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5ー9・最初の惑星(占い師の冒険2)

 大災害の時、ジオ宇宙の中で孤立していた科学結社の1つに、『白色教会(はくしょくきょうかい)』があった。生き残るために彼らが開発したのが、エグゼアと呼ばれた特殊な船。

 エグゼアというのは、もともとはある文化に置ける食べ物の名前だったようだが、なぜ(おそらくそれを利用する者たちにとっては最後の希望と言えた)船の名前にそれが採用されたのかは不明。

 名前はともかく、その船エグゼアの特殊性は、もちろん大災害という(明らかにジオ宇宙の外側に何か原因がある)異常な事態を、どうにか乗り切るためのもの。その異常な事態というのも、実質的には単に「宇宙の物理法則の改変」と言える。特に『白色教会』のような、他の宇宙の事情など何も知るすべのなかった者たちにとって重要だったのは、そのような変化があるということ以上に、変化の方向性が予測できないという問題。『白色教会』だけの問題かもわからなかったが、何にせよ、そのような予測ができない者たちにとれる、実用的な対策手段などあまりなかったろう。

 「幻想船(げんそうふね)」とも呼ばれたエグゼアは、1つのわかりやすい答だった。簡単には、船自体の構造と外部との境界が常に変化して、周囲のどんな物理変化にも対応する。そして内部では、最初に設定した環境を常に維持し続ける。それはいわば、どういうものかわからないが、とにかく大きな変化をすることがわかった宇宙の未来を生き抜くための、頑丈なシェルターのようなもの。ただしどうしようもないのが、それをずっと安定して機能させるための必要エネルギー量の確保の難易度。境界面での自由性の高い変化のために、多くのエネルギーシステムを犠牲にする必要があった。

 つまり容量の問題で、幻想船エグゼアの内部に、生身の生物の生存環境を用意することはできなかった。もっとも、言うまでもなく、知的生物らしい知的生物、人間たちが科学者と呼ぶ者たちの数百名であった彼らが、そんな程度のことで諦めるわけもない。よくある妥協点が見出された。

 エグゼア内部には、『白色教会』に属する者たち、それと関わりのある全ての生物の、再現、抽出することのできただけの情報コード群が、圧縮されて保存された。

 ただ、彼らが、ずっと未来にまた目覚めることはなかった。

 ある機械システムの中に保存された生物情報コード、少なくとも人間のような遺伝子生物の情報を含めた記号群から、元の物理生物場を再現するためには、そのような情報処理を可能とするコンピューターが必要となる。エグゼアに自分たちの情報を保存した者たちは、もちろん、ずっと未来の誰か、大災害をこえて再び安定した宇宙の誰かが、それを行うためのコンピューターを用意してくれることに期待していた。

 だが、いったい(こんなちっぽけな小宇宙で)誰がそんなことを予想していたか。〈ジオ〉というのは多くの生物にとって、どういうわけだか大災害の影響を最も受けなかった宇宙の1つだった。もちろんそれは、生物領域への打撃に関してだ。新しい緑の血液は、人間を大きく変えたが、それでもこの宇宙の中で生き残った生物たちの中で、人間は最も変わらなくてよかった。驚くべきことに、彼らの変化はすべて、単に宇宙の環境に対する、相対的な性質の強化にすぎないとも考えられる。

 〈ジオ〉は、多くの生物にとって、何かが特別であった。だから、実のところ、大災害の後、特に廃墟の時代の頃、多くの宇宙生物が、この宇宙にやってきている。それは、〈ジオ〉ととなりあう小宇宙である〈ネーデ〉や〈ロキリナ〉の生き残った生物たちも知らないこと。この全体、唯一の宇宙(ユニバース)の歴史の中で、虚無との戦いの中で、特に意味のないこととも言える。

 それでも、人類の歴史においては意味があった。

 忘れられた、哀れな生物たちは、いくつかの時計を進めたが、別のところでは戻していたようなもので、だから、総体としての宇宙の歴史自体にはあまり関係がなかった。

 ようするにそれらは、いくつかの影響を与えて、ジオ系の部分的な復活や強化の段階を加速させたが、一方で別の部分では遅れさせた。結果的に、それらがいなかった場合と比べて、いくつかのことの時期はずれたかもしれない。しかし結局全ては起こること。つまり最初の知的生物、アルヘン成物の計画において、戦う者たちを生んだのがこの宇宙だったというのは、変わることなかったろう。

 しかしアルヘン生物の計画が、再び機能するまでの時間、この宇宙の中での様々な部分の出来事に関しては、確実に変化があった。だから、それらは人類の歴史においては重要。

 そして、それらの与えた変化の1つが、エグゼア領域に関連した、人間の研究全て。

 ある、死にゆく機械生物が、その船を見つけた時、その機械生物は、それが何かを保存している媒体であることには、すぐ気づけた。ところが、ジオ宇宙のジオ生物ではありえない解析システムのバグのために、それはまた別の、局所的な異常現象を発生させることになる。

 当然の話であるが、そもそも船が、ジオ系以外の生物に発見されるなんて予想外だった。『白色教会』の者たちは、〈ジオ〉と隣りあっている3つの宇宙領域以外の非ジオ系生物のことは何も知らなかった。

 一方で、機械生物たちの方も、大災害以前、赤い血液の時代の人間たちのことなど、ほとんど知らなかった。

 そういう訳で、(少なくとも機械生物側の意識的には)非常に慎重に用意されたシステム環境は、完成とともにあっさり壊れて、意図せず混じりあった、2つの異なる宇宙(それも、新しく変わった宇宙における、古い2つの宇宙)の要素群は、緑の血液の者たちに最も適した環境の小宇宙において、特殊な機械的領域を発生させた。

 後にそこを調査したある学者が、巨大な宇宙コンピューターとしてのその領域の核のプログラムに、その名称が残っているのを発見し、そこはエグゼア領域と呼ばれるようになった。


 実はエグゼアのような領域は、廃墟の時代には数えきれないほどあった。

 水を研究する学者としてのエクエスが、彼の生まれた時代にはすでにありふれていた機械領域の1つだったその場を重要視したのは、別の科学組織が始めた、宇宙コンピューターとしてのエグゼアを用いたある計画のため。

 つまりラクシャと名付けられた、人工水の銀河系の開発計画。それは最終的には、大災害後のほとんどのジオ系世界から興味を持たれることになり、結果的に1つの時代の終わりの点にも指定されることになった。しかしエクエスは、まだその計画自体がほとんど知られていなかった頃から、それに注目していた。

 『水文学会』の研究とも関係している。エクエス自身が考えていたよりもずっと、水が失われたことは重要だった。〈ジオ〉にいて、大災害が何のためかなんてわからなかったが、その目的の1つは、水を失わせることだろうと、彼は示した。

 それで、なぜかはわからなくても、とにかく水が失われることが、おそらくどこかの宇宙群、あるいはこの唯一の宇宙(ユニバース)全体において、非常に重要であったはず。だから、〈ジオ〉で、(自然のものでなかったとはいえ)水の銀河系(つまりラクシャ銀河)が完成が、それも重要な出来事であるかもしれないということで、一般的に広く知られていた「廃墟の時代の終わり」ということになった。

 エグゼア領域にエクエスがはじめて入ったのは、ラクシャ銀河系の計画が具体的に始まってから、2年後。


ーー


 フィデレテ暦3×10^72。

 エグゼア暦33769年。

 ラクシャ暦2年


(ノイズが)

 エクエスは、そこに入る前から、そこがどのような巨大機械であるかを完全に理解している。だから、そこで目的を果たしやすいように、自らの神経系とバーチャル操作空間を共有する粒子ネットを持ち込んでいた。

(違う、これは)

 粒子ネットは、あまり機能しなかったが、何かの計算を間違ったわけではなさそうだった。ネットワークのあちこちの中継ポイントを無効化していた、いくつものノイズには、明らかに意識的な動作のためのパターンがあったから。つまりそれは、何らかの生物による意図的な狂いだった。

 しかも、機械を使ってもいないだろう。パターンは知的生物の神経系の一部そのものでないと、ほとんど説明が不可能なものだった。つまりその背景システムには、心の原因、心層空間が組み込まれている

「ルセン」

 そうとしか考えられなかった。


 エグゼアとはまた別の、孤立光学系コンピューター(闇のコンピューター)の牢獄に閉じ込められていた、アルヘン生物と思われるルセンと出会い、(ほとんで思い出せもしない)たわいない話をしてから、もう30000年ほどたっていた。あれが今何をしているのか、エクエスは知らなかったが、30000年という時間で、彼は、今の宇宙のことをよく学んでいた。彼は水を研究していて、かつて水はどこでもありふれた物体で、そして今はどこでも失われてしまったものであるのだから、実質的に彼の研究は、大災害前後の宇宙そのものの研究にも近い。

 知的生物の研究は、それがこの物質空間で生物と定義できる存在である限り、例外なく特定物質か、または物質系を媒介にするものだ。

 とにかく、その頃の彼には、もうよくわかっていた。エグゼアはどう考えても、いくつかの古い生物系の連鎖崩壊のための局所的な完全カオス領域。この場合の完全カオスというのは、真にどんな生物のためのネットワークも自然には生じ得ない場、という意味だ。仮にそこで、今、何らかの生物が機械なしに存在するなら、エクエスの理解できる限り、あのアルヘン生物しかありえなかった。

 なぜなら、当時のエクエスが知っていた宇宙のすべての中で、唯一、理解を超えている生物がルセンだったから。つまり、それには何ができても不思議ではなかった。たとえ、生物には不可能だと思えることでも。


「おまえ、いるのか?」

 不安は大きくなっていた。

 実のところエクエスは、後から色々考えて、もしかしたら、あのアルヘン生物を解放したのは間違いだったかもしれない、と考えるようにもなっていた。

 いったい、それがどんな目的でこの宇宙にやってきたのかはわからないが、決して人間のためではないように思えていた。それだけならまだいいが、それは、大災害を知っていて、それ以前からこの宇宙にいて、そして同じように、この宇宙で、水の失われる未来を知っていた誰かに封印された存在。ただの推測であったが、そうでないと、闇のコンピューターにとらわれていたという状況が不気味すぎた。

 もう1つ、いまだにどう考えていいのかわかっていなかった。闇のコンピューターの牢獄システムの鍵が、地球の再現データそのものだったこと。確かにそれは、全てのジオ生物にとって、始まりの惑星。しかしそれだけとも言える。それには神話的な価値すらもほとんどない。生物系の広がり方を考える時、すでに最初の銀河フィラメント国家(そしてジオ生物の歴史の中で、真に最も重要なコミュニティとされている国家)のフィデレテまでの時間だけでも、地球を重要視するには長すぎる時間があった。

 そもそも始まりのものなんて、いくらでもある。始まりのエリア、コミュニティ、惑星、星系、銀河。小宇宙までも。フィデレテが重要なのは、それが最初のフィラメント国家だったからではなく、全ての記録を見る限り、唯一、全てのジオ生物が共有したコミュニティだったからだ。遺伝子生物の性質上銀河フィラメントのスケールでそれを達成できたというのは本当にありえない奇跡としか言いようがないだがそのありえない奇跡が起こったから、その時代がいつまでも特別視されているわけだ。

 だが、闇のコンピューターとルセンに関わる誰かは、おそらく地球に何か特別な思いを抱いていた。始まりの惑星に。


「エクエス。時間を数えてないから、確信はないのだけど、きっと久しぶりだね」

 以前見せたの同じようなリング状の姿を見せると共に、やはり以前と変わらないように聞こえる声。

「考え方を変えたの? 前よりぼくを怖がっているようにも思える」

「例えば、地球信仰系の結社のことを、前は全然知らなかったから」

 エクエスが知ることのできた、そのような科学結社は全て、エクエスの感覚からすると、ジオ生物主義が度を超えていて、はっきり言って恐ろしいものだった。

「そんなことを調べることがまだできるとは驚きだよ。いや、残っているというより、過去を見る技術でもあるの?」

「そんなものがあったらよかったけど」

 記録が残っているよりも、自分の知らない過去を見る技術があるかもしれない。そんなルセンの疑問は興味深かった。

「アルヘン生物は、宇宙の時間をどんなふうに考えてた? 理解できていることはどんなことだった?」

 今、話したかった内容とは関係ないだろうが、気になったので聞いてみるエクエス。

「すべての思い出の保存場と、古いお友達が言ってた。ただし彼は、〈アルヘン〉におけるロマンチストだと思う」

「おまえの考えを聞きたいのだけど、時間に関して」

「有限の構造の部分要素。心層空間と少し、近いようにも思う、けど、それでも遠くはある。普通の物理生物の場とは層が異なってるけど、素粒子系は共有してるようなもの」

 それは考えたことなかったのか、それとも何かごまかしがあるのか、ルセンは妙に、いろいろ考えながらという感じだった。

「興味ぶか、くもないのか。どちらかというと。占い師のおれ的には、時空間はもう少し神秘的な方がいいだろうし」

 エクエスとしては、ルセンの答は、かなり唯物主義的に思えた。

「そういえば前も言ってたね。本当は科学者じゃなくて占い師なんだって。それで、いつもそのカードの束を持ち歩いてるわけか。占い道具だろ、それは」

「まあ、厳密に言えば、これは占い道具てわけではないんだけど。なんと言うか、研究資料みたいなものかな」

 本当にそれを見られたのかわからないが、しかし見られたような気がしたので、そんなものを持っていると気づかれたことについて、エクエスは大して驚かない。

「奇妙な模様だ」とルセン。

「これを奇妙というセンスもまた不思議だな」

 ポケットに入っていた、そのカード群の1枚の絵を見るエクエス。

 絵に描かれてるのは、赤いトカゲ。もちろんすでに、トカゲなどという生物は〈ジオ〉に存在していないが、古い映像記録を参考に、エクエス自身が描いたものだ。

「まあ、物理や神秘主義思想な話は、今は結構どうでもいい。それより」

 問題とは関係ない話を少しする間にも、それに投げるべき質問をエクエスはしっかり考えていた。

「おまえがここにいること自体、今のおれにとっては実に興味深い」

「前より何かを知ってるの? さっききみは、地球を信仰している古い人たちのことを、以前よりも知っている、というような感じのことを言ったよね。きみは今、何を知ってる? ぼくから何を聞きたい?」

「ここの基盤システムに『白色教会』の名前があることは知ってる。どういうことかは知らないけど、この機械領域の形成に関わりがあるんだろ?」

 エクエスは、大災害以前の科学結社の名前を、確認することのできるだけのすべての記録で確認してきた。白色教会もそこにあったのである。ただし、名前以外のことはほぼ何もわからなかったが。

「そうだね。ぼくは彼らのことを知ってた。ここに来たのは、彼らがここに関わっていると気づいたからではなかったけれど。だけど、ここにある程度の期間居座っているのは、その名前を確認したからだ。ぼくも」

「それなら」


 実は、地球信仰系の結社の中で、アルヘン生物が関わっていると思われるものを1つ、エクエスは突き止めていた。ただし、そこまでもう、推測できているのだと、ルセンに伝えていいのかがわからなかった。

 それでも、エクエスは結局のところ、占い師であっても、それでも学者であって、少しばかり知的生物的すぎた。もう、勇気というよりも、好奇心のために、ほとんど気づいたら聞いていた。


「それも『ミュズル』に関わりがあったのか?」


 それは、最初のフィラメント国家が、たった一度だけ、全てのジオ生物の世界を1つにすることに成功した理由の1つでもある。フィデレテの時代にすでに、記録上、最も古い科学結社。

 それは地球の時代からあって、おそらく地球ではなく、この宇宙ですらないどこかから学んだテクノロジーにより、1つの銀河フィラメントに特異な生物ネットワークを重ねた。そうして、広大なフィラメント世界上に生きていた頃の、全てのジオ生物たちを意識を繋げた者たち。

 『ミュズル』は、その名。

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