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5ー8・闇のコンピューター(占い師の冒険1)

 フィデレテ暦3×10^72。

 ケテナ暦4153万9041年

 エグゼア暦18年。


 《フィデレテ》の名は、常に、人類の歴史において、最も偉大な国家として、記録され続けるべきだと考えられてきた。そして、この宇宙で最も普通の物質であったはずの水と、人間以外のほとんど全ての(以前の世界の)ジオ生物を、永遠に消してしまった大災害の後、新しい環境に生きるために大部分の構造を変えられた人間たちも、まだその記録を大事にしていた。

 フィデレテ建国の物語というのは、後世の多くの者たちにとって、ある種の特殊な神話であって、この大きくて小さな宇宙で起きた、ただ1回だけの奇跡だった。長く続いた平和な時代、その後の分裂と崩壊の時代、この宇宙全てを壊そうとする何か(エクエスは、かつてヒモ素粒子とも呼ばれていた宇宙機械リリエンデラのことをすでに知っていたが、それが本当の記録なのかは確信を持ててなかった)との戦い、新たなる支配者の座をかけた科学戦争、前時代の勝者である科学結社が起こした別の宇宙|(領域)の侵略計画、それからいろいろ失った後のまた平和な時代、そして大災害の時。フィデレテはずっと、ジオ系、地球生物の誇りであり続けた。

 フィデレテ暦は、その最初の銀河フィラメント国家の建国宣言の、まさにその時からの暦。それが残っていることが驚きだ。それからどれほどの時間が経っているか。70桁以上にもなる暦の数字を見れば明らかだ。科学結社『水文学会』のエクエスは、ほんの数年前に、それ(フィデレテ暦)を発見したことで、その古い小世界に興味を抱いた。


 エクエスは、大災害よりも後、廃墟の時代とも呼ばれる時期に生まれた。大災害から、人工水が大部分を構成しているラクシャ銀河系が完成するまでの時代。

 彼は科学者だった。ただし(少なくとも科学戦争以降、廃墟の時代までの平均からすると)変わり者。前時代までの多くの強力な科学結社の思想の影響をあまり受けず、自然世界以外だけでなく人工的な迷信にも強い興味を持っていて、研究とは何の関係もない遊びを研究よりも好んだ。

 300歳くらいの頃、彼が、自分の科学研究機関である『水文学会』を立ち上げた時には、彼はすでに(「闇の生態系」と呼ばれることもある)エネルギーに乏しい領域における生物の研究の成果により、いくつかの科学結社で名が知られていた(後から考えると、おそらく彼と、彼の妹の最初の研究対象である、その特殊な生物の系が、水が豊富にあった以前の唯一の宇宙(ユニバース)への関心の入り口だったのかもしれない)。

 しかし長い時間、彼は決して類を見ないほどの優秀な学者とは言えなかったろう。もっとずっと後世に作られた最終科学結社とも呼ばれる、科学者たちのフィラメント世界、"世界樹"で語られることになるような、「最も優れた人間」とは言えなかったろう。


「ひっ、ひやや」

 サーチシステムに、生物は感知されない。そのはずなのだが、船内に明かりをつけた途端に、何か冷たいものが体に触れた気がして、エクエスは焦る。

 彼の姿は子供。カラフルで幾何学模様が美しいローブを着ていて、髪の色は青い。トレードマークの三角帽はやや大きめ。

 彼は、幽霊船として有名な、さまよう黒い宇宙船に乗り込んでいた。噂を聞いてから、10年くらいでそれを見つけて、そして入り口を見つけるのに、さらに6年ぐらいかかった。そして巨大な、その船内の隅から隅まで歩き回るのに3日ほど。歩きながら設置していた、船内の薄い気体群に溶け込んだランプを一気に光らせたのがたった今。

 全てを含む宇宙のわずかな部分であるとしても、それでもこの宇宙は大きい。局所的な質量をなるべく避けて、真っ暗闇をただ進んでいたその船を、見つけるのが難しいこともそれほど意外ではない。しかし、どうも、ただ目立たない無人船というだけではないようだった。

 エクエスは、最初はがっかりした。実のところ彼は、大災害以前の文明が残した、天然水の保存庫を探していて、噂の幽霊船は、まさにその可能性が高いと踏んでいた。だが実際見つけてみると、少なくともそれは、何かの保存用の船ではなかった。

 ほとんど何もなかった。ただ、おそらくもっと大きな機械の制御装置がいくつか見つかった。正確には、各端末は船内に広がった閉鎖系ネットワークによって、互いの機能を支え合っている。総体としてのそれを解析した時、一体それが何を制御しているのかは分かったそして、本来の目的|(水の研究)は一旦忘れて、エクエスは、非常に強い興味をそれに抱いた。


 その船が保存目的であるということは間違っていたが、失われた文明の遺物であることは正しかった。それどころか、驚くべきことに、その船だけのものかと思っていた閉鎖系のネットワークは、多次元の機械空間を介して、孤立光学系、あるいは闇の(ダーク)コンピューターと繋がっているようだった。

(これは、人間じゃないのか)

 そう考えるのも当然だろう。

 機械の水より、天然水よりもずっと信じがたいものだ。それが造られたのは、まず間違いなく大災害の前だ。その巨大なコンピューターのシステム構造のネットワークの各ポイントには、(意味はわからなかったが)おそらく必要な部品として水素がいくつか固定されていた。だが、それが大災害よりも前の機械であるなら、外部からの影響を一切遮断した状態で、これまでの時間ずっとそこに存在できていたなんて絶対にありえない。つまり、この宇宙で水素を使ったそのコンピューターは、例えばこの宇宙で1秒消えなかったら奇跡と言えるほどの不安定さを得てしまったはずだ。また、コンピューターの部品として機能するために最低限必要なスケールの連鎖体では、それを守ることも絶対不可能だ。だから、それはあらかじめ、かつて最も単純な原子であったろうそれが、不安定であることを想定して、最初から抵抗できるような特殊な内部構造を与えられている。ようするに何か、知的生物か機械が造った水素ということだ。だが大災害以前の世界では、おそらくその内部構造のために不安定であり、つまりそれが造られた時点では、逆にそれを守るための余分な構造が必要になっていたはずだ。そんな手間をかけてまで、そんなものを用意する必要性なんてあるだろうか? 1つの答は簡単に思いつくが、それがまた信じられないわけだ。それでも、それが一番可能性が高いことも事実。

 つまりそれは、水がこの宇宙から失われることを知っていた誰かが造ったコンピューター。

(多次元機械空間?)

 それが使われてることは、手がかりだろうか。

 彼はリリエンデラが、素粒子機械だという有力な仮説も思い出す。


(待てよ、水素をなぜ使う? 仮に)

 水がなくなることを知っていて、なぜ水を使おうとした?

(メッセージ? シミュレーション? 実験?)

 それらしい説明はすぐにいくらか浮かぶものの、どれもしっくりとくる感じではない。どれにしたって、結局のところは水を、絶対に使わなければいけないということはない。

 必要に迫られてではなく、むしろ、単にそれを好んだ、という可能性の方が高そうに思えた。

「え」


 エクエスはかつての赤い(厳密に言うとジオのいくつかのベーシック環境のどれでも、人間の平均的な視覚で赤色と認識できる)血液の人間じゃない。スフィア粒子という、大災害の後か、少し前くらいに開発されたと思われる、機械素粒子が機能させる緑の血液の人間。つまりは緑液系と呼ばれる存在。

 緑液系は、かつての人間に比べたら、実質的に魔法使いだ。正確には魔法使いになれる素質が本当にある。おそらく、長生きして努力すれば誰でもだ。緑の血の人間の万能魔法とも言える、後に「構成粒子加速法こうせいりゅうしかそくほうと呼ばれる技術の、理論を最初に発見したのは、エクエスだった。

 しかしエクエスは、どんな魔法のためにも、努力する気は全くなかった。特に興味はなかったし、実用的にも、すでに彼の師の一人が、緑液系のコントロールのための装置を開発し、エクエスは、それを自身の構造に埋め込んだ、最初のサンプルでもあった。


「いつっ」 

 装置を綠液系に含める以前、まさに魔法使いじゃなくても魔法を使うかのように、自身の中のスフィア粒子を利用できるかもしれないとは聞いていた。ところが、結局のところ、そんなことはなく、エクエスはそれを使うのに、特定の物理的スイッチを押す(つまり媒介にする)必要がある。そしてそのたびに体の部分部分に痺れが走る。

 だがその時の痛みはそんなものではなかった。繋がっているところから何かが流れ込んできた。

 エクエスは、まだ機能しているようである闇のコンピューターを直接的に調べるため、自らの構成素粒子を宇宙船|(型の、多分ある種の調整機)と、コンピューターを繋げている機械空間の一部とする。いかなる閉鎖系であったとしても、この唯一の宇宙(ユニバース)のものである限り、ある多次元空間は、それ以上の多次元空間から入り込める。むしろ闇のコンピューターは、入りやすい。もしそれを造ったのが、リリエンデラでないとしても、そのような素粒子機械を、開発者は意識していたのかもしれない。

 とにかくエクエスは、闇のコンピューターが、どんな役割を果たしているのか。どんな目的を持って作られたと思われるか。そういうことを確かめたかった。


 この宇宙で、動作に意味を与えるものはネットワークだ。生物も、機械も。

(古い)

 血液は緑色でも、エクエスは人間だ。そして人間の普通の知的構造は三次元空間のものだ。構成粒子加速法をうまく使えば、おそらく多次元に適応させることもできるが、そんなことをする必要はない。エクエスは、自分だけで考えたかった。多次元構造への知的能力の適応は、どう考えても自分だけとは言えない。それは、いくらかの開発者たちとの共同作品と言える。

 ようするに彼は、自分が、この全てを含む唯一の宇宙(ユニバース)の中で、どんな重要な存在になるかなんて、考えてもなかった。そんなことありえるはずないし、ありえるのだとしてもどうでもよかった。だからこそ自由に冒険ができたのだ。

それは、今ここで永遠に精神を狂わせてしまうリスクさえある冒険だったが、やりたいようにやった。


 低次元知性が高次元領域をどうにか理解しようとするだなんて興味深い調整じゃないか。それで仮に頭の悪い学者気取りがひとり、この宇宙から永遠に失われたとしたって、だからなんだって言うのか。

 もっとも、数十年前に何度目かの大喧嘩をした妹が、自分の後を追いかけてくる可能性は心配だったが(いつも追いかけるのは彼の方であるというのに。妹、リウェリィは、兄よりずっと特別な人間だろうと考えてもいた。いつも全ての感情を理性で支配する学者の鑑だ)


 三次元知的構造では、どうしたって正確な数を直接的に数えることはできない。だがそれが四次元でないことはほとんど間違いないように思った。だから五次元以上の領域だ。

 自分自身がそれに直接適応しなくても、機械を使って調べることは、彼の考えにおいても、別に反則でない。

 明らかになったことがいくつかある。それは、おそらくテクノロジーで造られたではない。少なくとも今のこの宇宙で造られたものではない。最初から構造の中で組み込まれているようなものだ。だが、おそらくその構造はほとんどが、大災害の時に(その時まで残っていたとして)ほとんど崩れてしまったろう。それはある種の階層と言えた。

 もうほとんど間違いなかった。この宇宙の機械の神、リリエンデラというのは実在の存在だったわけだ。そして、それの残骸がそこにはあった。

 残骸は二次元平面だ。背景システムまで含めるとよくわからないが、平面が十分に大きければ、平面だけでも必要なネットワークのための情報量確保ができるだろう。そのとてつもない巨大な平面が収まるための多次元構造なのだとしたら、辻褄が合うように思えた。

 その素粒子機械の本体|(?)が、この宇宙をどうして物理的に生み出して滅ぼすことができたのかも理解できた。宇宙空間そのものに必要なプログラムを書き込んでいる。そんなことを知的存在が意図的にしようと思うなら、この宇宙の外に出るしかない(それはおそらく不可能だ)が、偶然でならそういうものが生まれることはありうる。とてつもなく小さな可能性であるとしても。しかし唯一の宇宙(ユニバース)はもともと、とてつもなく大きいのだろう。

 ヒモ素粒子と呼ばれていたらしいが、その比喩は多分計算方法の影響だろう。それはともかく、かつての人間が、エネルギー空間において普通にそれを見ようとする場合、宇宙の大きさの加速器が必要だったろう。

 エクエスにはもっと上手い方法がある。ほとんどの場合が、特定の物質と物質の特殊なブレンドで、新たなヒモ素粒子そのものを造るのがいいが、単に好みのために、エクエスは緑液系を使う。自身のスフィア粒子群をそのまま多次元空間上の平面として広げて、そこに残骸のネットワークをコピーする。あとは相対的な動作により、様々なことを定義|(理解)できる。大したエネルギーはいらない。正確に言うなら必要なエネルギーは、その多次元構造そのものだ。


(その小さな箱で計算できるの?)

 いつだったか、あの妹、リウェリィにそんなことを聞かれたことがある。実際は、小さいだなんて、結構難しい表現だ。

 エクエスはもう、最も馴染み深い、通常のエネルギー空間に戻って、片手で持てる程度の小さな箱に閉じ込めて、見ていた。言うなれば小宇宙の中の小宇宙を見ていた(実際は見れるものでもないのだけど)。

 箱は、ほとんどは空間の圧縮装置。古い別宇宙生物が残したのを再利用したものだ。宇宙を1つの封鎖系構造と考えるなら、例えばたくさんの歯車がくるくるお互いを回し合うような機械的構造だとすると、各歯車の形に合わせた変形を必要な場で行うことでも、余剰次元の方向に宇宙空間の延長ができる。厳密に言うと、この場合に延長されるのは情報空間だったが、それは計算のためのメモリーとして、むしろ使いやすい。

 もう闇のコンピューターに関しても、わからないことを探す方が難しいかもしれない。それくらいに、ちゃんと理解できた。何者であれ、それを開発したのは、知っていた何かでなく、学んだ誰かなのだろうと思う。多分、他者にものを教えるのがうまい。


 闇のコンピューターの存在理由の1つは牢獄。ループ構造の中に閉じ込められている、明らかな知的構造。閉じ込められている生物。心層空間を直に解読する方法はわからない。何か聞きたいことがあるならば、ネットワーク構造ではなく、その生物を牢獄から出してやるのがいい方法だろう。


 しかし牢獄を破壊するにしても、鍵を外してやるにしても、最低限必要な情報の多くも不明だ。それはある種の情報空間のセキュリティとも言えるが、突破は難しい。だが不可能というわけでもない。

 コンピューターというか、普通、背景システムの媒介に情報空間を使う機械は、動作と関わる全ての階層に、アクセスルートが必ず発生する。多層構造の中で、それぞれにある鍵の1つだけでも見つけられれば、今回のことに必要なレベルのクラックが可能だ。

 エネルギー空間の鍵は、普通なら取得が一番難しい。だが緑液系を使う場合は違う。闇のコンピューターの開発者は宇宙から水がなくなることはわかっていても、人間が生き残るのかどうか、あるいはそれにどのように対応するのかは予想できていなかったに違いない。

 必要な鍵は惑星だとは予測できたプログラムから簡単にわかる、というのは以前からそうだったろう。ただ、おそらく以前の宇宙では、必要な惑星情報獲得、それの正確な再現、アクセスのためのシステム、そのどれも一般的に不可能であったと考えられていたはずだ。実際、この宇宙では不可能だった。以前のこの宇宙では。


 闇の中から、浮かび上がってきた液体が混じりあい、やがて球体となり、表面に海と大地が形成されていく。

(これ)

 宇宙船の外側、目で見ているだけでもわかる。有名なものだ。

(地球?)

 実際の、鍵としての再現にはまだかなり時間がかかる。それはあくまでも、最終結果のシミュレーション映像にすぎない。しかしそれは、とにかく、紛れもなく地球。大きさはかなり小さいだろうが、構造的にはかつて存在した地球と同じ、いつの時代のかははっきりわからないけれど。

 実際の鍵惑星の再現にどれくらいかかるかの時間も導出された。

(17年と51日と、2時間41分)


ーー


 17年でなく、19年で、エクエスは戻ってきた。

 宇宙船は変わりない。ただ、近くに地球ができていた。それはすでに、鍵としての役目も果たしている。


「おまえ、さ」

 19年かけて、その闇のコンピューターに閉じ込められていた生物が、いったいどんな存在なのかを考えた。1つの結論がすぐに出た。そして、それ以外は思いつかなかった。

 もしその性格が当たってるなら、エクエスはそれに聞きたいことが山ほどあった。

「アルヘン生物だろ?」


 まるで、その小さな地球の住民から送られてきたメッセージかのようだった。機械でなく、彼の緑液系の部分に直接的に送られてきたメッセージ。多分、媒介は電波だろうが、いったいどのように自分にそれを理解させたのかはよくわからない。

 そして次には地球の海から現れたリングから、声が聞こえた。知っている言葉。


「そうだよ、ぼくは」


 これが、この出会いが、大災害の後、《虚無を歩く者》と、あるジオ生物との、最初の戦いの始まりだった。


「ルセンというんだ」


 だが、戦いの運命が決まったのは、おそらくもっと前。おそらく《フィデレテ》の時代。最初の銀河フィラメント国家の……

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