EP 9
「機械蟲の強襲と、女神のフラッシュ」
ジジジジジジジッ……!!
空を黒く染め上げるような不気味な羽音が、ポポロ村の静寂を完全に引き裂いた。
ガシャァァァッ!!
『ルナキン・ポポロ支店』の強化ガラスが、弾丸のように突っ込んできた黒い影によって粉々に砕け散る。
店内に転がり込んできたのは、全長一メートルほどの巨大なハエ――全身を鈍く光る金属装甲で覆われた『死蝿型』の死蟲機だった。
「キャァァァッ!?」
「ヒィッ! なんだこいつら、魔獣じゃねぇぞ!?」
食事を楽しんでいた農家や自警団の男たちがパニックに陥る。
死蝿型はギチギチと機械的な顎を鳴らし、最も近くにいた自警団の男に飛びかかろうとした。
「私の前で、食事の邪魔はさせないよッ!」
銀色の閃光が、店内の空間を切り裂いた。
ビアラだ。彼女は超音速の踏み込みで死蝿型の側面に回り込むと、紫電を纏った『真・雷光トンファー』を叩き込んだ。
「『月影流 破衝撃・紫電』!!」
ドゴォォォンッ!!
トンファーの打撃が装甲に触れた瞬間、紫色の雷と銀の闘気が内部へと浸透。死蝿型は悲鳴を上げる間もなく、内側から金属パーツを撒き散らして爆散した。
「すごい装甲……! 今までのトンファーなら、逆にこっちの手首が折れてたかも」
「だが、数が多すぎるぜ! 表に出ろ!」
ネギオが口から葉巻の煙を吐き出しながら、左腕の『ネギカリバー』を振るい、窓から侵入しようとした二匹目を一刀両断にする。
俺たちはパニックになる客たちを裏口から避難させつつ、店の外――村の広場へと飛び出した。
そこはすでに、絶望的な光景に包まれていた。
「自警団! 魔導バズーカを構えろ! 対空魔砲の照準を合わせろ!」
自警団の男たちが近代魔導兵器で応戦しているが、上空を飛び回る死蝿型の機動力に翻弄されている。さらに悪いことに、広場の中央にズシンッと重々しい音を立てて『巨大な塊』が落下してきた。
「ギチ……ギチギチ……」
それは、ダンプカーほどの大きさを持つ、禍々しいカブトムシのような機械蟲――『死甲虫型』だった。
「にいちゃん、アレはあかんで。死蟲機の中でもトップクラスの重装甲や。ワイ、今日はもうパチンコで疲れたし、宿屋に避難してええか?」
「お前、あんな重装甲が暴れたら村のパチンコ屋ごと潰されるぞ。ちょっと手伝え」
「パチンコ屋が潰れるんは困るな! しゃーない!」
逃げようとしたロードの首根っこを掴んで引き止める。
その間にも、死甲虫型は巨大な角を振り立てて、ネギオとビアラに向かって突進を開始した。
「チィッ! ただの虫ケラが、ポポロ村を荒らすんじゃねぇ!」
ネギオがネギカリバーを構え、真正面から唐竹割りを放つ。鋼鉄すら斬り裂く極上のネギの一撃。
ガギィィィッ!!
「なっ……!?」
火花が散り、ネギオの腕が大きく弾かれた。死甲虫型の装甲には、かすり傷一つついていない。
「ネギオさん、下がって! 私が関節を狙う!」
ビアラがマッハの速度で死甲虫型の足元に滑り込み、関節の隙間を狙ってトンファーを打ち込む。しかし、敵は巨大な体を信じられない速度で捻り、硬い装甲部分でビアラの打撃を受け止めた。
「くっ……重い! しかも硬すぎる!」
さすがのビアラも、衝撃を相殺しきれずに後方に大きく跳躍して距離を取る。
魔法すら弾き返すという死蟲機の絶対装甲。打撃も斬撃も通らないとなれば、厄介極まりない。
(……だが、鍛冶師の目から見れば、アレは極上の『レア素材』の塊だ)
神話の時代に宇宙の終焉を司った王の兵器。その装甲の密度と魔力伝導率は、ミスリルすら凌駕している。
「ビアラ、ネギオ! そいつの突進を十秒だけ抑えてくれ! リリス、こっちに来い!」
「は、はいぃっ!? 私、戦闘なんてできませんよぉ!」
近くの木陰でガタガタ震えていたリリスを引っ張り出す。
「戦闘はしなくていい。お前のその『エンジェルすまーとふぉん』を出せ」
「スマホですか? は、はい」
「そのスマホの『ライト(懐中電灯)アプリ』を起動して、最大光量で俺の手元を照らせ。お前の神気を全力で込めてな」
「ライトですね! わかりました! えいっ!」
リリスが画面をタップした瞬間、スマホの背面のLEDライトから、目を焼くような**『純度100%の神聖魔法の光』**が極太のレーザーのように放射された。
「まぶしっ!? っていうか出力高すぎだろ!」
「えへへ、最大光量ですから! 邪悪なモノならこれだけで浄化できちゃいます!」
ポンコツだが、神様としてのスペックは本物だ。
俺は地面に転がっていた『死蝿型』の金属装甲(ビアラが砕いた破片)を拾い上げ、空中に放り投げた。
【創星の神鍛冶】
ボワッ!!
俺の右手に、不死鳥の紅蓮の炎が爆発的に燃え上がる。
空中に浮かんだ死蟲の超硬装甲が、炎の中で瞬時にドロドロに熔解していく。
「リリス! その神気の光を、熔けた金属に直接当てろ!」
「はいっ! ホーリー・ライト・オンです!」
強烈な神聖魔法の光が、ドロドロに熔けた機械蟲の金属と激突する。
本来なら相反する力だが、俺の『金床』という概念の空間内では、すべてが俺の支配下にある。
俺は炎を纏った右手を振り上げた。
(死蟲機の『絶対的な硬度』と、天使族の『邪悪を浄化する神気』。この二つを、親父の遺した『単分子カッター(極限まで薄い刃)』の概念で繋ぎ合わせる!)
「――打ち直すッ!!」
カァァァァンッ!!!
夕暮れの空に、甲高く、そして神々しい打撃音が響き渡った。
空間が波打ち、熔解した金属と神聖な光が一つに圧縮されていく。
カンッ! カンッ!
たった三回の打撃。
俺が右手を振り抜くと、炎と光がスッと晴れ、俺の手の中には『一本の太刀』が握られていた。
刃は、死蟲機の装甲と同じ漆黒。しかし、その刃の峰には、リリスの神気が黄金のラインとなって脈打っている。見た目は日本刀に近いが、内包しているエネルギーは完全に規格外だ。
「……上出来だ」
俺は即席で打ち上げたその太刀――『紅蓮剣・神蟲断ち』を軽く振った。
ブオンッ、と空気が悲鳴を上げる。刃が薄すぎて、空間そのものを切断しているような感覚だった。
「ヒエン君! そっち行ったよ!」
ビアラとネギオの牽制を振り切った『死甲虫型』が、ターゲットを俺に変更し、地響きを立てながら猛烈な突進を仕掛けてきた。巨大な角が、俺の体を串刺しにしようと迫る。
「ヒ、ヒエンさぁぁん!」
リリスが悲鳴を上げてしゃがみ込む。
だが、俺は一歩も引かず、太刀を正眼に構えた。
「ロード! ちょっとだけ時間を止めろ!」
「人使い荒いなぁ! ワイはトカゲやぞ! ……『コマ送り(タイム・スキップ)』!」
背後でロードが指を鳴らした瞬間、世界がカクッとバグったように静止した。
死甲虫型の突進が、俺の目の前わずか数十センチのところでピタリと止まる(実際には極限まで時間が引き延ばされている)。
「十分だ」
俺は息を吐き、黄金のラインが光る漆黒の太刀を、静止した巨大な機械蟲に向かって一閃した。
抵抗は、一切なかった。
まるで豆腐を切るような感触とともに、刃が死甲虫型の絶対装甲をすり抜ける。
直後、ロードの魔法が解け、世界の時間が元の速度に戻る。
ズズンッ……!!
俺の目の前を通り過ぎようとした死甲虫型の巨体は、そのまま真っ二つにズレて両断され、左右に分かれて地面に激突した。
切断面からは神聖な光が溢れ出し、内部の機械回路を一瞬で浄化させて沈黙させた。
「……えっ?」
「ウソだろ……?」
ビアラとネギオが、信じられないものを見るような目で俺の太刀を見つめていた。
「どうだ、リリス。お前のスマホの光、いい素材になったぞ」
「ヒエンさん……やっぱりあなた、ただの鍛冶師じゃありません! 絶対に創造神様の親戚かなんかですぅ!」
俺が太刀を肩に担いで笑うと、リリスは涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら、俺の腰にしがみついてきた。
広場のボスを瞬殺したとはいえ、上空にはまだ無数の死蝿型が飛び回っている。
俺は『神蟲断ち』の切先を上空へと向けた。
「良い武器(相棒)が揃った。さあ、この歪んだ虫ケラどもを……まとめて叩き直してやるか」




