第三話:暴走の臨界点。師が遺した最後の言葉
このシリーズは既に完結まで執筆しております。
3日ごとに予約投稿をしておりますので、気長に読んで頂けると嬉しいです。
光、だった。
何も見えない。何も聞こえない。
ただ、世界が真っ白に塗り潰される。
――数秒の空白の後、遅れて「音」が来た。
爆音。鼓膜を突き破るような衝撃。
大気が、物理的な質量を持って押し寄せてくる。
「っ――!!」
体が木の葉のように宙に浮いた。
次の瞬間、無慈悲に地面へと叩きつけられる。
肺がひしゃげたように、空気が入ってこない。
何が起きたのか。
頭の片隅では理解している。けれど、心がそれを拒絶していた。
「……師匠」
声にならない。喉が焼けたように熱く、痛い。
視界が不規則に揺れる。
立ち込める黒煙。焦熱の風。鼻を突く異臭。
あたり一面、地獄のような瓦礫の山だった。
さっきまでそこに鎮座していたはずの極大魔術具は――影も形も残っていない。
「……そんな、嘘だ」
這うようにして、前へ進む。
指先が震え、膝に力が入らない。
それでも進まなければならないと、本能が叫んでいた。
あの人は。エンビィーは、どこだ。
――いた。
爆心地のすぐ側。
折れ曲がった鉄材と石材の隙間に、その体は投げ出されていた。
「……!」
息を呑む。
見た瞬間に、分かってしまった。魔術回路を視認できる僕の目には、残酷なまでの「現実」が映し出されていたから。
「師匠……! 師匠!!」
無理やり体を動かし、駆け寄る。
抱き起こしたその体は、驚くほど熱かった。
いや、熱いのではない。これは――内部から焼けている。
「しっかりしてください! 今、すぐに治療を――」
「やめろ」
即座に、遮られた。
「……無駄だ。エディ」
分かってしまう。
体内の魔術回路が、過負荷で文字通り燃え尽きている。
細胞のひとつひとつが、暴走した魔素に食い荒らされている。
現代のどんな治癒術を以てしても、助からない。
「そんな……」
手が震える。
七賢人の弟子を自称しておきながら、今の僕にできることは何一つない。
「……失敗、したな」
エンビィーが、血の混じった息と共に、微かに笑った。
「魔素の圧縮率……最後の最後で、読み違えた。ワシの、完敗だ」
「違います!」
思わず叫んでいた。
「僕のせいです! あの構築を……あの欠陥だらけの理論を提案したのは僕だ! 僕があなたを殺したんだ!!」
「違う」
今度は、はっきりとした拒絶。
「あれを形にすると決めたのは、ワシだ。……責任を、横取りするな」
視線が合う。
血の気の引いた顔の中で、その瞳だけはやけに澄んでいた。
「お前のせいじゃない。これは、ワシの限界だ」
「でも……!」
「いいから、聞け」
有無を言わせぬ強い声だった。
長年一緒にいて、こんな風に圧倒されたのは初めてかもしれない。
「……魔術はな。仕組みを扱いきれん奴が、安易に触っちゃいかんのだ」
「……」
「強い力ほど、そうだ。……ワシはそれを分かっていながら、慢心した。だから、これは技術者としての当然の報いだ」
「違う……そんな終わり方、あっていいわけがない!」
叫ぶ僕の肩に、震える手が触れた。
「エディ。お前は……ワシとは違う」
「……え?」
「お前は、見えている。構築の隙間を、魔素の澱みを。間違いを見つけ、正そうとする執念がある」
そんなの、ただの臆病者の慎重さだ。
「それは、才能だ。……誰にも真似できない、本物のな」
小さく、彼は笑った。
「ワシには、それがなかった。壊すこと、壊して勝つことしか……教えられんかった」
言い返したかった。あなたは最高で最強の技師だと。
けれど、言葉が出てこない。
「エディ」
その声が、目に見えて弱くなっていく。
死の影が、すぐそこまで迫っている。
「お前は……」
呼吸が途絶えかけ、一瞬、時間が止まったように感じた。
「――ワシとは違う未来を、作れ」
それが、最期の言葉だった。
「……師匠?」
返事はない。
「……ねえ、師匠。起きてくださいよ。酒、まだ残ってるんです。僕が、こっそり隠した銘酒があるんです……!」
何度呼んでも、その体が二度と動くことはなかった。
しばらくの間、僕は呆然と立ち尽くしていた。
周囲の喧騒も、焦げた匂いも、すべてが遠い世界の出来事のように感じる。
ただ、目の前の焼け焦げた地面と、冷たくなっていく師匠の体だけが、残酷に鮮明だった。
「……僕が」
ぽつり、と呟く。
「僕が、あの構築を考えたからだ」
師匠は違うと言った。けれど、そんなの関係ない。
僕が夢見た理論が、僕の愛した師匠を殺した。その事実は、一生消えない。
「……」
自分の手を見る。
泥と血に汚れた、細い手。
さっきまで、魔術具の回路を愛おしそうになぞっていた手。
それが今は、大切な人一人救えず、ただ震えている。
「……魔術なんて。構築学なんて……」
怖い。
初めて、心の底からそう思った。
あれほど好きだった魔術が、今はただ、人を壊すための邪悪な仕組みにしか見えない。
また、誰かを殺すかもしれない。また、世界を白く染めてしまうかもしれない。
「……?」
ふと、足元に何かが落ちているのに気づいた。
焼け焦げた、一枚の紙。
拾い上げると、それは師匠が肌身離さず持っていたノートの破片だった。
半分以上が燃え、煤けている。
けれど、そこに残された文字を見て、僕は息を止めた。
――エンビィーの、乱暴で力強い筆跡。
「……これ、は」
そこには、僕が書いた稚拙な論文への、膨大な追記があった。
計算式の修正。回路のバイパス案。そして、最下段に、殴り書きされた一行。
『魔術は極めた時に、初めて扱える』
……それだけだった。
それだけなのに、言葉が胸の奥深くまで沈み込み、熱を持って広がる。
中途半端な知識は凶器になる。
理解できない力は暴挙になる。
ならば。
「……僕は」
ゆっくりと、深く息を吐き出す。
肺に残っていた煙を、すべて吐き出すように。
「まだ、何も分かっていないんだ」
魔術の本当の正体も、力の制御の仕方も。
何一つ。
「だから……」
僕は、その焦げた紙を強く握りしめた。
「理解する。全部、分かるまで。二度と、あんな光を見なくて済むように」
怖くてもいい。逃げ出したくなってもいい。
それでも、僕は止まらない。
魔術を、工学として解体し、再定義する。
そうじゃないと、あの人の死に意味がなくなってしまう。
それだけは――絶対に、嫌だった。
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