ちされているであろうその剣は、リオナンドの超人的な身体能力と天性の戦闘センスをもってしても、完全には対処しきれなかった。


 頬に、腕に、脚に、浅い傷が刻まれていく。

 治癒聖術を発動させる間すら一切ない。


 このままでは確実に敗北する。

 そう悟ったリオナンドは撤退を選択した。

 非常時のため用意していた煙玉を地面に投げつけ、その隙に街道を駆け出す。


 しかし、ガラトの追跡は執拗だった。

 リオナンドの脚力をもってしても、完全に振り切ることはできない。

 森を抜け、川を渡り、崖を下り――それでもガラトは諦めることなく追い続ける。


 しかも逃走の途中、リオナンドが積み重なった傷を癒すため、自らに治癒聖術を施そうとした時、驚くべき事実が発覚した。

 ガラトにつけられた傷は、リオナンドの治癒聖術で癒すことができなかったのだ。リオナンドはその事実にひどく動揺していた。


「ま、まさか、そんな……本当に、神の……」


『しっかりしろリオナンド! それは傷に残留したガラトの力が、キミの治癒聖術に干渉しているだけだ! 神などいないと言ったのはキミだろう!』


 リオナンドは俺の言葉に目を見開いた後、すぐ険しい顔で首を横に振って呟いた。


「……そうだ、そうだった。ボクは、何を……神なんて、存在しないのに」


 揺れる思考を力ずくで断ち切るように、再び駆け出す。

 リオナンドにもう迷いはなかった。


 だが積み重なった傷や疲労が治癒聖術なしで癒えるはずもなく。

 脚はもはや言うことを聞かず、視界は霞み、呼吸は焼けつくように熱い。


 やがて、聖都に最も近い街、サリアの外れに流れる大河まで逃げ延びた時、リオナンドの体力は限界に達していた。


 そしてその川岸に辿り着いた瞬間。

 白銀の閃光が、背後から疾風のように襲いかかる。

 咄嗟に身を捻って躱したはずの一撃は、左肩から斜めにリオナンドの胸を斬りつけた。


「ぐっ……!」


 膝が砕け、斬られた胸から血が噴き出す。

 息を吸うたび、リオナンドの魂が苦痛に悲鳴を上げる。

 目の前には、ガラトが止めの剣を振り上げる姿が見えた。


 リオナンドは最後の力を振り絞り、背後に向かって飛ぶ。

 自ら大河へと身を投げたリオナンドの耳にドボォ、と鈍く湿った水音が聞こえてきた。


 水面に叩きつけられた衝撃で全身の骨が軋み、冷たい水が肺に入ってくる。

 そして治癒聖術を試す余裕すらなく、リオナンドの意識は遠のいていった。

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