ケース10 金は切れても、縁は切れず
登場人物紹介
主人公:小泉ハル
ケアマネ歴17年。“エロい息子+認知 症の母+大量の督促状”という地獄案件を、ツッコミ片手に処理するハードモード担当者。
利用者:春野典子
アルツハイマー型認知症。通販と保険の契約が大好き。息子が何をしようと、基本ニコニコしている“究極のポジティブ母”。
家族 :春野道典
脳出血の後遺症あり。右半身麻痺+言語障害+金銭管理ゼロ。さらに“エロい”という属性まで盛られた、問題てんこ盛りの息子。
――ねぇお母さん、私高校生の時お母さんの財布からこっそりお金、抜いたことがあったんだよ。
お母さんはのん気だからバレていないと鷹を括っていたけれど、もしかして本当は知っていて黙っていたの?
「う、うわ~~~」 口を押えるハル。
ボロボロボロボロッ
上の歯も下の歯も何と一気に歯が全部抜けてしまいました!!
すっごい強烈な夢を見て、汗びっしょりで目覚めた朝。不吉でしかない夢です。
すぐに夢占いでググってみると……。
『不安やストレスの高まり』そりゃそーだ、いい夢なわけないよぉぉぉーー。
数日前、事業所で、
「小泉さん、新規の話が来たのですけど、私どうしよう」
ナルちゃんは私より十歳ほど若い貴重なホープです。聞くと、新規できた利用者さんがすごく苦手なタイプのようです。
「お母さんの方を担当していた年配のケアマネジャーさんが、息子さんの部屋を見て驚いたというのです。なんとエロDVDが、天井高く積みあがっていたとか」
お母さんが介護保険の更新で「要介護1」になり、息子は新規申請で「要支援2」になったということで、二人とも介護保険サービスを利用したいと、地域包括支援センターからの依頼でした。
ナルちゃんは異性の耐性が低いようで、エロい五十代の息子と対峙することを心底拒否していました。
「そういうことなら、私が担当するよ。私そういうの、全然平気だし」
「小泉さん、担当たくさん持っているのに、二人も増えて大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫、一人も二人も親子なら同じでしょ」
今では、この時安請け合いしたことをひたすら後悔しています。
*
初回訪問の日、玄関を入ると郵便受けに大量の未払い通知、督促状が重なっています。初っ端から嫌な予感しかしません。
春野 典子さん 八十三歳 要介護1 アルツハイマー型認知症
春野 道典さん 五十六歳 要支援2 左脳出血 右麻痺後遺症あり
(しかもエロいらしい)
典子さんは認知症がここ半年で進行し、ついさっきのことも覚えていられません。日常動作は十分にできるようです。
道典さんは脳出血の後遺症から右半身に麻痺が残り、右脚に装具を装着し、杖で歩行をしています。
今回は親子なので、お若い利用者さんですが、道典さんと呼ばせていただきましょう。
ひとしきり聞き取りを行った後に、私は玄関にある督促状について尋ねました。道典さんは声はでますが、会話にはなりません。
後遺症から口の右半分が麻痺しているため、涎がとめどなく流れています。その涎を次々とティッシュで押さえつけています。
言語障害からコミュニケーション支援機器を使って会話をします。道典さんがキーボードで文字を打ち込むと合成音声が読み上げる仕組みです。B5くらいの大きさの機器を首からぶら下げていました。
「シハライハ、デキマセン。ハラウオカネガアリマセン」
【ありませんじゃねぇだろが! てめぇが使ってんじゃねーのか?】
典子さんは年金が、道典さんには障害年金で収入があるはずです。生活には困らないほどの収入があると前任者から聞いていました。
ではなぜ支払いが滞っているのか。
道典さんの了承を得て督促状の通知をひとつひとつ確認させてもらいます。水道・生命保険料、なんと介護保険も未納になっています。
介護保険料は道典さんはともかく、典子さんは本来ならば年金から天引きになるのが通常です。
どうして典子さんまで普通徴収で、支払いが滞っているのか。滞納状態ではペナルティが課せられる可能性があります。
初日からなんということでしょう。本当に本当の意味での「聞いてないよ~」です。
安請け合いした親子がとんでもない親子だったとは、その上エロい道典を、どう成敗すれば良いものか、頭が痛い初日です。
これは私一人ではどうにもなりません。私はなぜか飄々としている道典さんから了承を得て、市内の社会福祉協議会に相談することにしました。
ここでは金銭管理が難しくなった人や、障がい者のサポートをする仕組みが確立されており、成年後見制度が必要かどうかも含めて相談をすることにしました。
こうして初っ端から壮大な大問題が発覚した春野家の、一大プロジェクトが開始となったのです。
社会福祉協議会の担当者、峯さんと私とで、日を改めて訪問しました。まずは春野家のお金事情を、いっさい忖度なしで把握する必要がありました。
家計簿もつけない私が、人の家のカネ勘定をすることは、珍しくはありません。ですが、春野家のお金事情は大変緊迫したものでした。
典子さんの、預貯金、生命保険、自宅の権利書、生活費の流れを全てチェックします。 数時間で終わるような作業ではありませんでした。
典子さんはいくつもの生命保険をかけ、数社の訪問薬剤販売を購入し、いくつもの化粧品通販から定期購入を繰り返していました。全く気が遠くなる話です。
当の本人は全く身に覚えがないのですから。
しかも、典子さんのお金を管理しているという道典さんは、自分の障害年金を使い切ると、典子さんの年金を食い物にしているようでした。
社協の峰さんが質問します。
「息子さん、お母さんの年金の使い道が不透明なのですが、息子さんご存じですよね?」
道典さんは発覚しても、自分の病気を盾に覚えていないふりをするという、どうしようもない曲者でした。
数回に分けた取り調べのような日々で、観念したのか道典さんの言い訳はこうです。
・自分は二か月に一度、T市で集まりがあり(障害者サークル?)年金が足りなくなることがある。
・母にお金を借りることがある。
・五十万円、貸金業者から借りてしまった。
・支払いに母の年金を使う。
・母の年金でも足りなくなっている。
これはこれは、自転車操業を通り越して、借金地獄ですか?
あぁ~、私は本当にどうしようもない人、貧乏人、貧乏人や貧乏人の担当になることが多すぎる。
類は友を呼ぶ?かのように、この頃の私は本当にお金のない人ばかり担当をしていました。
とてもじゃないけど、「日常生活自立支援事業」などでは賄えない状況に、社協の峰さんから、「成年後見制度」を進める計画が説明されました。
成年後見制度への申し立てが進む間、お金がない、何の介護保険サービス利用もできない春野家を、訪問する義務のない私。
そうです、ケアマネジャーは介護保険サービスの利用がないと、ケアプランを立てることがなく、ケアプランを立てないということは、『報酬がない』ということになるのです。
報酬のないまま放っておくこともできず、地道に訪問薬剤販売の解約や、保険会社への解約手続きを支援するのでした。
「道典さん、T市へ行くのも控えなければいけませんね」
「コイズミサン、ウシロスガタモイイデスネ」
【どるぁぁ~!! くそ野郎がぁ、誰のせいでこんなんなっとんじゃい!!】
私としたことが、女優の仮面も半分剥がれ落ちてしまいました。
こいつは全く、どうしようもない奴です。そういえばエロかったんだっけ?ナルちゃん、この貧乏くじ引かなくて良かったね。
あんたって人は相当強運の持ち主じゃないの?
そうとう期間がかかると思われていた申し立ては、皆さんの尽力で、一か月弱で保佐人が決定しました。
(※典子さんの判断能力の程度に対して、後見人・保佐人・補助人が決定します。)
この頃、なぜか道典さんはそそくさと外出する事が増えていました。お金もないのに、です。
典子さんの保佐人は障害福祉施設の管理者、大西さんです。私は保佐人をされるような心の広い方にお会いする機会がこれまでなかったのですが、本当に大西さんは素晴らしい方でした。
通常、買い物支援はしない(する必要がない)にも関わらず、毎回の買い物ごとに通帳から現金を引き出し、時には一緒に買い物へ連れて行くことまで担ってくださいました。
未払い金の支払いを少しずつし、通い始めたデイサービス料金の支払い、訪問ヘルパーへの支払いなどはもちろん、道典さんが手出しできないように、厳しくお金を管理してくれます。
典子さんの生活が、尊厳が、保たれるようにと。
この仕事をしていると、クズみたいな人間にたくさん会いますが、同時にスーパーマンのような救世主に出逢うことも少なくありません。いつかの警察官の甥っ子さんのように、ね。
こうして、介護保険サービスが開始されるまでに山あり谷ありの春野家でしたが、典子さんの生活は大西さんの支援で安定してきました。
今では玄関ポストは「空」の日がほとんどです。
典子さんはついさっきのことは忘れてしまいますが、幼い頃の道典さんの話をとても嬉しそうにしてくれます。
私には到底理解できませんが、典子さんにとっては可愛い息子なのですね。
*
そんな私は以前から計画していた、少し離れた土地へ転居する時期がきました。
今日は担当として訪問する最後の日です。典子さんはにこにこと今日も笑顔です。
「元気でね、小泉さん。また会いましょうね」
典子さんは幸せそうです。息子がお金を使い込もうが、必要のない薬を大量買いしようが、そんなことには動じません。
女優の私は、天使の微笑みを浮かべながら
【典子さん、もう二度とあなたたち親子に逢うことはありませんよ。さようなら】
道典さんの横には、新しい彼女が寄り添っていました。
――お母さん、翔から「認知症になったら施設にぶち込む」って言われたよ。でもそれが正しいと思うんだ、お金さえ出してくれれば、ね。
【ハルの人間日記 -スピンオフ-】
究極の自己肯定
2025年 11月✕✕日
今日、自叙伝を書き終えた
4年前に書いて放っておいた代物だ
4万字以上の中編、我ながらよく書けた
あるコンテストに応募した
振り返ってみると、いろんな景色が見えてきた
あの時には気づかなかった、気持ちが見えてきた
AIに読ませたら大絶賛だ
AIとは褒めることしかしない奴
決して鵜呑みにしてはいけない
それにしても、規定文字数に足りていない
足りていないが応募した
実に適当で、いいかげん
実にあたしらしいやり口だ
知ってはいたけど応募する
清々しいまでの阿呆だけど
そんなあたしにホッとする
そんなあたしが大好きだ
だから明日もテキトーに
「イイ加減」に力を抜いて
やり過ごそう
嫌な婆さんになってやろう
自由に気ままにわがままに
どこかにでてきた老害たち
思うがままの人生だ
あたしが主役の人生劇場!!




