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5ー4・魔法の出会い(エディアカラ生物3)

 西暦2024年


 浅倉綾謙あさくら・りょうけんは小さなゲーム開発会社で働いている。しかし家の中にいる時には、エディアカラ生物と呼ばれる古生物群の研究をしている生物学者。

 正確に言えば、彼が働いているゲームの会社は、実質的に人間の世界に存在しない。彼自身も、最近まで知らなかったことだが。

 人間の社会という、この宇宙の中の極小世界は、その時にもまだ、ルセンにはわかりやすかった。


ーー


 西暦2013年


 そもそもその出会い自体が魔法だった。

 綾謙は、恵まれた領域にある国で、大衆の中で埋もれた普通の子供だった。学校に通って、友達と遊ぶけど、本当はあまり好きではなかった。パズルゲームが好きだったけど、時々それが時間の無駄で、だけど自分は中毒だからどうしてもやめられないと嘆いたりした。本が好きで、色々読んだ。だから、ルセンと出会う前から、エディアカラ生物というのを知っていた。

 そしてその出会いは、たった一度だけ、この宇宙で出会った本当の魔法。


 綾謙が生物学に興味を持ったのは、多分SF小説の影響だった。元々、恐竜は好きだったが、彼が、本好きだった小学校の先生が用意してくれた読書の時間に読んだ、恐竜が登場するどの小説でも、大なり小なり、生物学や遺伝学、生命に関する哲学の話題などが含まれていた。それに刺激を受けた。

 おそらく、昔、カンブリア紀という、恐竜の生きていた時代よりも、さらに古い頃、生物種がこの地球で急激に増えた謎も、SF小説で最初に知った。ただ、エディアカラについては違った。それはカンブリア紀の謎をテーマとした、それほど長くはない一般向けの科学読み物で知った。


[……エディアカラ生物群は、もともとオーストラリアのエディアカラという丘で(最初のサンプルが)見つかったもので、現在でも、最古の多細胞生物候補とされている。

 どうもこの生物は5億7500万年前には出現していた。しかし葉っぱみたいな形や、タイヤの跡みたいな形が印象的だが、動物かもよくわからないところがある。大きいものは、1メートルに達するものもあったようだ。

 いずれにしてもエディアカラ生物群の大半の化石記録は、5億4000万年前くらいまでで途絶えているから、そのくらいまでに、ほぼ絶滅してしまったようである。つまりこの謎の動物群はかろうじて5億4000万年前以上前、つまり先カンブリア時代の生物群という訳だ。

 しかしこのヘンテコな連中は、動物であったとしても、現在の動物の直接の子孫ではなかった可能性が高い。現在の動物に繋がりそうな特徴がかなり少ないから。あるいはエディアカラ生物群は、動物になれなかった動物群なのかもしれない。動物への進化も1回でなかったとするなら……

 もし、エディアカラ生物がカンブリア生物と繋がらない系統ならどう考えるべきか……]


 エディアカラ生物というのに興味は抱いたけど、少なくとも地元の図書館には、その生物群をメインのテーマとした本には出会えなかった。だから綾謙が小学生最後の年の、自由研究ノートに書いたエディアカラ生物についての小論文は、8割ほどが、当時の彼なりの、推測のみに頼った仮説だった。


[……この生物たちはすごく単純だったのだと思います。カンブリア紀で一気に増えたかのように見える、今の地球生物の系統と比べて。カンブリア紀に爆発的に数を増やした生物たちは、とても複雑でした。この複雑というのは、体のつくりとかの意味でなく、生物を、機械的な存在として考える場合の、そのコントロールプログラムの構成に関してです。つまり生物が、生物が生物であるためのシステムが、以前はとても単純だったということです。エディアカラ生物はとても単純な世界の生物たちの中で、多分一番繁栄した動物たちだったのだと思います]


 周囲の大人たちは、欲しくもない賛辞はくれた。だけど一番求めていた、わずかな自分の知識から頑張って推測した理論について、有益と思われるような意見は誰もくれなかった。


ーー


 西暦2015年


 ネットのコミュニティのアカウントに、一通の不思議なメールが届いていたことに気づいたのは、それがどういうものかもわからない答を求めて、言葉の記号の海によく意味もわからず溺れていた時。つまりいつものように、休日の朝、部屋の古いコンピューターで、インターネットを開き、調べ事をしていた時。

 よく意味はわからなかったが、それは地球のデータネットワークを介してなかったから、正確には、綾謙の使っていたメールアプリの個人ストレージに送られてきたというより、それはそこで作られた。

 地球表面の空間で、情報の流れはなく、ただそこに置かれて、組み立てられたもの。

 UI、画面がそもそもおかしくて、綾謙は最初、コンピューターが壊れたのだと思った。だが壊れてしまったための表示にしては、妙に規則的で、デザイン的に感じられた。実際その通りだったのだが。

 非常に奥行きがリアルな感じがする3dの箱。その一面が止まったかと思うと、それが画面いっぱいの文字となった。スクロールも可能なようだ。だが他の操作はできない。そんなことはしなかったが、おそらく電源を切っても、その画面が消えることはなかったろう。


[きみは怖くなるかもしれないけど、まずこう言っておけば、きっとこのメッセージを途中で閉じることなく、ちゃんと読んでくれるだろう。だって気になるだろう。ぼくはきみのことを知ってる。エディアカラ生物を研究してるんだよね。実のところ、ぼくはその最後の生き残りだ]

 それから長い説明があった。

 とても信じられない。SF小説みたいな話だ。


 遠い昔に、〈アルヘン〉という宇宙で最初の知的生物が生まれた。

 〈エルレード〉というすべて機械化された宇宙の生物たちが、《虚無を歩く者》と出会った。それは全ての小宇宙を含む、1つだけしかない大宇宙で、滅びゆく存在でしかない生物とは違う、決して共存できない、永遠なるもの。

 長い間、宇宙の生物たちは、《虚無を歩く者》と戦い、そして多くのものを失ってきた。いくつかの物質パターン、テクノロジー、生物、そして神々と呼ばれた不思議な機械群も。

 そしてその時その場で一番重要だった、メッセージの一番最後……

[それではじめまして。ぼくはルセン。エディアカラ生物群と言ったけど、アルヘン宇宙の生物でもある。つまりこの宇宙で、エディアカラの時期にぼくはこの宇宙に来て、地球生物に混じって、絶滅しなかった。

綾謙、このたった1つの宇宙の知的生物と、虚無歩く者との戦いは今も続いているんだ。そして今、この地球におけるぼくの任務のために、地球生物の協力者が欲しい]


 綾謙の答が決まっていることは、多分わかっていたろう。ルセンは頼んでもいない。ただわかっていた。

 だから、エディアカラ生物の論文を手書きしているノートを、また用意した。

 ルセンは、妙なことに、この地球上のほとんど全てのことを、簡単に把握できるようなのに、生物の精神活動は見えていないようだった。つまり、心で考えるだけでは何も伝わらない。だけど、例えばノートの内容なら伝わる。物理的に刻まれた記号なら伝わる(だからこそ、綾謙のエディアカラ生物群についての個人的な研究についてもわかったのだろう)。


[ルセン、ぼくは何をすればいいですか?]と、空白のページに書いてみた。


 宇宙の物質というのは、素粒子のスケールよりも上の層では、全て素粒子の相互作用による現象なのだと、綾謙はその時まで考えていた。

 だがそれは違っていると、その精神と関連している物理空間、あるいはそういうものでないとしてもその精神への直接的な影響でわかった。

 ただの素粒子の集まりはノートに書かれていた記号だ。それは確かに、ある集合のパターンでしかないだろう。だけど今や明らかに、全てがそうであるわけではない。

 ノートに書いた記号はスイッチになっていたのだ。綾謙を、ルセンの元に案内するための機械の起動スイッチ。

 その機械は明らかに、地球の存在している宇宙の、表層的な時空間を移動するものではなかった。おそらく亜空間を作って移動する。だけど特に重要なのは、それで運ぶものだ。それはただ物質を運ぶだけのものではないのだ。

 それは、心の原因も一緒に運ぶ。実際にそういうことを試してみないと、確信を持つことはできないが、だけどおそらく、例えば人間1人をバラバラにして、それを構成した素粒子群を別の場所に運んで、再び前に人間だった時のような構成パターンに戻したとしても、元々の人間の移動は実現しない。そういうものなのだろう。生物という存在に必要なのは、物質だけではない。何かが必要になる。そして物質ではないその何かを、すでにその機械は捉えることができて、一緒に運べる。


 でも、物質構造を生物にするための物質ではない何か。それをなんと理解するべきか。

 魂だろうか?

 しかしそれが永遠のものでないのは間違いない。永遠ではないから、永遠の存在である虚無と生物は相容れない。

 むしろ、特殊な何かというよりも、何かが特殊なものとして機能する空間があるかのようだと感じた。何かを想像した時の、想像の世界はこの宇宙のどこに存在するのか。それが機能するような空間がある。

 心の空間。


ーー


 とても長い時間が経ったみたいな感覚だった。やがて眠りについて、そして目覚めた。

 目覚めた時、彼は巨大な泡の中にいるみたいで、すぐ隣にドーナツ状の生物と、コンピューター(明らかに、一般家庭にあるようなパーソナルコンピューター)があった。

「アサクラ・リョウケン」

 ルセンの声を、初めて直接聞いた。しかし、そのドーナツ体のどこかに口があるのか、そういうものはないのかもわからない。

「ここに来るまでにいろいろ考えて、もうすっかり理解できた気になってることも多いと思うら。まあ自信を持っていいさ、人間というのは賢い生物だ」

「人類社会で何かをしようってわけじゃないよね? だって、それならぼくみたいな一般人を使う理由がないし」

 色々な感情の合成嵐が、内側であれ狂っているようで、しかし1つだけはっきりしていたことがある。

 アサクラ・リョウケンという人間の物質構造の中に、昔、ルセンが地球生物系に与えた何かがあること。多分全くの偶然であろうが、とにかくそれを受け継いだ1人である彼は、おそらく、いつでもコントロールを奪われる。

 どうなっているのか、わかる。心のための空間ではなくて、物質の構造に何かが刻まれているのだ。心に理解させるための記号が。だが複雑すぎて、この小さな構造の中にある驚異的なネットワークそのものについては、まるで理解できない。

「やがてぼくはきみを使うことになるよ。だけど今はまだ無理なんだ。だから、ぼくに利用されるいつかのために、きみには長く生きてもらう必要がある」

「ぼくを信頼できる? ぼくは英雄的な人じゃないよ。早く乗っ取った方がいいかもしれないよ」

「恐がらなくていい。きみは多分、ぼくがきみのことを道具として考えていると考えているだろうけど、そうじゃない。ぼくはもうアルヘン生物ではない。完全にこの惑星になじんだ生物だよ。道具じゃない。ぼくにとってこの惑星の生物は全て、同類の仲間だ。ぼくも英雄的じゃない全。ての生物たちのために戦うんじゃない。この惑星の仲間のために戦うんだ。それだけさ」


 同じ惑星の仲間。そしてこの宇宙の生物たち。だけど、永遠なる虚無のものは違う。それは生物にとって、恐ろしい悪夢でしかない。


「ここで何をするために来たの? この宇宙はまだ、《虚無を歩く者》に目をつけられていないとか?」

「まずは、きみ自身が、きみにそれを教えてあげてほしいんだ。方法は教える。まだ予定通りのこの惑星で、1人の人間のシミュレーションの方法」

 そう、ゲーム会社というのは、実は綾謙自身のアイデア。


 ルセンは言った。

「一緒の戦いの場は、まだ未来にある。入り方はきみ自身が決めて」

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