第六話:芽生える興味。落ちこぼれと優等生の視線
このシリーズは既に完結まで執筆しております。
3日ごとに予約投稿をしておりますので、気長に読んで頂けると嬉しいです。
……終わった。
チョークを置き、教壇に手をつく。手のひらが、少しだけ汗ばんでいた。
(やっぱり、大勢の前は慣れないな……)
教室を見渡すと、さっきまでとは明らかに空気が違っていた。蔑みや無関心は霧散し、熱を帯びた沈黙が場を支配している。
「じゃあ、今日はここまで」
努めて平坦な声で告げる。
「次は、もう少し細かく構築の『接合部』を分解していくから。……予習は、まあ、しなくていいよ。教科書には載ってないことだしね」
ざわっ、と小さな波紋が広がる。けれど、それは拒絶ではない。知的好奇心が限界まで高まった、心地よいざわめきだ。
急いで荷物をまとめる。早く工房に帰りたい。注目を浴びる視線は、どうにも肌に痒い。
「先生!」
呼び止められ、背筋が跳ねた。……やっぱり来たか。
振り返ると、クロエが机を乗り越えて駆け寄ってきた。
「さっきの『針』のやつ! もう一回、近くで見せてくんない?」
「えっと……ごめんね。今はちょっと、予定があって」
「えー、ケチ! 一瞬でいいじゃん!」
「ケチじゃないよ。ちゃんと順番に段階を踏んだ方が、理解しやすいから」
苦笑して答えると、彼女は不満げに頬を膨らませた。
「うーん……まぁ、先生が言うならそっか。でもさ」
クロエが不意に顔を近づけ、悪戯っぽく笑う。
「今日の授業、めっちゃ面白かった。今までのってさ、『形だけ覚えろ』って感じで退屈だったじゃん? でも今日のはさ……なんていうか、ちゃんと『中身が見える』って感じ」
――その言葉。
(……それが聞きたかったんだな、僕は)
胸の奥に、すとんと落ちるものがあった。
「……ありがとう。そう言ってもらえると、助かる」
「へへ、どういたしまして!」
クロエは満足そうに笑い、嵐のように去っていった。すぐに友達の輪の中で「ねえ、あの止めるやつ見た!?」とはしゃぎ始める声が聞こえる。
完全に火がついたな、と確信してふと視線を落とすと、教室の隅で一人の生徒が残っていた。
リテラだ。彼女は周囲の喧騒など耳に入らない様子で、凄まじい勢いでペンを走らせている。
(……あれ、授業の内容か?)
何気なく覗き込むと、そこには驚くべき光景が広がっていた。
僕が黒板に書いた図解だけじゃない。独自の線と数式で、構築の「歪み」を論理的に体系化しようとしている。
「リテラさん」
「……っ!?」
びくっと肩を跳ねさせ、彼女は慌ててノートを抱え込んだ。
「あ、ご、ごめんなさい! 勝手に書き留めてしまって……」
「いや、怒ってないよ。……ちょっと見てもいいかな?」
「……っ」
迷うような素振りを見せたあと、彼女はおそるおそるノートを差し出した。
受け取って、数秒。僕は沈黙した。
(……これは、すごいな)
説明した「不備」の位置だけじゃない。その揺らぎがなぜ発生するのか、魔素の動力を逆算して証明しようとしている。ページの端には『干渉に対する耐性構築案』という、僕さえまだ言語化していなかった領域の走り書きまであった。
「すごいね。君、本当に理解してるんだ」
「……え?」
「むしろ、僕より整理が上手いくらいだ。このまとめ方、僕が欲しいよ」
冗談めかして言うと、リテラの目が見開かれた。
「……本当に? 落ちこぼれの、私の理論が……?」
「落ちこぼれ? どこがさ。そのまま続けてみて。君の視点は、きっと新しい『形』を作るから」
ノートを返すと、彼女は震える手でそれを受け取った。微かに上気した顔に、小さな自信の光が宿る。
教室を出ようと廊下へ向かうと、今度は少し重い空気が道を塞いだ。
「……先生」
低い声。レオン・ヴァルツァだ。取り巻きはいない。一人で、壁に背を預けて待っていた。
「どうしたの?」
「……少し、お時間を」
レオンは視線を逸らしたまま、拳を固く握りしめた。
「先ほどの授業……理解は、できました。ですが、納得はしていません」
「どの辺が?」
「俺の魔術が未熟だったことは認めます。ですが、止められることが前提の魔術など……戦場で通用するとは思えない」
まっすぐな、剥き出しの敵意に近い悔しさ。
「いい視点だね。その通りだよ、レオン君」
「……え?」
肯定されると思わなかったのか、彼は呆然と顔を上げた。
「全部が止められるわけじゃない。でも、『止められる可能性がある』と知っているか、無敵だと信じ込んでいるか。その差は、命に関わるよ」
僕は一歩、彼に近づく。
「君が戦う相手が、もし構築を見れる人間だったら? 今まで通りで勝てるかな」
「……いいえ。一歩も動けず、殺されます」
絞り出すような答え。
「だから、今のうちに知れてよかったんだよ。……君は、強くなれる」
「……俺が、ですか?」
「なれるよ。ただし――ちゃんと、悔しがるならね」
僕は彼の肩を軽く叩いた。
「その感情を捨てないで。それがある限り、君は伸びる。技術を磨くための、一番の燃料だから」
レオンはしばらく呆然としていたが、やがて深く、深く頭を下げた。
「……ありがとうございます。ご指導、よろしくお願いします」
今度の言葉は、先ほどよりもずっと重く、誠実だった。
廊下を歩きながら、僕は小さく息を吐く。
最初は不本意だった講師の仕事。けれど、今。
(……悪くないな)
自分でも気づかないくらい微かに、僕は笑っていた。
騒がしいクロエ、思慮深いリテラ、不器用なレオン。
(動いてる。この教室も……僕も)
それだけで、今日は十分だった。
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