表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/107

第101話 ブラスバレルの悪魔

 昨日夕方に行われた奴隷商の一斉調査で、多数の獣人奴隷を発見し、その選別を行った結果、犯罪奴隷の中で9割が冤罪で、残り1割の内の半数が正当防衛による傷害罪、他が自暴自棄になって強盗や殺人を犯した者と判った。

 この街には、ブラスバレル軍への入隊希望者の獣人が多数居た様だが、軍の中ではあまり待遇が良い訳では無く、人間から妬まれる事も多かった為、肩身の狭い思いをしていた様だ。

 ただ、そうは言っても、人間よりも優秀な者が多数いた為に、それ程悪い待遇という訳でも無く、ずっと耐えていたらしい。

 そして、アレックスが領主になった途端に奴隷にされるという、意味不明な状況に陥ってしまい、抵抗したりして犯罪奴隷にされてしまった様だ。


 『まぁ、普通の反応だよな。とりあえず、俺は差別する様な事はしないが、優遇する様な事もしない。お前らレベルでは、我が軍の足元にも及ばないからな。』

 「な、なんだとー!?俺達より強いなんてあり得ねえ!そんな奴が居るってのなら、戦わせろ!」

 『リズ、あしらってやれ。』

 「仰せのままに。」

 「はあ?女だと?舐めてんのか?」

 「10人まとめて来るがいい。」


 リズが殺気を少し放つと、尻尾が股の間に入った者が、約半数出た。

 吠えてる奴は、尻尾が小刻みに震えていて、水平に伸びている事から、必死に股の間に入るのを耐えている様だ。


 「どうした?震えている様だが?」

 「ふ、ふる、震えてなんて、い、いないぞ!」


 獣人達の後ろの方から、でかい図体の奴が出て来た。


 「なんだよ先輩方、こんなひ弱そうな女にビビってんのか?俺様が相手をしてやるぜ。その後は、そっちのちっこいのを叩き潰してやるぜ。」

 ピキッ

 『リズ、圧密木材の剣を握り潰すなよ。ったく、一応トレント材なんだぞ?』

 「まだ罅が入っただけです。まだ使えますよ。」

 「おい、無視すんじゃねえよ!」

 「早くかかって来なさい。口ばっかりで、手が動いてませんよ?」

 「死ねえ!」


 男が大剣を振り下ろした。


 シャリッ

 「まだやりますか?」


 リズは冷静に大剣を受け流し、体勢の崩れた男の首に、剣を当てた。


 「・・・ま、参りました。」


 大男の首に当てられた剣は、軽く触れた程度の様に見えて、少し強めに当てていた様で、首には赤い蚯蚓腫れができていた。


 『大男は、獣人?』

 「熊系の獣人の様ですね。割と数の少ない種族ですよ。力強く、足もそこそこ速く、持久力もある、戦闘向きの種族ですね。」

 『へー、色違いなのは、亜種とかか?』

 「そうですね。3人の毛色が違うのは、金毛が黄熊族、赤毛が赤熊族、黒いのが黒熊族です。この3人の中では、黄熊族が一番強くなりますが、成長が遅いんですよね。」

 『大器晩成型か。蜂蜜が大好きって事は無いか?』


 赤いシャツでも着せてみようかな?


 「蜂蜜は、皆好きじゃ無いですか?」

 『そうか。それもそうだな。』


 また何か忘れてる気がする。


 「また何か忘れ去られている気がします。」

 『そうだ、クリストフが居たんだ。』

 「・・・。」

 『お前、影薄くないか?あ、影薄い奴をもう一人思い出した!ティンプ?どこにいるんだ?』

 『エキドナに居ますが?』

 『まだ門前で見張ってるとか?』

 『いえ、官吏の屋敷で市民のお世話をしています。』

 『兵士とリザードマンが居るんだから、こっちに来いよ。』

 『走って行けばいいですか?』

 『教会のポータルを使え。』

 『あ、はい。』

 『ブラスバレル領内及びアンセアリス領内にいるバネナ王国軍で、手の空いている者は、速やかに各領内の街を回り、ブラスバレル民の洗脳状況の調査と状況に応じてイレーズを使って解放しろ。各門及び官吏の屋敷の門には、魔道具の設置を行い、アンセアリス領内のブラスバレル民をエキドナに集めろ。ある程度溜まったら、まとめて返す。』

 『アンセアリス領内の街は、全てチェック終わりました。ブラスバレル民が居たのは、ブラスバレル領に隣接する街のみで、殆どが隣の街から来ていましたので、教会のポータルを使って戻しています。ウルファさんから聞いていませんか?』


 ウルファの方を見ると、そっぽを向かれた。


 『判った、ありがとう。』

 「さってと、孤児を探しに行ってきます。」

 『必要無いだろ?ウルファ、やってくれるのは良い、問題は無い。だが、報告が無いのは駄目だ。ほら、何をどうしたのか、報告しろ。』

 「う、うーん、まぁ、色々やった。で、全部終わりました。」

 『お前はガキか?違うのならちゃんと報告しろ!』

 「何か、こう、優秀さをアピールしてるみたいで、恥ずかしい。」

 『ウルファ少年兵、早く報告しろ。』

 「しょ、少年兵!?」

 『仕事の成果も真面に報告できないんだろ?しょーもないプライドが邪魔して、ガキんちょが変な意地を張って黙ってるのと同じじゃねえか。冒険者時代に、ギルドへ報告してたんじゃねえのかよ。何で同じ事を俺にはできないんだ?』

 「・・・、判りました。では、報告します。アンセアリス領内のブラスバレル領民は、全員イレーズで正気に戻したうえで、ブラスバレル領に送りました。ブラスバレル領内の各街については現在調査中で、今の所、兵士が少しおかしいくらいで、特に異常は見られないと連絡が来ています。」

 『井戸の水は調べたのか?』

 「いえ、調べていません。」

 『すぐに調べさせろ。クロルローチが依存性の薬を隠しているか、井戸の中にぶちまけて、中毒者を増やしている可能性がある。中毒者が居た場合は、速やかに万能薬を一滴飲ませて、治療しろ。それと、奴隷商の対応と、孤児院のチェックもやれ。』

 「孤児院は無いそうです。井戸と奴隷商の方は、確認させます。」


 孤児院が無い?潰されて久しいって事か?


 『おい!オリビア!他の街に孤児院は無いのか?』

 『ありますが?まさか!他の街の孤児院までもが潰されたと!?』

 『現地で調査したら、無いって言われたそうだぞ?』

 『そんな筈はありません!寧ろ、無い街などあるのですか?』

 『聞いた事は無いな。』

 「現地民に聞いたら、無いと言われたと報告がありました。」

 『そりゃ、アレックスの手下だと思われてるんだよ。聞き方を変えろ。アレックスは死んだから、新領主が孤児を保護する為に探していると。』

 「了解。」

 「ティンプ、と、到着しました。」

 『魔力酔いかよ。休んでろ。ガウス、今どこだ?』

 『あぁ、大渓谷を迂回してる。』

 『橋は?』

 『落ちてたぜ?』

 『早く言え!』

 『ティンプを投げて、対岸に行かせたから、今頃は着いていると思うぜ。』

 『ストックだろ?』

 『え?ティンプ・・・あれ?』

 『今すぐ魔道具を起動しろ!馬鹿者!』


 ガウスの返事を待たずに、ストックの所に飛んだ。


 『生きてるか?』

 「はい・・・、何とか。」

 『ポーションは?』

 「使いましたが、この通りなので、あまり意味が無くて。」

 『アミュレットの緊急避難が作動していない?』

 「そうですね、偽物なので。」

 ガキンッ!

 「な!?」


 ストックの魔力を辿って飛んだのだが、どうやら偽物だった様だ。

 本物の魔力を探ってみると、ガウスと同じ所に居るのが判った。

 偽物のストックは、来る時には無かった石筍に突き刺さった状態で、腹の9割が無いまま生きていたのだ。

 つまり、こいつは偽者って事が、見た瞬間に判った。

 突き刺さる事の無い防具を着て、裏地にはアラクネ絹、肌着もアラクネ絹、スケイルメイルとアミュレットには刺突耐性が付いており、普通の岩程度では、到底貫通する事等不可能と言えるのだ。

 しかも、アミュレットには、命の危険にさらされると勝手に発動する、緊急避難テレポートが付与されているので、防具を貫通した場合には、王都に飛んでいる筈なのだ。

 そして、目の前のモドキの腹には、直径40cm程の石筍が貫通していて、内臓がどこかに行ってしまったにも拘らず、何とか生きているらしいのだ。

 普通なら、即死だよ。

 それに、何故か足が動いているのだ。

 背骨を貫通している筈が足が動くとか、お前はプラナリアか何かか?

 演じているモドキは、人間の体の事を全く理解できていないのだろう。

 人間は、背骨を損傷したら、その損傷個所から先は動かないんだよ?

 まぁ、おかげで今回の騒動の犯人を捕まえる事ができたのだから、僥倖と言えるのかもしれない。


 『犯人が馬鹿で良かったよ。おかげで捕まえる事ができた。』

 「何で判ったんだ!?」

 『何でって、普通、石筍に腹を貫かれて、腹の9割を喪失したら、人間は死ぬんだよ。生きてたら、びっくり人間だぞ?それに、背骨を切断されたら、そこから先は動かないんだよ。本当に、人間の事を何も知らないんだな。』

 「ふん!逃げっ」

 ゴンッ!

 「何だと!?」

 『ホーリーボックスで囲んであるんだよ。お前等悪魔は、ここから出る事はできない。俺は出れるけどな。』

 シュン


 ホーリーボックスごと、近くの陸地に飛んだ。


 『さて、目的と仲間の数を教えてもらおうか?』

 「教える訳が無かろう!」

 『[ホーリーニードル]』

 「ギャー!」


 何度か悪魔を退治してきて判った事は、悪魔には魔石という物が無く、急所も特に無いという事が判った。

 根本的に、肉体を持たない種族?の為、物理的な攻撃は殆ど効かないのだ。

 効くのは、光属性の攻撃や神聖属性だけで、他の属性では高い魔法耐性によって、殆どダメージを与えられない。

 特に、物理ダメージはほぼ無効と言っていい。

 殆どの悪魔は闇属性なのだが、高位の悪魔になると上位属性の暗黒属性になり、光属性でもダメージを与えるのが困難になってしまうのだ。

 暗黒属性に対抗するには、眩耀(げんよう)属性が最適で、光属性の上位属性が必要になる。

 過去に何度か使った、インカンデセンスがこの眩耀属性の魔法だと思う。

 思うというのは、過去に眩耀属性を使える魔法師が居なかった事から、定義が存在しないのだ。

 定義が無いのに属性が存在しているのは、理論として暗黒属性の相剋(そうこく)する属性として考えられているからだ。

 その理論は、1000年前の魔法学で研究されていたらしく、禁書庫にその研究をまとめた本が残っていたのだ。

 禁書庫に隠されていたから、魔族に燃やされる事なく、劣化も無く残っていたのだ。

 ほんと、禁書庫様様(さまさま)だね。


 「グギギギギ!こ、こんな事をして、た、タダで済むと、お、思ってるのか!」

 『お、こんな所に神聖魔法の魔道具が。』

 「ひいいいぃぃぃ」

 『早く喋った方がいいぞ?』

 「判った!判ったから、神聖属性はやめてくれ!」

 『で、目的は?』

 「餌場の確保だ!」

 『仲間は?』

 「居ない!俺一人でやってる事だ!」


 そんな事ある訳無いだろ?神聖魔法玉では強すぎるから、ちょっとワラビに協力してもらうか。


 『ワラビー、悪魔捕まえたから、ちょっと来てよ。』

 「はい。」

 『早っ!』

 「最近、悪魔の気配を感じる事ができる様になりましたので。」

 『最近、ワラビの成長が目覚ましいな。』

 「そんな事より、この悪魔は退治しても?」

 『待て待て、こいつの仲間や協力者を吐かせないと、解決できないじゃん。』

 「この悪魔の依り代は、どなたですか?」

 『んー、[鑑定]お、アレックス・ブラスバレルって出たな。という事は、アレックスだと思って討伐した悪魔は、アレックスのフリをした別の悪魔だったのか。』

 「その小娘は何だ!」

 『ん?聖女だが?』

 「!!?やめろ!近寄るな!離れろ!!」

 『で、他に仲間は?』

 「居ない!仲間なんて居ない!」


 仲間という定義が無い可能性もあるか。

 魔界では、全員が敵だったんだもんな。


 『じゃぁ、同じ目的で活動している悪魔はいるか?』

 「3人居る。」


 やはりそうか。

 仲間では無いが、目的が同じ悪魔が居るという事か。


 『どこに?』

 「東の領と南東の領と南の領に一人ずつだ。」


 東の領はドロデス領、南東の領はアンセアリス領、南の領はムラサキ領だな。

 ブラスバレルを基点として動いていたとしたら、少し規模が小さいと感じる。

 だとすると、ムラサキ領かドロデス領が怪しいんだが、ドロデス領は魔王軍が蹂躙したから、そもそもの人口が少ないんだよな。

 とすると、ムラサキ領か。


 『コルス、ドロデスとムラサキの調査を頼む。』

 『ムラサキ領は既に3名が調査をしていますが、これと言って成果は無い様ですが?』

 『アプローチの仕方が間違っている可能性がある。パープル家では無く、その周辺ではどうなんだ?』

 『報告では、特に変わった様子は無いとの事です。』

 『うーん、領主邸の門に魔道具を設置してみてくれるか?どうせ、結界もボロボロなんだろ?』

 『はい。結界は所々に穴が開いている様です。魔道具の設置はやりますか?』

 『魔道具は設置しておいてくれ。いずれにせよ、色々防いでくれるから、無駄になる事も無いからな。』

 『了解しました。』

 『あと、潜入している子には、定期的に万能薬か聖水を飲む様に言っておいてくれ。』

 『その可能性があると?』

 『あるな。そもそも、何も見つからないってのが可笑しいんだよ。多かれ少なかれ、何かある筈だ。』

 『聖水に意味はありますか?』

 『悪魔の分身か、何かに憑かれている可能性もある。飲んでも損は無いだろ?』

 『判りました。指示を出しておきます。』


 聖水の効果というのは、(よこしま)な物を(はら)ったり、ゴーストやレイスを寄せ付けなくなるとか、様々な効果が期待される。

 聖水は、浄化された水に祈りを捧げて、神聖属性の付与や神力を纏わせた物で、毎朝ワラビが大聖堂で作っている物だ。

 王都の大聖堂には噴水があって、噴水の頂点には、豊穣の神イシスと、生命の神ビオスと、大地の神アシントマフの神像が鎮座していて、その噴水に流れている水は、全て神力を纏った聖水となっている。

 この3柱の神像しか無いのは、狩猟の神フェレスや、戦いの神アルテウスを奉るのは違うと思ったし、オーベラルは創造神だが論外だからだ。

 特にオーベラルは、善と悪の両面を持つ為に、信仰するのはいいとして、悪の面を持つ神を奉ると、神聖領域の力が弱まるのだ。

 フェレスとアルテウスを違うと思ったのは、この2柱は善では無く、中立だから神殿に奉るべきでは無いという考えだ。

 何故なら、狩猟が善と考えているのは人族で、狩られる者からすれば、それは悪だ。

 戦女神のアルテウスも、味方には善でも、敵からしたら悪であり、立場が変わればそれは入れ替わるのだ。

 勝利の女神なんて奴は、強い方に(なび)く、謂わば日和見主義って事だからな。

 そんな奴らは、神殿には相応しくないだろ?


 『さて、目的は言わないみたいだし、ワラビ、やっちゃっていいよ。』

 「はい、ありがとうございます。」

 「ちょ、ちょ、ちょ、待て待て!喋ったんだから助けるのが筋ってもんじゃないのか!?」

 『悪魔を助ける?冗談だろ?散々暴れまくっておいて助けて欲しいとか、都合が良過ぎるだろ。それに、お前、何人の魂を食った?』

 「鬼ー!悪魔ー!」

 『悪魔に悪魔呼ばわりされる日が来るとはね。まぁ、転移者か転生者を食った事は判ったよ。益々許せないな。』

 「悪魔呼ばわりされたお前は、悪魔になるんだぜ?知ってるか?」

 『ならないぞ?俺は神の使徒らしいからな。そんな物は効かない。』

 「・・・」

 「[セイクリッドファイア]」

 「ギャー!」


 ワラビが使ったセイクリッドファイアで燃え上がった悪魔は、青い炎とピンク色の炎に巻かれて、あっという間に燃え尽きて消えて行った。

 悪魔の体から解放された魂は、光の粒となって天に昇って行った。


 『ワラビは戻ってくれ。俺はガウス達の所に寄ってから戻る。』

 「畏まりました。」


 ガウスの所に飛んだ。


 『正気に戻ったのか?』

 「アルティス様、ガウスさんは洗脳に罹っていたって事ですか?」

 『そうだな。どんな感じだったんだ?』

 「私の事をずっとティンプと呼んでいましたね。何度違うの言っても信じて貰えなくて、どうしようかと思ってました。」

 『そうか。何で連絡しなかったんだ?』

 「え?いや、何でと言われても、ただの勘違いかと思っていたので。」

 『ふむ、深刻だな。どうしたものか・・・。』

 「え?え?何がですか?」

 『お前の鈍感さが深刻だ。どうにか直さないと、駄目だな。』

 「ど、どうすれば・・・。」

 『ちょっとこれを持て。』


 渡したのは神聖魔法玉だ。


 「これは?」


 知らない時点でこいつは偽者確定だな。


 『起動』

 ピカー!

 「ギャー!」

 「な!?ストックが燃えたぞ!」

 『偽者だからな。』

 「偽者!?」

 『だからティンプと勘違いしていたんだろ。お前等ハーフギガントは、見た目で判断していないからな。』

 「まぁ、シルエットとか魔力で見ているが、・・・そうか。」

 『ストックのアミュレットの位置は・・・ブラスバレルの中だな。一旦戻るぞ。』

 「おう。」

 シュン


 ブラスバレルの城に戻った。


 『ワラビ、ブラスバレルの街全体に、対悪魔用の魔法をかけられないか?』

 「おかえりなさいませ。街全体にですか?」

 『悪魔がウロウロしていて、いちいち面倒くさいんだよ。』

 「では、ピュリフィケーションで対応します。」

 『おう、頼んだ。』

 「[セイクリッドピュリフィケーション]!」


 ワラビの神像付きの杖を構え、魔力を込めてから発動した魔法は、杖から眩く光を発して街全体に広がって行った。

 直後に、街全体から叫び声や悲鳴が響き渡り、街全体が大混乱に陥った。


 『ソフティー、手伝って。』

 『子供が消えた!子供が何人も消えた!』


 保護した筈の子供の中にも悪魔が潜んでいた様で、突然目の前で子供が消えた事に、珍しくソフティーが動揺している。

 周囲でも、今まで隣にいた兵士が消えたとか、話し相手が消えたとか騒いでいる声が聞こえるのだ。

 そして、ガウスまでもが消え去ってしまったのだ。

 まぁ、判ってたからワラビに頼んだんだけどね。

 ストックの偽者を倒した時は、後ろでマジックシールドを展開して防いでいたのだ。

 で、今いる所の目の前には、ストックが居る筈なのだが、全く姿が見えないのだ。


 『これは、幻影か時空魔法の何かで隠されている?そんな感じだな。[ディスペル]』

 ガシャーン

 「なんだと!?何故破壊されるのだ!?」


 幻影とは少し違う気がするが、ガラス質の何かが壊れる音と共に、目の前には結界の中に入った悪魔が現れた。


 『ワラビ』

 「[セイクリッドフィールド][セイクリッドコンテインメント]」


 対応の早いワラビが、凄い使える!

 対神聖結界か、対浄化結界かは判らないが、結界の中に閉じこもって防いだ様なので、その結界を神聖領域と神聖な結界で包み込んだのだ。

 通常なら対消滅しても可笑しくない状況だが、ワラビのMAGが上回っているらしく、悪魔の張った結界だけが消えた様だ。

 普通の神聖魔法であれば、信仰の深さで強弱が決まるのだが、ワラビが使った結界は、無属性魔法の結界に神聖属性を付与しただけなので、MAGの影響が強いのだ。

 神聖魔法には、別の結界魔法が存在しているのだが、そちらはMP消費が3倍以上で、効果ももっと強力な物であり、何かの儀式で神が降臨する為の道を作るとかだったかな?まぁ、降りて来る事は無いので、宗教儀式用の魔法があるのだ。

 神道だと正中って感じになるのだが、そういうのではなく、天に伸びる光の柱を作るみたいな魔法だ。

 だから、結界と言っても、閉じ込める用では無いので、使えないんだよ。


 『うん、悪魔の影響力が消えたから、皆現れたな。』

 「ぐぬぬぬ、何故だ!我の魔力が負けただと!?」

 『[鑑定]うん、MAGが3000ちょいだから、余裕で勝ってるな。』

 「貴様のMAGが勝ってるだと!?」

 『1万を超えたくらいだからな。余裕だ。』

 「フハハハハハ!そんな馬鹿な事がある訳が無い!我が悪魔族よりもMAGが高いなどある訳が無い!」

 『じゃぁ、今の状況をどう説明するんだ?』

 「煩い!そんな事がある筈が無いのだ!」


 話が通じないな。

 この感じは、昔経験した事があるが、自分の信じたい物事だけを信じる連中が、こんな感じだよな。

 まぁ、そういう凝り固まった理念や観念を突き崩すのが、楽しいんだけどな。


 『ワラビ、こういう奴は一気にやるんじゃなくて、じわじわと攻めて考えを改めさせてやった方が良いぞ?』

 「私では、じわじわと攻めるのはできないので、アルティス様にお願いします。」

 『そうか。[ホーリーウォーター]』

 「ぐおおおお!」


 この程度の攻撃では死なないのだが、日焼けで真っ赤になった体で、湯舟に入った様な感じだろうか、魔法抵抗が高いというプライドがある様で、もろに食らってくれて、痛みに耐えている。


 「こんなものは防げばいいだけだ!」


 無詠唱でマジックシールドを出した様だ。


 『[アークナイト]』

 パリパリパリン

 「ぐあああああ!」


 アークナイトとは、聖櫃があるとされる地で産出される聖なる石の事で、聖という効果を付与するのでは無く、その物が聖という効果を発揮する石として、使ってみた。

 聖なる石として知られているから使ってみたんだけど、案外効果がある様でなにより。


 「何故効かぬのだ!」

 『だから、MAGの差だって言ってるじゃん。判ってるんだろ?理解できてるんだろ?認めた方がいいぞ?』

 「う、煩い!誰が信じるものか!」

 『[ホーリーニードル]』

 「ぐおおおお!」

 『[ホーリープリックル]』

 「ギャアアアア!」


 体中に小さい棘を刺してみたら、叫び声が変わり、すぐに対処したのか、叫び声が止まった。


 「ふん!対処できたぞ!」

 『[ホーリースパイン]』

 「ウギャー!」


 体の表面を硬化して、小さい棘を弾かれたらしいので、大きめの棘に変えてみた。

 ウニの棘をイメージして、全身に刺してみた。

 ただ、こんな事をしていると、段々と邪な心が芽生えて来そうな気がするので、もういいかな。


 『ワラビ、止めを』

 「はい、[セイクリッドウォーター]」


 ワラビの魔法で、結界の中が水で満たされ、悪魔の体表面に光の粒が現れたと思ったら、あっという間に光の粒に侵食されて、消えてしまった。

 その光景に、ワラビが驚いた様だ。


 「あの様な消滅の仕方は、初めて見ました。」

 『最後は諦めた感じだったから、どう足掻いても勝てない事を悟ったんだろうな。』


 と言いつつも、結界内にある気泡の一つが気になって仕方が無い。

 何故か直径1cm程の気泡が消えずに残っているのだ。


 『[スウェール]』


 結界の中の水が、洗濯機の中の水の様にぐるぐると回り始めた。


 「どうかされたのですか?」

 『何か、気泡が残っていたから、念の為にな。』


 気泡が消えると、光の粒が消滅した。


 「悪魔の気配が消えました。」

 『光の粒も消えたな。やっぱり、あの気泡の中に居たのか。』

 「・・・そういう手法もあるのですね。確実に倒すには、どうしたらよろしいでしょうか。」

 『そうだなぁ、ミストかスチームか、ストームでも良いかもね。』

 「防げない様にすると?」

 『うん。回せば遠心力で片側に寄るから、結界にぶつかったりして、防ぐのが困難になる可能性があるよね。後は、ブリザードとかアイスストームとか。』

 「ブリザードとアイスストームは同じでは無いのですか?」

 『ブリザードは雪の嵐で、アイスストームは氷の嵐だね。粒の大きさが全然違うんだよ。』

 「他にもありますか?」

 『それこそ、これの前に使っていた、ファイアでも良いんじゃない?』

 「ふむふむ。色々練習が必要の様ですね。頑張ります。」


 元凶となる悪魔が消滅した事により、魔法で隠されていた者達が次々と現れた。

 城内では、数名が事切れていたが、それ以外は殆どが生きていたのだが、街の方はそうもいかない様だ。


 「ふぅ、助かりました。何やら、真っ白な所に放り込まれまして、上下も何も判らないので、じっとしていました。」


 ストックが、聞いても無いのに説明してきた。

 そうそう、こいつの性格はこうなんだよ。

 聞き出す前に、自分から全部話す奴なのだ。

 そして、ちゃんと空気を呼んでくれるので、会話に割り込んだり、ベラベラと世間話の様に他人に話す事も無い、軍隊としては有難い性格をしているのだ。


 『そうか。とりあえず、彼女が大丈夫か確認して来い。』

 「はっ!ありがとうございます!行って来ます!」


 で、肝心のガウスとティンプの行方は?と探してみると、街の門の外に居た。

 門を抜けたら別世界だった様だ。

 異世界じゃなくて良かったね。


 「どうなってやがんだ?」

 「驚きましたね。突然真っ白な世界になったので、ヘルメットを被ってじっとしていました。」

 『ガウスもちゃんとヘルメットを被ってるんだな。』

 「一応な。眩しかったし。」

 『とりあえず、一旦城に戻ろう。』

 「任務は良いのか?」

 『今はそれどころじゃ無いな。街の様子も慌ただしいし、消えたまま戻って来ない人が多そうだ。』

 「消えた?」

 『お前等と同じ様に閉じ込められて、そのまま殺されたか、餌にされたかだな。孤児の中にもいる様だし、かなり前からやっていた様だ。』

 「ソフティーが怒ってる様に見えるんだが・・・?」

 『怒ってるな。怒り心頭って感じだよ。』

 『悪魔許さん!』

 『何人くらい消えたの?』

 『20人くらい。』

 『結構多いな。亜空間みたいな所に放り込まれたんだと思うけど、よく解らないんだよね。ただ、その魔法を使った奴は消滅したから、魔法は解けてる筈。どこかに生きていればいいんだが。』

 『さっきは、何の用だったの?』

 『街の中で、悪魔が活動できなくなる様に、外壁に神像を埋め込もうかと思ってたんだよね。』

 『すぐやる!今すぐ!』


 ソフティーがこんなに前のめりになるのって、初めてかも。

 それだけショックだったって事だよね。


 『コルス、結界張るから呼んで。』

 『既に待機しています。』


 さすがコルス。

 ソフティーを呼んだ辺りで気が付いて、呼び寄せていた様だ。


 『誰だ?』

 『ツツジです。』


 コルスが名前を告げると同時に、シュタッと隣に降りて来た。


 「お久しぶりです。」

 『久しぶり。じゃぁとりあえず、この街に結界を張るから、神像を埋め込む位置を決めてくれ。』

 「中心は、城の鐘楼が丁度中心にあたります。街は8角形なので、それぞれの角の頂点が良いと思います。高さ的には、鐘楼の頂点が外壁より10メトル程高いですが、問題ありません。」

 『よし、じゃぁ神像はどの神が良い?』

 「アルテウス様かビオス様が宜しいかと思います。」

 『中心がアルテウスで、外壁がビオスでも大丈夫そう?』

 「問題ありません。寧ろ、結界に神の威光は関係が無いので、この街の特徴に合わせると、アルテウス様かビオス様かなぁという感じです。」

 『うん。それでいいよ。ソフティー行こう。』

 『アイサー!』


 びゅんっ!て感じで飛んだから、久々にGを感じたよ。

 各設置場所は、外壁の上の通路にある胸壁の上に置いて、アラクネガラスの箱で胸壁ごと覆っておいた。

 神像は、白い大理石で作って、中に魔力鉱石を仕込んであり、簡単に箱を置く様に設置すると、神聖王国で盗まれた時の様に、土台の石を削って持ち去られる可能性があるので、土台になる胸壁ごと切り取らないと持ち去れない様にした。

 ここの胸壁は、高さ2m程の岩を置いているので、重さ的にうちの騎士でも持ち上げるのは困難だと思うよ。

 魔法で持ち上げる事も可能だけど、重い物を動かす魔法って、サイコキネシスくらいしか無いので、推定重量5トンの岩を持ちあげるには、MAGが2000位無いと、下に下ろす事ができないと思う。

 ただ、念の為に魔法を弾くマジックプロテクションを付与する魔法陣も刻んでおいた。

 アラクネガラスは魔法じゃないから、弾かれる心配も無いしね。

 7カ所に設置して、8カ所目に来てみると、胸壁の岩が無くなっていた。


 『ここの胸壁が無いな。下にも落ちた様子が無いから、意図的に外された様だな。どうするか・・・。』


 残骸が残っているので、何かに破壊された様だが、内側の胸壁が破壊される理由が判らない。

 何かの実験に使われた可能性が高いとは思うのだが、街の外壁を狙う意味が判らないんだよね。

 街を外敵から守る為の外壁を、意図的に内側から破壊するなど、在ってはならない事なのだ。


 『ここには、強化コンクリートで胸壁を作っておこう。』


 強化コンクリートは、アラクネ絹の繊維を混ぜ込んだセメントで、スラム街の寮にも使っている建材だ。

 ここまでにソフティーの糸を大量に消費しているのだが、ソフティーは今、シールの蒲焼をモグモグしながら、糸を出しているよ。

 栄養価が高いので、糸もどんどん出て来るのだ。


 『骨材に使える物が無いな、鍛冶屋からスラグでも貰って来るか。』

 『移動するの?』

 『ちょっと鍛冶屋に行くよ。コンクリートを作る材料を貰いに行きたいんだよ。』

 『アイサー』


 鍛冶屋を見つけるには、煙突を探せば簡単に見つかる。

 鍛冶屋の煙突は、周りの家や工房と比較して、数倍の太さと高さがある煙突なので、高い所からも良く見えるのだ。

 鉄を作るには、高温炉が必要だし、鉄を加工するのにも高温の炉が必要になるので、頑丈で且つ熱を周囲の家屋に伝えない様に、高い位置で煙を出さなければならないのだ。

 特に、鍛冶屋のある場所というのは、周りに工房が多い地区にある為、特に燃えやすい物が周囲に多いので、煙突を高くする必要性があるのだ。


 『こんちゃー』

 「ん?何だ?宙に浮く獣?」

 『スラグをくれ。』

 「はあ?スラグ?何だそれは?」

 『鉄を溶かした後に残る灰だよ。』

 「そんな物を何に使うんだ?」

 『コンクリートを作る骨材に使うんだよ。』

 「こんくりーと?何だそれは?」

 『建材だよ。』

 「そんな物聞いた事が無い。冷やかしなら帰ってくれ。」


 店のカウンターに居た男は、右手をひらひらと振って追い出そうとしたが、その背後からドワーフが現れた。


 ゴン!

 「馬鹿野郎!ゴミを貰ってくれるって言ってんだから、やればいいだろうが!」

 『お?ここの鍛冶屋には、エルダードワーフが居るのか。』

 「ん?何だおめえ?まるで他のエルダードワーフを知ってる様な口ぶりじゃねえか。」

 『知ってるぞ?クラプトフ姉弟とか。』

 「おお、王都とモコスタビアか。俺の弟がモコスタビアのクラプトフ姉弟の所に居るんだ。」

 『フィリップ・ドーラストン?』

 「おお!知ってるのか!暫らく会って無いが元気だったか?」

 『ジュリーにボコボコにされてたよ。』

 「そうか。それは良かった。」


 良いのか?それ。


 「で、灰が欲しいのか?」

 『うん。どれくらいある?』

 「荷箱で30個分程だな。」

 『全部くれ。』

 「全・・・部?本当にいいのか?ありがてえ!持ってってくれ!」


 鉄を製錬した後に残るスラグには、様々な金属が含まれていて、錬金術で分離してしまえばそれら金属が手に入るので、沢山もらっても問題は無いのだ。


 「何に使うんだ?こんな物。」

 『コンクリートの骨材として使うのと、錬金術で分離させれば、大量の鉄以外の金属が手に入るんだよ。』

 「錬金術を使える奴が居るのか。羨ましいな。」

 『スラグのお礼に、これをあげよう。』


 トレント材の圧密木材で作った木剣を2本渡した。


 「な、なんだこれは!?トレント材だと!?トレント材の圧密木材など初めて見たぞ!」

 『じゃぁ貰って行くな。ありがとさん!』


 話が長くなりそうだったので、ぴゅーっと速やかに撤退した。

 捕まったら大変だからな。


 『よし、このスラグを金属と非金属に分離して、砂と砂利にして混ぜ込めばっと。成形は結界でいいか。糸も混ぜ込んで、ケミカルリークションで化学反応させれば完成っと。』

 『おー!』

 『ん?壁の中に何か居るな。何だ?』


 胸壁を作ってみると、壁の一部が崩れている事に気が付き、その崩れた部分から二つの目が見えた。


 『[鑑定]って人間!?何でそんな所に居るんだ!?』


 壁の内側に入ってみると、そこには階段があり、地下に続いていた。

 壁の隙間からこちらを覗いていた者は、すぐに奥に行ってしまい、捕まえる事ができ無かった。


 『ストック、リズ、外壁の南西の角に来てくれ。外壁の中に階段が作られていて、地下に続いている様だ。調査を頼む。』

 『了解!』


 外壁は、厚さが6m程あり、中に通路を作ろうと思えばできなくは無いが、普通に考えて、外壁が脆くなる原因になるので、そんな所に通路を作るメリットが無いのだ。

 コンクリートと鉄板で補強されているのなら兎も角として、この世界ではコンクリートは一般的な建材では無く、遺失技術となっている。

 だから、ここの外壁も石材を積み上げて、内側に土を詰め込んだだけの壁になっており、多少の骨材は入っているものの、通路を作れる様にはなっていないのだ。

 そんな所に通路があれば、当然崩れやすく、防壁としては全く役に立たなくなってしまうのだ。

 だから、ここを放置する訳には行かないな。

 見た感じ、元々通路を作ってあった訳では無く、手掘りで掘った通路の様で、土が剝き出しになっている。

 この様な場所に通路を掘るとなると、外壁の上に乗る石材の重みがそのままのしかかっている為、通路になっている部分は脆く崩れやすい筈で、現に通路の壁には幾筋もの罅ができているのだ。

 この穴が崩落すれば、外壁にも影響を及ぼす事になり、修復には長い月日が必要になる。

 修復にかかる費用も馬鹿にならない程にかかり、崩落時に壁の一部が外壁の内側に崩れれば、周囲の建物にも影響が出かねないのだ。

 なので、この穴は早急に埋め戻す必要があるのだ。


 『到着しました。って、あの隙間から入るんですか?入れるかなぁ?』

 『地下に続いている様だから、下水道の方を確認して見てくれ。出口があるかも知れん。若しくは、外か?』

 『外に続いているとしたら、大変ですね。ストックは下水道を見に行きなさい。私は外壁の外側を見て来るわ。』


 臭い下水道の方をストックに押し付けて、リズは外壁の外側を調べる事にした様だ。

 ちゃっかりしてるな。


 『とりあえず、通路は補強しておこう。崩落したら出るのが大変だからね。』

 『やっとくねー』


 ソフティーが鋼糸と呼ぶ硬い糸をだして、壁面に貼りだした。

 鋼糸は、硬いが折れず、アラクネが洞窟に巣を作る時などに利用している糸だ。

 いくら硬い外皮を持っているとは言え、何十トン何百トンもの重量がのしかかってくれば、簡単に圧し潰されてしまうので、小さな崩落をも防ぐように使っているそうだ。

 坑道とかで見られる、支保工と呼ばれる補強みたいな感じだね。

 それがどれほどの効果を持つのか判らないけど、小さな崩落を防ぐ事は重要で、小さな崩落が岩盤の歪みや変形を拡げるきっかけになる事があり、それを支えてやる事で大規模な崩落が起こるリスクを減らしているのだと思う。


 狭い通路を進んで行くと、そこそこに広い部屋に出て来た。

 その部屋の中には、孤児と思われる子供達と共に大人も混じっていて、暗闇の中に居る為か蹲って動く気配が無い。

 だが一応生きてはいるのだ。


 『[ホーリーライト]』


 天井近くにホーリーライトを出すと、即座にソフティーが糸でカバーを作り、光を和らげると共に光が拡散する様にしてくれた。

 部屋の大きさは、大体宴会場程の広さがあって、50名近い人間が居た。

 殆どの人は、突然の光に驚き、顔を上げた。

 その顔は一様に泥で汚れていて、パッと見では性別が判らない。

 そして、部屋の中に居る人々の中に、ホーリーライトの光によって体から煙を出す人が居るのだ。

 そいつらは、悪魔信奉者か悪魔で間違いは無いだろう。

 ただ、ここに閉じ込めて何をしているのかが判らないな。

 暗闇に閉じ込める事で、恐怖を煽り、精神的に打撃を与えるという手法はあるものの、顔が泥だらけなのが気になる。

 これは、何かの労働をさせている可能性があるな。


 『下水道に来ましたが、特にトンネルが作られているという事は無さそうですね。』

 『ちょっと超音波で調べるから、ネズミとか驚いて出てくるかもしれん。気を付けろ。』

 『え!?ちょ!外に出るまで待ってくれないんですか!?』

 『無い![ウルトラサウンド・エクスプロレーション]』

 『うわあああああ!?やばいやばいやばいやばい!』

 『うん、地下の奥深くに続いている様だ。』

 『ギャー!ネズミ嫌いなんですよー!?』

 『煩いな。ライトニングかファイアーウォールで解決できるだろ?』

 『[ライトニング]!』

 パチッ

 『念話のまま発動するなら、ちゃんと制御しろよ。』

 『はあはあ、助かったあ・・・。』

 『あ、ネズミ、全部回収しておけよ。お土産になるから。』

 『ええー!?わ、判りました・・・。』


 ストックはネズミが嫌いな様だが、ネズミはピカ族が喜ぶし、王都周辺のカエルの捕獲用の餌としても使えるので、冒険者ギルドに売る事ができるのだ。

 孤児達も普段は、ネズミを食べて生き長らえていた様だが、これからはその食事の心配も無いし、獲り尽くしても問題は無いだろう。


 『リズ?』

 『外壁の外側も少し崩れてますね。通路は無い様ですが、一部が脆くなっている様です。』

 『判った。こっちに一旦戻って来て、地面に穴を掘って、閉じ込められてる人を救出してよ。穴の周りに神聖魔法玉を置いておけば、悪魔も寄り付けないからさ。』

 『取り掛かります。』


 掘る場所については、上に向かって魔力を放出してやれば、ゴーグルの魔力感知ですぐに判る筈だ。

 というか、この穴の中でも使えばいいか。

 神聖魔法玉を起動した。


 ギャー!


 部屋の壁が歪み、部屋全体が激しく揺れ始めた。


 『これは想定していなかったな。この部屋全体が悪魔だったって事か?』

 『うわっ!?壁の一部がグニャグニャしてます!』


 部屋の揺れが収まると、部屋の一部に穴が開き、下水道の臭いが漂い始めた。

 地下へと続く階段も現れ、悪魔の体の一部か何かで、隠ぺいしていたという事が判った。

 このやり方は面白いな。

 自在に変形できる悪魔だからできる芸当だとは思うが、幻影ではないので、乗っても大丈夫というのは、素直に凄いと思った。


 『100人乗っても・・・』

 『なあに?』

 『いや、何でもない。』


 急に昔のCMを思い出して、口に出してしまった。


 『そんな事より、地下の調査だな。ストックも来い。』

 『え!?ちょ、まだネズミの回収が終わってませんよ?』

 『[アポート]』


 パッと集めて、ディメンションホールに入れたのだが、かなりの量入ったな。

 ストックのマジックポーチでは、入りきらない程の量があった様だ。


 『どうした?顔が青いぞ?』

 「いえ、あんな量のネズミが居たなんて、恐怖しかないです。」

 『そうか。ネズミくらいで取り乱す様では、到底無理だな。』

 「ひいぃ」


 階段を降りてる途中で、後ろからリズも降りて来た。


 『あれ?市民は?』

 「兵を呼び出して任せました。どうせ私一人では手に負えませんから。」

 『それもそうだな。じゃぁ、一緒に行こう。』


 地下に続く階段は、50m程下がった所で大きな広間に出た。


 『神聖魔法玉を投げよう。リズは右方向、ストックは左方向、ソフティーは正面で。』


 投げた先で起動した神聖魔法玉が照らし出したのは、泥と石材を使って作られた何かの像で、像は肩まで作り上げられていて、頭はまだ着手されていない様だった。

 作業をしていた者達は、光を見て目を塞ぎ、その作業を監視していた者は、青白い炎を噴き出して燃え始めた。

 神聖魔法玉の光は、こちらにも届いてはいるものの、光源となる神聖魔法玉が床にある為か、足元が薄っすらと見える程度でしかなく、近くに悪魔が居れば、燃える前に行動できそうだと思い、背後に神聖魔法玉を転がした。


 「ギャー!」


 背後から叫び声がしたので振り向いてみると、悪魔らしき物が3体燃えていた。


 『あの作りかけの像は、悪魔か魔神の像と見て間違いなさそうだ。リズ、頼むよ。』

 「はっ!」


 像に近づいたリズは、一度こちらをチラリと見てから粉砕ではなく、縦に3分割した。

 像の両側が外側に倒れると、真ん中の残った部分の中身が見える状態になった。


 『な!?人柱だと!?まだ息がある!助けろ!』


 ストックが素早く近づき、像の中から一人ずつ外に出すと、ポーションを飲ませてから万能薬を一滴垂らし、静かに床に寝かせてから、次々と対処して行った。

 人柱になっていた人を全て助け出し、床に寝かせて目覚めるのを待っていると、一人二人と次々に目覚め始めた。


 『気が付き始めたな。』

 「少し話を聞いてみます。」


 ストックは、何故こんな事になっているのか疑問に思ったのか、話を聞きに行った。


 「気が付きましたね、気分はどうですか?」

 「はい。ここはどこですか?私は、診療所に行った筈ですが、何故こんな所にいるのでしょうか?」

 「全く覚えが無いんですか?」

 「・・・診療所のベッドに寝た所までは覚えています。」

 「貴女は、人柱として殺される所でした。我々が助けなければ、死んでいた事でしょう。ここは地下深くですので、地上までお送りしますよ。」


 ストックが聞こうとしたが、診療所とやらに行ってからの記憶が無い様だ。

 診療所を調べれば、何か判るかもしれないな。


 『ウルファ、診療所ってのがあるらしいから、ちょっと調べてくれ。そこが悪魔と繋がっている可能性がある様だ。』

 『ワラビさんを連れて行ってもいいですかい?』

 『戦闘力皆無だから、ちゃんと守ってやれよ?』

 『任せて下さい。』

 『じゃぁ行って来い。』

 『りょーかい!』


 悪魔関連の話では、ワラビ同伴は最強だからな。

 但し、悪魔以外の攻撃には、べらぼうに弱いので注意が必要なんだよな。

 まあ、ウルファなら大丈夫か。


 『あの、私の事を忘れてませんか?』

 『ティンプは城の警備な。孤児を守ってやってくれ。』

 『今思い付きました?』

 『バレたか。まぁいいだろ?クリストフとガウスも居るんだから、協力して守り抜いてくれ。』

 『了解しました。』


 使えない奴という訳では無いんだけど、どうもストックの方が目立つから、忘れがちになるんだよね。

 ただ、ティンプは一々指示を出さなくても、勝手に動いてくれるので、安心して任せられるってだけなんだよね。

 今、念話で聞いて来たのは、ウルファに指示が出たのに、自分には?って思っただけで、城で孤児の為に色々やってるだろうって事が、容易に想像できちゃうんだよ。

 指示しなくても動ける奴と、指示無くては動けない奴、どちらが優秀かなんて、言わなくても判るじゃん。

 問題なのは、ウルファを見習ってか、やった事を報告しないって所かな。

 根本的に仕事が違うので見習ってはいけない相手なのだが、何でウルファを見習うのか判らないな。

 ウルファは元ソロの冒険者で、ティンプは元兵士の今騎士だ。

 ソロ行動が基本のウルファと、集団行動が基本のティンプでは、求められる事が全然違うって事を理解できないのかも知れない。

 隣の芝生は青く見えるのかも知れないが。


 『診療所って何処にあるんですかい?街の人に聞いても、みんな知らないって言うんですが。』


 簡単に見つかると思っていたが、誰も知らないらしい。

 モグリの店なのか、悪魔関連が誘導したのかは判らないが、有名な場所という訳では無い様だ。


 『ストック、診療所の場所を聞いて見てくれ。』

 「診療所の場所を教えて頂けますか?」

 「南町の雑貨屋の隣にあります。」

 『南町の雑貨屋の隣だそうだ。』

 『りょーかい。』


 ウルファの方は、調査が終わるまで報告は来ないだろう。

 その間に、こちらは全員外に出してしまおうと思う。


 『この空間は、どうやって埋めるかな・・・。』

 「神像を置いて、悪魔が近づけない様にしたらいいのでは?」


 実際、それくらいしか対処の方法が思いつかないが、こんな巨大な空間が地下にあれば、シンクホールの原因になるかも知れないんだよな。

 かなり広い空間なのに、柱も無く、天井を支える為の支柱や梁も無く、保存系の魔法も付与されていないのだ。

 これが、岩山の中にできた鍾乳洞とかなら、岩盤が硬い分強度を稼げるだろうが、ここは手掘りの空間なのだ。

 壁を見ても岩盤などでは無く、ただの押し固められた土でしかないのだ。

 地下深くだとしても、果たして、こんな空間が維持されるだろうか?疑問だ。


 『後でワラビに相談してみるか。』

 「兵士を呼んで、運ばせますね。」

 『うん、よろしく。』


 ワラビに相談したら解決するかと言えば、そう言う事では無く、神殿の様な空間にする事で、崩壊を防ぐ方法が無いか聞きたいだけだ。


 『あ、そうそう、デビルセンサー作ったんだった。使ってみよう。』


 デビルセンサーというのは、悪魔に忌諱感を持つ魔法を利用して、見える化するセンサーを作ったのだ。

 起動してみると、像のあった場所の後ろ側に反応があった。


 『リズ、像の裏側』

 「何かありますね。ワラビを呼びますか?」

 『うーん、まだ診療所を探している最中じゃないかなぁ?』

 「まだ見つからないんでしょうか。」


 リズと話をしていると、天井から光る玉が降りて来て、像の裏側に消えて行ったのが見えた。


 『何だ?今の。』

 「さぁ?あ、でも、デビルセンサーの反応が無くなりましたよ?」

 『本当だ。ワラビが何かしたのかも知れないな。ワラビ、今何かやったか?』

 『はい。診療所と呼ばれる場所に、祭壇が設置されていましたので、セイクリッドピュリフィケーションを使いました。』


 あぁ、その魔法の残滓が魔力導線を伝って降りて来たのか。


 『地下に巨大な空間があって、そこに悪魔が何かの施設を作ろうとしていたみたいなんだけど、光る玉が降りて来て、魔界のゲートを破壊したっぽいぞ。』

 『そちらに』

 「来ました。」

 『・・・何か、驚かせようとしてないか?』

 「そ、そんな事は無いですよ?」


 敬語が崩れたって事は、当たってたという事だな。


 「コホン、とても広い場所です。この場所には、アシントマフ神の像を置けばいいと思います。」

 『埋めてくれるとかか?』

 「いえ、崩落を防いで頂けます。」

 『置く場所は?』

 「あの瓦礫のある場所がいいかと思います。」


 ワラビが指定したのは、像が設置されていた場所だ。

 台座もあるし、丁度いいと思ったのだろう。


 『この台座は、そのままじゃ駄目だよな。』

 「はい。消して下さい。魔除けの文様を刻みます。」


 今台座にあるのは、人が虐げられている様なレリーフなのだ。

 それを消せば、ワラビが魔除けの文様を書いてくれる様だ。


 『[アルケミーモールディング]こんな感じかな。』

 「では、こちらの文様をお願いします。」

 『あれ?ワラビが刻むんじゃないの?』

 「私には、できませんのでお願い致します。」


 何か騙された気分だ。


 『神像も俺が作るんだよな?ワラビは何をするんだ?』

 「この材料を浄化致しましょう。」

 『ジー』

 「・・・私が作ると、悪魔の像になってしまいますので。すみません。」


 そういえばそうだった。

 ワラビが作ると、具象性の欠如した様な像になるんだった。


 『仕方ない。俺が作るか。』

 「ではこちらを」


 出されたのは、腹の出た髭もじゃのおっちゃんの絵だった。

 もの凄くこれじゃない感がしたので、いつも通りの作り方で作った。


 「アルティス様?これは一体・・・?」

 『山だな。』

 「山ですね。」


 リズも同意してるが、どこからどう見ても山だ。

 そして、そこはかとなく富士山に似ている様な気もする。

 まさかね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ