一話 貧民と王
アデクの嘆きは、空を震わせた。
アデクだけではない。
嘆きは、村の声だった。
耐えて来た。
小さな農村は貧しさに必死に耐え、皆で生き抜いてきた。
誰にも迷惑をかけず、苦難に耐え続けた。
その結果が、『廃村』の二文字。
国は、通達一つで、すべてを終わらせた。
ただ静かに暮らすことさえ許さずに。
嘆きが絶望へと至り、怒りを呼び、恨みを生む。
彼らの目から零れる涙と共に、善良たる正義も零れ落ちていく。
隣人たちは、悲しみからその愛さえ見失っていた。
だからアデクは、決めた。
「俺が行く」
村人たちは皆驚き、アデクを止める。
アデクは村一番の知恵者であると同時に気の弱い男だ。
そんな彼に険しい旅など、そしてその果てに王と向き合うなど出来ようはずもない。
けれど村人の決死の説得も空しく、アデクの決意が変わることはなかった。
「俺が――王を正す」
愛すべき隣人たちが血で染まること。
それだけは、アデクは我慢ならなかった。
玉座に一人、王が待つ。
邪知暴虐と謳われ、人を愛せぬ王は、常に孤独。
王は誰も信じない。
だから、玉座の間にさえ兵士を入れない。
否。それどころか、誰一人王の御尊顔を見た者はいなかった。
常にフードとマントで顔を覆い、自分の個人情報は声以外すべて伏す。
風呂に侍従を入れず、跡継ぎどころか妃さえいないまま数年。
そう……王の姿を見た者は、誰もいない。
その悍ましき姿を見た者は、生きていることを後悔するような責め苦を味わわされた上で八つ裂きに会い、獣に肉まで食われる。
そんな噂ばかりが広がり、そして王もそれを否定しない。
そんな王だから、城は常に静まり返っていた。
今日も一人、王は待っていた。――己を討ち果たす、勇者が現れるのを。
王が誰よりも、己が王に相応しくない存在であると――『偽りの王』であると理解していた。
そして偽りの王が為すべき使命は、『正しい王に殺されること』なのも。
だから王は待っていた。
勇者を、英雄を、正義を。
次の国王に相応しき男が己を殺に来るのを、今日までずっと待って――。
「へ、陛下! 大変です!」
「何用だ? ここに立ち入るとは?」
鋭い殺気を浴び、兵の身体は竦む。
それでも、兵は立ち去る訳にはいかず要件を口にした。
「こ、この蓮深城に狼藉を……いえ、侵入者が現れました!」
「……状況は? どれほどの規模でどのくらい被害が出た?」
「賊は単身! なれど強靭にて我らを退けまっすぐこちらに向かっております! 御身をお狙いです! お逃げ下さい!」
「っ! ――ならぬ! 兵たちの被害はどうなっておる? 死者はどのくらい出た?」
「幸いなことに死者はおろか重度の負傷を負った者もおりませぬ!」
「幸い……だと? 貴様の頭は飾りか?」
「えっ?」
「貴様らがそのような温い兵でないことは、自身でわかっているだろうに……」
「へ、陛下? 何かおっしゃいましたか?」
「――何でもない! 余のことは気にせずとも良い。貴様も持ち場に戻れ。これは王命である」
「……は、はっ! どうかご無事で!」
願うように頭を垂れ、兵はその場を後にする。
「忠節、見事である。まったくもって、私にはもったいない」
苦笑しつつ、王は静かに息を吐いた。
そう――ようやく来た。
自分を正す、勇者が。
王を殺す男が。
もう僅かと思うと、期待で心臓が痛くなる。
王は身体が震えあがりそうになるのを必死に堪えながら、暴虐の王として、玉座に座り続けた。
幾人もの兵を薙ぎ払い、刃に晒されながらも引かず、一人の男は、何も持たぬ無力な民アデクは、とうとう王の元にたどり着いた。
アデクは叫ぶ。
「王よ! 王はここに居るか!」
「余はここに居るぞ! 愚かな民よ」
玉座にて堂々と待つ王は答え、アデクを見た。
覇道を突き進む偉大なる男の、その姿を拝まんと。
けれど、王は即座に目を反らした。
男は――全裸だった。
見上げるような背丈をした、筋骨隆々の男は、「むんっ!」と両腕に力を入れ、ポージングを決めていた。
つまり……。
「へ、変態だー!?」
王は叫んだ。
それは生まれて初めての、心からの叫びだった。
「なにっ!? どこだ!? どこに変態が居る!?」
「お前だよ! どこの世界に全裸で玉座に現れる馬鹿が居るというのだ!?」
「全裸じゃない」
「……えっ?」
「ちゃんと、パンツを履いている」
それは、きわっきわのブーメランだった。
「王の言いたいこともわかる。だが、聞いて欲しい。ここまで来た、民の声を」
真剣なアデクの様子に王ははっと我に返る。
「兵の争いで服を破かれたか……いや、余の暴虐によって貧しく服が買えなかったか」
「ん? いや、そういう事情はないぞ? 単純に俺、服を着るとサブイボ立つんだ。後すぐ破れるし」
「浅すぎるわ! そんな浅い事情を聴かせるために余の前に立ったのか!?」
「いや、これは変態という汚名をすすぐための弁明だ。聞かせるべく言葉はこれからとなる」
「すすげてるのだろうか……」
神妙な面持ちで語りながらも、アデクは何度もポージングを変え筋肉を見せつけてくる。
これでは弁明というか、変態の自白でしかない。
「ま、まあ良い。戯れ変わりに聞いてやろう。貴様の言い分を」
「我が名はアデク! ヤツラギ村の廃村について意義を唱えに来た! 何故我が村を潰さねばならなかったのか!?」
「……そんな村余は知らんな。そもそも、知る価値もない」
「なにっ? どういうことだ!? 村とは終の棲家。我らが心のオアシス。村なくして人は生きることが――」
アデクは色々と言っているのだが、王は話の内容がほとんど耳に入っていない。
申し訳ない話だが、全裸男がポージングを取りながら真面目な話をされても頭に入るわけがなかった。
わかったのは、己の悪政にて村が滅んで、それの抗議に来たこと。
それだけだった。
「い、いちいち村の一つ二つでうじうじと。大体田舎村など、今年だけで両手の指で数え切れんほど潰したわ」
「なんだと……なんと……なんと酷いことを……」
義憤に駆られ、慄くアデク。
ついでに筋肉も震えている。
出来るだけ見ないよう顔を反らし続けているのに、視界の恥に筋肉が映って気持ちが全く落ち着かなかった。
(落ち着け。冷静になれ……)
そう――冷静にならなければならない。
暴虐なる王を打ち倒し、正しき王が生まれる瞬間。
この歴史の転換期を正しく行うために、王は恥を忍んで生きて来たのだ。
だから王は、『次なる王となる男アデク』を正面よりまっすぐ見つめ――。
(あ、これ駄目だ)
ぽきりと、心が折れた。
必死に何とか帳尻合わせをしようと頑張っていた心の天秤が『変態』にばたんと傾き『未来の王』がとっかに飛んでいく。
そう、冷静に考えろ。
露出狂が、王になって良いわけがない。
「兵共よ! この変態をひっ捕らえよ!」
王が叫ぶと、待機していた兵が一斉に飛び掛かり、ロープでぐるぐる巻きにしてそのまま連れていった。
「……あの……所業は王への反逆罪で、よろしいでしょうか?」
兵は不安そうな表情で王に尋ねた。
「あー……わいせつ罪にしておけ」
「……即日釈放となりますが、よろしいので?」
「あれを反逆者にしてみろ。余と兵たちの格が落ちる」
その言葉に、兵たちは異論がなかった。
まったくもってその通りだと、妙に暑苦しい筋肉質な男を連行しながら思った。
ありがとうございました。




