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神々のガラクタ船 ーWater alchemist and the Worldtree’s landsー  作者: 猫隼
Ch4・いくつもの生命世界をこえて
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4ー2・欠陥品の彼女(異端学者1)

 異端と言える学者なんて、"世界樹"にいくらでもいる。ミラ・クートエンデも、この叡智の銀河フィラメント全体の中でそれほど珍しい存在ではなかった。彼女はいわば、よくいる異端学者だった。


 彼女は、"世界樹"に数えきれないほどある、「研究所」と名の最後についた星系に、生涯でも、片手で数えられるくらいしか訪れたことがなかった。

 普段は俗物的と言われる国家外の星系で生きていた。実際そうした場所のほうが、彼女の本来の性格とはあっていた。

 ずっと後世に、彼女の娘を始め、ほとんど彼女を神格化していたような何人かの後継者たちが、彼女の古くからの知り合いから聞かされた昔話はたいてい控えめ。若かりし頃の彼女は、後からの色々を考えると違和感しかないほどに、科学研究などに興味なかったし、宇宙の未来なんて話も自分には全く関係ないし、ただ自分が今楽しめればいいと、自由の民としてだけ生きていた。それが彼女が生まれてから、娘のザラが生まれるよりほんの7000年くらい前までの話。



 アズテア第四暦3316(ザラが生まれるより52269年前)


〔「ミラ、ミラ。聞こえてるだろ」〕

「うるさいよ、なんなのよ。今いいとこなんだから邪魔しないでくれる?」

〔「通信妨害がある、お前どこにいるんだ」〕

「あ、通信妨害ね、通信妨害、こっちにもあるみたい。じゃあね」

 そして、胸ポケットに入っていた通信機を、服の布越しに強く握り、彼女は壊した。

「よし、いけ、いけ、いっけ、い、ああ」


 ようするに、この時ミラは、《アトール》という国家外惑星にいて、そこで行われていた宇宙船レースを観戦しながら、賭けを楽しんでいた。だが、彼女が勝利する方に賭けていた第二船は負けてしまった。


「ああ、最悪」

 もう運が尽きかけているようだ。もう連続で31回目の負け。それに資産もつきて借金が膨らんでいる。

(逃げようか)

 だがそうすると、《アトール》含むいくつかの惑星の遊び場を管理している娯楽会社のブラックリストに載ってしまうだろう。そうなると面倒だ。


「仕方ないかな」

 壊したはずだがいつのまにか勝手に修復していた、ボールのような通信機を、ミラは今度は自分から起動した(つまり、さっき通信の向こう側にいた相手に、自分からまた連絡を取った)。

〔「ミラ、おまえ」〕

「ああ、ああ、説教は後でまとめて聞くから。で、そっち戻るからさ、先にちょっと、コイン貸してくれないかな」


 コインは、"世界樹"で、通貨システムを採用している社会のどこでも、共通して利用することができる仮想通貨。


〔「やっぱりおまえ、国家外惑星にいるんだな」〕

「そうよ。でね、なんか運がなくてさ。いやでも、ほんと、わたしはこの点については悪くないんだよ。いや、そりゃここにいること自体はちょっとは悪いことなんだろうけど」

 普通に開き直ってるだけだ。もちろん自分が何もかも悪いことはわかっている。

 この頃の彼女は《エルリフ》という学園|(星系)の学生だった。まだクートエンデという姓名に何の関わりもなかった頃。そして、許可なく学園外に出ることは禁じられていた。

〔「コイン、いくついるんだ?」〕

「それは、ちょっと言いにくいんだけどさ、120枚ぐらい」

〔「ミラ、嘘なのはわかってる」〕

「ごめん本当は70枚くらい。でも本当にそれだけは必要なんだよ。しょうがないでしょ、ある程度はわたしのせいじゃないから。ただ卑怯なのよ、どうもね事前に知らされてないコース状況があって、いや多分、ぼったくられちゃったの、古い地図のせいで」

〔「いや、もうそのあたりの話はどうでもいい。とにかく必要なコインはお前にやるから、さっさと戻ってこい、さっさと」〕

「了解、了解」


 しかし通信が切れると、さっきまでのいい加減な態度も消えて、彼女はため息をつく。

(わたしは何がダメなんだろう? いやダメダメなのはわかってるけどさ、でもなぜわたしは)

 以前ミラは、生物の精神的な部分に関して、心層空間と構成粒子の関係性についての研究の本を、その要約部分だけ読んでみたことがあったが、まるで意味不明だった。

 どうしてこの"世界樹"で、おかしいとしか表現がしようがないような知性を有し、しかも真面目に生きていられる人がいる一方で、自分のようなバカで、不真面目な生き方しかできないような奴がいるのか。いったい何が違うというのか。欠陥品の自分はなぜ、ろくに学ぶことも楽しめず、ダメなことだとわかっているのに快楽ばかり求めてしまうのか、そんな欲望に負けてしまうのか。

 どんなふうに変えても、自分が自分のままで、今よりマシになることなんてきっとできない。そんなことができるのだとして、そうなってしまった時の自分はもう自分でないような気がする。ミラにはわからなかった。なぜ自分が、まるで自分から望んで欠陥品であり続けているのか。

 あの人、記憶にある限り初めての人、初めて、自分の事をまるでどこかの世界で特別かのように言ってくれたことがある人。結局それは的外れだったのだろうけど、だけど例え憎まれ口を叩いても、あの人レイレルと話す度、ミラはそういうことを考えてしまうようになった。

 わかってるつもりだ。彼は先生で、自分は生徒。確かに、いつか、どんな言葉の中でそれを言ってくれたのかも曖昧にしか思い出せないが、彼が彼女が「特別な奴だ」と言ってくれたのは、優しすぎる先生が、出来の悪い生徒を励ますための方便にすぎなかったのだろう。



アズテア第四暦3318(ザラが生まれるより52267年前)


 本人が思っていたよりも、ミラは違法なことをしすぎていた。それで、彼女は学園に再び帰ってくるまでに2年かかってしまった。

 でもたった2年、たった2年でも、この宇宙の最も基本的なシステムが、彼女から、彼女がおそらく最も愛していた他人である恩師を永遠に奪ってしまうまでの時間としては十分すぎた。


 "世界樹"においては、たいていの人は、生きることについてはっきり分かれた思想のどちらかを持つ。その機会がある限り自らを調整して生き続けようというものか、あるいは、どうしても生きなければならない絶対的な理由がある場合でないと生き続けるための調整はしなくていいというもの。

 レイレルは後者だった。そして彼は、ミラとの最後の連絡の後、彼女が学園に戻ってくるまでの2年の間に、この宇宙から永遠に去ってしまった。


「ミラ、レイレルは、あなたのことを」

「聞きたくない」

「でも」

「聞こえなかったの? 聞きたくないんだよ。あんたの声自体もう聞きたくないんだよ」

 ミラは、レイレルから、彼女への最後の言葉を託された彼の恋人を理不尽に責めてまで、その言葉を聞きたがらなかった。


 なんてひどい、本当にひどいとわかっている。

 同情でも教育法でもない、レイレルがミラに何か大きな期待をしていたのは間違いないことだった。そうでないなら、なぜ、性格的には最悪の教え子であったろう自分にだけ言葉を残したのか。

 それに完全に思い出した。最初に出会った時、学園に誘われた時。自分の記憶力では、忘れていても仕方がなかったくらいに昔のことだ。その時、彼がどんな言葉を彼女に伝えたのか。それがきっと、彼の本心からのものだったのだ。


(「なぜ、そう思う?」)

 そう、レイレルはその時はまだ、学園に雇われたばかりの新米教師で、暇な時間を見つけては、あちこちの惑星で、特に幼い子供を対象に講義を行っていた。

 そしてある時、もうすでに実年齢的に幼いとは言いがたいが、しかし科学研究のための訓練などはそれまでの生涯でいっさい経験なかったミラが、ある宇宙パターンのシミュレーションを見た時に発した質問が、彼に予想外の衝撃を与えたのだった。

(「わからない」)としか答えようがなかった。ミラ本人の感覚からすれば、ただなんとなくそうでないとおかしいと、なぜか思えただけのことだ。

 つまり、レイレルが説明していた、大災害以前、豊富な水が宇宙のあちこちに存在していた時代のシミュレーションにおいて、ミラはなんとなく、「始まりが地球であったはずがない」、「この宇宙の惑星であったはずがない」と思えて、聞いたのだった。

(「外にも宇宙がありますか?」)


 レイレルがミラを学園に誘ったのは、それから3日後。その時に、彼は彼女に言った。

(「きみはきっと特別なのだと思う。誰とも違って、ユニークなんだ」)


 レイレルが、ミラに残してくれた、小さな人工惑星の研究室。学園から去った彼女が、まず訪れた場所。

「ねえ先生、あなたは本当に、わたしなんかに何か特別なものがあるなんて思ってたの? こんなわたしに」

 宇宙全体から、ありふれていた水が失われたという大災害の時代のパターンシミュレーションから再現された、最初の銀河フィラメント国家らしい《フィデレテ》。どう考えても、そこまでしっかり同じようなものではないだろう、大量の渦巻き銀河の全回転軌道の中にある。実際のスケールよりはかなり拡大しているものだろう、惑星ではないらしいが、しかしすごく巨大な惑星に見える、国家の中心。

 そんなものを手元のモニターで見ながら、ミラはいろいろ考えていた。

「わたしはとても運がよかったね。きっと偶然、頭に思い描いたものが偶然、あなたを驚かせた。でもそれだけだよね。わたしは、本当に何もないから、欠陥品だよ」


 それでも、永遠でなくても永遠のような時間、いくつもばらまかれた希望の中で、この宇宙にたった1つ、それを受け継いでいたのが彼女だった。



アズテア第四暦48408(ザラが生まれるより7177年前)


 違う、おかしくはない。そうだとようやく確信できるまで、ミラ自身の感覚ではとても長かった。


 実際のところ、彼女自身のせいで、彼女に協力してくれる者もほとんどいなかったからだ。レイレルと出会ってから、その別れの時までずっと、彼女はたくさんのものと戦いすぎていた。家族と、友人と、恋人と上手く付き合えないで、何度も何度も手を差し伸べてくれたのに、自分から嫌った。かといって研究者として人より優れてるところもない。唯一、なぜか彼女を気にかけてくれていた恩師であるレイレルに対しても、決して最後までよい生徒でなかった。


 それでも、たったひとり協力してくれた、レイレルの8人目の子だったエルクスと一緒に、ミラは、自分がすべきだと感じたことを始めようと決めた。


 もしもずっと昔に、とてつもなく賢い生物がいたとして、それが、何か不思議な直感能力を〈ジオ〉の生物に与えたのだとすればどうか。さすがに、未来の誰が、必要な時にその能力を受け継ぐかまでは調整できなかった(調整できたならミラが選ばれるはずない)とすればどうか。だとすれば、魔法でも何でもない。自分はおそらく理解できるようになっている、知っていると言ってもいいかもしれない。

 それだと辻褄があった。古い宇宙のシミュレーションから、おそらく誰も気づけなかったことに自分が気づけたこと。

 勘違いならそれでいい。ただ自分がバカでマヌケなだけだったならそれで。だけど、もしそうでないなら、自分がすべきことはすべてを知ることだと、彼女はどこかで理解した。


 いつでも、何かを始めようと決めた時は、エルクスに言った。

「もう時間もないのかもしれない。わたしが一番短期間で必要なものを揃える方法はこれよ。そしてそれは自信を持って言えるよ。だってこれはわたしの専門だから。わたしは結構バカだけどさ、だけど、まともでない生き方なら確かに得意よ」

 褒められた方法でなくてよかった。他人からどう見られようとどうでもよかった。むしろ真面目で堅苦しい国教(レトギナ教)なんか、反しているほうが自分らしい。

 ただ科学者としてじゃなく、欠陥品でもいい、自分らしく戦おうと決めていた。最大の問題は、そのために必要なものを揃える方法が、彼女にも、助手というより実は欠陥品仲間だったエルクスにもあまり選べなかったこと。


 一部の国家外惑星において、疑似恋愛と呼ばれる娯楽は非常に人気だ。天然で容姿が好ましく思われる者と、用意された舞台で理想の関係を持てる。ミラのもうひとつの、もしかしたら実際唯一の才だったのかもしれない、多くの他人に好ましいと思われるような容姿。

 ただ彼女は、そうした仕事で研究のための資産を稼いだ。物好きな、クートエンデ王家の王子に見つけられるまでの3000年くらい。彼女は研究の時間以外、ずっと偽りの、相手にする客たちの欲望を実現する玩具になった。

 そんなだから、異端学者として、昔の知り合いたちにもますます嫌われて、だけどずっと、自分が知らなければならないはずの答を求め続けた。



アズテア第四暦54982(ザラが生まれるより603年前)


 国家、《アズテア》の王家に迎え入れられてからさらに3000年くらい、すっかりミラは変わっていた。正確には自分を変えようと可能な限り努力をするようになっていた。基本的に無駄だとはわかっていたが、もう彼女は基本的な生き方をすることは諦めていた。ただ自分の役割を、この時にはもう完全に知っていた。


 〈ジオ〉において最も古き生物、かつてバラバラだったジオの全生物種を団結までさせたという脅威、リリエンデラが何か重要だと気づいていた。これは何か、ただ奇妙な巨大生物ということ以上に、もっとずっと奇妙な何かと思えた。異質な存在だ、この宇宙だけでなく、すべての宇宙にとって。

 だが、それはきっと神々|(もっとも古き生物?)と、宇宙から水を奪った存在と、〈ジオ〉の地球生物に何かを与えた存在とも、関わりがある。とミラは考えていた。

 それに関するいくつもの記録を漁った。そしてどうにか、自分が理解できるところだけでも拾っていった。そして最終的に、リリエンデラとの戦いの時代よりもずっと前、《フィデレテ》の時代にまたたどり着いた。

 その時代のもので、生物としてのリリエンデラという存在の記録はおそらくなかった。ただ、一見関係ないと思われる、その時代の宇宙の基本構造に関する一般的なイメージの要素の中に、ミラはそうと知らずに記録された、その空間生物を見いだした。

「時空ヒモ」と呼ばれていたらしい概念。

 そしてこの発見が、おそらく最も重要なターニングポイントだった。後に娘のザラに引き継がれることになる、神々の敵を捉えたシミュレーションパターンを作成する道が開けたのである。

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