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神々のガラクタ船 ーWater alchemist and the Worldtree’s landsー  作者: 猫隼
Ch4・いくつもの生命世界をこえて
127/142

4ー23・残りの計画の痕跡

 アズテア第六暦29年の320日。


 大きな部屋に揃っていた、ミズガラクタ号の全員と、エルディクとアミアルンとタキム。

 部屋の上には、ただ歪んだ形で固まったスライムみたいでもあるコンピューター、みたいなユレイダが浮かんでいて、その周囲には様々なサイズの正多面体。それらをそれぞれ同じ形で包んでは、形を崩して糸のようになって動く透明な何か。

 ミーケはそれらの真下にいて、いつからか、リーザには悲しげな感じに見えていた。でも彼女は何も言わない。彼がそう望んでる気がしたから。

 悲しいことを、背負い込もうとしてるとかじゃない。ミーケは"世界樹"の、生粋の学者だから。ただ、考え事をしていて、今はそれが大切だと理解している。


「どうやら、おれたちは会ったことがあったな。ずっと昔に、多分お前がまだアトラだった時」

 エクエスの言葉は唐突だった。

「ミーケ」

「それはずっと昔の話、それともわたしが、ぼく、おれが、もう一度ここに来た時のこと?」

 最初から、アトラが、記憶を失う前の自分でないような気はしていた。今ではもう確信していた。ミーケはアトラではない。少なくともこの宇宙に来た時、メリセデルというアルヘンの学者に連れてこられた時、自分たちに残された最後の計画のために、必要分の記憶を全て封印しようと決めた時。

「思い出したの?」

 部屋の壁に投影されていたパネルに触れていた手を離したエルミィ。

「あなたたち2人ともね、何か重要なことを」

「アトラの仲間、わたしはそうだった気がする。おれは今はミーケだよ。だけど、これは新しい誰かのつもりで、基盤となったのもアトラじゃない。おれは、シェミアだった気がする」

「精神の、心層空間の交換?」

 もう歪んだスライムでなく、箱のような形態に戻り、ミーケの隣におりてきていたユレイダ。しかしそれが離れても、天井近くで、多面体と糸は規則正しく動き続けている。

「実際何が起きたのか思い出せない。ただ思い出したのは、彼女が止めようとしてたこと。わたしは」

 ミーケは、アトラのように、シェミアの名を使わなかった。彼自身、少し混乱はあったようだが、それでも、昔の自分は彼女の方なのだと、もうしっかり理解できていた。

「アトラを守りたかった。それがわたしの任務で、わたしが望んでいたこと。でも」

 彼は虚無に触れた時、彼は、全ての仲間たちに背を向けた。

「そもそも最初から、彼を使うのは賭けだった。水の錬金術師にも元はいくつかの候補があった。だけど彼が選ばれた理由は、その心層空間。その優しさ。だけどその優しさゆえに裏切りのリスクは最初からあって、それでも長い虚無との戦いには、彼が必要だった。そこでいくつかの仲間には、いくつかの悪いパターンを修復する役割も与えられていた。つまり優しすぎない性格の誰か、仲間を大切に思えても、仲間のためにどんな敵にも立ち向かうことができる、怒りを理解できる者。ミーケの名前を彼に与えたのは私だったのだけど」

 名前は単なる記号ではない、彼女にとってはそうだった。最終的にミーケは、本当の1つの新しい誰かになったけれど、その時点ではまだ架空の存在だった。その名前がアトラに与えられた時点では、まだ架空の存在だった。だがそれは、その時点で自分たちが共有していた、好ましい誰か、大切な友達。

 そしてアトラが、自分たちを裏切って、虚無側となった時、シェミアはミーケのために、アトラを殺そうとした。

「彼女としての、アトラに関する記憶はそこまでなんだ。これは何かあったのか忘れてるとかじゃないと思う」

「心層空間の、媒介としての物理体交換は、基本的には不可能なテクノロジー。ただ、おそらく全てを包む真の1つの宇宙でありうる現象ではある。多分、虚無空間が関連してたのだと思う」

 それから、ユレイダはまた部屋の天井の方に戻った。

「ここに来た理由も思い出せたんだ。実を言うと、本当はおれたちの役割は終わってたと思ってた。おれはもうアトラじゃない。水の錬金術が使えても、今となってはあまり意味はない。もうこの宇宙に水はほとんどないから」


 アトラを殺そうと決めた時から、彼女がミーケになるまで、どれくらい時間がかかったのか。少なくとも、ミーケがミーケになってからのもので、思い出せた最も古い記憶は、かつてアルヘン文明の技術者たちが、あちこちの宇宙を旅する同胞たちのため、あちこちの宇宙にばらまいた、休息のための彷徨う宇宙船の1つの中で寝ていたこと。

 彼の隣には医者がひとりいた。自分と同じように人間のようなアルヘン生物。昔からの友達とかではなくて、ただ自分と同じように、関わっていた計画が終わって、行く当てもなく宇宙を彷徨っていて、出会っただけ。

 いろいろな話をしていた気がするが、それらもほとんど思い出せない。ただ、ある時、メリセデルが現れて、ミーケを、もしかしたらそれがアトラかシェミアのつもりで、誘った。〈ジオ〉へと。

 メリセデルは、今や思い出せたが、彼はアルヘン生物であっても、本質的にはジオ系。正確には、アルヘン宇宙の中で再現された完璧なジオ生物である。アトラやシェミア、つまり自分たちもジオ系を参考にしてはいるが、彼ほど完璧にモデルそのままではない。彼は文字通りアルヘン宇宙で作られた人間。そして、古くからジオ宇宙の研究者だった。だから彼は、虚無との戦いにおける、ジオ宇宙を利用するあらゆる計画に関わった。錬金術の計画にも。それでミーケも、アトラとシェミア、彼に受け継がれていたどちらの記憶においても、彼を知っていた。

 ミーケは、自分はもうアトラでないし、もしかしたら水の錬金術師でもないと説明したが、彼はそれでもミーケのことをアトラと呼んで、本当のことはもうどうでもいいと言った。ただ、錬金術部隊はかなり人間に近く、かつて彼が発明した緑液系にも対応していたのだから、水の失われた今の宇宙においては、〈ジオ〉が生きやすいだろうと。

 そう、すでに水は失われていた。そしてアトラは過去に何度か〈ジオ〉を訪れたらしいが、シェミアはその宇宙に入ったことはなかった。ミーケは、ミーケとしてそこに行くことを決めた。あまり深くは考えてなかった。ただ、そこに行ってみたい気持ちはずっとあった。シェミアは〈ジオ〉に関しては、ほとんどのことを知らず、アトラはそこが嫌いな世界と何度か語ってくれていた。ミーケは、ただ気になっていた。ただ、強い好奇心。


「でもメリセデルも、おれも、考えてもなかった。ここにまだ希望があるように思えたんだ。1つの計画がまだここで動いてた。おれたちは」

 そしてミーケは手元に、1つの文章データを表示させる。その場にいる全員、それが何かはすぐにわかった。つまりそれは、ザラの母の残した、謎だらけである、生物の敵に関する論文。

「"世界樹"でこれを見たんだ。だけどおそらく虚無が、水が失われたからこの宇宙に現れたことはない。この宇宙で、これまでに人間たちが、どれほどにテクノロジーを発達させていたとしても、それはあまり関係ない」

 ただ、その論文は絶対にありえないはずのものだった。考えられる唯一の可能性は、何かの計画の一部がまだ残っていること。

「"世界樹"、"永遠冬"の国、それに『水文学会』の研究、ミラの研究。きっと全て関わってる。おれは」

 ミラと会ったことも思い出せた。そう確かに出会っていた。"空の欠片"のリーザのことも、もう知っていたように思えた。その時に、彼女についても何か話をしたような気がした。

「それでも」

「おまえたちには確信がなかった。おれたちのこの宇宙で起きていたことが、はたしてアルヘン生物が意図していたものだったのか、期待していたものだったのか、それともただ偶然の結果か。お前たちはもう故郷から遠く離れすぎていたからそれを確かめる方法がなかった」

 エクエスは、まるで自分に対しても説明しているようだった。

「お前から聞いたことだ。ミーケ。やっぱりこれは本当の話だ。おれはお前たちと会った。しかもそんなに昔の話じゃない。ただ、おれも覚えておくわけにはいかなかった。そうでないと、お前の記憶の封印を、予定より早く解く鍵になってしまったかもしれないから。何も知らないでいる必要があった」

 だからこそ、ミーケが自らの記憶を封印した時、方法は違うがエクエスも自身のいくつかの記憶を、物理体内の閉鎖空間に閉じ込めた。

「エクエス、人間で最も長く生きてきた賢き者」

 今度はエクエスのすぐ前におりてきたユレイダ。

「あなたは、意識樹を内部に、それで、いくつかの大切な情報をそこに保存した」

「旅好きな妹のおかげで、おれは〈アルヘン〉のことも、〈エルレード〉のことも、ある程度知ってたからな。そして長く生きてきたおかげで、それらのテクノロジーも持つことができてた。〈ジオ〉にいる限りは、何度も再現できるようなものではなかったけど」

 そう、そのスケールには大きな制限があるものの、エクエスが自身の緑液系を媒介としてセットした意識樹は、エルレード宇宙のそれと、実質的には同じもの。

「おれは、ミーケが案内する限り、いつか必ず宇宙の外側に行って、そして、アルヘン生物よりは、エルレード生物の方が出会う確率は高いと考えた」

 それは確かにそれほど昔のことじゃない。だけど、その始まりは、結局かなり昔のこと。

「おれは」


ーー


 大学者エクエスは、これまでに存在した、他のどの人間よりも、長い時間を生きてきた。そしてそれは、長い時間の中で、最も長い放浪の時期。

 別に虚無は関係なかった。別の宇宙も関係なかった。ただこのジオ生物の宇宙において、彼が長い時間で離れることも離れようとすることもなかったこの宇宙の中で、時間をかけて彷徨う計画。実験というより遊びみたいなもので、それだけしか考えてなかった。

 船は使わなかった。彼は歩いた。そのようなテクノロジーを彼は知らなかったから、わざわざそのために、道を前に用意し続けるシステムも開発した。

 そして最初の1歩目の時は何もなかった。厳密に言えば何かあったとしてもその何かを全く覚えてもないし、多分どうでもいいと思っていた。だけど、766431歩目の時……

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