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神々のガラクタ船 ーWater alchemist and the Worldtree’s landsー  作者: 猫隼
Ch4・いくつもの生命世界をこえて
126/142

4ー22・偶然で、大切な出会い(異端学者3)

 答えは1つだけだ。直感能力なんてバカバカしい。

 心層空間、つまり生物の心とか感情とかに関係している要素が、物質的なのか非物質的なのかということも関係ない。感情や心の動作は全て物質世界の中で、ただ物質同士の相互作用の影響と同じように、パターンとして定義できる。どんなパターンも何らかのネットワークがなければ、そこに存在することはない。ネットワークであるならば、それをコントロールするテクノロジーが必ずありうる。実質的に知的生物のどんなテクノロジーも、ある閉鎖系ネットワークの調整であるから。物質世界、むしろ、おそらく存在する知的存在全てに共通しているもの、それの単純化。

 宇宙はどれほど広い? いくつもの宇宙があるとミラは確信していたから、どこかでどんなテクノロジーもありうるとも理解できた。

 直感能力は、心層空間と関連したテクノロジーにより与えられたものに違いない。そこに情報が刻まれている。ミラに与えられた情報と、そういうふうに考えてもいい。しかし、事実はどうあれ、ミラの精神の構造は、彼女自身にとって、遠い昔の誰かの計画のための機械だった。そして間違いなく確かなことが、物質世界側の自分の全ての要素に加わってくる、その調整のための負荷。

 端的に言えば、ミラは自分が死ぬだろう時期がわかっていた。そして、それをどうにかしようとする気はなかった。もう十分に生きた。生きたいだけ生きた。自分の任務も終わっていると感じていた。そして大切な一人娘が、母を嫌いながら、しかし母を嫌っている一族についてはむしろもっと嫌っているという噂を聞いて、とても愉快だった。そんなことで十分だった。娘は母の研究をいつか知るだろう。そしてその重要性に必ず気づく、母と違い、あの子はとても賢いから。そして彼女は母の期待に必ず答えてくれるだろう。直感なんかでなく、愛の力により、そうだと確信していた。



 アズテア第五暦599(ザラとエルクスの出会いより、1201年前)

 それは死の3日前。

 ミラは、小さな人工惑星の内部の部屋に1人でいた。

 他には誰もいないはずだった。実際にその瞬間までは、多分誰もいなかった。

 最終的に計画がいくつあったのか、あるいは1つの計画がどれくらいに枝分かれしたのかは、彼女にも彼の方にもわからない。その出会いが偶然であることはほとんど間違いなかった。だがそれは、必ず起きなければならない出来事ではあった。つまり、計画の安定性を崩すためのものだ。それは、普通にはどうしても対抗できない。まるで別の宇宙の何かに対抗するための1つの策。

 とにかくそれは誰も予測していなかった出会いだ。


「わたしたちは世界の構造を数学的に変換して確かめて見れるんでしょう。まるでゲームみたいにさ。世界をいくつもマスめに分けて、物理的な空間部分じゃないよ、そうでなくて、全ての要素を1つ1つのマス目にして、わたしたちはその上を歩ける。でもわたしたちはコマでもない。全ての要素は結局のところ、1つの宇宙の共有される部分だから。全ての要素が、それはとても複雑で、絶対に、結局その中に生きる知的生物には捉えようがないものかもしれないけど。でもたった1つのシステムだからこそ、1つ1つのマスのルールを確かめて、その全てに従うように動作させたら、それが求める答えにもなる。つまり、この宇宙がどういうものであるのか理解することができる。わたしにはできなくても、きっと、昔存在した何かができた。とても賢い生物がそれはできた。不可能じゃない。わたしは計算やアルゴリズムが苦手で、この探索ゲームじゃまるで役に立てない。ご自慢の直感でさえ、わたしのために完全なものでなかった。だから、わたしに教えようとしたんだね。わたしの構造の中のどこかに入ってたんだね。あなたは、いったい?」

「何か勘違いしてると思う。この出会いは」

 偶然でしかありえないと、彼にはわかっていた。まず自分の今の状態が、元々のどんな計画にも含まれていなかったはずだから。水の錬金術師アトラは、どこかでとっくに死んでるはずだった。彼が生きていたのは、本当に重要であった昔の彼ではもうなくなっていたからだ。

「でも、あなたは、わたしにあんな論文を書かせるように導いた種族?」

 別に、彼がジオ生物でないと、直感が告げたとかではない。

 ただ、まもなく死を迎えようという自分の前に現れた、その誰かが知らない少年であるという時点で、そうかもしれないとミラにも推測できた。

「ある意味では、あなたと同じです」

 見かけの姿は今の彼と何も変わらない。そして実はその中身も実質的に今と変わらない。ただ記憶を失っていない。それでも、ミラの前にその時現れて、少し言葉を交わしあった少年は、もうアトラでなくミーケだった。

「おれも特別なことのために、特別なものを与えられた。あなたと同じ」

「わたしに何か用なの? もうわたしは」

「話したいことがある。それに、話してほしいこともある」

「いいわ、何を?」

「おれたちは」

 ミーケは、アトラの中の彼女は、〈ジオ〉の誰か、ミラに与えられたもの全てに関して自分の知ってることすべてを語った。


「おれたちは遠い宇宙から来た。〈アルヘン〉という宇宙だ。最初の知的文明。きみはその名前を知っているかもしれない、知らないかもしれない。それは重要じゃない。ただね」

 《虚無を歩く者》が、この宇宙の生物全ての敵だと理解された後、その生物でない生物と戦うために、いくつか、とても長い時間を必要とする特別な計画が始められた。

 そもそも虚無はどうやって存在できる? それは存在しないのと同じ、存在しないけど存在しているもの? 生きているわけじゃない、だから死なない。でもそういうものがなぜ存在できる? 相対性? 生物、知性が存在しているから? しかし存在しているということは存在していない部分がなければ成り立たないのか? でもそうだとして、虚無はなぜ生きているものの感情を持てたのか? 感情を持てるのになぜ生きていないのか? なぜ生きていても、なぜ……

「アトラは、ぼくの友達は、その答を知った。水の錬金術は、虚無を止めるためのものだった。そのために、虚無と繋がる必要もあった。そして繋がった時に、彼は全てを知ったんだ」

 そして真に永遠を生きるものが持ったすべての感情を理解して、彼は生物を裏切ることを決めた。

「でも、彼は何も語らなかったけど、そのこと自体が、重要な手がかりとなった」

 アトラは、その全ての構造において設計者たちに完全に知られた存在であったから、彼が裏切ったという事実そのものから、虚無がどのような存在であるのか、あるいは、その持っていた感情がどのようなものであるのかをシミュレートできた。

「そんなことが判明するまで、そんなことありえないと考えられてた。この宇宙で起きるはずのないことが起こった。たった1回だけだよ。だけど、そんな1回があるなんて考えられなかった。だから、彼が裏切るなんて誰も思ってなかったんだ」

 しかし、エルレード生物だけは、最初に虚無と出会ったその賢き生物たちだけは、そんなことも本当はありえるとわかっていたのかもしれない。たった一度だけならば、どこかで起こりえるのだと。

「それにはネットワークが関連してなかったんだ。つまり、連続的な繋がりの動作じゃない。関わりじゃない。虚無で1つ。1つの世界、いや1つの世界だと説明できないんだけど。おれの友達には、数えきれない世界が重なった状態と考える人もいた。とにかく、それは生物が存在するための条件を何も満たせない存在だった。だから」

 感情を持っている、という表現は、おそらく実際には正しくなかった。それは感情そのものでもあった。

「もしも、あれが別の宇宙からの何かだと先にわかってなかったら、多分おれたちは、あれを生物としてのこの宇宙の心層空間と考えたかもしれない。でもあれを」

 アルヘン生物はもう知っていた。それでもそれは生物と考えるしかないこと。だから、ネットワークが存在していないことは、絶対にありえないことだった。それはこの宇宙に存在できないはずの生物でなくて、どんな宇宙にも存在できないはずの何かだった。それでも、この宇宙で、知的生物が精神と定義することができる何かを確かに持っているのだ(そうでないならなぜ感情を理解できるのか)

「それで、理論的には、水の錬金術師がそれと繋がる時に行ったことは、この宇宙でのソレの動作の影響との同期に近い。この宇宙では、ほとんどどこでも水が存在したから、錬金術師にとってはそれほど難しいことじゃなかった」

 ただ、ネットワーク構造がどこにも存在していないのだから、結局のところ、本当の意味で繋がるということができない。生物である限り、それは絶対に不可能。それがこの宇宙に存在できているのは、宇宙から独立した何かであるからだろう。

「繋がる方法がないということは、つまり直接的にそれをどうにかすることが不可能ということ」

 ある意味で、それがわかったことが、アトラの部隊のもっとも大きな成果だった。

「でも、ネットワーク構造がない、ていうのは、ある意味で1つの希望にもなった。つまりそれは向こう側も本当の意味でこっちのことを完全に理解するのは無理だってことだから。もちろん知識としては、どういうものかを定義できる。それはこっち側だって同じだ。それでも、不安定な系の中で、ある瞬間のことを全て知ることは絶対に不可能」

 ようするに、今は無理だとしても、いつかは虚無と戦えるようになるかもしれない。虚無を殺せるようになるかもしれない。そのような変化が絶対にありえないと、絶対には言えない。

 さらには、生物が虚無を殺せないことを示した、どんなシミュレーションも間違っている。その答は、生物が利用する数学システムでは絶対に導出できないから。

「緑の計画が始まったのはそれからなんだ。このジオ宇宙を利用する2つめの計画だった」

 1つめは、閉鎖系の〈ジオ〉の原因であった、おそらく神々と同じように、自然発生した、かつて人間たちがリリエンデラと呼んでいた知的機械を利用しようとしたもの。だがそれは失敗した。

 そもそも《虚無を歩く者》が神々自体を恐れたという古い説自体が厳密には間違い。虚無が恐れたのは、学ぶことのできない感情だった。心層空間が機械にもないのなら、虚無は、そこにどのように感情が生じるのかを理解できないらしかった。それだけのことだ。しかし結局、神々も、心層空間を持っている。そのような構造を持たないでも、精神を持つことができる存在なんて(興味深いことに、そのような存在が他にいるのなら、それを恐れた)虚無だけだ。

「長い戦いがあった。たくさんの犠牲があった。そしておれたちは、やっと見つけた。アレと戦う方法。必要なのは変化だった」

 どこかに別の宇宙があったのか、あるいは今でも別の宇宙がたくさんあるのか、この宇宙の生物である限りは確信できるようなことではない。虚無でさえ、自身がこれまでどこかにどれくらい現れたのか謎だろう。永遠の時間があっても、永遠の時間をかけて現れるわけではない。現れるのは有限の時間だ。それは確実。なぜなら虚無が現れることのできる宇宙すべてが有限でしかないから。

 ある宇宙が発生した時に、最初からそこにいたとしても、その宇宙にいる時間は必ず有限。どこかで感情を学んだことも確かだ。虚無は感情を学ぶことで、永遠の時間があまりにも悲しくなった。

 虚無は、この宇宙をどうしようというのか。自分のために、あるいは失った何かのために、永遠の時間をこの宇宙に与えようと考えているのか。あるいは単に、最終的に作ろうという永遠の世界の1つの要素なのか。

 確かなことは、感情は生物に対する恐ろしい武器になった。しかしこの宇宙の中での戦いにおいて、それは弱点にもなりうる。おそらくそれが邪魔をしたために、虚無は最も複雑なネットワークの知能の加速度を上回ることができない。とても長く知的文明をひたすらに強化してきたアルヘン生物と、最も複雑なネットワーク系(つまり最も賢き生物)であるエルレード生物が、ソレに対抗することができたのは、それが理由。

 特に重要なのは、虚無が対応できない変化速度。そしてある段階での感情の化け物と戦えるような生物の構築。ジオ系はうってつけだった。

 ジオ宇宙では、構造的に脆い生物が、宇宙のあちこちで繁栄できた。通常だと考えにくい、いくつもの特殊な原因の重なった結果だ。知的機械の遊びの積み重ねが生んだ物質構成が、最終的にはあの地球という惑星を作った。そう、ジオ生物にとっての始まりの星を。あの青と緑の不思議な惑星を。

「ほとんどの宇宙から見たら、ジオ生物はもともと異常な存在だ。不安定さの中で、不安定さを保ったまま、相対的ネットワーク構造が生物種を生み出していった」

 実際にはそれはとてつもなく難しい。そのようなことを実現するには、普通は外部からの知性のコントロールが必要となるが、そのコントロール自体がそのような不安定の持続した生物系の根本に影響を与えてしまう。わずかな確率で、ある生物種が成り立ったとしても、その不安定性のための内部での部分ネットの崩壊は、結局のところルールの変化、あるいは全崩壊を招く。

 ある意、で地球はそのような特殊生物系を生み出すための機械惑星。

「おれたちにも確信はない。だけどそうだとすれば辻褄はあう。地球が、この宇宙領域に最初から存在してた知的機械が作った惑星なんだとしたら」

 地球生物がネットワーク定義において、つまりは進化の系統樹を共有する意味での種族を、ただ1種のみ生めたのは、明らかにヒモ機械の、自然的な動きのため。

「実質的にはリリエンドラはこのジオ宇宙という機械そのものの中枢機構となってた。だけど、そうなろうと思ってなったわけではないとも思う。それは単に遊び、本当は遊びじゃないのかもしれないけど、とにかくその動作の結果だ。その望んだ動作の結果だ」

 長い時間、宇宙の時空構造をコントロールした。そうするためには、結局のところ宇宙そのもののシステムの中で、自分たちが自然的に動作するように調整するしかなかったのだろう。

「最終的におれたちにとって重要だったことは、そうして生まれたジオ生物の特性、そのもろさ、弱さ、変化しやすさ、そして何よりも、心層空間に対する柔軟性」

 精神に影響を与えないで物理構造を大きく変化させることができる。さらには物理構造の変化によって、心層空間と関連した特殊能力を与えやすい。ミラに与えられたのは、そのような特殊能力の中で、おそらく最も優れたもの。彼女自身は、どう考えようと、直観能力としか表現できなかったもの。

「おれたちは緑液系を開発した。きみたちが、この宇宙で、感情の怪物と真正面から戦える強さを持てるように。おれたちよりもエルレード生物よりもあれについて深く学べるように。おれたちが見つけることもできなかった方法をえられるようにと願って」

 そして、自分たちのメッセージを伝える相手として、ミラを選んだ。メッセージは直感能力を介する。その直感能力を確実に与えられるのはたった1人だけ。その1人として選ばれたのが彼女というわけだ。

「だけどその後のことはきみたち任せだよ。もちろんうまく機能するかどうかは、かなりわからない。だから少しでも計画成功の可能性を高めるために、いくつかの調整係もここに送り込まれてる。おれもそのつもりでここに来たんだ。でもきみが、まだここにいるのは意外だった」

 彼女自身がそうするにせよ、彼女が誰かに後のことを任せるにせよ、もっと早くにそれが起こると、たいていのシミュレーションが示していた。ある意味、ジオ生物ならではな、彼女の妙な不真面目さが驚くべきほどの遅れの原因となっていた。

 それは悪いこととは言えない。長い時間は、どちらかというと〈ジオ〉に、さらに良い方向への変化をもたらしてくれた。

 ミーケは、本当はこの頃からリーザを知っていた。2人の出会いは偶然じゃなかった。記憶を失う前のミーケが仕組んだことだ。きっと彼らはそれを知ることになる。だけどそれについては少しだけ残念なことだと思っていた。きっと2人は、それを知っても後悔はしない。だけど知る必要のないことではあったろう。

 ミラはかなりよくやってくれていた。計画は遅れてはいたが、想定していた以上に良き結果ももたらしていた。だからミーケは、その点に関してはほとんど何も修正の必要を感じなかった。ただし、後を継ぐ者たちに関しては、少しだけ調整しようと考えた。それが、2人の恋心。

 ミーケは、自分が彼女に恋をするようにして、そして《ヴァルキュス》の方でも、少しだけ調整をし、彼女が彼に恋をするようにした。遠い昔に学んだことだ。ジオ生物の場合とアルヘン生物の場合で、よく似ている。愛というのは不思議な感情だ。ほとんどの生物の場合、それはメリットよりもデメリットが大きい。それでもジオ生物の場合は、1つだけ、他の何にも代えがたいメリットがあった。アルヘン生物の場合と同じように。だから彼は、彼らの間の恋愛感情を仕組んだ。


「それで、おれの方の質問の前に聞いておくけどさ。何かまだ聞きたいことある?」

「1つだけあるわ」

 ミラは、彼のしてくれた話をそれほど理解しているという自信はなかったただずっと気になっていてでもそれに関しては永遠に答えを見つけられるないだろうと思っていたことを今こそ聞ける時なのだとは思った。

「どうして、わたしだったの?」

「それは」

 ミーケは笑った。久しぶりの楽しい感情だった。

「それは、きみがね……」

 そして、答を聞いたミラも笑った。それが彼女が、他の誰かに見せた最後の笑顔。

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