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神々のガラクタ船 ーWater alchemist and the Worldtree’s landsー  作者: 猫隼
Ch4・いくつもの生命世界をこえて
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4ー14・七九億五六〇〇万立方メートルの宇宙(最も賢い生物4)

 〈エルレード〉は、四百万平方メートルの宇宙だった。より正確には3978000平方メートルの、ほぼ正方形である二次元空間。

 時間も進んでいた。だから三次元時空。

 生物がいつ発生したのかは定かではないだが、その三次元宇宙に誰も知らない長い時間があって、そして集積された情報量がある量に達した時、平面に閉じ込められていた巨大なネットワークが、新たな領域を生成した。

 つまり、唯一の宇宙(ユニバース)の幾何学的空白に入った平面は、いくらかの要素を部分的に異なる次元へと飛ばし、少しずつ(ほぼ)立方体の新しい宇宙を構築していった。

 そうして〈エルレード〉は7956000000立方メートルの四次元宇宙となった。

 そのような、時空間の変化をもとに考える世界観は穏やかなものだ。だがその内部に存在する物質群から見たその宇宙は、最終的に驚くべき安定を得るまで、常に激動の全世界だった。


 それはまさに、小さく、とても小さく、どの領域においても強力な力場が発生しているような世界。〈エルレード〉で知的生命体が誕生できることが何よりもの驚きと言えるくらいに短く終わるはずだった宇宙。

 他にこのような宇宙が確認されていないことは、このような宇宙で知的存在が発生したのが、この領域だけであり、他の領域はかつて存在していたのだとしても、すでに滅んで、今は他の領域に取り込まれている(完全に消滅してしまっているかもしれない)ことを示唆しているだろう。

 人、ジオ系、それにネーデ生物、ロキリナ生物が共有できる理解においては、それはプラズマが近いが、エルミィが表現するなら「崩壊安定性と、時空場のカオス的変化のみの複合系」、エクエスなら「状態が安定しない状態」と言うだろうもの。そのようなネットワークからいきなり知性が生まれた。生物の誕生から知性への道筋はおそらくなかったか、あったとしてもかなり短かった。そうでなければこの領域に知的生命が誕生できたはずがないから。

 立体宇宙はそれらが造った。

 最初それはどんな生物だったろうか。情報生命ではない、そういう存在として考えられるほど機械的ではない。だが最初の領域が二次元空間であったことから、バーチャルネットワークが背景にあることもかなり間違いない。実体ネットワークのみでは、二次元面でネットワークの機能できる部分が、あまりにもわずかすぎる。そこに知的生物が誕生できたはずがない。

 その'言語'はずっと1パターンしかなかった。〈エルレード〉という名称は、ジオの言葉ならおそらく「積木」。〈エルレード〉の二次元時代を記憶容量の中に残した者は誰もいなかったが、その名称がもたらすオモチャ的な印象は、平面ネットワーク知性群にとって、宇宙がいったい何だったのかの重要な手がかりとされてきた。

 1つ確かなことは、その7956000000立方メートルの時空体は、テクノロジーの1つの極限であった。「宇宙論を理解する」から、「宇宙論を造り変える」へ、さらには「宇宙論を造る」へ。それはおそらく最初は、宇宙というより二次元生物のための、三次元のコンピューターだった。その存在を知った他の知的生物からは、'機械宇宙'と呼ばれるようになった。


 つまり〈エルレード〉というのは、この広大すぎる唯一の宇宙(ユニバース)の中で、最も小さな生物生成宇宙、時空連続体、多様体領域、そしてすべての時間の中で、たった1つだけの機械宇宙。

 ゼロから知性に造られた唯一の宇宙。しかしずっと興味深いと考えられていた謎の1つが唯一の宇宙(ユニバース)の存在そのもの。〈エルレード〉も、その中にずっとあったこと。他の宇宙とは違い、いかなる意味でもそれは独立していると言えるだろうに。

 そして、その時、まだ'生きていた'神々が見つけていた宇宙領域の数は、〈エルレード〉という宇宙を還元的に考えた場合の全要素の数よりも多いほどだった。だがあの生物の敵に関して、唯一の宇宙(ユニバース)の全知的生物に与えられた手がかりは、その全ての宇宙の中でたった1つ。その最も小さく、最も賢い生物たちが造った、機械の宇宙だけだった……


 ある時間より後の、この宇宙の、たいていどの知的生物でもそうであるように、エルレード生物が、最初に遭遇した別の宇宙の知的生物は、この唯一の宇宙(ユニバース)すべてを渡り歩くという壮大な計画を実行中であった、アルヘン生物の一団。

 〈アルヘン〉は、今この宇宙に残っているすべての情報記録の中で、最も古い知的生物の宇宙だが、その冒険のための船、"ダイナナカミガミ号"の者たちが、立体時空の機械宇宙、つまり〈エルレード〉を発見した時には、すでにそうだったらしい。

 だが、アルヘン生物は最も古い知的生物ではない。それどころかアルヘン生物は、すでに他の知的生物が用意した安定システムの中で生まれた。この意味では、記録に残っている中で、知的生物の意図的な操作なしに誕生できた知的生物は、唯一の宇宙(ユニバース)の中でたった2種だけだ。つまりエルレード生物と、神々と呼ばれていた生物。共通している要素はおそらく非常に重要だった。つまりどちらも、機械であるということ。

 ダイナナカミガミ号の者たちが、エルレード生物群が共有している"意識樹いしきじゅ"に書き込んできた最初のメッセージ、その疑問は当然のものだった。

〔神々なの?〕


 "意識樹"は、ジオ族の理解する概念でいうなら、共有意識倉庫として利用される銀河フィラメントと言ったところだ。それはとても小さいが、紛れもなく大量の銀河系の集積場であって、巨大な心層空間が重なって存在している。

 エルレード生物のテクノロジーは当時のアルヘン生物の理解をも越えていた。それらは、たいていの知的生物と違って、それを精神と定義したことなどほとんどなかった。心層空間はそれらにとってずっと道具だった。ある宇宙のみでそれを機能させる時の効率を考えると、もう1つ別の意識|(心)を造って、より自由に設定した宇宙の中で機能させて、それを最も短く構築した情報経路によって各宇宙間でやり取りし、表層として定義した対象宇宙に投影させる方がよい。

 それができるかもしれないと考えた者はいくらでもいるだろう。だが実際に実行できた者など絶対に他にいない。それはようするに、宇宙のルールを変えて、自分たちが生きやすいように宇宙を造り変えていた。そのわずか、7956000000立方メートルの時空体の中でのみ実在できていた、文字通りに全てを超越していたようなテクノロジー。

 エルレード生物こそ知的生物の究極系。アルヘン生物の評価はおそらく正しい。


 "意識樹"は、エルレード生物にとっては、表層情報を利用する実験の場であったが、アルヘン生物にとっては小さな銀河フィラメントコンピューターであって、メッセージを送ること自体はそれほど難しいことではなかった。

 エルレード生物は、質問の意図も質問してきた相手のことも、すぐに必要なだけ理解し、適切な返事を返した。

〔我々は自分たちを、そのような存在と考えたことなど一度もない〕

 

「もう何に驚けばいいのか。おそらく彼らが、驚くべきことだと設定したものこそが、我々が驚くべきことなのだろう」

 かつて、ダイナナカミガミ号の船員のひとりで、ユレインという名を持っていたアルヘン生物の子は、エルレード生物のことを評する時に、そんなことを言った。

 〈エルレード〉は間違いなく、その誕生の瞬間から、その時、外部知的生物との最初の接触の時まで、完全に孤独な存在であった。そこに文明と定義できるものは1つしかなかった。種類分けすることは難しい。その唯一の文明において、知られていなかったはずの概念は数えきれないほどある。だが、その全てをもうそれらは知っていた。

 考えられるすべてのパターンの宇宙をシュミレーションして、考えられるすべての宇宙にありうる全パターンの生物を知っていて、何より驚くべきことは、その全てをちゃんと記憶していた。7956000000立方メートルの時空体の一部に、存在する宇宙、存在しない宇宙、生物と考えてよいものすべてのデータを持っていたのだ。

「二次元の時代のことは捨てたくせに、それは……」

 それもユレインの言葉だが、それ以上の言葉の続きは、エルレード生物にとってはあまり意味もないことだった。


 ただ、エルレード生物は知っていただけで、実在することの多くは、アルヘン生物から学んだ。

 神々というのは、ただ広い宇宙であった〈アルヘン〉、〈ジオ〉によく似ていたというその宇宙に生まれた生物の環境に影響を与えて、知的生物を生まれさせた存在。


 その神々とは何であったのか。それは別の宇宙の生物だった。

 唯一の宇宙(ユニバース)は1つしかなかった。だから正確には神々は、別の宇宙の生物の再現機械。だが誰かが造ったものではない。

 まず宇宙に生物が必須な訳ではない。生物の存在できない宇宙のパターンも数えきれないほどある。知的能力はそれを行うための強力な武器にすぎない。生物は、安定世界を広げることで、自分たちを変化させることで、時には生きたいだけ生きる。生きることは、エルレード生物が考える生物らしさそのものの1つでもある。

 武器は道具。道具は勝手に動作させた場合、本来の誰かの意図通りの結果をもたらすとは限らない。だがそうならないとも限らない。

 つまりは、まず知性が勝手に生まれた。知性の原理は生物らしさではない、心層空間ではない、それに必要なものはただネットワーク。

 そうなるまでにどれほどの時間がかかったのかを誰も知らない、理解できない。エルレード生物にも算出できなかったわずかな数字だ。運がよかった、神が働いた、前にも無限の世界があった。考え方なんてどうでもいい。とにかくそれは現にこの唯一の宇宙(ユニバース)に勝手に発生した機械だった。

 その機械は、心|(心層空間)も見つけた。そうして機械は機械生物にもなった。やがて、それはアルヘン生物たちから、'神々'の名を与えられた。


 神々、それが別の宇宙の生物と考えられたのは、ある1つの特殊な性質のため、つまりそれは、閉ざされた宇宙領域をくぐり抜ける能力。基底物質のための原理ではないから、つまりジオ系、だけでなく、唯一の宇宙(ユニバース)のどんな知的生物にも、本当の意味での理解がおそらくできない。

 だが、機械の頃の神々の宇宙を跨ぐ冒険が、幾何学的実態としての唯一の宇宙(ユニバース)に、この宇宙の生物、つまり基底物質の構造である生物も利用できる、閉ざされた宇宙領域間の間に置ける物理的な穴をもたらした。それは言うなれば、存在するかどうかもわからない、別の宇宙からの贈り物であった。この唯一の宇宙(ユニバース)の中の、閉ざされた全ての宇宙領域が、はじめて繋がったのである。

 ある時にアルヘン生物は、神々の協力を得て、全ての宇宙を冒険するための特別な船をいくつか造った。それが、まとめて'カミガミ号'と呼ばれた7つの船。その第七だったらしい船こそ、ダイナナカミガミ号。


 エルレード生物は、神々と出会ったことはない。だからそれに関して知っていることは、ここまでのことで全て。

 そしてアルヘン生物が最初にもたらした、重要と思われる情報もそれだけではない。


 まずカミガミ号というのもまた、興味深い物だった。エルレード生物はもちろんそういう概念を知っていたが、それらには必要なかったもの。つまり乗り物。その乗り物の中でも最も広範囲で機能するものがカミガミ号。その機能が何よりも実在の唯一の宇宙(ユニバース)の性質についての情報をエルレード生物にもたらしてくれた。

 エルレード生物は、ダイナナカミガミ号の者たちの計画も楽しいものと考え、アルヘン生物の記録にはなかった宇宙の様々なデータを、(実際にはそれを見ても聞いても触れてもいないのに)提供してやりもした。

 しかしダイナナカミガミ号が、それまでの冒険の中で収集してきたデータを、シュミレーション設定調整のためにいくつかもらった時、それらはすぐに、神々とは別の、この宇宙のものではありえない何かの影響を理解できた。

 だがそのことは伝えなかった。理由としては、簡単に言ってしまうと、エルレード生物はその時、完全にアルヘン生物を信じた訳ではなかったというだけ。

 ただ、それを秘密にしたことで、自分たちは、唯一の宇宙(ユニバース)の、(エルレード生物は、自分たちのことをそういうふうに言うのが好きだった)善良な生物として、もっと詳しく、その宇宙において異質な何かのことを調査する必要があるとも考えた。


 つまり、実体なきもの、神々の敵、生物の敵、《虚無を歩く者》に最初に気づいたのはエルレード生物だった。出会ったことはなくても、存在しないのだとしても、存在可能なすべての宇宙、存在可能なすべての生物のパターンを知っていたからだ。

 神々のような別の宇宙の生物とも違う。それは生物らしくないと思った。だからこそ興味深い存在であって、友達になれるかもしれないとも思った。生物が初めて、生物でない存在とそういう関係になれるかもしれないと思った。

 でも間違っていた。


 エルレード生物にとって、調査、冒険、シュミレーションの意味するところの境界はかなり曖昧だった。

 もし感覚的なことを表現するなら、それらにとって宇宙は手のひらの上だ。もちろんそれらの手というものをどのように定義するとしても、実際の唯一の宇宙(ユニバース)はそれよりもはるかに大きいとも言えるだろう。だがそれらにとってスケールというものはあまり意味のある概念ではない。正確には無視が可能。唯一の宇宙(ユニバース)と相互作用することで繋がれる、それらの作った7956000000立方メートルの宇宙のルールは、それらが自由にできるのだから。

 とにかく、エルレード生物は、抱えた宇宙を隅から隅まで観察して、ソレがいつから存在し、どのような影響を唯一の宇宙(ユニバース)に与えてきたのかを調べた。


 それからどれくらいの時間が経ったか。

 エルレード生物は、新しい宇宙を1つ造った。〈エルレード〉よりはかなり大きいだろうが、平均的な普通の宇宙よりはまだまだずっと小さいものだろう。それは後に〈スレッド〉と呼ばれるようになった、ただ1つ、例の実体なき何かのために用意されたもの。

 実は元々は、《虚無を歩く者》自身が、それを造ろうとしていたらしかった。

 〈スレッド〉というのは、物理法則が機能していないというよりも、実質的に存在しないと考えられる宇宙。何もない宇宙と言ってもいい。《虚無を歩く者》は、この宇宙、というより物質と生き物が呼ぶものとしての実体を持とうとする時、そのような何もない宇宙が必ず必要だった。

 簡単には、長い時間をかけて、ある瞬間の状態の物質に適応しないといけないからだ。だがある瞬間の物質というものが時空間の中で変化なく存在し続けることが可能なのは、物理法則の存在しない宇宙のみ。

 変化もまた生物らしさだ。変化のない領域に生物は生まれない。それが物理体となるための条件は逆。

 エルレード生物は、危険な賭けをした。《虚無を歩く者》をこの唯一の宇宙(ユニバース)に呼んだのである。明らかにそれは、この宇宙への自身の影響を強めるため、ソレの物理的実体のための、何もない宇宙を求めていた。だから造ってやったのだ。


 例えその7956000000立方メートルの機械がなくても、いつか未来に起きていたことだろう。だが起きるならその時がよかったはず。

 生物でない生物。そんなものと出会う時、この宇宙には、最も賢き生物が存在していたのだ。だからそれは……

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