3ー25・最新の子(永遠冬3)
「ミジィ、あなたがそうなの? クロット師団の元帥なの?」
リーザとしては、《中枢》にやってきて、最初に自分に接触してくる相手としてあまりにも意外だった。
「そのミジィだよ。それで、ぼくのこと何か聞いているか? メイリィのやつから」
自分の個人的な情報が伝わっているとすれば、彼の弟子だったらしい彼女から以外にはありえない。完全にそう確信しているらしい事から、少なくとも、リーザが考えていた以上には、彼はリーザのことを知っているのだと判断もできる。
「ろくな話は聞いてないけど、でも、彼女はあなたのこと結構好きみたい、とは思ってたわ」
「その印象はこっちもちょっと驚きだ。リーザ、おまえもしかして、"世界樹"に恋人がいるって話も本当なのか?」
「そういう関係ではないとは思うけど、だけど、それを許してくれるなら、ずっと一緒にいたいと思ってる男の子ならいる」
意外であるし、平時なら恥ずかしくて慌ててたかもしれない質問だが、別に動揺もなく素直な言葉だけ返すリーザ。
「興味深いが、ぼく的には少し奇妙な捉え方だ。だが納得はできた。やっぱりぼくのしたことは余計なことだったな、おまえに関しては」
「わたしは、あなたが考えていたより甘ちゃんだった、てこと? 余計なことだったてことは、結果自体はあなたが望んでいたことなんでしょう、それで」
つまりは、リーザが《ヴァルキュス》を抜けたことか、あるいはそれからこれまでの何か、もしかしたらすべてが。
「『フローデル』のこと、あなたは知ってた。それでわたしは、場合によってはそれを潰す武器にもなる。だから情報を与えたくなかった。それはここにいるのでしょう? ここは『フローデル』の中枢でもあって、それであなたは、わたしが彼らの追手を叩き潰すことを恐れた。いつかもし攻撃を仕掛けることになった時のことを考えると、わたしのことは少しでも隠しておきたかった。わたしは、アシェレとラズラ師団にしかほとんど知られていなかったのじゃない? それで『フローデル』は」
「やっぱりもうそこまでわかってたのか? "世界樹"なら情報もあったろう。ぼくはそいつらを古きものたちと呼んでいるけど、確かに、この国にはほとんど始まりの頃から、ずっと危険因子としての科学結社『フローデル』の存在はあった」
「そういうことなら」
まだ確信できていないことも多いし、完全に彼を信用しているわけでもないが、どっちにしても、今は彼に聞くのが最善の手と、リーザは判断する。
「わたしはもしかしたら、昔あなたがそう願っていたことを今やろうとしているかもしれない。だけど今のあなたはそれで本当にいい? わたしは、『フローデル』からこの国を完全に開放して、むしろわたしのものにするつもりよ。"世界樹"のものであるわたしのものにね」
「言っておくけど、ぼくが予想してた展開じゃない、計算通りだったわけじゃない。だけど、今こういう時が来ることは知ってた。おまえが持ってきた船のことは知ってる。だけどあれはまだ大事に取っとけ。これから必ず必要になるだろうから。あんな奴らじゃなく、別のもののために、嘘の情報を少しでも外に出す可能性は避けとけ」
「ミジィ、あなたは」
「ぼくにも聞きたいことがあるだろうが、ぼくが理解できてることなら後で話してやる。だけどまずは、今度は余計なことじゃないはずだ、おまえのことを助けてやる。ここは《中枢》だ。そして、ぼくら側の最大戦力がここに揃ってるんだ。しかもまだ知られてない」
そこまで言って、笑みを見せた彼に、リーザは妙に親近感も感じた。
ーー
シャーリド・リーザ・エクヴェド暦-?
ケテナ暦360466……
それがいつから紛れ込んでいたのか、そもそもどこから来たのか、実際のところ何を計画しているのか。
『フローデル』という存在については、ムクルは何も教えてくれなかった。そこはおそらく教えられなかったのだろう、優先的な情報ではなかった。
確かにそうだ。彼の考えでは、それが必要なくなる時はまだまだ先のことだった。だから、ミジィが調べる時間も十分にあった。
この頃のミジィには、ムクルが彼に託した完全に固定式のスペースゲイトがあった。だが何度も使うべきではないと考えていて、かつての〈ジオ〉の記録を求めて〈ロキリナ〉の探索に使って、必要だと思うことを全て知ってからは、もうそれを意図的に失った。
〈ロキリナ〉を選んだのは、ムクル、もしかしたらアルヘン生物かもしれない。とにかくミジィは、〈ジオ〉の記録が残されている可能性が一番高いのが、大災害後はサイボーグの宇宙となっている〈ロキリナ〉と教えられていた。
大災害によって、〈ワートグゥ〉は4領域の中で最も大きな被害を受けていることが知られていた。はっきり言えば、文字通りに完全に滅んでいる可能性が高かった。
〈ネーデ〉は、青液という水の代用品の開発にこそ成功し、〈ジオ〉と同じように生身の体を残せたほどに無事だった。しかし元々この領域は、4領域の中で最も古くからの重要の情報をいくつも持っていて、〈ジオ〉の情報の優先度はあまり高くなかったはず。
そして、〈ロキリナ〉にはやはりミジィが求めていた答があった。そもそも大災害以前、四領域大戦のすぐ後、浄化作業(と呼ばれた完全なる皆殺し)によって何もかも消された存在が、なぜ後になってまた現れたのか、という謎の答えも含めて、そこにはあった。
つまり、保存していた彼らを、ムクルの頼みを受けて、〈ジオ〉にまた解き放ったロキリナ生物と、ミジィは出会えたのである。
ーー
現代。
巨大円盤の形をなす、人工星系の塊の領域。区切られたエリアのひとつとして、切り取って見た場合は、人工水もいくらか含む合成液体の海に浮かんだ液体浮遊船のような場所。
「こいつらが、『フローデル』、古き者たちだったの?」
一方的な空間次元数調整と、時空間構造の局所的コントロールによって、徹底的に神経系を疲労させられて、倒れている男を見下ろしていたリーザ。
「正確にはわかっていないが、《中枢》の彼らのネットワークを崩せば、いくら残党がいようと問題はなくなる。ポイントはもうここが最後だ。だからそいつが直接出てきた」
しかしその倒れている男にはあまり関心も示さず、ミジィはここに来るまでに使っていた時空間戦闘機の調子を確かめているようだった。
「彼はマルゥ元帥か、ユーカ大元帥よね。どっちなの?」
「マルゥだ。ユーカはおそらく今の状況では自分から出てこない。しかしこうなったら追いつめるのは簡単だ」
そして、倒れているマルゥを見て、しかしミジィは彼に対する何の感情も表に出さなかった。
「むしろここまでは計算どおりのつもりだったろうよ。多分おびき寄せたつもりだ。確かにここなら、まともに戦えば、ぼくたちでもほぼ勝ち目なんてなかっただろうから。システム制限が厄介だったから。まあそのはずだった」
「でも」
リーザとしては正直、拍子抜けであった。
しかし、ミジィが彼らとずっと敵対していた、そしてそれを、少なくとも完全には悟られずにいたというのなら、当然そうなっているだろうという結果ではあった。
「彼の武器の大半は、あなたがとっくに」
つまり、おそらくは外部で働いていた者たちが考えていたよりもずっと、すでに《ヴァルキュス》内部の彼らは無力化されているも同じであった。リーザは知らなかったが、十分に長い時間をかければ、いつでも機能のほとんどを無意味にする仕掛けを時空間戦闘機に仕掛けることができる。
「《中枢》は直接戦わないから、そういう細工が可能だった。そういう環境に誘導したんだ。それも長い長い時間かけてな、絶対にバレるわけにはいかなかったから」
「でも彼らは、最初からそうじゃなくても、今の構造になるよりもずっと前からこの国の中にいたのに」
「おまえがどう考えてるかはだいたい想像つくよ。ぼくも同じだった、これは危険すぎる賭けだと思ってたんだ。けど、そうじゃないんだ、実は。これはもっと、もっと想像を絶する以前から考えられていた計画の一部なんだ」
「アルヘン生物の?」
「もうその名前も知ってるのか。別宇宙に行った成果か? それとも"世界樹"の研究はもうそこまで進んでいるの?」
リーザの知っていることに、ミジィは素直に驚いているようだったが、リーザの方の驚きはそれ以上だった。
しかし、聞きたいことはいくらでも増えても、今優先すべきことは、やはりもっと目先のことだろう。
「ねえミジィ、今少しだけ教えて」
「何?」
「あなたには最初から切り札があったのに、なぜ待っていたの? いえ、待っていたの? 実体なきものを」
「少しだけ違う。アレが現れるタイミングはもうあまり気にしてなかった。いつでもよかったと言ってもいい、こっちの準備は整ってたからね。ぼくが待ってたのはおまえだよ、リーザ。正確にはおまえたちかもだけど」
「ミズガラクタ号?」
「違う。それもアルヘン生物の計画に含まれていたかもしれないが、ぼくは関わってない、聞いてもいない。"世界樹"にも、アルヘン生物が来ていたことがわかってる」
「メリセデル?」
「名前は知らないが、多分そいつだと思う。とにかくここで、〈ジオ〉で、戦うための兵士と武器が造られることが望まれてた。そもそもだから緑液をアルヘン生物はもたらした、もうそれも知ってるかもしれないが、それを開発したのも、多分"世界樹"にいたアルヘン生物だ」
多分というか間違いないだろう。ザラやエクエスの研究によってもうわかっていることだ。緑液の開発者ミーヴィリのメリセデルの教え子。
「とにかくぼくが待っていたのは、十分に強く、信頼できて、そして生成時までにぼくとの関わりがない者だった。おまえが初めて全てを兼ね備えてたんだ」
「関わりのないことが、重要?」
「確信はなかった。けど今は確信してるよ。おまえはアレともう、実体なきものともあったのだろう。ということは今、おまえやおまえの仲間が生きてここに来ているということは、戦いもしたということだ。逃げようとしてたなら消されてるはず。だが今、おまえもおまえの仲間たちも生き残っているということは、戦ってアレを退けた。そういうことだろう」
「わたしがあれを打ち負かせたのは」
「もう答なんてそれしかないだろう。おまえが最新のものだったからだ、ほとんど何もかもな。緑液系にももちろん限界の性能がある。ぼくもおまえも、そこには到達してるんだ。けど、異質の存在でもある。別のパターンなんだ。そしてそれが重要だった。ぼくは、ぼくも、それに最初の《ヴァルカ》に関係してる全てのパターンは、その系譜が古い時代にある。大災害前にだよ。そしてその時までの全ての情報はすでに知られているはずなんだ。だから必要だったのは、戦う者や武器だけじゃない、アレが知らない可能性が必ず必要だった。そうしないと戦えない。十分に理解されている物質に対して、アレは完全に無敵なのだから」
そう、だからアルヘン生物は〈ジオ〉を選んだ。辺境の世界を選んだ。数えきれない宇宙があって、だがその中で、全ての条件を備えている宇宙はおそらくそれほどなかった。変化率の高さ、構造の自由性、領域のスケールも、未熟だったテクノロジーのためのコントロールのしやすさも。アルヘン生物はすべてを知っていた、しかし実体なきものには知らないことが多かった。
だから、選ばれた。
「空が」
リーザにはわからない原因によって、光学的な変化が、その完全人工世界の空に生じていた。ようするに青かった空が、だんだんと赤に変わっていった。
「ちょっとした警報だ。だけど今のぼくらにとってはよい知らせだよ。どうやらメイリィとおまえたちの仲間たちがよくやってくれたらしい」
「メイリィさんが?」
「これは黙ってて悪かったよ。ぼくはおまえの仲間は囮として使った。結果的にはメイリィが間に合ったのだと思うけど、犠牲が出る可能性もあったんだ」
「わたしがひとりでここに来ることも予測できてたの?」
「来るしかないと考えてた。どんな理由でも、この国に戻ってきたなら、《中枢》のコンピューターが必要に感じる事態が来るだろうと予想できてた。その時におまえがひとりだけでここに来るだろうことも。だからこっちも、ここまで完璧に準備ができた。タイミングがよかった、明らかにこれらは偶然だけど」
「集中していれば、それを決して見逃すことはない。それがぼくの強さだった?」
「おまえ、そういえば学校で習ってたっけ。でもそれ、結構真理をついてると思わないか?」
《ヴァルキュス》の長い歴史の中で、様々な戦いの最前線で活躍してきたミジィの、軍人としての言葉は多く記録されている。
「ただ、強さは戦いのためのものだけじゃない、わたしの仲間は全てを覚悟してくれてるわ。わたしに対して申し訳なく思ってるなら、あなたもそこは間違ってるよ」
「それなら、幸運はきっとおまえの方だったな」
そこで、また会話は止まる。
ミジィの右手の平から、青い光線がいくつも四方八方に発せられて、あちこちで絡み合い、そしていくつもの塊がさらに固まって、彼とリーザとの間で、破壊された機械の残骸のようなものに囲まれている立方体、というような映像になる。
「見なよリーザ、これが追いつめられた者の末路だ。考え方は面白いけどね。無力化されてしまって、武器を再び有効になるように作り変えようとしたらしいけど、さすがに遅い」
少しメイリィに似てる、とリーザは思った。厳密には逆なのだろうが。
「ぼくらの勝ち、こいつらの負け」
彼の楽しそうな顔。