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第100話 クソなブラスバレルと孤児の救済

 昼食のメニューは、アーミーラプトルの甘辛い照り焼きと、トロ芋とスケープゴートの煮物だった。

 トロ芋というのは、里芋の様な食感の芋で、生は猛毒、煮れば美味しい、煮物にピッタリの野菜だ。

 因みに、前の世界の里芋も、生で食べると死ぬからね。


 「うー。」

 『どうしたリズ?』

 「肉が足りません!肉が!」


 確かに、肉が少な目だな。

 スケープゴートの肉は、供給を絶やさない様にしている筈だが、何でだ?


 「肉が多いと太り易くなるので、減らしたんです。」

 『それは、運動量が少ないのが原因だ。たんぱく質を摂らないと、筋肉量が減るぞ?』

 「!?すぐに作ってきます!」


 筋肉の量が減ると聞いて、大急ぎで厨房に戻って行ったよ。

 アーミーラプトルの肉も美味しいから、俺は好きなんだけど、フードファイターの連中を満足させる程では無かった様だ。


 『そう言えば、ドラゴンの肉ってどうなったんだ?』

 「アルティス様が持ってるのでは?」

 『そうじゃなくて、食べられる様に研究しろって言わなかったっけ?』

 「そう言えば、言ってましたね。どうなったかの結果は、まだ聞いてませんね。」

 「何か、煮ても焼いても生のままって言ってましたよ?」

 『そりゃそうだろ。ドラゴンの肉なんだから、火耐性高いもんよ。炙った時だって、インフェルノ使ったし。』

 「それを狼人族にやらせるのは無理では?」

 『じゃぁ、水竜の肉でやらせるか。』

 「それが良いと思いますよ。」


 ウンウンと頷きながら言っていたウルファの動きが、ピタッと止まった。


 「今何て?」

 『ん?水竜の肉の事か?』

 「た、倒したんですか!?」

 「いつ倒したんですか!?」


 ウルファとリオネルが煩い。


 『大声を出すなよ。ここに来る途中で倒したんだよ。大渓谷に挟まってたをの助けたのに、お礼に食ってやるとか言ってきたからさ、サクッと倒してやったぞ?リズが。』

 「結構軟らかかったですよ?」

 「り、リズ殿はドラゴンスレイヤーになられたのか!」

 「その前からなってますよ。」

 「はい?」

 『前にオリハルコンドラゴンを討伐したからな。既にドラゴンスレイヤーだったよ。』


 リオネルは、ギギギと音がする様な動きで、ウルファを見た。


 「俺は違うよ。オリハルコンドラゴンの時には、そこに居なかったから、初めて聞いた。」

 『ウルファは、精神を乗っ取られた方だからな。それからずっと精進していた様でなにより。』

 「あの時は、申し訳ございませんでした。二度とあの様な事にならない様に、精進致します。」

 『仕方ないから許してやるか。』


 リオネルは、アルティスとウルファの会話を聞いて、一瞬寒気を覚え、アルティスから視線を逸らした。

 その視線の先には、アーミーラプトルの照り焼きが、次々と消えて行く光景があった。


 「その、アーミーラプトルの照り焼きが消えて行くのですが、何かあるんですか?」

 『ソフティーが食べてるだけだぞ?』

 「ソフティー?」

 『あれ?紹介して無かったっけ?』

 「してませんね。」

 「されてません。」

 『ソフティー、姿を出して。』

 『はーい。』


 すぅっとソフティーが姿を現すと、口の周りには照り焼きのタレが付いていた。


 『ソフティー、口の周りにタレが付いてるよ?』


 パッとテーブルの上のナプキンを取って口の周りを拭いた。


 『アラクネクィーンのソフティーと申します。』


 いつものカーテシーで挨拶をした。

 リオネルは、見えていなかった時には感じなかった、圧倒的な存在感に圧倒され、口をパクパクとさせてから、倒れた。


 『やっぱり、見えるのと見えないのとでは、存在感が違うんだな。』

 「ソフティー、更に強くなってませんか?」

 『緩衝地帯でアラクネ達の指揮を執ってたから、更に貫禄が出て来たのかな?』

 『そうなの?』

 「アルティス様とずっと一緒に居るから、いろんな経験を積んで、強くなったのでは?」

 『そうかも。同じアラクネクィーンでも、キュプラとはかなり差が付いた感じするもんね。』

 『キュプラはサボり過ぎ。』

 『そう言えば、シルクは今どこに居るの?』

 『ベガファームで警備してる。』

 『そっか。元気ならそれでいいや。』


 ベガファームは、スクランプシャス領に作った、元闇奴隷の子だけの街の名前だ。

 現在は既に外壁も完成していて、日用品や野菜を作って、王都や近隣の街と交易をして稼いでいると聞いている。

 子供しか居ないが、識字率100%で、自警団も居るので治安は保たれているらしい。

 近隣の街からゴロツキが来ても、エルフ仕込みの弓隊とアラクネ仕込みの機動力と耐久力で、ゴロツキを圧倒している様だ。

 99%が獣人の街だから、獣人を小馬鹿にした人間が来て、騙そうとして来るらしいが、高い識字率と計算能力で、騙される者は居ないという。

 基本的に、普通の獣人は頭が悪いという印象が強い為、普通の人間には頭の良い獣人が居ると聞いても、それを信じようとしないのだ。

 だから、実際に現地で頭の良い獣人に言い負かされて逆切れし、自警団によって叩き出されるそうだ。

 子供達の方も、今まで自分達を虐げて来た人間を言い負かした経験が、自信に繋がり、胸を張って生きられる様になった様だ。

 獣人の種族に因っては、攻撃的な種族も居るのだが、きちんと教育をしていれば、誇り高く気概を持って困難に打ち勝つ事ができる様になるのだ。


 『ふー、ごちそうさまでした。』

 『よく食べたね。』

 『メイド服作らないといけないから、たくさん食べた。』

 『そっか。』


 ソフティーは、少し離れてからメイド服を作り始めた。

 既に全員の体のサイズは把握済みで、体にピッタリフィットするが、多少大きめになる様に作っている様だ。

 今のメイド達は、全員がガリガリにやせ細っているので、元の健康な体型をイメージしながら、伸縮性のある糸を使って作っているのだ。


 「お待たせ致しました。ビッグホーンブルのステーキです。」

 『ん?倒した事の無い魔獣だな。どこで手に入れたんだ?』

 「この屋敷の保管庫にありました。一応冷凍されていたのと、倒されてからそれ程日が経っていなかったので、味も落ちていないと思われます。」

 『へー、一応狩りはしていたんだな。』

 「ここら辺に棲息する魔獣ですよ。大きな群れで移動しているので、狩るのも大変なんですが、美味しいですよ。」


 リオネルがいつの間にか復活していた様だ。


 『シープキャトルみたいな感じなのか?』

 「あー、近いですね。攻撃すると、大群に襲われるのは同じなんですが、魔法で攻撃すると逃げて行きます。」

 『そうか。何か人間ってみんな頭悪いよな。』

 「何を突然言い出すんですか!?」

 『だって、通り道に落とし穴を開けておけば、苦労なんてしなくても済むのに、何で態々直接攻撃なんてするんだよ。』


 シープキャトルに対してもそうだが、態々直接攻撃しなくても、深さ50cm程の穴を数カ所開けておけば、そこでコケた奴を労せず倒せるのに、リスクの高い方を選択して、毎年何十人と命を落としているのだ。

 何でそんな簡単な事もできないのか、意味が分からん。


 「・・・、考えもしませんでした。」

 「ビッグホーンブルは確か、落とし穴を飛び越えると聞いた事がありますよ?」

 『着地点にもう一つ穴を開けておけばいいだけだろ?何なら、蓋をして隠しておけばいいだろ?』

 「検証してみないと判りませんね。」

 『それだよ。検証するんだよ。罠を仕掛けたり、習性を研究したりして、効率よく捕獲できる方法を探るだけじゃん。それをやらずに攻撃するだけって、脳筋しか居ないのかって話だよ。』

 「スケープゴートの時は、罠を使わなかったですよね?」

 『あれは多過ぎなんだよ。落とし穴を作って落としたとしても、後ろから来る別のスケープゴートが踏みつけて、グチャグチャにされちゃうじゃん。』

 「ああ、確かに。」


 ビッグホーンブルは、でかいから柵で囲うのは無理そうだが、土の壁の裏に落とし穴を作れば、壁を崩して穴に落ちるかも知れないし、間接攻撃なら気付かれない可能性だってあるのだ。

 何でもそうだが、一つの方法だけを続けるのではなく、様々な方法を試して、一番効率の良い方法を探ればいいのだ。

 使える罠の種類を規制されている訳では無いのだから、失敗しても良いから、何でも試せばいいのだ。

 寧ろ、失敗する前提で試せと言いたい。


 「あの、冷めてしまう前に、食べて欲しいのですが。」

 『あぁ、悪い。食べよう。』

 「アルティス様も食べます?」

 『ひと口だけくれ。』

 「はい、あーん。」

 『・・・置けよ。』

 「はい。」


 上向きで食べるのは苦手なんだよ。

 そもそも、四つ足の生物というのは、地面にある食料を食べる様進化してきたのだから、高い位置にある食べ物を食べるのは、苦手な者が多いのだ。

 ネズミなどの小動物が、高い位置にある物を食べるのだから、猫や犬でもその方が良いと思われがちだが、奴らは手で持つからな。

 そもそもの食べ方が全然違うんだよ。

 口と喉を一直線にして食べる奴は、魚を丸飲みにする鳥くらいなんだよ。


 『うん、不味くは無いが、血抜きが甘いな。』

 「そうですね、ちょっと血生臭いですね。」

 「これが普通の味ですよ?」

 『ちょっと狩りに行って、しっかり血抜きした奴も食ってみたいな。』

 「行きましょう!」


 リオネルが賛同したが、お前は駄目だ。


 『リオネルはやる事があるんだから駄目だ。ウルファ、しっかり見張ってろ。』

 「りょーかい。」

 「ぐふっ。」


 まぁ、その前にやる事があるから、その後で行く事にする。

 とりあえずは、執務室に戻るよ。


 『食い終わったんなら、執務室に戻るぞ。』

 「あれ?狩りに行かないんですか?」

 『執務室に使用人を待たせているのに、無視していくつもりか?』

 「あ、そうでした。」


 執務室に戻ると、使用人が全員集まっていた。


 『よし、全員集まってるな。では、今後の事について話す。まずは、給金についてだが、月額銀貨20枚、月宴祭の時に別途金貨1枚を俸給として支給する。一人頭の年額は、金貨4枚と銀貨80枚だ。住み込みもそうで無い者も同額で、食事は使用人用の部屋で摂れ。食費は徴収しない。俺が領主になったから、この領の運営は国営になる。だから、税金は取らない。代わりに、秘密を守ってもらう。』

 「好待遇過ぎではありませんか?」


 執事が聞いて来たが、肉体労働と秘密厳守の対価としては当然の額だと思う。


 『守る秘密があると言っただろ?守らないと、君らの命に関わる事だ。』

 「そ、それはどの様な事でしょうか?」

 『まず、執事服とメイド服だ。一人3着を着回ししてもらうのだが、これは全てアラクネ絹製だ。勝手に売却した者は、窃盗犯として犯罪奴隷に落とす。そして、外部に漏らした場合、命を狙われると思え。高価だからな、君等を殺して奪おうとする者に狙われる事になる。ただ、切れず、刺さらず、破れないから、ナイフで襲われても、首や頭でなければ、死ぬ事は無い。』

 「売ると窃盗罪という事は、頂けるのではなく、貸与されるという事でしょうか?」

 『当然だ。一着辺り白金貨数百枚の価値があるからな。そんな物をホイホイやる訳が無いだろ?』

 「た、確かに。」

 『次に、マジックバッグを貸与する。これは、貴重品や小物、お金等を入れるのと、城の外に買い物に行った時に、買った物をこの中に入れてしまえば、身軽になるな。但し、これもマジックバッグだとバレれば、命を狙われる事になる。使っている革は、ワイバーンの革だから、人の力では千切れる事は無いが、掴まれると同時に君等も捕まる可能性がある。物を入れる時は、物陰に隠れて使う様に。そして最後に、メイドはカチューシャと腕輪、執事は懐中時計と腕輪だ。これは、君等の命を守る為の魔道具だ。腕輪は、なるべく常時着けておいて、洗う時だけ外す様に。』

 「どの様な効果なのでしょうか?」

 『精神魔法耐性、状態異常耐性、斬撃刺突打撃耐性、MP3000、ブレインモルト除去、アンチドート付与、VIT500、認識阻害、ビーコン、あと何か色々。認識阻害とビーコンは、緊急時のみ発動させる感じだ。』


 執事は、口を半開きにしたまま動かなくなってしまった。


 『大丈夫か?』

 「あ・・・、は、はい。それで、どの様な事を要求されるのでしょうか?」

 『ここで働け。』

 「それ以外には?」

 『特に無い。』

 「はへ?」

 『変な声を出すなよ。ここで、使用人として働くだけだ。俺が領主だが、俺はここには殆ど居ない。だから、トップはリオネルとニニャウだ。二人の指示を聞けばいい。但し、不当な要求、つまり、盾になれとか、戦えとか、奴隷になれとか、そういう要求は聞かなくていい。リオネルが狂ったら、念話で連絡を寄越せ。以上。』

 「あのぅ、質問よろしいでしょうか?」


 メイドの一人が手を挙げた。


 『いいぞ。』

 「私、弟達が居るんですが、一緒にここに住まわせて頂く事は可能でしょうか?」

 『うーん・・・、別に問題は無いんだが、外に自由に出入りできなくなるが、それでいいのか?それに、閉じ込められていた間、その弟達は大丈夫なのか?』


 メイドがハッとした表情になり、オロオロとし始めた。


 『コルス、メイドの家族の状況は、調べられるか?』

 『身辺調査は進めていますが、家族の存在はまだ確認できていません。』

 『家族の確認ができないって、調査結果が出てるんだが、どこに住んでいるんだ?』

 「南端にある孤児院に居ます。月賦を支払っていないから、追い出されたかも・・・。」

 『ん?孤児院なのに、利用料金を取るのか?それは、孤児院じゃなくて、託児所では無いのか?』

 「ブラスバレル領では、孤児院への支援を打ち切ってますので、孤児院は近隣からの寄付で運営されているんです。」

 『ああ?』


 リオネルの言葉に、殺気が漏れた。


 『オリビア、孤児院の状況を調べろ。』

 『うわぁっ!?びっくりしたー・・・。孤児院は、殆どが閉鎖されていまして、孤児はスラムで隠れる様に暮らしています。今回の動乱で、ブラスバレル軍が孤児院の幾つかを襲撃したらしく、孤児達は散り散りになってしまったそうです。私自身も孤児から何度か石をぶつけられています。』

 『ウルファ!集めて来い!この街にいる孤児を全員片っ端から集めて来い!執事!この城の中に孤児院を作れ!今後、ブラスバレル領内の孤児は全員、この城で育てろ!』

 「はい!仰せのままに。我が主に忠誠をお誓い致します。すぐに支度を始めます。」

 「私一人で孤児を全員は無理かと。せめて、人手が欲しいですね。」

 『コボルト!300人をブラスバレル領に派遣する!領内の孤児院を隈なく調査しろ!スラム及び路地裏にいる孤児は全員ブラスバレル城内の孤児院に収容する!狼人族1チームを孤児院の食事係として派遣する!準備にかかれ!』

 「財政がひっ迫しそうですが?」

 「そんな事は一切ありませんよ?ブラスバレル家が贅沢をし過ぎです。その証拠がこの城です。」


 リオネルの意見が、ニニャウによって即座に否定された。


 「生活の質を落とせと?」

 「当然です。領の税収は、あなたの生活費ではありません。領の税収の一部が、あなたの給金として支払われます。ここに居る使用人達は、あなたの使用人ですから、本来であれば、ブラスバレル家の資産から給金が支払われるべきです。ブラスバレル軍の給金は、ブラスバレル領の税収の一部から支払うのは問題ありませんが、使用人は別ですよ。」

 『今は俺の領だから、俺の金で雇うけどな。リオネル、ブラスバレル領の会計をやっていたのは誰だ?』

 「父です。」


 おいおい、ヤバく無いかこの領、全く書類が作られていないんだが、どうすりゃいいんだよ!


 「あ、旦那様は、日記を付けられておられましたので、そちらにかかれているのではないでしょうか?」


 メイドの一人が教えてくれた。


 『その日記はどこに?』

 「書斎の方にあるかと。」

 『リズ、行ってきてくれ。』

 「はい。案内しなさい。」

 「はい。」


 リズは、メイドの後に続いて、部屋から出て行った。


 『じゅ、準備完了しました!』


 疲れた様な声で、コボルトから連絡が来た。


 『何か疲れて無いか?』

 『そ、争奪戦がありました。』


 コボルト達の間で争奪戦になった理由は、何となくわかる気がする。

 闇奴隷の子供達をお世話する内に、彼等は子供が大好きになったのだ。

 元々、じっとしているのが苦手なコボルト達は、追いかけたり、追いかけられたりするのが大好きで、子供達の相手をしている時は、生き生きとしていた。

 だが、その子供達も、殆どが獣人の為に、徐々に大人になりつつあり、遊び相手になってくれる子達が激減していたのだ。

 人間に例えれば、たったの1カ月で乳幼児から10歳くらいまで成長するのだ。

 助けられてバネナ王国に来たばかりの時は、人間の年齢で言えば、大体10歳前後くらいの子供だったのだが、そこから数週間で既に13歳くらいの子供に育っている為、鬼ごっこはしてくれなくなったのだ。

 走るのが好きな子も多いのだが、それは鬼ごっこや駆けっこでは無くマラソンで、一緒に走っていても全然楽しくないのだろう。

 そこに今回の任務が飛び込んできたのだ。

 そりゃ争奪戦にもなるわな。

 前庭に移動して、ゲートを開いた。


 『何か、出て来るコボルトが、みんな泥だらけだな。』

 「ちょっと綺麗にした方が良いんじゃないですか?」

 『[ウォーターカノン]』

 ブシュー!

 「ギャー!」

 「うわー!」

 「楽しそうだな。」

 『こいつらは、こういうの好きだからな。前に、普通のシャワーにしてみたら、もっと水圧!水圧!って要求されたんだよ。』

 「・・・」


 やっているのは、地面が芝生のような所なので、転がっても泥だらけになる事は無い。


 『泥は取れたが、草だらけになったな。』

 「限が無いですね。」

 『乾けば取れるだろ。狼人族は建物の中に入れ。コボルトは、一先ずこのブラスバレルの街の中に居る孤児を連れて来い。行け!』

 ザザザザ


 コボルト達が、一斉に門から出て行った。

 数十秒で、早くも孤児を抱えて10名程が帰って来た。

 連れて来られた子供は、ガリガリにやせ細り、かなり危険な状態に見えた。


 『ウルファ!一口のジュースを飲ませろ!狼人族は、お粥とカレーを持って来い!続々と孤児が集まって来るから、持てるだけ持って来い!』


 狼人族4人が、パパッと準備を済ませて、炊き出しの体制に入った。

 最初に孤児を連れて戻って来たコボルト達は、子供を引き渡すとすぐに街へ戻って行った。

 門から一斉に外に出た時は、全員が笑顔だったのだが、戻って来たコボルトの表情からは、笑顔が完全に抜け落ちていた。

 数分もすると、続々とコボルト達が戻って来て、次々と子供達を置いては街へ戻って行く。


 『メイドは、毛布を持って外に来てくれ!死にそうな子がたくさん居る!』


 この異様な光景を門の外から眺めているのは、貴族では無く普通の市民達だ。

 コボルトが次々と子供達を攫って行くので、心配になって追いかけて来たのだ。

 ところが、辿り着いたのはブラスバレルの城で、城のメイド達が毛布を持って駆けつけて来て、骨と皮だけの子供達を介抱し始めたのだ。

 その光景に安心したと共に、居ても立っても居られなくなった一人が、敷地の中に入って来た。


 「手伝わせてください!」

 「では、この飲み物をひと口だけ与えて下さい。多すぎると吐き出してしまいますので、ほんの少しだけ与えて下さい。」


 どんなに荒んだ世の中になっても、人の心の中には優しさがある。

 自分の生活を削ってまで、手を差し伸べられる者は少ないが、助けるのに手を貸すくらいなら、できる者は多いのだ。

 だが、その一歩を踏み出せる者もまた少ない。

 その一歩を踏み出してくれた者が居て、受け入れられたのを見れば、それに続く者は多く居る。

 続々と人々が入って来て、メイド達に協力を申し出て来た。

 だが、中には料理の美味しいそうな匂いに誘われただけの者も居る。


 「な、なぁ、その料理を一つ食べさせてくれないか?」

 「これは、孤児達の食料だ。元気な大人にやる為の物では無い。」

 「な!?なんだと!?獣人の癖に人間に逆らうのか!」

 「獣人の癖にとはどういう意味だ?」

 「この街では、獣人は生きていけないって事だよ!獣人は全員奴隷行きだ!だからお前は奴隷になる運命なんだよ!さぁ!飯を寄越せ!」

 「我々は、バネナ王国軍である。この街のルールなど関係無い。我々を奴隷にすると言うのなら、力ずくでやるがいい。」


 普通の市民が、ムキムキマッチョの狼人族に食ってかかってるよ。

 腰が引けてるが、どうする気だ?


 「警備隊に捕まえて貰おうじゃないか!連れて来るから待ってろ!」


 自分では無理だと思ったのか、警備隊を連れて来ると啖呵を切って出て行った。

 数分後、オリビア達がさっきの男と一緒にやって来た。


 「アイツらだ!アイツら獣人を捕縛してくれ!」

 「・・・ここはブラスバレル城内だぞ?何故貴様の言う事を聞かねばならんのだ?この城内では、貴様には何の権限も無いのだぞ?」

 「そうじゃない!獣人は奴隷にするって、アレックス様が言っていたんだ!」

 『ほう、という事は、この街には獣人の闇奴隷がたくさん居るって事か。オリビア、そいつを捕縛して、どこに居るのか聞き出せ。闇奴隷は全員解放する。兵士の数が少ない様だが、他の連中はどこにいるんだ?』

 「はっ!コボルト族が子供を、孤児を助けているのを見て、手伝いたいと申し出がありました!ですので、手伝いたい者は孤児を救出する為に出払っております!」

 『そうか。では、兵士の内、3名はその男の尋問、残りは門前の整理と飯目当てで入って来る馬鹿共の排除にあたれ。オリビアは、ウルファと共にまだ潰れてない孤児院を回り、状況を確認して来てくれ。』

 「はっ!」

 「了解。」

 『リズ、手が空いているなら、こっちに来て手伝ってくれ。』

 『書斎の方は、ケットシーに任せました。ウホウホ言ってるので、大丈夫でしょう。そっちに向かいます。』


 ケットシーがウホウホ言ってる、これ程そこにいるケットシーの状況を表した言葉は無いな。

 ケットシーがウホウホ言う程の書類がそこにあるって事だからな。

 執務室の書類を確認した後で、書斎の書類を確認してみたら、無い筈の会計書類がわんさかと出て来たのだろう。

 日記には、何を指示したとか、何を買ったとかが書かれているのかも知れない。

 リズが、書斎を案内したメイドを引き連れてやって来た。


 「凄い状況ですね。ギリギリだったって事ですよね?」

 『そうだ。ギリギリだった。駄目だった子供も沢山居るだろう。亡くなった子供達については、丁重に墓地に埋葬してやらねばな。』

 「そうですね。ワラビは呼ばなくてもいいんですか?」

 『呼んだ方が良いか。ワラビ、ブラスバレルに来てくれ。孤児が死にそうだ。』

 「参りました。」


 早っ!

 ワラビを呼んだのは他でもない、孤児達の救済の為だ。

 聖女の力というのは、神の力の一端を引き出し、それを魔力と混ぜて全ての人に分け与えるのだ。

 神の力というのは、普通の人間には耐えがたい程の力を持ち、薄まらずに人の中に入れば、その力に耐えきれず爆発四散してしまうだろう。

 それをワラビは、自分の体を通して神力を操り、自分の魔力と混ぜ合わせているのだ。

 その力は、以前のワラビであれば、たとえ聖女であっても、(よわい)20を超える頃には命の灯も消えかかっていたであろう。

 今、その力を発揮できているのは、(たゆ)まぬ努力と強い心の賜物(たまもの)だ。

 ワラビは、孤児達の中心に立ち、天を仰いで祈り始めた。

 ワラビの持つ杖からは、眩い光を放ち、ワラビの体すらも通り抜け、周囲の者を照らし出す。

 その光は、消え入りそうな程にか細い命の灯に力を与え、再び生き抜くための手助けをするもの。

 弱り切った体にほんの少しの体力を与えるだけだが、そこから先は自分の足で立ち上がり、狼人族の作る粥を(すす)るのだ。

 たったそれだけの力しか与えないのは、弱った体に神力は強すぎるからだ。

 だが、粥を啜る事ができれば、後は回復を待つだけだ。

 狼人族の作る粥には、世界樹の実が入っていて、体力を回復してくれるのだ。

 用意したテーブルには、一心不乱に粥を啜る子供達で一杯になった。

 おかわりを要求する子も居るが、まずは休む事が先だ。

 粥は消化にいい食べ物ではあるが、暫らく何も食べていなかった体には、刺激が強いのだ。

 消化にも時間が必要で、胃が本来の働きを思い出すには、少し時間がかかるのだ。


 『おかわりは後だ。焦らなくても沢山あるからな。まずは、ゆっくりと休め。』


 コボルト達は、急を要する孤児達を先に運び、まだ歩ける元気な子供は、数人のコボルトが守りながら連れて来た。

 歩ける子供達は、足早に狼人族の下へ近寄り、粥では無くカレーを渡された。

 カレーには、各種スパイスとハーブ、沢山の野菜と肉が入っており、初めて見る食べ物に驚きながらも、ひと口頬張れば、後は無言で食べ始める。

 今回のカレーには、辛み成分は一切入っておらず、スパイスは本来、薬の原料として使われる物で、ハーブもまた同じ。

 そのカレーの味は、日本で食べていたカレーとは違い、スパイシーとは程遠いマイルドな味に仕上がっている。

 突然、そのカレーを食べた子供が苦しみだした。


 「ぐあああああ!」

 『何だ?』

 「ぐえええええ!」


 その光景に慌てふためくのはメイド達と、手伝いに来た市民だけで、狼人族もアルティスも動かない。


 「苦しんでますよ?」

 『あれは演技だ。』

 「そうなんですか?何の為に演技などしているんです?」

 『金を取られるとでも思ってるんだろ?ハリセンでぶっ叩いて大人しくさせろよ。静かに食わないと、金取るぞ!ってな。』

 「フフッ、行って来ますね。」


 藻掻く子供の所に行ったリズは、白いハリセンを取り出して、子供の頭を叩いた。


 パンッ

 「静かに食べないと、お金取りますよ?」


 藻掻き苦しんでいた筈の子供は、静かになり、席について何事も無かったかの様に食べ始めた。

 周りで見ていた大人達は、合点がいったとばかりに笑顔でその場を離れ、カレーを前に食べるのを躊躇(ためら)っていた子供達は、ガツガツと食べ始めた。

 食べ終わった子供は、城の中に連れて行かれ、孤児院用にベッドを並べた部屋で寝かしつけられて、スヤスヤと寝息を立て始めた。

 ベッドはもちろん、ソフティーが溜め込んだ糸と布で作られた毛布とマットレスを使っている。

 ソフティーには、専用のマジックバッグを渡してあって、その中にはパイプベッドとマットレスと毛布が、大量に入っている。

 その殆どは、先日の遠征軍の時に作成したパイプベッドであり、全て二段ベッドで大人サイズだ。

 ソフティーは、食堂で姿を現したまま、姿を隠す事無く孤児院の設営に協力していたのだ。

 最初は怖がっていたメイド達も、次々とマジックバッグから取り出されるベッドを並べるのに忙しく、怖がってる場合では無かったのだ。

 そして、そのマットレスと毛布をベッドに置き始めると、その手触りとフワフワさに驚き、あっという間にソフティーと打ち解けた。

 ソフティーのマットレスは、厚さが2cm程しかないのだが、エアマットの様な弾力と、スベスベの手触りで、ベッドの硬さも気にならないのだ。

 この世界のベッドは、干し草や古着、襤褸切れ等を詰めただけの物が多く、貴族の使うベッド以外では、普通に硬いのだ。

 その貴族のベッドにしても、フカフカなのは10cm程でしかなく、その下はただの板でできているので、普通に硬いのだ。

 最高級ベッドとして売られている物の中には、鳥系魔獣の羽毛を使った物もあるのだが、埋もれてしまうので、逆に疲れるそうだ。


 「アルティス様の一番寝やすいベッドは何処のベッドですか?」

 『ルベウスの腹の上。』

 「・・・それはベッドでは無いんじゃないですか?」

 『俺にとってはベッドだよ?最近はフカフカ度が上がって、少し寝にくくなったけど。』

 「太りましたもんね。」

 『そうなんだよ。埋もれるから、息苦しくて!』


 それはそうと、まだまだ孤児達が到着している。

 死にそうな子は居なくなったが、ガリガリの子はまだまだ沢山いるのだ。

 それ以外に、ご飯を食べて帰ろうとする子も居て、引き留めるついでに、仲間の所在も聞いている。

 話によれば、孤児院の襲撃は、以前からよく話を聞いていて、やるやるとは言われていたが、アレックスが初めて本当に実行したのだとか。

 だから、兵士が向かっていると聞いたら、全員下水道に逃げ込んでいたそうだ。

 孤児院に到着した兵士達は、孤児が全くいない為に、孤児院だけを破壊して帰って行ったそうだ。


 『孤児を神聖王国に売ろうとしていた様だな。帰る家を無くしてしまえば、捕まえるのは簡単だとでも思っていたのかも知れないな。』

 「けど、そうはならなかったと。頭良いですね。」

 『そうだな。この街には下水道があるからできた事なんだろうな。他の街ではどうなんだろうな。』


 普通、領都以外では、人が入れる程の下水道は整備されている事は無いのだ。

 そもそも、搾取する事しか考えていなかったので、インフラ整備に巨額を投じる事自体が有り得ないのだ。

 地下に人が通れる程の下水道を作る場合、魔法師が何度も質の悪いMP薬を飲み、少しずつ掘り進めるのが普通で、その頃のMP薬は、マジックリーフでは無く、マンドラゴラの葉を煮詰めて、煮汁を濃縮した物であり、苦くて渋くて臭いという3重苦に苦しむ薬だったのだ。

 しかも効果は薄く、数分間MPの回復速度が速くなる程度で、そんな物が金貨10枚という値段で売られていたのだ。

 そして、その頃の魔法師も質が悪く、数回の土魔法で動けなくなるのが普通だったのだ。

 だから、100m進むのに50日くらいかかり、とてもでは無いが街中に下水道を作るなんてのは、夢のまた夢だったのだ。

 今の領都にある下水道は、勇者のいた時代に作られた物で、その頃の魔法師は優秀で、沢山居たのだろうと思われる。

 ただ、領都にしかできていない所を見ると、予算の関係上か、下水道を作った街に領都を移したかで終わってしまったのだと思う。

 まぁ、魔法師を使う方法しか考えていなかった時点で、計画が破綻する事は目に見えていただろう。

 勇者なら、アーチ構造くらい知っている筈なのだが、それができれば掘削工法で作れたはずなんだよな。

 何でやらなかったのかが謎だ。


 『とりあえず、リズ行って来て。』

 「了解。」


 リズは、特にやる事も見当たらないので、子供らが食べるのをずっと眺めるだけだったのだ。

 流石にそれだけでは駄目なので、下水道にいる孤児達を迎えに行かせた。

 自分が行こうかとも思ったのだが、まだ孤児院の状況確認があるのだから、動く訳には行かないと思い、リズに行ってもらったのだ。

 リズとは別で孤児院に向かったウルファ達から、報告が来た。


 『アルティス様、閉鎖してない筈の孤児院に来てみたが、ボロボロになってるな。誰も居ない様です。』

 『近くに下水に降りる所は無いか?』

 『ありますが、入り口前に孤児達が棒や石を持って立ちはだかっています。』

 『お前が説得しろ。オリビアが襲撃した隊に居たのかも知れないからな。今は、ブラスバレル軍の評判は地に落ちたと言っても過言では無い。』

 『りょーかい。何とかやってみます。』


 ウルファからしたら、とばっちり以外の何物でもないのだが、オリビアでは説得などできる訳が無いので、仕方ないと言える。

 ウルファであれば、物腰は柔らかいし、その手の状況は今までに何度も経験していると思うので、任せられると思うんだ。

 問題があるとすれば、オリビアと一緒に来た事だろうか。

 

 『説得に成功しました。40名程いる様ですが、重体の子も居る様なので、コボルト達に応援に来てもらえると助かります。』

 『コボルトはウルファの所に応援に行け。』

 『了解!』


 コボルト達は、その優れた鼻でウルファの位置を嗅ぎ分ける事ができるのだ。

 ゴーグルも着けているので、アミュレットを持っているウルファの位置は、ゴーグルにも映っている筈だしね。

 5分程でコボルトが重体の子を抱えて連れて来てくれた。


 『よし!対応しろ!』


 何か、漠然とした指示になったけど、これで問題無いのだから、一々細かく指示を出すよりも全然良い。

 こういう時に細かく指示を出すと、一々聞くという動作からの行動になるのと、一連の流れ作業の流れを止めてしまう事になるので、臨機応変に対応する必要があるのだ。

 ワラビが手をかざすと、重体の子が目を開けて、ムクッと起き上がった。

 遅れて到着した他の子達は、その光景を目撃した様で、走り寄って来た。


 「アキナ!良かった!アキナ!助かったよ!」


 アキナって言うのか、転生・・・いや、転移の方の可能性があるな。

 顔立ちも日本人っぽいし、髪が黒いのだ。

 見ていると、アキナがこちらを見た。


 「三毛猫?」

 『アキナは転移者か。』

 「喋っ・・・た?」

 『バネナ王国宰相のアルティスだ。ブラスバレル領の新しい領主でもある。よろしくな。』

 「!???」

 『孤児では知らないのも仕方ないが、事実なんだよ。そして、転生者でもある。元日本人だよ。』

 「本当に!?じゃぁ、知ってる物を言ってみて!」

 『夏目漱石、スカイツリー、新幹線、奈良の大仏、鎌倉、織田信長、徳川家康、まだ言うか?』

 「ううん、もう大丈夫。ねえ、元の世界に戻れる?」

 『無理だ。というか、俺はもうどう足掻いても無理だな。』

 「そっか・・・。」

 『中学生か?』

 「高1。入学したばっかりだったのに、ここに来ちゃったの。」

 『そうか、災難だったな。まぁ、俺に会えたのなら幸運って事だ。スマホもゲームも無いが、それなりに楽しい事はたくさんある。俺以外にも転生者は居るし、転移者もいる。向こうの世界には無い魔法も使えるし、不思議な生き物も沢山居る。楽しめる事を何か見つけて、この世界を楽しんでくれ。』

 「魔法!今話してるのも魔法?」

 『そうだよ。[ウォーター]こんな感じだ。』

 「私にもできる?」

 『誰でもできるぞ。いっぱい練習すれば、何でもできる。』

 「魔法を覚えたいです!」

 『じゃぁ、その前に腹ごしらえからだな。』

 「アルティスさんは、元の名前は何ていう名前なの?」

 『知らない。人は死ぬと名前が消えるんだよ。日本では、戒名(かいみょう)が付けられるよね。墓石や位牌には、元の名前も刻まれるけど、死んで魂になると、名前は無くなるんだよ。』

 「じゃぁ、私は死んでないって事?」

 『死なずに世界を渡った、そう言う事だね。向こうの世界からは居なくなったが、こちらの世界で生きている、そう言う事になるね。』

 「でも戻れない・・・。」


 元の世界には、親や兄弟、友達も居るんだろう。

 今が最低だと思えば、前の世界での生活は、幸せだったと思えて来るんだろうな。


 『絶対に戻れないとは言い切れない。ただ、どうやって戻るのかは判らない。どこかにある次元の狭間を見つけるか、偶然見つかるか。ただ、その先が元の世界とは限らないという事も覚えておいて。その先に何が待ち受けているのかは判らない。俺は戻る気は無いから、探そうとは思って無い。だから何も判らないんだよ。万が一、世界を渡る方法を見つけたとしても、教えないと思う。その世界が、君の居た世界かは判らないし、似た様な別の世界かも知れないからね。』

 「別の世界?」

 『並行世界とかバタフライエフェクトって奴だよ。君の居る世界、君が消えた世界、君が死んだ世界、君が存在しなかった世界、そのどれもが存在していて、そのどれかに戻れたとしても、責任も取れないからね。向こうの世界が今、どうなっているのかも判らないから、俺はこっちの世界で楽しく生きられるのであれば、戻る必要性を感じない。』


 幸せかどうかは、本人にしか判らない。

 小さな幸せを幸せだと思っている人もいれば、それを不幸とか恵まれていないと感じる者もいる。

 戻れば幸せか?と聞かれたら、俺は今の方が幸せだと思う。


 「私は、この世界で幸せになれると思う?」

 『それは、自分次第だと思うよ。自分が幸せかどうかなんて、自分にしか判らないからね。幸せになるには、努力を惜しまない事だね。今までが不幸せだった、じゃぁ、今後も不幸せのままなのか?それは違うよ。自分から幸せを掴みに行かないとね。何もしていないのに、幸せになんてなれない。お金をたくさん持ってれば幸せか?そうとも言い切れないし、不幸になるかも知れない。その時、自分が何をするかで、その後が決まる。それを幸せと感じるかどうかは、君次第だ。』

 「私にも可能性がある、そう言う事?」

 『あるさ。可能性は無限大、その可能性を拡げる為にも、頑張る事をお勧めするよ。』

 「何を頑張ればいいの?」

 『君が何をしたいか、それによって変わって来る。魔法を覚えたいなら魔法を頑張る。剣を使いたいなら剣を頑張る。この世界は、努力が報われるんだ。ステータスを見ても、レベルとかは無いけど、経験値はあると思うよ。数値で見える分、前の世界よりも頑張り易いと思う。』

 「私のステータスを見る事はできる?」

 『うん。』

 「見て欲しいです。」


 実際、ステータスは見えている。

 だが、今は飢餓状態で、筋力も生命力も落ちているので、何もアドバイスできる事が無いんだよね。


 『うーん、実は既に見えているんだけど、特にアドバイスできる事は無いね。例えば、基本的な7つの数値、これは鍛える事ができるからコロコロ変わるし、スキルも頑張れば覚えられるんだよ。特殊なスキルにしても、何かの条件を達成すれば、覚える事はできると思うし、覚えられない事もある。その辺は、押して駄目なら引いてみろって事だね。』

 「・・・私、演劇部に居たんですが、この世界には演劇ってありますか?」

 『無い。けど作ったよ。いや、作ってる?かな?大道芸とか、吟遊詩人は居るから、その辺を極めても良いし、劇団を作ったから、そこに入っても良い。ただ、無い物作るというのは、もの凄く大変な事だからね、手探り状態なんだよね。』

 「劇団!見てみたいです!」


 演劇かぁ。

 あいつらも頑張ってるらしいから、一度見に行きたいんだよなぁ。

 でも、すぐって訳には行かないんだよね。

 こんな街が、他にもあるんだから、助けるのが先決だよ。


 『ずっと遠くの街にあるから、この街にはほぼ、戻って来れなくなるけどいい?』

 「!?・・・どのくらい遠いんですか?」

 『馬車で移動すると、1年くらい・・・いや、1年半はかかるかな。』

 「遠い!」

 『ここから王都までは、馬車で1カ月くらい。王都からバネナ王国の端まで行くのに、半年くらい。隣国のマルグリッド王国の中を移動するのが、結構大変でね、殆どが湿地帯だから、船と馬車を乗り継いで、山脈を乗り越えて行くのに半年以上はかかるかな。別のルートもあるにはあるけど、お勧めできないね。情勢が不安定過ぎて、危険が危ない。』

 「他に方法はありませんか?」

 『あるにはあるけど、予定がなぁ・・・。』


 テレポートで連れて良ければいいのだけど、行けば必ず数日は拘束される。

 こちらにも予定がある以上、おいそれと行く事は難しいのだ。

 行く予定はあるとしても、それがいつになるかは、まだ未定なんだよね。


 「連れて行ってもらう事はできませんか?」

 『できるっちゃぁできるんだけど、いつになるかは判らないんだよね。行く必要はあるが、それはまだ先の話で、すぐにという訳には行かない。それまでどうするか、という問題もある。』

 「どうするか?」

 『君の話ね。孤児・・・というには、少し歳が行き過ぎている気もするし、今は15歳くらいでしょ?もう成人年齢なんだよね。だから、働く年齢なんだよ。孤児院に入るとすれば、孤児では無く、教師として入ってもらうしかないね。そうだな、教師を育成する教師としてなら、雇っても良いかも。』

 「教師を育成する教師?何ですか?それは。」

 『この世界の教育水準は、かなり低いんだよ。識字率が低いし、計算もボロカス、教育より鍛錬が優先される世界だから、勉強を教えられる先生を育てたいんだよね。』

 「どんな勉強ですか?」

 『一番重要なのは数学。この世界の文字は読める?』

 「読めます!文字も書けます!それだけはすぐにできました!」


 チートかよ。


 『それはチートだな。それができるなら、数学も問題無いか。』

 「あの・・・、数学は苦手で・・・。」


 高校に入れたんなら、問題無い。


 『あぁ、そんなに難しい数学は必要ないんだよ。中学生レベルよりも下と考えていいよ。一番頭の良い子でも、やっと円周率の話程度だからね。サインコサインタンジェントが理解できていれば、問題無いよ。』

 「関数が理解できればいいって事?低すぎないですか?」

 『コンピューターとか無いからね、基本的に使わないんだよ。測量も無いし、大体このくらいで何でも済んじゃうからね。職人が感覚で何でもやる感じかな。』

 クー・・・


 アキナのお腹が鳴った。

 アキナは顔が真っ赤になったけど、恥ずかしがる状態じゃないからね?


 『あぁ、お腹減ったね、持って来させるよ。ちょっと待ってね。ウルファ、お粥持って来て。』

 「ウルファ?前にウルファさんにお財布盗られた事があるんです。」

 「俺の偽物は、酷い奴だったんだな。」


 ウルファがお粥を持って来た。


 『偽者なんて、そんなもんだろ。本物を知らないんだから、自分基準で適当に真似るだけだし。』

 「この人がウルファさん?全然違う人。」

 『コイツが本物のウルファ・スティングレイだよ。冒険者ギルドに似顔絵があるから、見ると良いよ。』

 「人間?では無いんですか?」

 『ワーウルフの獣人だよ。』

 「獣人!?」


 目がキラキラと輝いてる。

 やっぱり、前の世界には獣人は居なかったから、興味あるんだろうな。


 『ほら、冷めない内に食べて。美味しいよ?』

 「塩スープ、好きじゃないんですよね。」

 『俺がそんなの作らせる訳無いじゃん。カレーライスもマヨネーズも、味噌も醤油も伝授したんだよ。出汁も出てるから、塩スープじゃないよ。』

 「カレーライス!食べたい!」


 日本人ならそう言うよね。

 でも、その体ではまだ駄目だよ。

 食べるのにも体力が必要だから、刺激の強い物を食べさせる訳にはいかないんだよ。


 『まだ駄目だよ。餓死寸前だったんだから、まずはお粥からだよ。今カレーライスを食べても、胃が受け付けないからね。』

 「お粥・・・、良い匂いです。いただきます。」


 一口啜ると、無言のまま二口目、三口目と啜り、あっという間に食べきった。


 『美味しかった?』

 「美味しかったです!おかわり欲しいです!」

 『それも駄目だよ。まずは、ベッドで一休みしてからね。』

 「えー!?もっと食べられるのに!」


 今はまだ、燃料が空っぽの状態なんだよ。

 食べるのにも、食べた物を消化するにも体力が必要なのだから、まずは食べたお粥を消化吸収して、食べる為の燃料を溜めないと。


 『気持ちは判るけど、いきなりは駄目なんだよ。自分の体を見てみて?ガリガリでしょ?まずは、体力を付ける為にも、今食べたお粥を栄養として体に取り込んで、食べる為の体力を取り戻さないとね。』

 「元はお医者さんだったんですか?」

 『違うよ?持病は持っていたけど、医者では無くて、患者の方だね。』

 「寝たきりだったとか?」

 『ちゃんと働いていたよ?』

 「それは覚えているのに、名前は判らないんですか?」

 『そうだね。思い出す必要性も無いからね。』

 「必要性?」

 『もう人間じゃないんだから、人間の名前があっても意味は無いでしょ?』

 「思い出したいとは?」

 『んー、思い出したとして、それは役に立つの?』

 「家族の事とか。」

 『俺の両親は、既に死んでるよ。天涯孤独って奴だね。だから、何とも思わないのさ。』

 「そっか。」

 『さぁ、ベッドに行って寝ておいで。ふかふかで気持ちいいよ?メイド、この子をベッドに連れて行ってあげて。』

 「畏まりました。さあ、こちらへ。」


 アキナはまだ、自分で歩く事が難しそうなので、メイドに抱っこしてもらって移動する。

 

 「アルティスさんありがとう。また会えますか?」

 『後で迎えに行くよ。大丈夫、居なくなったりはしないから。』

 「はい。おやすみなさい。」

 『おやすみ。』


 アキナは、メイドに抱かかえられて、ベッドに連れて行かれた。


 「お知り合いですか?」

 『転移者だよ。向こうの世界から飛ばされて来て、子供だと思われて孤児院に入れられたんだろう。』

 「子供だと思われて?え?あれで成人してると?」

 『15歳だからな。』

 「元々小さい?」

 『そうだな。日本人は小柄なんだよ。デカい奴もいるが、小柄な人の方が多いんじゃないかな?』

 「そんな国があるんですね。」

 『体の大きさは問題では無いんだよ。中身がどうかで人の価値は決まる。見た目で損する事はあっても、中身が強ければ問題無いだろ?』

 「もの凄い説得力ですね。」

 『馬鹿にしてんのか?』

 「してませんよ!?」

 『まぁいいや。で、他の孤児院には行かないのか?』

 「行きましたよ?コボルトが一斉に向かったので、やる事が無くなっただけです。」


 孤児院のあった場所には、まだ孤児達が取り残されている事を知ったコボルト達が、各孤児院に向かって一斉に動き出したそうだ。

 コボルトによる孤児の救出が相次ぐ中、同時にゴロツキも動き出してきたのだが、次々と城の中に運び込まれるのを見て、門の前で立ち往生しているらしい。

 中には、孤児の後ろにぴったりと着いて、中に入ろうとする者もいる様だが、兵士達に阻まれて次々と捕縛されて行く。

 文句を言う者もいる様だが、許可されていない大人は、入って来ただけで罪になるし、本来なら斬り捨てられても可笑しくない状況なのだから、捕縛してもらえるだけ有難い話なんだよ。

 市民の尋問をしていた兵士が、報告の為に近寄って来た。


 「報告します!獣人の奴隷化で騒いでいた男の尋問が終わりました。話によれば、アレックス様が獣人は全員奴隷にすると宣言し、街に居た獣人を捕縛していたそうです。その殆どは奴隷商に売られて行ったそうで、その後はどうなったか判らないそうです。」

 『ウルファ、奴隷商を摘発しろ。闇奴隷を全員保護、犯罪奴隷にされている可能性もあるから、犯罪奴隷になっている者も全員保護しろ。奴隷商は、犯罪奴隷と闇奴隷を発見した場合は、違法行為だから全員捕縛しろ。抵抗するなら、斬り捨てても構わん。』

 「捕縛しますよ。死んで終わりなんて、甘過ぎます。」

 『頼んだ。兵を集めろ!奴隷商を一斉に立ち入り調査だ!逃げられる前に行け!』

 「はっ!」


 その日の夕方、ブラスバレルの街では一斉に奴隷商が捕まった。

 奴隷達は、一旦全員が城に連れて行かれて、奴隷紋を確認後に、正規奴隷と不正規奴隷に振り分けられた。

 闇奴隷は存在を認められていないので、全て解放。

 犯罪奴隷は、そもそも売買を禁じられている為、地下牢に入れられる。

 その犯罪奴隷の中でも、既に刑期を終えているにも拘らず、未だ解放される事も無く首輪を着けられている者達は、全て解放された。

 重犯罪奴隷の中にも、獣人が居たので細かく確認をしてみたのだが、殆どは抵抗して殺したとか、冤罪で捕まった者達だったので、解放する前にパッチンしてから、元の首輪を外した。

 元の首輪は、奴隷用の首輪では無く、ただの鉄製の首輪で、ただ重いだけの嫌がらせ程度の物だ。

 首輪を外す前にパッチンしたのは、ジャッジメントの判定を見る為だ。

 証言を聞いたものの、それが本当の事なのかを判断するのはとても難しいのと、時間が掛かる事なのだ。

 だから、ジャッジメントを使う事で、本当の刑期が判り、テンポよく判断ができる様になるのだ。

 ブラスバレル領は、他の領よりも獣人が多く住み、本来は兵士の中にも獣人が多く居たらしい。

 人間とは違い、獣人の運動能力は高く、兵士として育てるのは打って付けだったのだろう。

 だから、自分を鍛える才能の無かったアレックスは、自分より優れた能力を持つ獣人を妬んでいたんだろう。

 その原因が、自分自身にあるとは考えず、全部人のせいにしていたという事だ。

 厳密に言えばアレックスでは無いのだが、アレックスの性格をそのまま生き写しにしていたのだから、悪魔だとしてもアレックスの行いとして考えても、支障は無いと思うよ。

 本人が生きていたとしても、同じ事をやった可能性は高いからね。


 「このままアレックスの責任として貫くんですかい?」

 『何か問題でも?』

 「・・・死人に口無しって状態が、何か嫌なんですが。」

 『悪魔がやった事としても、姿も性格もアレックスだったんだから、どう説明するんだ?』

 「まぁ、そうなんですが、とりあえずアレックスに扮した悪魔の仕業って事でも良いんじゃないですか?」

 『どっちでもいいんだけど、当の本人はホリゾンダル領から逃亡した罪人で、その罪人に扮した悪魔がアレックスの真似をしてたとしても、殆どの人は理解できないと思うぞ?それに、食われたという証拠も無いしな。』

 「食われたという事以外に、何かあるんですか?」

 『本人が取り込んだ可能性だな。』

 「取り込んだ?できるんですか?」


 全ての人が、悪魔に嫌悪感を持っている訳では無いからな。


 『まず、悪魔ってのは、基本的に肉体を持っていない。肉体を持つには、その肉体を取り込むか、魂を食らう方法がある。実際に悪魔は、肉体をモグモグ食べるんじゃなくて、吸収するって感じだよ。で、悪魔に取り込まれた人ってのは、首を斬り取られても体は動くんだよ。魂を食われた場合は、肉体は人で、魂だけが悪魔になるから、首を斬られると、死なないが体は動かせない。つまり、今回は後者の魂を食われた状態って事だな。肉体はアレックスで、魂が悪魔。これをどう説明する?』

 「・・・。」

 『人は、魂を見る事はできないから、外見で判断するんだよ。家族や友人ならまだしも、領主の息子では、本物か偽物かを判断する材料が無い。という事は、外見がアレックスである以上は、アレックス以外の何者でもないって事だよ。そもそも、そんな事を言いだしたら、神聖王国の教皇だって悪魔に乗っ取られた状態だったのに、悪魔云々にはなっていないだろ?ワラビですら、そんな事を言わない。という事は、本人で間違いでは無い、そう言う事だ。』

 「うーん?」

 『理解できないか?オリハルコンドラゴンに乗っ取られたお前は、ウルファ・スティングレイでは無くて、オリハルコンドラゴンって事になるが、それでいいのか?』

 「そ、それは困ります。俺は、ウルファ・スティングレイです。」

 『本当に?』

 「ほ、本当に本当ですよ!?乗っ取られたままなんて事にはなっていません!」

 『まぁ、追及はしないでおこう。理解できたのなら、もう寝ろ。』

 「うっす。」

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