伝書鳩の夏休み 第十六回
十六 話を聞かせて
目が覚めた。
月明かりだけの薄暗い部屋だった。ここがどこかの病院であると理解するのに、やや時間がかかった。
小さなうめき声と衣擦れの音が聞こえて、僕は少し上体を起こして足の方を見た。
目が闇に慣れるに従って、そこに火芝君がいるのだと理解していった。
悪い夢を見ているのか、ひどくうなされている様子だった。「火芝君。」三回目の呼びかけで、彼は目を覚ました。「火芝君、大丈夫かい。」
「ああ、野崎君……ああ。」悲しく疲れた声だった。
なぜだか僕たちは、しばらく言葉を交わさず目を合わせて微笑み合っていた。満月が浮かび上がらせた火芝君の顔は、まるで死人のようであった。
――いつからか、窓の外でカタカタと幹を突くような音が鳴っていた。首を窓の方に向けたが高さが合わず、夏の星がいっぱいの豊岡の夜空が見えるばかりだった。
「これは、何の音だろう。キツツキがやるようなのよりは、少しゆっくりだねえ。」僕は、まだ夢見心地で言った。
「あれはね、コウノトリだよ。クラッタリングといってね、コウノトリが嘴の上と下とを打ち合わせて、会話をしているのさ。この近くに居るんだねえ。」
僕は、火芝君に手招きをした。
彼は、ややためらいがちに枕元へ屈んだ。
「夢の中で、君の声を聞いたよ。ずうっと、誰かに謝っているみたいで、すごく、寂しそうだった。」
火芝君は「そうかい。」と言ったきり、俯いて黙り込んでしまったが、やがて、ぽつぽつと話してくれた。それは、意外な言葉で始まった。
――「僕は、まともにはなれない。君のそばにいて良い人間じゃないんだ。いくら優しい君だって、僕の本性を知れば……いいや、今更保身なんて無意味なことだね。」彼は、意を決したように顔を上げた。「君が倒れたのは、僕が悪いんだ。僕は、相沢君(相沢の名前を言う時、火芝君の声が不自然に震えた。)のところに運んでいたカステラや紅茶に、僕が叔母さんの金庫から盗み出した薬をたくさん入れておいたのさ。依存性があるから、相沢君はひな鳥みたいに要求してきた。僕は、その度に添加量を増やして与えたのさ。
――君が食べてしまったのは、誤算だった。いや、まともな頭があれば当然警戒できることだったのに、僕は相沢君を眠らせることばかりに必死になっていた。……夢じゃないよ。君に謝っていたんだ。相沢君にも――謝りにいかないと――。」
僕は、頷きながら聞いていた。そして、言葉が長く途切れたところで聞いた。「相沢は、なぜだか君を邪険にするねえ。それが、嫌だったのかい。」
彼は力なく首を振った。「そうじゃないんだ。僕は、ねえ、君と遊びたかったんだ。君と――。」後ろの方が涙声になっていた。
「相沢には、僕から話をしておくよ。君も、寂しかったんだねえ。」僕は労わったが、彼は首を振り続けた。
「相沢君のところになんか行っちゃ嫌だよ。僕は最低な人間だけれど、けれど、どうしても相沢君だけは許せないんだから。野崎君、僕は……」そこで、また言葉が途切れた。
――突然、部屋中が虹彩で満たされた。顔を見合わせていると、どん、という大きな音。
「ああ、花火だ。」
「この部屋は特等席だね。窓いっぱいに花火が見えるよ。」
赤や青や金の球形が星空を背景に広がっていく様を、僕たちはベッドに並んで座って観ていた。
「無理に話さなくたって、構わないさ。」
やがてフィナーレを感じさせる黄金の枝垂れが咲くまで、僕たちは心だけを交わし合っていた。




