第一話:決闘前夜。新旧魔術の境界線
このシリーズは既に完結まで執筆しております。
3日ごとに予約投稿をしておりますので、気長に読んで頂けると嬉しいです。
見慣れた工房の机。油の匂い。未完成の魔術具たち。
本来なら、ここが一番落ち着く場所のはずなのに、今日はどうにも手元が定まらない。
(まあ、そりゃそうか。相手は、あのガルド先生だ)
強い。間違いなく、この学院で最も「正解」に近い男。
思い出すのは、無駄のない詠唱と、揺るぎのない構築。教科書に載っている正統な魔術を、そのまま極限まで磨き上げたような完成形。
(……綺麗なんだよな。正直、嫌いじゃない。むしろ、職人としては、ああいう完成されたものは好きだ)
だからこそ、厄介なのだ。
(……それだけじゃ、足りないんだ)
机の上の紙を手に取る。びっしりと書き込まれた構築式。何度も線を引いては消し、また書き直した跡。その中心にあるのは――「短縮詠唱」。
言葉を削り、意味だけを残す。構築そのものを、脳と体に直接覚え込ませる手法。
(でも、精度が足りない。ほんのわずかな思考のブレ、それだけで全部が崩れる。ガルド先生相手に、それは致命的だ)
ペンが止まる。小さく息を吐いた、そのときだった。
「……先生」
背後から声。振り向くと、扉の隙間に二人の姿があった。
「リテラさん、クロエさん。こんな時間にどうしたの? てか……工房の場所、教えたっけ?」
「メディウス先生に教えてもらったの……。大丈夫? 明日……」
クロエが不安そうに覗き込んでくる。
「うん、大丈夫だよ」
「……嘘ですね」
即答だった。リテラがじっとこちらを見据えている。
「全然、大丈夫そうな顔じゃないです」
(ほんと、この子は鋭いな……)
苦笑するしかない。
「エディ先生。何か、私たちにお手伝いできることはありますか」
まっすぐな視線。少しだけ考え、僕はゆっくりと首を振った。
「ありがとう。でも大丈夫。今回はね、ちゃんと僕自身で決着をつけないといけないから」
二人が少しだけ寂しそうな顔をする。僕は慌てて言葉を足した。
「その代わり、ちゃんと見ててほしい。明日、僕がどうやって魔術を組み立てて、どう扱うか。……それを君たちの目に焼き付けてほしいんだ。それが、僕にできる一番の“授業”だから」
二人の目が、真剣な光を帯びる。
「……先生。勝ってくださいね」
リテラの短い、けれど重い言葉に、僕は今度は本音で頷いた。
「うん。勝つよ」
夜。工房に一人きり。
工具の触れ合う音だけが響く静かな空間。ふと、視線の先に古いノートが目に入った。亡き師匠の、力強い筆跡。
(……あの時。僕は止められなかった。理解が足りず、ただ、見ていることしかできなかった)
手が、わずかに震える。失敗の記憶。白光の中に消えた背中。
(……いや。今回は違う)
深く息を吸い、吐き出す。僕は再びペンを握った。
(――解析)
脳内で構築を極限まで分解する。流れを追い、無駄を削り、意味だけを残す。ペンが走る。今度は、もう止まらない。
(いける。噛み合う、全部!)
「……できた」
深夜、ようやく最後の一線が繋がった。
短縮詠唱。未完成じゃない、戦える形。これで、証明できる。
翌朝。学院は異様な熱気に包まれていた。
闘技場へ向かう廊下、腕を組んで待っていたメディウスがいた。
「……エディ。無茶はするなよ」
「しないよ。……って言いたいところですけど、多分ちょっとはします」
「だろうな」
メディウスはため息をつき、僕の肩を軽く叩いた。
「……勝てよ」
「任せて」
闘技場。
すり鉢状の観客席は、全校生徒の視線で埋め尽くされていた。
(……やっぱ苦手だな、こういうの)
けれど、足は震えていない。中央へ進むと、そこには既にガルド・ハイマンスが立っていた。微動だにしない、完成された構え。
「来たか」
「はい。お待たせしました」
視線がぶつかり、空気が物理的な重圧を伴って張り詰める。
「準備はいいか」
「それなりに。……よろしくお願いします」
ガルドがわずかに笑みを浮かべ、一歩下がって杖を構えた。
(証明する。魔術は壊すものじゃない。理解して、組み立てて、扱うものだ)
静かに右手を上げる。
「――いきますよ」
理論で伝統を超える。僕たちの決闘が、今始まった。
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