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神々のガラクタ船 ーWater alchemist and the Worldtree’s landsー  作者: 猫隼
Ch4・いくつもの生命世界をこえて
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4ー5・死に近い者(カオスの巨大生物2)

 普通、それ以外のどのような系の構造体にとっても、恐るべき破壊しかもたらさないだろう、そのカオス領域の直接的な影響を閉ざすための粒子波を、次元変換システムと組み合わせ、かなり複雑に駆使したシールドにより守られている、ミズガラクタ号とその周囲に維持された〈ジオ〉の典型的な環境。

 その環境内、今はミズガラクタ号のすぐ隣に、ほぼくっついているような、ネーデ生物が持っていたもう1つの特殊な船、カルカ号がある。流線型の本体の所々に渦巻き銀河を模したみたいな見かけの装置がついている。内部がちょっとした(そう考えるとかなり小規模であるのだが)街みたいになっている、つまり12人しか乗っていない船としてはかなり大きいだろうミズガラクタ号より、さらに倍くらいに大きな船。その内部構造の半分ほどは、普通にエルディクたちネーデ生物が、もう半分は改造して、ロキリナ生物の仲間たちが乗っている。

 曖昧にでも、種ごとの特徴として知的能力を定義するのが難しいくらい、同種内の知能の幅が(正確には自由性が)大きく、そのためにネーデ生物は知的な個々が多様な形態を持っている。カルカ号にも、船員として8名ほどのネーデ生物が乗っている訳だが、みな全く違う姿をしている。一方でロキリナ生物は、代表となっているタキムを含め、船員7名みな、ケーブルで繋がりあういくつかの鉄タルの集合体みたいな姿。タキムたちイーロ族は、つまり〈ジオ〉におけるヒトと同じく、大災害後に生き残った、領域で唯一の知的生物というわけである。


 カルカ号内の、ロキリナ生物のエリアの大半である、あちこちに仮想空間が重なった、通信ネットワーク。タキムは自分の形態がほとんどちょうど収まる、"睡眠カプセル"と呼ばれるものの中にいた。

 カルカ号での今が特別なわけでもなく、大災害後にサイボーグ種となったイーロは、たいてい、多くの時間(というか、実質的に目覚める必要の生じた時以外ずっと)カプセルで眠る(正確には、機械の部分に関しては機能をほぼ停止する)。そして、普通はネットワークテクノロジーとリンクして、つまりは仮想空間で生きる。


〔タキム〕

 誰が聞いているかわからない仮想空間でなく、直接的な閉鎖系通信を通して聞こえてくる。

 振動の感知とは違う。それはイーロ族が、大災害より以前から、他種族との対話に利用していた方法だが、現在は同種の相手とも普通に使うようになっている。

 ジオ生物なら神経系と定義するだろうものを囲む膜が吸収し、記号(ようするにロキリナ生物に知られる典型的な文字列)に変換されたものを幾何学的な直感で、そのままタキムは理解する。

〔大丈夫?〕

 隠し通せないことはわかっていた。最初に知るのが一番身近な存在、アルーインだろうと推測もできていた。気持ちを察して秘密にはしてくれているものの、心配のあまりにこっそり声(ジオ生物の基準では違うだろうが、ロキリナ生物にとってはそうである、声)をかけてきたその者と、タキムの絆は(ジオ生物も、ネーデ生物もそうだとよく理解する意味での)友情に由来している。つまり、どんな物理的機構も関係のない絆。

〔大丈夫だ〕

 実際に大した問題はない。不安というものがないわけではないが、だがタキムの今のシステムは、よく事態を過大評価する傾向が強いのも確かだ。自身の外のコンピュータに算出させた確率的には、まだ問題ある状態と定義しにくい。そんなところ。


 大災害の時、ロキリナ生物は、水に代わる救いの液を造れなかった。だから機械化の道を選ぶしかなかった。

 ある宇宙領域の生物が、領域全体において生物の機械化を行う場合、まず最初にくる2つの選択がある。つまり、そこを完全なる無生物の領域にするのか、あるいはシステムの中に救える生物機構を置くのか。(少なくとも〈ジオ〉含む4領域においては)それは心層空間とのリンク、すなわち精神構造をどうにか維持するのかどうか、という問題も同じである。それがどんな類のものであれ、精神の存在しない機械は複雑設計の単なる物にすぎない。

 そして、とにかくどんな方法でもいいから、精神さえあればいいというものでもない。弱い構造をどうにか残せただけなら、結局その後、ある程度の時間で崩壊するだけだろう。たった1種類でいい(実際、1種類しか残せなかった)、生存場を維持する最低限のテクノロジーを利用できるレベルの知的種が残る必要があった。領域全体で例え少しの間なのだとしても完全に安定性が崩れるというのなら、偶然が誰かを生き残らせる可能性はあまりにも低い。ちゃんと生きようとして、そして生きれる存在が残るのが確実に最善だった。

 ワートグゥ生物はおそらく1種類も知的種を残すことができなかった。だがそこにどんな経緯があったのかは、もはや誰も永久に知ることはないだろう。ワートグゥ生物はとにかく、自分たちの系譜の生物を残そうとした。その最終的な結果が、ミーケたちも前にそこで見た、物理的均衡状態の中でただつながりあい、言ってしまえば生きていること以上の何もしない、静かで平らな生物世界。

 ロキリナ生物もたった1種、イーロが機械生物(サイボーグ)となって生き残るだけでも、何も代償がなかった訳ではない。その内部で保護されているいくつかの、彼ら自身を機能させるシステムは、大災害後の世界を完全に想定できなかった。つまり今そこにあるのは、現在の外界と直接的な繋がりを持つことができない、ようするに外的操作の修復が不可能な、どうしようもなく限りある命。それに今に至るまで、遺伝方法も見つけられていない。

 イーロだけに限った話でなく、ロキリナ生物は全て、永遠に外せない殻をかぶってしまったも同然。今後、〈ロキリナ〉がいつまでも存在するとしても、(おそらくもう不可能な)かつてあった宇宙に戻らない限り、それはもう、滅びるまで時間の問題でしかない生物群。

 だからこそロキリナ生物は、なるべくなら眠り続けることによって、少しでも最期の時を先伸ばしにしようとした。

 タキムは、かなり古い世代の者の中では、かなり新しい時代の者だった。そして、今のイーロの中で、最も死に近い。どうしようもないほどではないが、その精神は明らかに弱ってきている。


〔それよりも〕

 あとどのくらいの時を生きれるのか、タキムにも、他の誰にも確実なことは言えない。だが、今そんなことよりずっと重要なことは、役に立つことだ。自分たちの誰も生きることが叶わないだろう、ずっと未来にも進んでいこうとしてる、近くて遠い仲間たちのため。

〔ちょうどよかった。今のぼくには認識できないことの中に、求めてる情報がありそうなんだ〕

 生命体の部分ではなく、ロボットの部分のどこかに不具合があるのだろうが、いくら探しても見つからなかった。

〔ジオ生物の記録?〕

 アルーインにも、もし最初に閉ざされるとしたら、最も強力なシステムで守られていたその記録だろうと推測できた。

〔そうだ。これを守ったのはきっと正しかった〕

〔本当に〕

 アルーインは大災害前の、領域間戦争を歴史としてしか知らない。その頃を生きていた最後の生き残りがタキム。つまりアルーインは、他の同族たちと同じようにロキリナ以外の領域の生物を、ほんの少し前まで、「ただ現実には、古いものたちが関わらないようにしている、昔話のキャラクターのモデル」というくらいにしか知らなかった。

〔そう思うの? ぼくたちは、生きれなかったのに〕

 それは悲観的な見方であったが、アルーインとしては明らかな真実だった。ロキリナ生物は生き残れなかった。ある意味ではワートグゥ生物以上に。そして、おそらくそれでも、この絶望的な未来に知性を残そうと思われたのは、そんなこと、一番大切にしていた〈ジオ〉に関する情報をどうしても守りたかったから、という以外に理由などなかったろう。

 つまりロキリナ生物は、その関わり合いのほとんどの中で、ほとんど恐ろしい侵略者でしかなかった愚かな生物たちのために、自分たちを犠牲にしたのだ。

〔ジオ生物について〕

 タキムには、アルーインの気持ちは、何かを読み取らなくてもわかる。全てを守ることはできなかった。タキムよりもさらに前の、今はもういなくなってしまった親たちは、いくつものことを伝えられなかったから。

〔少なくともロキリナ生物(わたしたち)が恐怖したことは、その早い周期だった。生体調整のテクノロジーを開発した後でさえ、ジオ生物は、どんな伝統も続けられない、変化速度を変えなかった。あれはおそらく、変異遺伝に特化した遺伝生物だった〕

〔本当にもしそうなら、救おうとする方を間違ってたよ。犠牲になるべきはあっちだったんじゃないか。だって〕

 だがアルーインは、その先を言えなかった。それより、もうここまで聞いたなら、今はただ知りたかった。ロキリナ生物は、何を守ろうとしたのか。

四つの領域(ぼくたちの宇宙)。それを守ろうとしたの? だから、ジオ生物の変化の可能性に賭けたの?〕

 アルーインに推測できた中で、一番納得できそうだと感じていた答。

〔まず賭けじゃなかった、信じてた。ずっと1つでなかったジオ生物は、それでもロキリナ生物にとって、一番守りたかったものが幻想なんかじゃないと教えてくれたんだ〕


 ワートグゥ生物も同じだったかもしれない。そうでないとしたら、遺伝生物として特殊だったのはロキリナ生物だったということだろう。


〔ジオ生物は、心が決めた繋がりがあることをずっと知ってたようだった。だからこそぼくらは、あの人間たちを信頼した〕

 時代のことがはっきりわからなくなる言い方だった。あの人間たちというのはおそらく、領域間戦争の時に、三領域側に味方してくれたジオ生物たちのことだろうことは、アルーインにもなんとなくわかったが、だがそうだとすると、人間たちという表現は何かおかしい印象もあった。アルーインの記憶によると、味方になってくれた〈ジオ〉のレジスタンスの者は、人間だけでなかったし、人間は代表としてあげるほど多くもなかった。

〔いつでも人間は〕

 アルーインの疑問を知ってか知らずか、タキムはその理由も続けて語る。なぜ古き時代を知るロキリナ生物が、人間をまるでジオ生物の代表のように扱いたがるのか。

〔種同士で戦いたがってきた。〈ジオ〉の中で、敵対した2つの勢力には、たいていどちらにも、そうでないとしても必ず片方には人間がいた。人間はいつでも危うい存在とされていたが、だがそれだからこそ、忘れることもなかったのだと思う〕

〔大切なこと? 仲間である心?〕

〔生物のどんな空間からも離れた次元で創る絆〕


 そのことに、ロキリナ生物は確信が持てなかったのだ。ジオ生物なら簡単に理解できたろうこと。そして多くの悲劇の中で、ロキリナ生物が教わったこと。


〔ずっと遠い存在と友達になれることを学んだんだ。それだけは、決して変わらないことを教えてくれた〕

〔だから、信じたの? ぼくらの犠牲を無駄にしないって〕

〔そもそも無駄とかじゃないさ。ぼくらは、この四領域は1つだよ。きっとね、ネーデ生物が言うように〕

〔ネーデ生物は、遺伝子生物じゃない〕

〔そうなんだと、ぼくらも、ワートグゥ生物も、ジオ生物も一度は考えたろうさ。あれは遺伝システムの系も知らない、ただ変わらない性格で、いつまでも夢を見てる能天気な奴らだって。だけどね、あの前向きな心を、結局みんな好きになった、いや好きだったんだよ。最初からそうだったに違いないんだ。だから、三領域の遺伝子生物(ぼくら)は、あのバカげた素晴らしい理想で繋がれるのさ〕

〔少し、ぼくも考えてみるよ〕

 通信はそれで、終わった。


 伝えたいことは伝えることができた。

 しかしロキリナ生物が、〈ジオ〉に関する記録を守ろうとした、もう1つ、別の理由をタキムは言わなかった。言わなくても、勝手に学ぶだろうし、まだそれについて自分だけで考えたかった。アルーインに語った曖昧なごまかすようなものでなく、もっと決定的な理由。

 《虚無を歩く者》、四領域でも理解されていなかった訳ではない。大災害のきっかけがそれであることも推測できた。だが、実体なきもの、《虚無を歩く者》、神々の敵、水を使うもの、あれがどんな存在なのか、〈ロキリナ〉で知ることは難しかった。ただし知られていたこともあって、今もタキムにはそのことを知ることができた。

 ジオ生物にも、それを知っている者が明らかにいたこと。そしてそれを「生物でない存在」だと考えていたらしかった。全体として非常に不安定な存在と言えるほど、変化し、細かく多様化しやすく、だからこそ、どんな生物でも、簡単に生物と認めそうな変わり者たちであっても、それは「生物でない」と考えた。


 しかしタキムには、それ|(実体なきもの)自体よりも気になっていていることがあった。かつてのロキリナ生物、偉大な親たちの残したものに関して。

 以前から不思議には思っていたことだが、それはより詳しい事情を自分が知らないからだと思っていた。だが今ならどうか。

 ジオ生物のザラたち。偉大な親たちが望んでいた、いやもしかしたら待っていたのはあの者たちだろう。そして彼女らは《虚無を歩く者》と出会い、戦いのために〈アルヘン〉文明が残した手がかりを追っている。

 記録の、〈ジオ〉の情報のほとんどは、納得できる。緑液以前の最後の時代の生物群、領域戦争の頃、人間、非人間、それほど多くもない〈ロキリナ〉との関わり。

 問題は、幾何学的な形質の、おそらくかなり古い年代のジオの、むしろ地球生物の記録。なぜかわからない。ネーデ生物と違って、〈ロキリナ〉では人間ではない姿のアルヘン生物の記録があったが、それが関係してるのかもしれない。

 遺伝子生物であることと、その構造スケールを考えると、ある惑星で最も複雑な生物として、その単純さの容易な説明は、おそらく2つしかない。それがとても古い(初期の)生物なのか、もしくはあえて造られた生物|(もどき?)か。単に幾何学的形状ばかりの、謎の生物群。記録には、〈ジオ〉の古代語で「エディアカラ種」とある。


 こんなものが、今何かの手がかりになるのだろうか? 何かの間違いとしても、なぜ意味があるなんて考えたのか? ただ古く、今はもう絶対に存在していないだろう、古いジオ生物種。

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