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第106話 ガンバレルの英雄リズ

 『でも、ワイバーンなんだろ?ドラゴンに勝てるか?』

 「ど、ドラゴンに勝てる訳無いだろ!?まさかドラゴンを操れるとでも言うのか!?」

 『リズは、ドラゴンスレイヤーの称号を持ってるぞ?』

 「なにー!?ど、ど、ど、ドラゴンを倒したと言うのか!?本当にドラゴンを倒したのか!?」

 『オリハルコンドラゴンを討伐したな。それと、水竜。』

 「オリハルコンドラゴン?あれは、トラッシュの魔力炉に閉じ込められていて、討伐できない筈だぞ!嘘をついたな!?」

 『オリハルコンドラゴンの死体は出せないから、水竜の首を出すか。ほれ。』


 ディメンションホールから、水竜の首を出した。


 「ぎょえー!?す、すい、水竜が!?」

 『信じたか?』

 「不味い不味い不味い不味い!我が一族存亡の危機!」

 『大人しく帰って、二度と戻って来なければ良いだけだ。バネナ王国に手を出せば、ワイバーンを全部討伐して食ってやる。』

 「ぐぬぬぬぬ、それができぬから困ってるのだ!」

 『何でできないんだ?』

 「我がハーフリング族は、古の時代に神より人族の楔となりて、鉄槌を下す事を命じられたのだ!アリテリス神より仰せつかった、崇高なる使命!それを破る事等できない!」


 アリテリス神?誰だ?アルテウスの事か?訛って変わった?いや、それは無いな。

 タルダゾイみたいなパターンか?やってる可能性は高いな。


 『アリテリス神って誰だ?アルテウス神じゃないのか?』

 「へ?」

 

 何か、変顔で固まったな。

 今の今まで、全く気付いて無かったのか?まさかね。


 『ワラビー、アルテウス呼んでー。』

 『何かありましたか?呼んで来て頂ける訳では無いのですが。』

 『ハーフリングにアリテリス神ってのが、勅命で人族に鉄槌を下せって言ったらしいぞ?アルテウスが偽名を使ってやったかも知れないから、聞いてみて。』

 『神が偽名など使う事はできません。また、アルテウス神が神託を行う事もできません。アルテウス神ができるのは、見守る事だけです。』

 『じゃぁ、オーベラルに対処する様言っといてよ。』

 『・・・その様に、創造神に対して軽く言うなど、畏れ多くて私には荷が重すぎます。』

 『アルティスからの命令とでも言っておいてよ。兎に角、ハーフリングに言ったのが、神では無くて、別の何かだって事を教えてやらないと、ワイバーンが絶滅するよ?』

 『め、命令ですか!?おおお、畏れ多いですよ!』

 『じゃ、頼んだぞ。』


 いつまでもワラビの相手をしていると話が進まないから、ちょっと強引だけど押し付けておいたよ。

 何が畏れ多いのか判らないが、とっとと頼み込んじまえばいいのにな。

 神に対して要求する事が畏れ多い?馬鹿言うなよ?アパートの隣人宅が嘘を振り撒いて迷惑してるから、管理人兼警察に何とかしてくれって言うのと同じだよ。

 こっちじゃどうにもできないんだからさ、管理人兼警察に対処してもらうしか無いだろ?


 「ワイバーンが飛んで来る様ですが、どうしますか?」

 『一先ず様子見だな。街を攻撃する様なら、撃墜してやれ。』

 「ルギー達に攻撃してますが?」


 おおう。


 『おい、アレどうにかできないのか?』

 「近づかなければどうにもできない!」


 こいつ、嘘をついたな。

 面倒くさいから、ちょっと手荒だけどワイバーンの目の前に投げ飛ばしてやれば、お持ち帰りしてくれるかもしれない。


 『飛ばすか。』

 「飛ばす?」

 『リズ、ワイバーンの方に投げてやれ。』

 「へ?」


 ハーフリングの目が点になった。


 「じゃあ、投げますね。」

 「ちょ、ちょっと!待て待て!待って!投げ飛ばすってどういう事!?」

 『お前程度なら、ワイバーンの目の前まで飛ばせるんだよ。』

 「酷くない!?」

 『そもそも、お前が間抜けで人間に捕まったんだろ?しかも善意のつもりで危険を冒してまで保護したのに、当のお前はワイバーンに攻撃を命じたって事だろ?何でそんな奴を丁寧に扱わなきゃならないんだ?お前のやった事は、人間の世界では死罪に相当する程の重罪なんだぞ?』

 「だから、我々は神からの命を受けて行った事だ!私のせいじゃない!」

 『じゃぁ、何でルギー達を攻撃してるんだ?』

 「それは声が届かないから、指示を出せないんだ!」

 『ワイバーンに町を攻撃させる指示を出せたのに?』

 「あ・・・。」


 自分の主張が矛盾している事に気が付いた様だ。

 街を攻撃させたって所を否定して無いし、街を攻撃させたって認めたからな。

 今更否定したって、もう遅い。


 「ち、違うのだ!街を攻撃する様に言ったのは、もっと前の話なのだ!」

 「どちらにしろ、駄目ですね。」

 『駄目だな。』


 リズがハーフリングの首根っこを掴んで持ち上げた。


 「ギャー!?助けて!ヤダヤダ!助けて!」

 『助けてほしかったら、やる事は一つしか無いだろ?』

 「止める指示を教えて無いからできない!」

 『・・・、諦めろ。』

 「ワイバーンの1匹が、すごい勢いで飛んで来ます。」

 「ピッピ来ちゃ駄目!逃げて!」

 『ピッピ!?あのワイバーンの名前がピッピ?全然似合わない名前だな。』


 厳ついワイバーンの名前がピッピとか、予想外にも程がある。

 

 「雛の時はピッピッピッピと鳴くからピッピって付けたんだぞ!ワイバーンの名前が可愛くちゃ駄目なんて、誰が決めたんだ!」

 『ふむ、確かにそうだな。全然似合わないが。』


 まぁ、恐竜にピー助って名前が付いていた事もあるし、予想外ではあるが、無いって事も無いか。

 ただ、あんなに可愛くは無いし、かなり狂暴ではあるが。


 「どうしますか?口を開けましたよ?」

 『あぁ、シールドで弾くから大丈夫だ。[シールド]』

 「無理だ!ピッピのブレスは、シールド如きでは防げない!」

 『防ぐんじゃなくて、弾くから大丈夫だ。それに、弾かないとお前も丸焦げだぞ?』

 「そうだった!?」


 何か、目が泳いだな。

 もしかしてだけど、ブレスを食らっても問題無いって事か?


 「ガアアアアァァァッ!」


 ワイバーンが鳴き声と共にブレスを吐いた。


 バシーン!


 シールドがブレスを弾き、ブレスは空に上がって消えた。


 「は、は、弾いた!?」

 『ファイアーボールとファイアースローワーを合わせた感じか。いつも吐く前に殺してるから、初めて見たな。』

 「なな、何でそんなに落ち着いてる!?」

 『あの程度なら、あと2発は防げるからな。慌てる必要など無いだろ。それよりも、攻撃の意思がある事が確認できたからな、討伐するぞ。リズ。』

 「はっ!」


 キッとワイバーンを睨みつけたリズが、近づいて来たワイバーンに向かって飛び上がった。


 ガンッ!


 ワイバーンの頭の下で剣を振り抜き、ワイバーンの顎に一撃を加えた。

 ワイバーンは、脳震盪を起こしたのか、真っ逆さまに落ちて来た。

 リズは、ワイバーンの下敷きになるのを避ける為、空中でエアボードを展開して、エアボードに一旦着地してから地上に降りて来た。

 ハーフリングは、口をポカンと開けたまま墜落したワイバーンを見ている。


 「ぴ、ピッピ!?ピッピ!」


 ハーフリングは、慌てる様にワイバーンのピッピに駆け寄った。


 「殺して無いですが、暫らくは動けないでしょうね。」

 『殺しても良かったのに。』

 「血も涙もないですね。」

 『空飛ぶ災害だからな、ハーフリングの友だったとしても、攻撃してきた事に変わりは無い。』

 「ハーフリングの出方を見る為にも、生け捕りにした方がいいと思ったんですよ。」

 『あのハーフリングは、俺達の事を敵認定してるぞ?』

 「ハーフリングも殺しますか?」

 『とりあえず、ワイバーンだけでいい。ハーフリングは、ワイバーンの巣まで案内してもらおうと思う。』

 「むー、やり難いです。」

 『ワイバーンに情が移るとか、可笑しく無いか?』

 「ワイバーンにでは無くて、ハーフリングにですよ。あんな風に必死になって、ワイバーンを助けようと必死になっているのを見ると、ちょっと可哀想に思えて来ます。」

 『そうか。』


 ハーフリングは、反応しないワイバーンの周りでウロウロしているだけだが、分厚い表皮を持つワイバーンの心音は聞こえず、高位魔獣は呼吸をしない事も多いから、鼻息では判らないんだよね。

 ワイバーンの呼吸は、主にブレスを吐く時と鳴き声を上げる時くらいだろうから、焦りでHPバーが見えていなければ、生きてるかどうかを知る術が無いのだ。


 「我は命ずる、我が魔力を糧に怒りを増幅し、我が敵を撃て。」


 ただ、ハーフリングがやっているのは生存を確認する為では無く、別の事を必死にやっている所だ。


 『あれ、ワイバーンの心配をしてる訳では無くて、憤怒か狂化の状態異常をかけている様だぞ?』

 「え?ワイバーンは友では無く、道具として使っているという事ですか?」

 『多分そうだろ。そもそも、普段も使えるとは思えないしな。デカくて、大食漢で、言う事を聞かない馬鹿だから、普段は放し飼いにしていると思うぞ。攻撃以外の知能が低いから、待てができず、近くに居させるとハーフリングを踏み潰しかねないからな。力の無いハーフリングの武器として、利用しているだけなのかもな。』


 リズが殺気を出した。

 ハーフリングがワイバーンに付けた名前を聞いて、自分がフチカリのカーミンに対する様な感情で、ワイバーンに接しているのだろうと思っていたのだろう。

 だが、気絶したワイバーンに焦った様に駆け寄ったのは、ワイバーンの心配をしてでは無く、自身の戦闘力として使う為だった事が判り、怒りが込み上げてきたという所か。


 「殺してきますね。」

 『任せる。』


 吹きあがったリズの殺気に当てられたハーフリングは、詠唱が中断され、その場にへたり込んだ。

 既に気絶から意識が戻りつつあるワイバーンも、リズの殺気に気付いて覚醒した様だ。

 だが、ワイバーンが起き上がる様子も無い事から、強者の怒気に当てられて、起きるに起きられない様子だ。


 「ハーフリングよ、そのワイバーンは貴様の友では無く、ただの手先としか思って無いという事でいいか?」

 「ふん!当然じゃない!大体の言葉は理解できるみたいだけど、こんな手のかかるペットなんて飼う訳無いでしょ?」

 「では、討伐させてもらおう。」

 ヒュッ


 リズが剣を一振りした。

 剣が鞘に納まったと同時に、ワイバーンの首から血が噴き出した。


 「わわわわ!?なな、何をしたのっ!?何でワイバーンがあっさりと殺されるのよ!?」

 「私の剣は、アルティス様特製の剣だ。斬れない物など無い。」

 「ぐぬぬぬぬ、ピッピはまだ沢山居るんだからね!全部呼び寄せて、お前を殺してやるわ!」

 『ピッピって、そのワイバーンの名前じゃなくて、ワイバーンの事をピッピって呼んでるのか。』


 ディメンションホールでワイバーンを回収しつつ、問いかけた。


 「バレてしまった様ね。でもいいわ、どうせ貴方達はもうすぐ死ぬんだから。」

 『どうやって呼ぶのか、興味津々。』


 ワクワクしながら見ていると、ハーフリングが空を見上げ、大きく口を開けて叫んだ。


 「ピー!」


 叫び声は超音波の様な、ギリギリ人間の耳の可聴域内にある音で、電子音の様な声だ。

 間近に居たリズの眉間に皺が寄り、不快感を露にした。


 『ワイバーンが10頭程集まって来たな。リズ、行けるか?』

 「お任せください。」

 「な、何でそんなに余裕なのよ!?」

 『余裕だからな。』

 「そんな訳無いでしょ!?」


 ワイバーンが近づいてくると共に、街の雰囲気というか、空気も緊張感に包まれた様な気がした。

 街の上空にワイバーンの群れが現れると、街のあちらこちらから悲鳴が聞こえて来た。


 「ワイバーンが来たぞ!逃げろ!」

 「物陰に隠れろ!見つかったら食われるぞ!」

 「落ち着け!大丈夫だ!アルティス様を信じろ!」


 殆ど廃墟となっている街で、騒音も生活音も無く、障害物も少ないこの街では、数百メートル離れた場所の声もはっきり聞こえる。

 何度もワイバーンの群れに襲われた経験から、どんな時でも空を警戒する癖がついており、姿を見れば逃げる体制が整っていたのだろう。

 だが、そんな生活も今日で終わりだ。


 「行って来ます。」


 パッとバイクを取り出したリズは、ビューっと空に飛びあがり、先頭を飛んでいたワイバーンの首を切り落とした。


 『[ウインド][コントロール]』


 リズが斬ったワイバーンの落下地点が、少し離れた場所になりそうだったので、風を操って近くに引き寄せようと思ったのだが、それができそうな魔法が思いつかなかった。

 だから、風魔法をコントロールして近くに落ちてくる様にした。

 通常、コントロール自体は魔法操作の範疇として、イメージだけでできるのだが、今回はワイバーンの死体を支えるという方にリソースを使った為、コントロールする方を(あえ)て詠唱して使ったのだ。

 同時にやる方法もあるにはあるが、初級魔法で複雑な事をやるのは困難を極めるのと、ワイバーンの重さを支えるのが難しいと感じた。

 だから、消費MPは増えるのは当然として、風魔法では重さを支える方を重視して、移動させる事を別の魔法で補完したのだ。

 もちろん、風魔法だけでやる事は可能だ。

 だが、ウインドという魔法は、風を吹かせる魔法であって、物を運ぶ魔法では無いので、別の用途を追加すると、消費MPが膨大に膨らむ事があるのだ。

 物を運ぶという行為は、手に持つのは簡単だが、遠隔で運ぶとなれば難易度は跳ね上がる。

 その跳ね上がった難易度を片手で処理しようとすれば困難になるのは当然なのだから、両手でやるイメージで別の魔法を当ててやるという感じだ。


 『上手くコントロールできるが、これはウインドボードに乗せて動かした方が楽だな。』


 ハーフリングは、少し離れた場所に落ちる筈だったワイバーンが、落下する事無くふよふよと寄って来て、すぐ目の前に落ちて来たのを見て、固まった。

 ハーフリングは元々、魔法が得意な種族ではあるものの、便利な技術があると面倒くさい事や、大変な事を簡単にしようとしてしまう為、段々とその技術自体が一方向に凝り固まってしまうのだ。

 特に山奥に引き篭もって生活していると、新しい考えや、新しい技術を学ぶ機会が減り、今普通に使っている技術を洗練しようとも思わなくなり、進化も成長もしなくなる。

 その先に待っているのは、劣化や退化であり、種族としては衰退の道を歩む事となる。

 この世界で、人間が勢力を伸ばす事ができたのは、壁にぶち当たる度に新しい物を作り出して乗り越えて来た歴史があるからだ。

 対してハーフリングは、世界的に見ても希少種族になり果てていて、強大な戦闘力を得て、人間を滅ぼすという使命を与えられても尚、進化する事ができなかった様だ。


 『次は4頭か。ウインドでは無理だな。ウインドボードで移動させよう。』


 そう呟いたら、リズが自主的にワイバーンの落下地点を考える様に動き出した。

 振り抜こうとした剣を寸止めし、ワイバーンを引き寄せて、街の中心部まで連れて来たのだ。


 「ああ、やっぱりあの騎士でもこの数は無理だという事か・・・。」

 「一頭をあっさり倒したから期待したのに、やっぱり駄目かあ。」

 「騎士さん逃げて!」


 街の住民達は、最初の一頭があっさり倒されたのを見て歓声をあげていたのだが、リズが急に反転して逃げる様な形になってしまったのを見て、不安に感じている様だ。

 だが、街の中心部まで来た所でリズが再び反転し、数秒で4頭の首を落とした。


 「す、すげー。あっという間に4頭が落ちたぞ!?」

 「街の中心部まで引き寄せたのか!?さっきのは、歯が立た無かったんじゃなくて、寸止めしたって事か!?」

 「凄いぞネーチャン!ワイバーンをやっちまえ!」


 ワイバーンの群れの半数を倒した事で、街に漂っていた緊張感も解れて来た様で、リズを応援する声が増えて来た。

 ワイバーンは、群れの半数が倒されても、気にせず攻撃してくる様だ。


 「ガアアアアァァァ!」


 一頭が、リズに向けてブレスを吐いた。


 「[アイスシールド]」


 リズは、氷魔法でシールドを張って防いだ。

 アイスシールドは、魔力で氷の板を出す魔法だが、周囲の水分と共に魔力で生成した氷も作っている事から、物理と魔法の合わせ技であるブレスを完全に防ぐ事ができる様だ。

 魔法に対して物理の防御では、魔法が鉄板に対するメタルジェットの様に簡単に貫いてしまうので、魔法を防ぐなら魔法で対応しなければならないのだ。

 魔獣程度のMAGなら、ブレスの魔法を無効化できると考えられる部分もあるのだが、どうも魔法と物理を掛け合わせると威力が増す傾向にある様で、どんな原理か判らないし威力も判らないので、シールドで防いだ方がいいという事になる。

 ましてや、今は実戦の場であり、背後には街の住民が居て、怪我=危機となる場面であるのだから、不確かな情報を基に怪我するかどうかを試すのは、愚の骨頂と言える。

 残るワイバーン5頭の内、1頭だけ後ろに控えているのがいるが、多分あの個体がこの群れのリーダーなのだろう。

 体も少し大きいみたいだし、まず間違ってはいないだろう。

 そのリーダーが最後に来るのなら、捕獲してブレスを吐かせれば、耐えられるかどうかの実験もできそうだな。

 なんて考えていたら、リズがこちらへ向いた。


 『ブレスに耐えられるかなんて、試しませんよ?全部倒しますからねっ!』


 何でバレたんだ・・・。


 『じゃぁ、早く倒してしまえ。』

 『リーダー格の真下に住民が居るんですよ。どけてもらえませんか?』

 『判った。対応する。』


 中々倒さないと思ったら、興奮した住民が近づいて来ていた様だ。

 応援するのは良いが、戦闘区域に入られるのは困るんだよな。

 ワイバーンの様な大型で翼のある魔獣の場合、死んだ瞬間の翼の状態に因って、滑空するか真下に落下するかが変わって来る。

 今は、ホバリングしているから、風魔法で下から風を送っている状態で、常に翼を広げているから、どうなるかが判らないんだよね。

 それ以外にも、リズへの牽制として住民を狙う可能性もある為、不用意に近づかれるのは困るのだ。


 『ソフティー、護衛のアラクネに対応させて。』

 『はーい。』


 ソウとソエが近づいて来た住民の前で姿を現した。


 「ギャー!?アラクネだー!」

 「何でこんな所にアラクネが!?」

 「に、逃げろ!」

 「ひいいいぃぃ、こ、腰が、腰が抜けて、う、動けない!」


 集まっていた住民の内、一人が驚きの余り腰が抜けてしまった様で、尻餅をついたまま動けなくなってしまった様だ。

 ソエが近づいて引き摺って行こうとした瞬間、捜索隊が瓦礫の山の裏から現れて、腰の抜けた男の両脇を抱えて走って行った。

 他にも近づいて来ようとしている者が居たが、捜索隊のメンバーが住民を制止して、近づかない様に注意を促している。

 子供達の一団がその隙間をすり抜けて近づいて来ようとしたが、コボルト達にあっさり捕まった。

 普段、獣人族の子供達と攻防戦を繰り広げているコボルトにとって、人間の子供など、跳躍力も無く、反射神経も無く、俊敏に動き回る訳でも無い為、簡単に捕まえる事ができてしまうのだ。

 抵抗されたとしても、長い爪がある訳でも無く、腕力も脚力も大した事の無い人間では、コボルトの手から逃れる術は無いのだ。


 『ガンバレルの住民に告ぐ!戦闘中に近寄るな!君等が近寄れば、街中を捜索している者を君等の対応に回す必要が出る。それは、今も瓦礫の下にいる人たちを救出する手が減るという事だ。好奇心を優先して近づけば、それだけ助かる命も助からなくなる。それでも近づいてくる者に配慮はしない!好きなだけワイバーンの下敷きになれ。それで怪我しても対応しないし、救出を優先する事も無い!不用意に近づいて怪我をしたら、その者の治療は一番最後だ!判ったら近づくな!』


 捜索隊に阻まれて、ワーワー騒いでいた連中がすごすごと引いて行った。

 この街にいる住民達も、自分達が今やる事を判ってはいる。

 最も重要な事は、瓦礫の下にいるであろう、家族や友人を探し出して助ける事だ。

 そんな事は言われなくても解ってはいるのだが、長く苦しい思いをして来た為に、希望を見出せる娯楽が欲しいのだ。

 強いストレスに長時間晒され続けた心身に、安心と安らぎが欲しいのも判る。

 だが、そこに命を懸ける必要は無いし、他人の命と天秤にかける価値は無いのだ。

 だから、人々は避難所へ戻って行く。

 だが、それでも近づこうとする者がいる。

 その者達の狙いは、ストレス解消では無く、ワイバーンの素材だ。

 ワイバーンの爪一つでも拾えれば、白金貨が手に入るのだから、手に入れたいと思っているのだ。


 『捜索隊は戻れ。コボルトは子供達を頼む。警告はした、それでも近づく連中は、放置していい。無視しろ。』

 『では、倒します。』


 リズが残るワイバーンに向けて動き出すと、リーダー格のワイバーンが頭を下に向けた。

 リーダー格の真下には、冒険者と思われる数人が居るのだ。


 「ガアアアアァァァ!」


 リーダー格のワイバーンが、真下に居る数人に向けてブレスを放った。


 ドゴオオオン!


 まるで大砲の弾が破裂したかの様な光景と音が広がった。


 『[鑑定]アイツ、ワイバーンじゃなくてレッサードラゴンだぞ!?早く倒せ!』

 『了解!』


 ここに来る途中、溶けた金属をいくつか見ていたが、その原因がレッサードラゴンのブレスだったという事を理解した。

 何でレッサードラゴンがワイバーンを率いているのかは判らないが、姿が似ている事から、ワイバーンの上位種がレッサードラゴンという事になるのかも知れない。

 ワイバーンの生態については、過去に何度も魔獣を研究する者達が調べようとしていたのだが、そもそも棲息している場所が高地の人が住めない様な所の場合が多く、見つかればほぼ確実に食われるという状況では、観察し続けるのも、研究するのも難しい為に、殆ど記録として残っていないのだ。

 更に、討伐された個体を調べるにしても、剣や槍、弓矢などでボロボロに引き裂かれており、臓物を調べる事はできても、調べてる間にどんどん解体されて、肉塊と臓物だけにされてしまうのだ。

 肉は、貧民用に売られる事もあるが、殆どは魔獣を釣る為の餌として使われる。

 臓物も新鮮なら同様の使い方ができるものの、足が早いので、殆どが埋められる。

 一部の臓器は、薬として売られる事もあるが、そんな物を調べる魔獣学者は居ない。

 結局、成果は得られないという事だ。

 その内、1頭捕まえて調べてみるのも面白いかもね。


 スパパパ!

 「どこを見てるんですか!」

 ズパッ!


 リズが4頭の首をあっという間に斬り落として、最後のレッサードラゴンの首も斬り落とした。

 ワイバーンとレッサードラゴンの死体は、瞬時に発動されたウインドボードの上に乗せられて、アルティスの目の前に運ばれて、開いてあったディメンションホールの中へ消えて行った。


 『よし、殲滅完了だ。レッサードラゴンのブレスを食らった連中の確認をしてから戻ろう。』

 『上から見ると、丸焦げの死体が4体見えますね。一人は瀕死ですが、生きている様です。』


 あのブレスをまともに食らっても生きている者が居るらしい。

 火属性の耐性があったか、その手の魔道具を持っていたのだろうか。

 だが、それでも瀕死というのは、衝撃波と鉄をも溶かす程の威力に打ち勝つ事ができなかったのだろう。


 『死体も回収するぞ。不用意に近づくとこうなるって、参考になるからな。』


 爆心地に向かうと、しかめっ面をしたリズが立っていた。


 『生きてる奴はどこだ?』

 「あっちです。まだギリ生きていますが、腕と足が千切れてますので、助けるのはどうかと思いますね。」

 『それは、見てから考える。』


 死体の回収は後回しにしても問題は無いので、生きている奴の方を見に行った。


 『黒焦げだな。瀕死というより、もう死んでいるな。』


 瀕死だった者は、既にHPは無く、MPもミリ残っている状態で、これを治療術で治すのは不可能な状態だった。

 体の殆どは炭化していて、顔も何も判らない状態になっていて、判るのは人の形のみという状態だ。

 これではポーションを飲ませる事もできないし、振り掛けても吸収する事もできないだろう。

 片腕と片足が根元から無くなっていて、残った腕は肘から先が無く、足も膝から先が無い。

 これでは、生き残ったとしても生きて行く事が不可能だ。

 治療術で再生する事は可能だが、警告を無視した以上は、治療するのは最後になるし、冒険者ともあれば、全てが自己責任となるのだ。

 しかも、コイツを治すとしたら、MPが10万近く必要になるだろう。


 『一応、[鑑定]んん?ハーフバンパイア?どういう事だ?』

 「ハーフバンパイア?確か、吸血をされずにバンパイアの子を産むとそうなると聞いた事がありますね。」

 『残ったMPも消えないな。スキルに再生ってあるから、MP振り掛けたら、勝手に再生し始めたりして?』

 「バンパイアの様に不死身では無いので、あまりに酷い怪我をすれば、普通に死ぬとは聞いていますが。」

 『そうか。バンパイアの因子だけが残ってる状態みたいだな。ディメンションホールに入るかな?っと、入ったな。』

 「やっぱり、死んだって事で良いのでは?」

 『何とも言えないな。バンパイアもディメンションホールに入れそうだし、心臓を潰さないと死なない可能性もあるな。』

 「人族なんですか?」

 『分類上は、悪魔だな。だが、ハーフになれるという事は、人族の方に入ると見ても可笑しくは無い。』


 バンパイアは、人間の天敵とも言える存在で、生き血を糧として生き、血を吸う時に因子を注入する方法で眷属を作り、その眷属の内の優秀な者がバンパイアになれるという、特殊な方法で種族を維持できる種族だ。

 以前、悪魔と共に教会で司祭に化けていた奴が居たが、ウルファが心臓を一突きして殺していた。

 分類上では、悪魔の一種として考えられているのだが、一応寿命があり、血液と一緒に生命力を吸い取って、半永久的な寿命を得る事ができるらしい。

 血液は、人族の血である必要は無く、魔獣の血や動物の血でも良いらしいのだが、人族の血の方が、寿命を延ばす時に効率がいいのだとか。

 眷属にするかどうかは、血を吸う時に自由に切り替えが可能で、バンパイアの因子を注入される事で、眷属になるらしい。

 今回見つけたのは、ハーフバンパイアという種族で、吸血という行為を介さず、性交のみで生まれた場合にのみ生まれて来る種族なのだそうだ。

 バンパイアの性質を持つが、吸血をするかどうかは判らず、ハーフバンパイア同士がくっ付くと、バンパイアが生まれて来るらしい。

 吸血をするかどうか判らないというのは、バンパイアの吸血用の歯は、出し入れが可能で、普段は八重歯の様な長さだが、吸血をする時には最大2センチ程伸びるそうだ。

 2センチって結構な長さだと思うが、人族の中でもジャイアント族やティタン族の様に、分厚い皮膚を持ち、血管が深い所にある種族では、数ミリ伸びた所で届かないからだろう。

 首の血管からというイメージもあるが、首にある太い血管と言えば頸静脈か頸動脈のどちらかで、頸静脈ですら皮下1センチの深さにあるのだから、数ミリ程度では届かないのだ。

 ましてや、この世界の人々は、病的な人以外は筋肉質である事が殆どなので、がっちり筋肉で守られた血管に到達するには、2センチでもギリギリかも知れない。

 で、その出し入れできる歯でしか判断ができない事から、判らないという結論に至ったという事だ。

 ガブッと嚙みついて歯を食いこませるとしたら、歯型が丸く円を描く様に残ってしまうから、首元をよく見ないと判らないなんて事にはならないしね。


 前回の丸焦げと、今回の丸焦げで違うのは、前回のジョセフィーヌは魔王軍の侵攻に伴う被害者だった。

 だが、今回のハーフバンパイアは、冒険者パーティーであり、こちらの制止を振り切って侵入してきた連中だ。

 しかも、危険だと判っていたのに無理に入り込んで、仲間を見殺しにした馬鹿だ。

 そんな奴を助けたいと思うのは、命を救う事を信条としている医者くらいなものだろう。

 当然ながら、俺はそんな殊勝な信条は持って無い。

 他に何か助けたくなる様な材料でもあれば、助けてやってもいい気はするが、そんな物は早々見つかることは無いと思う。

 寧ろ、バンパイアの血が入っているのなら、別の方法もあるかもしれないからな。


 「戻りますか。」

 『そうだな、ハーフリングを捕縛して帰るか。』


 リズもハーフバンパイアを助けるかと聞いて来ない事から、助けたいとは思っていないのだろう。

 ハーフリングを回収する為に屋敷跡に戻って来たら、ハーフリングが居なくなっていた。


 「逃げたんですかね?」

 『さぁ?魔力感知には引っ掛からないな。こっそり付けたビーコンは、目の前にあるんだけどな。ソフティーは判る?』

 『目の前にいるよ?捕まえる?』

 『お願いするよ。』


 ソフティーが、粘着性のある横糸でハーフリングを捕まえた。

 まぁ茶番だが、魔力隠蔽とオプティカル・カモフラージュで逃げられると思っていれば、後で住処まで案内してくれると思っている。


 「こ、これはもしかして・・・、アラクネが居るのか!?」

 『そうだぞ?』


 姿を現したと思ったら、顔色が真っ青になって、小刻みにブルブルと震え出した。


 『怖いのか?』


 聞いても反応が無い。

 ソフティーが姿を現した。


 ガクッ


 驚き過ぎたのか、気絶してしまった。


 『何か因縁でもあるのかな?』

 『うーん・・・、人間との争いが起こる少し前に、ワイバーンを倒したらハーフリングが乗ってて、ハーフリングを保護したら、逃げ出して崖から落ちて死んじゃった事があったみたい。それ以外には、特に関りは無いみたいだけど。』

 『敵対視されてるとか?』

 『わかんない。』

 『そっか。』


 炊き出ししている所に戻って来たら、何やら騒がしい。


 『何かあったのか?』

 「お帰りなさいませ。ワイバーンの群れが討伐された事と、横暴な冒険者パーティーが全滅したのを喜んでいる様です。」


 今まで散々、自分達を苦しめて来たワイバーンの群れが居なくなって嬉しいのと、ハーフバンパイアのいる冒険者パーティーが全滅したのが嬉しいという事で、祝杯を挙げている様だ。

 住民の一人が、リズが戻って来た事に気が付いて、こちらに走り寄って来た。


 「ワイバーンを殲滅した英雄様が戻られたぞ!」

 「この街を救ってくれた英雄様だ!」


 ワーっと歓声が上がって、リズの周りに住民が集まって来た。

 ソフティーは、集まって来た住民に揉みくちゃにされない様に、スススとリズの隣から離れた。

 リズは、離れて行くアルティスを見て困惑の表情をしていたが、集まって来た住民が口々にお礼と感謝の言葉を言ってくるので、満更でも無い様子だ。


 「街を救って頂き、ありがとうございます。英雄様。」

 「母の仇を討って頂き、感謝の念に堪えません。本当にありがとうございました。」

 「お姉ちゃん、お母さんを殺したワイバーンを倒してくれてありがとう。」

 「どういたしまして。」


 少女がお礼を言って、すぐに走り出したその先には、少年少女の集団が居た。

 そこにいる子供達は、両親が居ない子供達ばかりで、みんな仇が討たれた事を喜んで泣いていた。

 仮設の避難所となっているこの広場には、あちらこちらに子供のグループが点在しており、ワイバーンからの恐怖から解放された事を喜ぶ気持ちと、これからどうやって暮らして行くか、不安で一杯な表情をしていた。


 『この街にも孤児院を作るか。』

 「ちょっとよろしいですか?私は、この街で商会を営んでおります、ホエイ商会のラクトフェリンと申します。少しお話をさせて頂きたいのですが。」

 『男爵家か。何か用か?』

 「ご存じでしたか。実は私共は、この街の再興の為に、お力になりたいと思っておりまして、あちらの炊き出しで出している料理のレシピを参考に、食堂を開きたいと思っております。つきましては、レシピをお譲り願えないか、お伺いに参りました。」

 『レシピは、あの鍋の横に置いてあるぞ、勝手に持っていけ。そんな事より、この街には官吏が居なくなってしまった。だから、お前がこの街の復興の為の人足を取り仕切れ。早急に破壊された家を建て替えて、人が住めるように整備しろ。屋敷の建築は後回しだ。それと、鍛冶職人、服飾職人、木工職人を捜し出し、日用雑貨と服を作れ。一人に3枚の札を持たせ、その札と交換で服と道具を渡してやれ。売るのは、その札が無い奴に対してだ。』

 「・・・っと、とりあえずは、生活基盤が整うまで、売る事を禁ずるという事でしょうか?」

 『当然だ。家が破壊されたのだから、財産なんて殆ど持っていない者が多いのに、金を払えと言っても払えない者が殆どだぞ?空腹なのに働けと言っても動ける筈も無し、復興が進まなければ、商売が儲かる筈もないからな。』

 「た、確かにその通りではありますが、全て無料では我々の方が先に疲弊してしまいます。」

 『給金は、ブラスバレルが出す。但し、不正に請求した場合は厳罰に処す。真面目にやっていれば、この街の官吏に任命される可能性が高いが、不正を行えば犯罪奴隷行きだ。どうする?』

 「領主様が、我々を登用してくれるでしょうか?私共は、以前にオスカー様から、男爵家を名乗る事を禁じられたのです。」

 『例え侯爵家であっても、廃爵する権限など持ち合わせていない。男爵位を与えたのは王なのだから、勝手に廃爵など王に逆らう所業だ。』

 「では、オスカー様は懲罰を受けるという事でしょうか?」

 『オスカーは死んだ。今の領主は、俺だ。嫡男のリオネル・ブラスバレルは、領主代理として業務を引き継いだ。お前等が何をしでかして罰を受けたのかは知らんが、悪事を働かないのであれば、問題は無い筈だ。』

 「り、リオネル様がご当主代理様になられたのですか・・・。実は、リオネル様にお贈りした服が、腰を下げた時に割けてしまわれたとの事で、罰を受けたのです。」

 『太っただけじゃねえか!』


 この世界の服は、新品で作る場合は、体のサイズを徹底的に調べ上げてから作る、完全オーダーメイドなのだ。

 だから、服を贈るにしても、サイズの確認をきっちり行ったうえで作るし、作られる方も体形が変わらない様に気を付けるものだ。

 製作期間も、それ程長い訳では無く、針子がチクチクと縫ってはいるが、正装であっても概ね3ヶ月程ででき上る。

 その3ヶ月で体形が変わったのであれば、それは当人の責任だ。

 普通はあり得ない話だな。

 王国軍の様に、スパルタで厳しい鍛錬を行っているなら兎も角、通常の鍛錬で体形が変わるなんて事は、ほぼ無いだろう。

 つまり、暴飲暴食以外では起こり得ない現象という事だ。


 『リオネルにきつく言っておく。』


 世の中には、権力を与えても良い者と駄目な者がいる。

 オスカーが良い例だな。

 権力を笠に着て、威張り散らす馬鹿は、権力を持ってはいけない部類の者の代表例だ。

 権力とは、威張り散らす為の物では無く、人々を導く為に行使する物であり、決して人々を虐げる為の免罪符では無いのだ。

 馬鹿は、人を使う事と虐げる事を混同して考えるので、威張り散らして反感を買い、ゆくゆくは経済に影響を与える事になるのだ。

 尊敬できない上司の為に真面目に働く奴なんて居ないからな。

 次官達は汚職に溺れ、その下は少しでも多く稼ぎ、早々に見切りをつけて逃げ出そうと画策し、労働者達は働かずに時間を潰す様になり、生産能力が落ちる。

 無理矢理働かせようとしても、真面目にやらないから不良品や粗悪品が増え、粗悪品を売れば商会の名に傷が付く為、仕入れ先を変更するべく離れて行く。

 まともな商人であれば、腐ったリンゴを買う者は居ないのだ。

 ブラスバレルも同様に、腐ったリンゴどころか、厄災を招き入れてしまったばかりに、領内は荒れに荒れ、経済はボロボロ、領民の安全も保障できなくなり、誇りだった騎士団も弱体化してしまったのだ。

 元々の当主だったオスカーも馬鹿であったが、長期に亘り権力を持ち続ける事によって、段々と馬鹿になったのだろう。

 そのオスカーを殺し、次に当主を名乗ったのが、正真正銘天然の馬鹿であるアレックスだ。

 本物では無いにせよ、その性格や思考をコピーしてしまった悪魔には、本物をトレースした行動しかできないのだから、本物がやったとしても結果は同じだっただろう。

 違うのは、偽物は本物よりも狡猾だった事くらいか。


 『どっちもどっちか。』

 「何か言いましたか?」


 念話で呟いてしまった様だ。


 『何でもない。兎に角、商人であれば人を動かす術は知っているだろうから、お前が復興の指揮をやれ。リオネルには俺から伝えておく。』

 「か、畏まりました。つきましては、一つ確認をさせて頂きたい事がございまして、聞いても宜しいでしょうか?」

 『一々畏まらずに聞いていい。気になる事があればどんどん聞け。』


 毎回「聞いても宜しいでしょうか?」なんて言われてたら面倒くさいからな。


 「では・・・、今街の中を動き回っているコボルトと兵士についてですが、建築の要員として利用させて頂いてもよろしいでしょうか?」

 『使っていいぞ。但し、コボルトは行方不明者や瓦礫に閉じ込められた者達の捜索と、救出に当てろ。それと、街の警備だな。』

 「コボルトに街の警備をやらせるのですか?役に立つんですか?」

 『曲りなりにも王国軍の一員だぞ?オーガくらいは倒せる実力の持ち主だ。その辺のゴロツキ程度では、相手にならんな。』

 「お、オーガですって!?本当に勝てるんですか!?」

 『ガウス、今暇だろ?ガンバレルに来て、コボルトと模擬戦やってくれ。』

 『暇と言えば暇だが、子供の護衛はどうするんだ?』

 『休憩がてら、ブラスバレル軍にでもやらせておけばいいだろ。』

 『少し前に戻って来て、休憩してるぞ?』

 『じゃぁ、丸投げして来い。オリビア、子供達の護衛をやれ。』

 『ええっ!?』

 『嫌なのか?』

 『えっと・・・、嫌では無いのですが、その、何と言うか、きつい・・・かと・・・。』

 『ずっとやれと言ってる訳では無く、ガウスを借りるから、戻って来るまで護衛してろと言ってるんだ。できるな?』

 『は、はい・・・。やります・・・。』


 凄く消極的な返答だったのは、元気な子供の相手は凄く大変だと知っているからだろう。

 特に、ガウスの体をよじ登る程の元気な子の相手は、かなりの体力を使う事になるかもしれない。

 まぁ、だからと言って、やらなくていいなんて事にはならないんだけどね。

 ガウスが戻るまでの間、我慢してくれ。


 『ガウス、準備は良いか?』

 『おう、いつでも行けるぜ!』

 『[ワープゲート]』


 ラクトフェリンは、何も無い所に突然現れた黒い壁に驚いて、後退った。


 「来たぜ。あんま自身ねえけどな。」

 『相手は今呼ぶ。ガンバレルにいるコボルト隊の中で一番弱い奴は、今すぐ俺の前に来い。』


 アルティスからの念話を聞いたコボルト達の頭に?が浮かんだ。


 『失礼ですが、一番弱い者ですか?』

 『そうだ。一番弱い奴だ。』

 『えっとぉ・・・、それは、戦闘力がって事でしょうか?』

 『それ以外に何がある?』

 『ですよねー、ハハハ。すぐ向かわせます。』


 数分でやって来たのは、やる気に満ちたチワワ?いや、熱血漢のチワワか。

 なんか、眉毛が黒くて、海苔でも貼り付けて、怒り眉にした様な感じなんだよ。

 しかも、目も鋭い。

 まったくもってチワワのイメージでは無いな。

 で、鑑定してみたら、テチチ族となってた。

 テチチって、古代文明で飼われていたチワワの祖先の事だった筈。

 目の前に居るのは、スムースコートのテチチって事だな。


 「お待たせしました!ペチチと申します!宜しくお願い致します!」

 『おう、よろしく。今から、ガウスと模擬戦やってくれ。勝ったらシープキャトルの骨やるぞ。』


 ガウスと模擬戦と言ったら、キッとガウスを睨みつけて、ご褒美にシープキャトルの骨をやると言ったら、喜色満面になった。

 睨まれたガウスは、タジタジだ。

 王都でもガウスは、コボルト達と何度も模擬戦をやっているのだが、今の所全敗らしい。

 小回りの利くコボルト達に、パワータイプのハーフギガント族では、対応できない様だ。

 だが、今回の趣旨から言えば、コボルトがオーガに勝てる事の証明としては、ぴったりな対戦なのだ。


 「俺には無いのか?」

 『ガウスには、そうだな・・・シープキャトルの肉1頭分だ。』

 「食いきれねえよ!」

 『じゃぁ何がいい?』

 「カレンさんの手料理。」


 ん?


 『カレンの事好きなのか?』

 「あぁ、好きだ。」

 『そうか。じゃぁそれで行こう。』


 ガウスは、カレンがお気に入りらしい。

 後ろで話を聞いていたリズは、両手を頬に当てて、クネクネしてる。

 今まで、浮いた話の一つも無かったカレンにも、やっとその手の話が出て来た事に喜んでいる、と信じたい。


 『では、ガウスとペチチの模擬戦を開始する。構え!始め!』


 二人は、掛け声も無く間合いを詰めて、打合いを始めた。


 キンッ!カキンッ!


 初手は、ガウスの打ち下ろし、ペチチがそれを薙いでからの薙ぎ払い、ガウスがそれを後ろに下がって回避した。


 ガキンッ!ガッ!


 すかさず、ペチチが間合いを詰めて、ガウスの足を狙い、ガウスはバスタードソードでそれを弾き、下からの逆袈裟で打ち上げ、ペチチが短槍で防ぎ、空中へ舞い上がった。

 落下地点へガウスが先回りするが、ペチチはエアボードを使ってガウスの真後ろに降り立ち、振り向こうとするガウスの死角に回り込んで、死角からの一突きを放った。


 「ぐあっ!」


 ペチチの突きがガウスの脇腹に突き刺さったが、浅い。

 血が流れてはいるが、ハーフギガントの自己再生能力により、すぐに血は止まり、傷も塞がった。

 ラクトフェリンは、固唾を飲んで見守っている。


 模擬戦は、試合ではあるが、スポーツでは無く実戦の練習であり、命のやり取りは無いが、多少の怪我では止めることは無い。

 致命傷となり得る攻撃は寸止めになるが、それ以外の怪我なら止まることは無いのだ。

 それは、この世界ならではの事情があるからだ。

 この世界では、自己再生能力というスキルが存在していて、振り掛けるか飲む事で多少の傷を治せるポーションがある事により、瞬時に治せてしまうのだ。

 そして、この模擬戦は実戦の練習という事もあり、自己再生能力の無い者であっても、ポーションを使うタイミングを覚えられる、唯一の練習方法なのだ。

 自分を治療するタイミングは、イメージトレーニングで考えていても、実際にやれるかどうかの検証は必要だ。

 マジックポーチから取り出し、蓋を開けて飲む、たったそれだけの事であっても、ほんの一瞬だけでも隙ができてしまうのは、実戦の最中では致命傷になりうる行為なのだ。

 だから、それを練習する。

 敵にしたって、怪我を治されるのは困る事であるから、その一瞬の隙を突いてくる。

 ポーションを飲めるタイミングは、相手の攻撃が届かないくらいの距離が空いた時か、相手が呼吸を整えている時くらいしかない。

 敵の見えない所に隠れて飲む?無い無い。

 1対1の戦いの最中に、敵から目を逸らすなど自殺行為にも程があるってものだ。

 物陰に隠れる?パワータイプなら物陰ごと破壊するし、魔法で上から攻撃もできるのだから、意味が無い。

 死角は、真後ろか真上しか無いのだ。

 目つぶしをするなら、倒す事を優先するし、倒せない相手なら仲間を呼ぶ。

 我が軍では、自己犠牲を良しとしない。

 当然、相手を舐めてかかる事も禁止している。

 必ず、相手をよく観察して弱点を見極めさせる。

 口では挑発する様な事を言っていても、油断する事は無い。

 挑発する事で露見する弱点というのもあるので、挑発自体は止めさせることは無い。

 寧ろ、挑発してタゲを取るのがお仕事のタンクも居るのだから、挑発を止めさせたらお仕事を奪ってしまうって事になる。

 タンクが居ない場合でも、タゲを一人に集中させる事は悪い事では無いので、推奨はしないが禁止もしないのだ。

 ガウスの様な大柄の者がタンク役を引き受けがちではあるが、大柄な者は、幅広のバスタードソードやバトルアックスなどの武器を持っていて、それを盾の様にして使ったりもする。

 剣を大事に使えという意見もあるが、本来の使い方では無いにしろ、戦いの道具であり、消耗品である事には変わりは無い。

 戦いの道具である以上は、本来の役目である斬るという事以外にも、使われる事を想定しなければならない。

 切る専門の道具は、剣では無く包丁なのだ。

 剣は、斬る突く薙ぐ事を想定して最適化されており、柔らかい物から硬い物まで何でも対応できる事を想定している。

 だから、攻撃を弾く事や逸らす事も問題無い。

 というか、弾く方法や逸らす方法を練習しろと言っている。

 細かいテクニックを身につければ、それだけ生存率が上がるからな。


 「あ、あの!もう解りましたから、止めて頂けませんか!?」


 細かい傷が増え、血をダラダラと流しているのを見て、ラクトフェリンが止めて欲しいと言ってきた。


 『駄目だ。あれは真剣勝負だからな。己の実力を計ると共に、実力を見せているんだ。ペチチは、コボルトの中でも弱い方に入っているから、今ここで実力を示して、俺にアピールしたいんだ。途中で止めたら、その思いを踏みにじる事になってしまう。』

 「が、ガウスさんの方が心配なんですが・・・。」

 『大丈夫だよ。あの程度の傷はチクチクする程度で、刺激になって良いんじゃないか?』


 ガウスがアルティスの言葉に反応した瞬間、ペチチの短槍がガウスの首に刺さる寸前で止まった。


 『勝負あり!ペチチの勝利!』


 ペチチがハッと気づいた様にガウスから離れ、項垂れた。


 『どうした?ペチチの勝ちだぞ?』

 「本気で刺そうとしていました・・・。申し訳ございません。」

 『刺さらないから大丈夫だ。寧ろ、本気でやれるのは才能だぞ?模擬戦だからと手を抜いていたら、訓練にならないからな。だが、本能に頼るのでは無く、冷静さを保つのも重要だ。冷静になるのも必要なのは、相手の動きに対する自分の動きをトレースして、参考にする必要があるからだ。いつまでも本能のまま動いていては、成長できないからな。』


 ペチチはアルティスの話を真剣な顔で聞いた。

 そして、冷静さを保つ事の重要性を教えられ、自分の弱さの原因に気付かされた。

 いつも模擬戦をやっている相手は、同じコボルトだ。

 本能のまま動いていても、相手はその本能の動き方を知っているのだから、次の動きを予測できてしまうのだ。

 それでは勝てないのは当然の話で、いつまでも最弱と言われ続けている自分が弱いのは、体格や力の差では無く、自分自身の心にあった事を理解できた。

 体格と力が圧倒的に強い相手を打ち負かした事で、自分より大きい相手に負けて当然という考えを否定された。

 本能のまま動いていた事を見透かされ、そのままでは成長できないと指摘された。

 それならば、次にやる事は何か。

 ペチチのこれからの目標が明確に示された。

 ペチチは、やる気に満ちた目でアルティスを見た。


 『ペチチの可能性は、無限大に広がっている。頑張れ。』

 「ありがとうございました!」

 「・・・ありがとうございます。」


 ラクトフェリンに突然お礼を言われた。


 『何だ急に?』

 「人の育て方を教えてもらいました。そうやって育てるんですね、悪い所を責めるのではなく、諭して促してから、褒める。中々できる事ではありませんが、頑張ってみます。」

 『あぁ、そういう事か。頑張る理由は、人それぞれにある。その頑張る理由を理解してやらなければ、諭すのは難しいと思うぞ。』

 「頑張る理由?」

 『そいつの思っている目標だ。目標を達成する為に頑張っているが、疲れて来るとその目標がぼやけて来る。失敗が続けば、視野が狭くなり、目標を達成する為の手段が間違った方向に進みやすくなる。それを見極めてやるのは厳しいから、疲れているのが見えるなら、無理にでも休ませる。休ませる時に、ちょっとだけ話を聞くんだよ。目指す物は何か、仕事を覚えるには休む事が重要だと教えてやる。簡単なアドバイスをしてやればいい。人夫なら休憩を決まった時間に取らせる。職人なら視点を変える方がいいと言ってみる。目の下にクマのある者なら、短時間でもいいから寝ろと言う。』

 「休ませるのは、サボらせるという事では無いのですか?」

 『サボるというのは、長時間仕事をしない事だ。休憩は、仕事と仕事の合間に、ちょっとだけ休む事。休暇は、疲れた体をリフレッシュする為の日だ。人は、酷使しても効率が悪くなるだけで、仕事は終わらない。だから、休ませる事でリフレッシュさせるんだよ。やる事が無くても、寝てるだけでもいいから、仕事を休ませる。たったそれだけの事で、仕事の効率が上がるんだから、安い物だろ?』

 「そうなんですか?」


 あぁ、こいつは疲れた時と、疲れていない時の差を知らないのか。

 経験してみなきゃ解らないんだろうな。


 『じゃぁ、体験してみるか。』

 「えっ!?いいですよ、やらなくても解りますから!」


 無視しよう。

 やらせる仕事を探す為に振り返ったら、丁度そこに仕事を抱えた奴が居た。

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