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神々のガラクタ船 ーWater alchemist and the Worldtree’s landsー  作者: 猫隼
Ch4・いくつもの生命世界をこえて
129/142

4ー25・存在の調整

 アズテア第五暦599の301日。

 エクエスは、まだアトラとシェミアの記憶を持っていたミーケと出会って、少しだけ話をした。虚無、あの戦うべき生物の敵に関して、お互いに知っていたこと、覚えていたことを伝え合った。


 意識樹は〈エルレード〉という宇宙における、心層空間のネットワーク。それは天然のものと言われるが、それが天然というのは、その特殊な機械の宇宙が、驚くべき機械ではなく、機械的な生物と考える場合。

 何にせよ、ガラクタ船、ダイナナカミガミ、後のミズガラクタ号は、ジオ系宇宙に持ち込まれた時、一緒にそれを持ち込んでいた。アルヘン生物が造った、機械意識樹の一部。

 どのようなテクノロジーが基盤かは関係なく、開発環境に意識樹を置くのには大きな利点がある。心層空間によるシミュレーション、言ってしまえば、想像と物理的再現動作の間に媒介を置く必要がなくなるから。

 それを誰が〈ジオ〉に持ってきたのか、アトラもシェミアも、おそらくはメリセデルも知らなかった。しかし、エクエスには見当がついた。

 おそらくは、地球の時代に、エディアカラ生物をこの宇宙に与えた、またはそれになった何か。ほとんど間違いなく、古いアルヘン生物。

「虚無に対する武器としてでなく、システムの破損を修復する装置としてだと思う。聖遺物とここで呼ばれてるものでもあれは特別だ。ガラクタ船はミラが重要視してた」

 ただの推測ではあるが、エクエスには自信もあった。

「そしておれが知ってる、過去に起きたこと全てからして、リリエンデラ、この宇宙の最初の機械が、人間に壊されたのは確実だ。人間だけにだ。人間が今も生きてる理由は1つしかない。言うなればガラクタ船は、この宇宙に、地球の時代からずっとあった。唯一ずっとこの宇宙における異質なものだ。それがなければ機械が調整したプログラムを、人間は破れなかった、そういうものだ。虚無を見つけた機械の宇宙が、虚無との戦い以前は永遠の宇宙であったように」


 つまり最初、再現意識樹は、特別な機械の改造のためにあった。それでダイナナカミガミ号は、ある環境に特化した。

「水のない宇宙に。どこでもそうなった時、そうなった宇宙のどこでも渡るための船が必要だった。これが第七なら、他にもあるんだろ。他の船は多分、同じような、虚無との戦闘計画に利用される可能性のあった、別の生物の宇宙に」

 しかし意識樹は、そのままシステム管理に使うには、例えば制約が少なすぎることが大きな制約となってしまう。船が最終的にどう使われるにせよ、長い時間、それが自動で機能しなければならないことに変わりはない。アルヘン生物が、実際この辺境の宇宙、〈ジオ〉を何度も訪れたり、早い段階から定着することはあまりよくなかったろう。虚無に、この宇宙が危険かもしれないと理解された時点で、全て終わりだから。だから、この宇宙で長く、それがそれだけで、計画通りに機能するように、予測できない変化の原因となりうる意識樹は残せなかった。

 ただし何も残されなかったわけではなく、ネットワークの抜け殻は残っていた。それはそもそも消せるようなものではないから。


 そもそも意識樹というのは、エルレード生物が発見し、他のどの知的生物にも教えることが成功できていなかった、心層空間のいくつかの原因を利用している。古い思想の人類なら、多分それを魂とでも呼んだことだろう。そういうものだ。あるいは、物質的には説明できない要素、というだけなら簡単だろう。

 原理的なことを理解できないのだから、エルレード生物以外が、それと同じものを造ることはできない。ただし、他の生物にも、物理的機械として機能するエルレード宇宙を、観察し記録することはできる。そしてある動作パターンを、別の原理を利用して、再現もできる。たとえそれがごく一部の場合であっても、とてつもなく複雑なプログラムが必須であるが。そしてだからこそ、それの再現は全て部分でしかない。全体を再現するには、どんな宇宙でも小さすぎる。そして複数の宇宙を使って、巨大コンピューターを構成し、それを再現しようと計画できたとしても、それほどのスケールで情報空間を安定させることができる機械は、まさに再現しようとしているものしか、つまりエルレード宇宙しか確認されていない。いつか誰かが「究極の機械のパラドックス」と言ったらしい現象だ。

 予測できない変化は、長い時間の安定した管理を崩す要素。だから意識樹が、機能している状態では残せなかった。


「ガラクタ船はミラの娘が買うことになるだろうよ。あれはどうも、かなり優秀な子らしい。母親ほどじゃないけど。でも、研究を継ぐのに向いてる。真面目で、これは実は多分だけど愛情深い」

 エクエスがザラについて知っていたことは、彼女の論文に書かれていたことだけだが、それで十分だった。彼女が書いた全ての論文は、母に捧げられていた。

「それでおれは、これから余計な記憶は封印するつもり。意識樹の残りを使って。あれは」

 消せないのはなぜか。それははなから再現でしかなく、物質的なもので、破壊することはできる。だが、例え再現でも、それはやはり消せない。

 それは、ネットワークが存在していた場に与える影響が大きすぎる。すでに残骸が複雑なネットワークとなっていて、例えば物事を破壊する全パターンを、空間的な多次元だと考えるとして、1つの次元の途切れが、新しい部分的多元空間を作ってしまうのを止める方法が知られていない。

 ミーケはこの時に思いだしてもいた。シェミアは、かつて〈アルヘン〉世界の社会での学校と言えるコミュニティで、エルレード宇宙を1つにしているそのシステム(意識樹)について学んだ時に、こんなことを音にしたことがある。「まるで機械ではなく、別の宇宙の存在」。虚無と同じように。そして、今はそれが妙に役に立つ道具になった


 実のところミーケは、理想的な形で自分の記憶を封印する方法の研究に苦労していた。

 記憶の封印は消去とは違う。消すわけではない。

 単に、心層空間が利用可能な領域の一部にアクセス制限をかける方法はいくつかあるが、安定しているものは少ない。エクエスの知る限り、確実な方法は1つしかなかった。そしてミーケはその1つの方法も知らなかった。だが、理論上は可能であっても、そんな方法が実際に試されたことはおそらくなかったし、それが確実に成功できるようなシミュレーションを組める計算手法もない。それでも、結局ふたりは1つの賭けをするしかなかった。

 エクエスは自分の心層空間の以前の状態を何度も失ってきた。物理体を調整して、長く生きる知的生物はほとんど例外なくそういうものだが、彼の場合は、その回数が、宇宙すべての生物の中でも、かなり多い。ジオ系はそもそも知的生物として、構造体の寿命がとても短い方だ。たいていの基準においては、すぐに死ぬ。つまり長く生き続けるためにはとても短い周期での調整が必要となり、エクエスは最も長く生きてきたジオ生物。

 重要なことは、時空間における過去の記録、つまりエクエスのこれまでの精神の変化のすべての記録。それを重ね合わせ、同調させることが可能であれば、精神、心層、名前はどうでもいいがとにかく、記憶に関する構造の自由な可変操作を実現できる。例えばミーケが、計画の最後の鍵、ミラの娘、ザラを導くための道しるべになるための、消去の封印が可能となる。

 思い出の構造、それの完璧に意図された必要なだけの同調。そんなことを可能にするほど、心層空間の領域に近づくにはどうすればいいか。おそらくは意識樹こそ、それを可能にするたった1つの方法。


「ミーケ、アトラ、シェミア。おまえたちはどれくらい待った? どれくらいの宇宙で失敗してきた? ここで初めて、きみたちの計画はうまくいく。うまくいきそうだよ」

 意識樹のネットワークポイントになることも、外部ネットワークを繋げてアクセスすることもできない。エクエスもミーケも、その術を知らなかった。しかし意識樹の脱け殻は、ガラクタ船全体の中に含まれていて、理論的には動力源になりえたのだ。他のどの方法でも不可能なほど、心層空間に、近づき、直接的に調整操作を加えるための装置の。

 それはコントロール可能な小カオスとも言える。ただ閉鎖系として放置すれば、それは完全に狂った時空間の切り取り。しかしその、世界|(1つだけのこの宇宙全て)の中のごくわずかから見れば、要素数が十分に巨大な解析機械を作れば、別の時間における物理的動作を予測して、(しかもそれは心層空間に予測通りの影響を与えることが可能であるから)実質的に生物の精神と呼ばれるものを、あるいはその周囲の構造を調整できる訳である。

「なあ、アトラ、シェミア。おまえたちが、虚無との戦いで、最初にこの宇宙を利用しようと考えた時、長生きしすぎた老人はそこにいたか?」

「知らない。多分ね、わたしが、この宇宙での計画について知ってたのは、神々に似ている何かがいたこと。そのずっと後に、それはもういない、て聞いたくらい」と、ミーケはその時まず、シェミアとして答えた。

 それから自分の言葉で言った。

「エクエス、この宇宙もずいぶん変わった。きっとあなたと同じように。それで、ミラと少し話してみて、もう確信できた」

 実際に、長い長いアルヘン生物たちの時間の中で、あともう少しだけだった。あとはもう全てを任せて、託すだけ。この広すぎる1つだけの宇宙の、小さな小さくて賢い生き物たちの、最後の希望を。

「またすぐに会うと思う。その時はお互いのことは忘れてるだろうけど。それと、こんな記憶の封印方法。多分、アルヘン生物にだって試した例はないと思う。だから、もし思い出せないことがあった時のために、一番重要なことだけ、あなたも知っていて。おれたちが今のことを思い出す時に、きっとそこにはミラの娘もいるだろうから」


 そう、そうだった。

 ミーケは、ミラの言葉、気持ちの中で、どうしたってザラに伝えるべきと考えたことがあった。

 もしアトラなら笑ったろう。シェミアだったら怒ったろう。だけどミーケは、この宇宙を守るためより、虚無を無力にすることより、生物がこれから永遠に続くことよりも、大切なことがあると信じていた。

 だから、 どうしてもそれだけは彼女に伝えたかった……


 それから、先にミーケの記憶の封印を終えたエクエスは、副作用で意識も失った彼をしばらく後に惑星《フラテル》に着くように仕組んでから、自分の彼に関する記憶も、それは封印というようなものでなく、単に忘れた。彼は忘れて、思い出すことに慣れていた。だからただ必要な時に都合よく思い出してくれるだろうと楽観的に考えた。

 いつもと同じだ。いつからかはわからない。今の自分みたいになってから。

 正確な時間も覚えてない。テレーゼと出会う前であることは間違いない。だいたい数千年程度。それまでの宇宙の時間、生物と虚無との戦いの時間、彼がそれまで生きてきた時間の中で、本当にただ一瞬だ。

 記憶を失う前の自分の最後の言葉も、思い出せた。いつかリウェリィを介して、虚無に伝えたこともあるような気もした。


「最後には勝つ。この宇宙の生命の樹は決して枯れない。世界じゃない、樹なんだ。永遠に孤独なおまえが全部の枝は折れない。最後にはこっちが勝つ」

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