三話 王は――
寝室にあっても、王はフードを取らない。
誰も信じず姿を隠した邪悪こそが、圧政たる王の証だからだ。
それに、こうしていれば、見たくもない自分の姿を見ずに済む。
王にとって寝るというのは、特別なことだった。
寝ていれば、何も考えずに済むから。
このまま寝ている時に襲われたら、きっと楽に死ねる。
もしかしたら殺されたことさえ気づかず、微睡のままあの世に旅立てるかもしれない。
そんな夢を見てしまう。
そんなこと――許されるわけがないのに。
楽に死ねるなど、願うことさえ許されない。
お前は邪悪な王とし、民衆の受けた苦しみをその一身に背負い罰せられ、怒声と投石の中死なねばならない。
その戒めがあるからこそ、王が深く眠る日はこない。
だから――すぐに気づいた。
その、荒い足音に。
そして――。
「ここか! 俺の知的な筋肉がここだと叫んでいる!」
叫びと共に、乱暴にドアが開け放たれる。
ただし――隣である書斎の。
「……ドアを見れば一目でわかるだろうに……何故そっちを開けた……」
王は呆れ口調で溜息を吐き、ベッドから起き上がり彼を待つ。
出来たら、他の人が良かったけど。
「さあ、来たぞ王よ!」
あれから三度くらい違う扉を開け放った癖に、アデクは何事もなかったかのように叫ぶ。
大声で人が来るかもなんてこと、考えてさえいない様子だった。
その様子に王はあきれ果てていた。
「……はぁ。まあ、良いだろう。牢から抜け出し、ここまで来たのだ。貴様にはその権利がある」
「権利だと? 何の権利だ?」
「無論、余を殺す権利だ。貴様そのために、邪悪な王を打ち倒すために現れたのだろう?」
外見はともかく、城に乗り込み、兵士を誰も殺さずに、牢を脱出し寝室まで来たのだ。
それは十分、英雄と呼ぶ資格があるだろう。
外見はともかく。
ちょっと、ほんのちょっとだけ、『自分の処刑の後こいつ死んだ方が国のためになるんじゃ……』と思わずにはいられないが。
王は立ち上がり、アデクの前に立つ。
そして両手を広げた。
好きにしろと言わんばかりに。
だが……。
「俺は王を殺すつもりはない。そもそも、そのような必要さえない」
王の身体から、殺気が漂う。
フード越しでもわかるほどの憎しみが、敵意が、怒りがアデクを襲った。
それでも、アデクは怯むこともなくその場に立つ。
むしろ、憎しみを浴びることこそがその目的とばかりに。
「王よ! 俺は『非力』な『知恵者』であったが、都会の考えにはついていけない。わからないことばかりだ!」
「そうか。余は今日だけで二つの言葉の意味を見失ったぞ」
「学びがあったのなら良かった! だが、俺は大切なことを知っている!」
「それは何だ?」
「楽な仕事などこの世にはないということだ!」
「貴様は一体……何の話をしているんだ?」
「王の話だ! 王は確かに邪悪かもしれない。けれど、王である。国に対しての最大の奉仕者だ! 敬意に値するほどの!」
「――ふざけるな。ふざけるな! 何が敬意だ! 何が奉仕者だ! 余は己以外すべてを糧とし生きる邪悪であるぞ! 貴様が、貴様程度が余のことを、わかるはずが……」
「ああ! 俺は王の仕事も、王の苦しみも知らない! だから教えてくれ!」
「――は?」
「語りあおう! 互いを知るために! そのために、俺はここに来た!」
ひ弱なアデクは、いつも知恵と勇気で状況を打開してきた。
その二つがアデクにとっては心の支え。
いわば左右そろった胸筋である。
けれどもう一つ、アデクには武器があった。
その手は誰かに差し伸べるため。
その身体は誰かを助けるため
アデク最後の武器は――『愛』だった。
「王よ。俺は王を愛するために来たのだ」
「あ、ああああああ、愛!? いや本当に何の話!?」
「愛の話だ! 王が邪悪なのは、きっと愛を知らぬからである! ならば、俺はその圧政に愛で立ち向かう! この命尽きるまで、君を離さないと!」
そうしてアデクは王を強引に、強く抱きしめた。
王に殺されるその時まで、王を愛していたと伝えるために。
そう、十分だった。
矮小で非力ならがらも王を最後まで愛した男が居た。
そう王が記憶の片隅に遺してくれたなら、目的を果たしたとあの世で胸を張ることが出来た。
だから、ただ願う。
王に民を思う優しい王になって欲しいと――。
けれど、いつまで立っても王が刃を取る気配はない。
それどころか、腕の中で王は小さく震えていた。
ふにょんと柔らかい感触が、アデクの身体に伝わる。
フードやマントで誤魔化しているが、思った以上に小さく、小柄だった。
フードがズレ、王の顔が露わとなる。
そこでようやくだった。
アデクは己の勘違いに、最大の過ちに気づいたのは。
王は、ひどく赤面していた。
ありがとうございました。




