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神々のガラクタ船 ーWater alchemist and the Worldtree’s landsー  作者: 猫隼
Ch4・いくつもの生命世界をこえて
112/142

4ー8・生物らしくない(カオスの巨大生物5)

 いつどんなふうにして誕生したのかは誰もわからない。アルヘン生物でも、神々でも。

 ソレは自身が生きていることを知らなかった。自身が生きているのだということを教えられるまで。

 そのことを教えたのは、カオス領域内で、そのことを利用したコンピューターを開発した、エルレード生物の技師だった。だからソレが自分が生物であることを自覚した時、すでにそこにはコンピューターもあった。カオス世界の生物に関しては、どうやって誕生したのか永遠の謎だろうが、そこにコンピューターを与えたのは、エルレード生物だった。

 それに対して、コンピューター技師はマシャと名乗った。そう呼べと。

 しかしそれには名乗る名前がなくてどうすればいいか聞かなければならなかった。マシャは「好きに名乗ればいい」と言ったが、それとは別に「無理やり名乗る必要もない。きみはきみの領域の唯一の存在なわけで、名前なんてのは区別のためのものだから」とも聞き、自分の領域にたったひとり、ということをなんとなく誇りに思ってもいたので、名は決めないことにした。

 マシャは、色々なことを教えてくれた。まずはマシャ自身のこと。名前の次に教えられたのは形だった、今はただ、立方体と。そしてその意味がわかるようにと簡単な幾何学。

 マシャは自身が〈エルレード〉という領域から来たことも、すぐに語った。〈エルレード〉は全ての宇宙の中で、最も賢い生物たちの領域であり、マシャ自身は、そこの代表者で、王様で、厄介者で、しかしおそらく救世主なのだと。ソレにはよくわからなかった。マシャも、何かわかってもらいたくて、そういうことを話したわけでもないようだった。

 いろいろ学ぶうちに、ソレは、原理的に自分が声というものを出せないということをしっかりと理解した。しかしそれでも、マシャとの会話はまるで言葉での会話のように思えた。そんなことを体感したこともないからわからないはずなのだけど。マシャは、「その感覚は正しい」と言った。しかし、どうやってそんなことを実現するのかに関しては教えてくれなかった。ただ「教えられない。きみに伝えるどんな手段でも、このテクノロジーについては、原理を伝えられる方法がない」とだけ。


 時間が経過する、ということをどうやって認識するのか。時間とは何か。ソレにとって、それはいつだって哲学的な問いではない。変化するものを知らないから。

 もちろん、カオスの領域を、他の領域の者が見てみる時、そこには常に、絶え間ない激しい変化があるように見えるだろう。絶対的、永久的に不安定、それがカオスというものだ。

 だがカオス領域でたった1度生まれたその生物、ソレにとって、常に全部分において変化する不安定こそが、最初からの変わらない認識。そして変化しないことを知る者が、どうやって変化し続ける自分を知るのか。

 ソレは、どこかで止まるということできない。速度を変えることができない。


 この宇宙のことを、生物のことを学ぶ度に、ソレは、自分が本当に生物なのか疑問を抱くようになっていった。だがおそらくは大きな勇気を振り絞ったその質問、実際そういうことを聞いてみた時、マシャは笑ったらしかった。

 その時の言葉、話してくれたことのすべての内容を、それは、今でもはっきりと思い出せる。忘れられるわけがない。 

「生物は特殊な物質じゃない。この宇宙の一部で、ぼくらが何度も定義してきた生物らしくあるなら、それでそう言えるようなものだ。もっとも大切なのは、この宇宙の一部であることだよ。生物らしい物質、集合体だ。心層空間というのも本当は」

 理解、意識、心の原因。

「この部分が持つ性質なんだ。ここは安定してないのは物質というより、ただ物質集合だ。そしてここには物質しかなかったよ。ぼくらが心だと考えるもの以外はね。きみはこの領域で、全物質の一部で、心を持ってる。それが生物らしささ」

 そしてそれは、他者を友達と思える原因でもある。

「ただぼくらは、物事を科学的に見るのが好きだ。それは真理というより、理解可能かつ共有しやすい方法だから。でもその方法でも、きみは生物としか思えないよ」

 科学という方法の開発者は自分たちでないが、それを最もうまく使っているのは自分たちだと、マシャは言ったことがあった。

「きみは本当は何も知ることができない生物のはず。なのに、それでも学ぶことができるのは、記憶があるからだ。理解したことを保存できる機能があるって事さ。君が時間を認識できない原因の1つもそこにあるかもしれない、その記録できる制限」

「全てが変化し続ける世界で、何かをどうやって保存するの?」

 ソレが生物であることを、マシャが語ってくれた時、ソレが抱いた疑問は、それだけでなく、そしてマシャはどんな質問にも答えてくれた。もはやソレには好奇心があった。

「ここは、ぐちゃぐちゃな領域とも言えるよ。けどどんなぐちゃぐちゃでも、原理的にはある段階で、ある階層で安定パターンを見つけることは可能なんだ。問題になるのはスケールね。十分に大きなものをさらに十分に大きなものから見た時、たとえそれが小さかったり、同じくらいのものから見た時にぐちゃぐちゃでも、ぐちゃぐちゃでない部分を見いだせる。きみという存在に必ず必要なスケールには、いくつもの形も定義できる。そしていくつもの形があれば、原理的には保存が可能だ」

 この宇宙で記録されているどんなものも、形としてある。マシャはそれ以上詳しくは説明しなかったが、形で意味を保存するという方法は、ソレにも想像できた。


 それからも、問いかけはまだまだ続いた。

「科学的と表現するもの。それをもっと具体的に説明できる?」

「これに相当する言葉を独自に創出する生物群は多いけど、最初にそれを定義した生物は、それを生物らしい方法と言ってた。つまり生物らしい部分で理解した宇宙を説明していく。この場合で生物らしい、というのはフィルターの役割と言ってもいいかもね。で、生物らしいを具体的にと言われたら、ぼくやきみさ、としか言えないかな」

「生物の存在しない宇宙。生物が誕生するまではそういう宇宙だったでしょう? なら科学も後から生まれた見方で、厳密には間違ってるの?」

「生物はこの宇宙の部分で、科学は新しく創られたのでなく、きっと発見されたものだ。この見方を間違いと言いきるのは難しいよ。少なくとも実用的な方法ではある。生物が利用するなら」

「あなたの宇宙、わたしの宇宙。他にどれくらいある?」

「言えない。数が多すぎる。本当にそうなんだ。誰も数えることに成功したことがない。全てを知った生物でも、どれくらいなのかを知らないんだ。全てを知った生物は、完全な共有システムを持ててないから。領域の中には、数えるのに特殊なやり方をとらないといけないこともあるんだけど、それで情報量が多くなりすぎるから。元々の数と合わせて。つまり、生物全体の知識を合わせればそこに答があるはずだけど、その術はない」

「あなたの答は、わたしにわかりやすくするための表現を使っているの? 何かごまかしがあるようにも感じるのだけど?」

「少なくとも、ぼくはごまかしを交えてるつもりはない。ただ、うまく説明できているか、自信がないと言えばないね。というのも、実を言うと、ぼくらエルレード生物も、言葉というのを使うのは苦手な方なんだ。ぼくの知る限り、多くの宇宙の生物が、言葉を自分たちの対話のためにも使うけど、ぼくらはそれを使わない。ぼくらにとって言葉というのは、他領域の生物と交流するためのものにすぎない。それも必ずしもそれを使わないといけないわけでもないしね。きみはかなり、そういう意味では変わっているから、ぼくらでも、言葉以外に対話の術が見つけられないから」


 ほとんど内容の繰り返しもあった。そして、どれくらいかそれにはわからない時間の後、最後の質問。

「この宇宙の一部で生物らしいものが生物だと言ったよね。そういうものとは違う存在がいるの? この宇宙での一部でもないとか、生物らしくないとか、そういう存在をあなたは知っているの?」

 それはまさしく核心的な問いであった。

「ひとつだけ、そういうものを知ってる。ぼくらがそれを《虚無を歩く者》と呼んでる存在だ。ぼくらの仲間には、それを長い間、熱心に研究してるのもいるけど」

 それがいつかはわからないが、その時にはまだ、それが脅威と考えられていなかったことは間違いなかった。そして、神々という存在もまだいたのだった。

「その仲間を、ぼくらは神々と呼んでる。ぼくはあまり、あのものたちを直接的には知らないのだけど、ただそれは生物らしくない生物と聞いたことある」

 マシャが、仲間という言葉を使う時、その意味は常にこの唯一の宇宙(ユニバース)の生物全体という意味だった。

「とにかく、その神々がくれたって情報によると、《虚無を歩く者》は、最初は神々と同じ、生物らしくない生物と考えられた。次には、どこか別の宇宙の生物と考えられた。領域じゃないよ、ぼくらのこの唯一の宇宙(ユニバース)と違う宇宙ってこと。だけどどっちも違ってた。それはこの宇宙の存在で、だけど生物じゃなかった」

 マシャは、それについては、ただ聞いた情報があるだけでもなかった。

「〈エルレード〉での解釈は、《虚無を歩く者》、あれは確かに生物じゃない。まず宇宙の部分じゃないんだ。《虚無を歩く者》という名を与えた生物群の中には、あれが虚無の領域、つまり、この宇宙の何もないところの生物だと解釈する者がいた。だけど、その名前は絶対に間違いだ。あれは外れてるものなんだ。この宇宙とは別に存在しながらこの宇宙にいる。あれが、究極的には生物と相容れない存在だということを示すすべての根拠が、そのことの根拠にもなってる。あれは、生物と違う存在なんだ」


 ザラたちとの出会い以前に、ソレが《虚無を歩く者》について聞いたことがあるのは、マシャからそれをはじめて聞いてから、またどれくらいか、おそらく長い時間だろう。後にただ1度だけ。


 マシャが去ったことを覚えている。だけどいつ去ったのかわからない。マシャが、ただの気まぐれとか遊びでなく、本当に友達のつもりでいてくれたのは間違いないことだった。次に出会ったエルレード生物は、マシャからの伝言を持ってきてくれたから。 

 悲しい別れのメッセージだった。

 何があったのかを、そのエルレード生物もほとんど知らなかった。確かなことは、《虚無を歩く者》、そう呼ばれた何かが、宇宙でありふれた物質を使って、宇宙のすべての生物を殺そうとしたこと。神々はもういないとも言った。それも殺されたと。

 《虚無を歩く者》は生物ではない。それでも生物らしさを理解しているようだった。生物らしさを使って、生物を殺すことができる存在だった。おそらくこの宇宙を欲しがっていた。だがこの宇宙で、生物と共存できない存在だった。それで、それを知っていたほとんどどんな生物も、それは自分たちの共通の敵なのだとみなした。だが、勝てなかった。どんな生物も、それと戦う術すら知らなかった。

 最も賢き生物、エルレード生物は希望となっていた。それを殺せはしなくても、それは生物を殺すのに物質を使うために、時間を稼ぐ術ならあった。他の様々な領域の生物が、喜んで時間稼ぎの盾となった。すべてはこの宇宙の生物の未来を守るために。

 そして、今や〈エルレード〉には策があった。《虚無を歩く者》を殺さなくても、永遠に封じ込めておくための策が。だが、それが上手くいったなら、〈エルレード〉という領域は、全ての生物の悪夢を終わらせるための犠牲となる。

 だから、マシャは別れを告げたがったのだった。いつかまた会いに来てくれるつもりだったのかもしれない。だがそれはもう叶わないだろうと。


ーー


 そしてまたずっと後、ザラたちの今。


 エルレード生物、そして《虚無を歩く者》の話と共に、リーザに伝えられてきたいくつもの感情。不安、喜び、楽しさ、恐怖、悲しみ。全部生物らしい。それは正しいのだと感じた。


「その策は」

 ザラの通信システムにも、自分が聞いたすべての話はもう入っているが、それでもリーザは、そこは自分の言葉で話した。

「〈エルレード〉に《虚無を歩く者》を閉じ込めておくようなものだったって。ありふれた物質の消失ではないみたい」

 水の消滅は、第二計画だったのかもしれない。

「それと、そのエルレード生物が去った後、繋がりが切れたことがわかったんだって。繋がってたこと自体を、その時に知ったみたい。そしてそれを、生物が切れないこともわかった。絶対に切れないもの、そういうもの。エルレード生物は、友達になれるためのものだと思ってたみたい。生物どうしの間で芽生える絆。同じ宇宙の部分であること」

 なぜそれが恐れられたのか。簡単なことだ。それは、外れたものであって、他のものも外れたものにできる。物質を殺すというより、物質をこの宇宙から離してしまう。生物を生物でない存在に変えてしまう。


〔あれを決して……〕


「もしあいつが、エルレード生物を、自分の友達をこの宇宙から奪ったなら」

 かつてのミーケは、そしてエクエスも知ってたろうか。また聞いてみないといけないだろう。

「今、〈ジオ〉の生物に、戦う術があるなら」

 アルヘン生物はそれを与えたのだろうか? 与えようとしたのだろうか?

「あれを決して許さないでほしい。あいつが、この宇宙から奪ったものすべての分、あいつにも恐怖を」

 だが、そのさらに後のメッセージは、リーザは言わず、ザラが告げた。

「もう、道も開けたそうです」

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