閑話 メニーから見たターシャの復讐劇
ターシャが領主代理のルーメンの股間を踏みつけたとき、すべてが終わったと思った。
メニーはターシャの復讐劇をそう振り返る。
メニーは前世も今世も女の子に生まれたので、その痛みはわからないが、男の急所というぐらいなのだから相当だろう。
そんな復讐劇を成し遂げたターシャは、したり顔で机の周りを回ってメニーの横の席まで戻ってきて、平然と食事をとり始める。
「ちょっと! ターちゃん何やってるんですか!」
メニーが声を発することができたのは数分が経過してからだ。
「えっ? 幼女に股間つぶされるって、ある意味ご褒美じゃない?」
ようやく事態を飲み込んだメニーの発言に対して、さも当然かのようにターシャはとんでもないことを言い放つ。
「……いや、彼がそんな特殊性癖とは限らない……じゃなくて! こんなことして、使用人にでも見られたりしたらどうするんですか!」
「その辺は大丈夫でしょ。私みたいなかわいい女の子が男の人を気絶させるなんて思わないだろうし」
そこまで言うと、ターシャは食事を再開する。むしろ、この状況を楽しんでいるようにすら見えるその姿を見て、メニーは彼女の精神構造がどうなっているのかと考えてしまう。
「かわいいって……自分で言いますか?」
結局、普通に食事を始めたターシャとその言動の結果、メニーの中に生まれた感情はあきれだ。
何が一番すごいかといえば、この状況を放置して、平然と食事をしているというところだろう。
「でも、起きて人を呼ばれたら……」
いくらルーメンが悪かったとしても、相手は領主代理だ。人を呼ばれて、一方的に暴力を振るわれたと証言したら仲良く牢屋行になってしまう。
そんな一抹の不安がメニーの中に生まれるが、ターシャはこれまた平然とした態度で言ってのける。
「そんなことしないと思うわよ。仮にしたとしても、私たちは彼が隠したがっている秘密について暴露してしまえばいいでしょう?」
にやりと、ターシャが笑う。おそらく、ルーメンが隠したがっている秘密の暴露というのは、ターシャの洗脳の魔法で、彼の口から暴露されるのだろう。しかも、本人は暴露をさせられたことを覚えていないというおまけつきだ。
「はぁ……私が当初聞いていた話と違うんですけれど」
普段見せないような態度を見せる、ターシャを見てメニーはため息交じりにつぶやく。
ここに来るまでの間、どうやって平和的に解決うするとかという話し合いを綿密に行い、ちゃんとしたシミュレーションまで行ったというのに、それをしている途中でターシャが手を挙げてしまったために計画が丸つぶれだ。
「うん。なんかちょっとむかついたから」
しかも、理由がとんでもなく稚拙である。ちょっとむかついたからで、人を気絶させる人がどこの世界にいるだろうか?
「まぁあまり時間がかかりすぎると、使用人たちに怪しまれる、食べ終わったら起こすわよ」
そんなことを考えるメニーに対して、ターシャは一応これからのことを考えているのか、しっかりとこの先の行動について指針を示す。ただし、起こすのが“今すぐ”ではなく“食べ終わってから”になっているあたり、現状の打破よりも食欲の方が勝っているのかも知れない。
「……これ以上変なことしないでくださいよ。巻き込まれるのは私たちなんですから」
「わかってるわかってるって」
これ以上の厄介ごとは勘弁してほしいと願うメニーに対して、ターシャの返事はとても軽いものだ。
本当にこんな無計画な状態になってしまって大丈夫だろうか?
そんな一抹の不安を抱えるメニーの目の前で、ターシャはデザートであるフルーツの盛り合わせに手を伸ばす。
彼女はあくまで食事をやめるつもりはないらしい。
メニーはターシャの説得はあきらめて、自身も食事をとり始めた。
*
翌日。
その日の夜のおとり作戦のかいもあって、祭りの舞台の上には衛兵によって拘束されたヤニックの姿があった。
途中で唐突な計画のずれがあったものの、一応経過通りだ。
普通であれば、罪人であってもこのような風にさらされることはないのだが、(ターシャの洗脳の魔法によって)民衆の前で罪を告白するという文章にサインをした彼は、こうして舞台の上に立たされている。
「……さぁ話せ」
衛兵が促す。ついでに言うと、今の彼は洗脳されておらず、自身が(強制的に)書かされた文章にしたがって行動しているだけである。
「……私は」
民衆が注目する中、ヤニックが口を開く。
しかし、そこで彼は口を閉ざす。
「……時間切れね」
それから数分。
舞台袖。メニーの横でターシャがつぶやく。
「……ヤニック。あなたの悪事をすべて洗いざらいに話しなさい」
ついにしびれを切らしたらしいターシャが洗脳の魔法を行使する。なんというか、今回の件についてではなく、すべての悪事と言っているあたりがえげつない。
そこからは、ヤニックの独壇場である。もっとも、本人にそうしたいという意思はないし、話が終われば、当人は、きれいさっぱりこの事を忘れていることだろう。もっとも、こういう話をしたという事実は残るのだが……
ヤニックが明かす、数々の悪事に民主は驚き、顰蹙の声を上げる。中には彼に手を出そうとしたのか、舞台の上に上がろうとして、衛兵に取り押さえされている人の姿もある。
そんな大混乱をターシャは楽しんでいるのか、彼女は非常に上機嫌だ。生け贄に選ばれてから、救出されるまでの間、いろいろとあったのは話として聞いているが、それらの出来事が彼女を変えてしまったのではないか。と不安になる程度には彼女の行動は常軌を逸している。
「ねぇターちゃん」
「なに?」
「いくらなんでもやりすぎではないですか」
メニーは率直に思ったことを口にする。
ルーメンにしても、ヤニックにしても、復讐をやり過ぎると、彼らの怒りを買って事態が余計に面倒なことになる。
そんな懸念をのせた一言であるが、ターシャはふんっと鼻をならして返答をする。
「私が物理的に死んだのに反省していないもの。だったら、社会的に死んでもらわないと」
「いや、まぁわからなくはないですけれど……」
もしかしたら、単純にあとが面倒とかではなくて、ターシャのことを怖いと思ってしまっているのかもしれない。
今のターシャは異常だ。おそらく、本人もその事はちゃんと自覚できていない。
これまで、あまり使っていなかった洗脳の魔法を存分に使い、こうして制裁を加えている姿は普段の彼女とはかけ離れたものだ。
それほどまでに、死という普通の人間なら一回しか経験しないことが、ターシャを変えてしまったのかも知れないとまで思う。
「ねぇターちゃん」
「……どうかしたの? メロンちゃん」
メニーが語りかけると、ターシャはいつも通りの笑顔で返答をする。
「いえ、なんとなく呼んでみただけです」
「……そう」
きっと、これらが終わればいつものターシャに戻るのだろうか?
メニーが一抹の不安を抱え出したときには、話は今回の生け贄の事件についての話しに及んでいて、会場からはメーラを擁護する声や、怒号が聞こえてくる。
出来れば、この場から逃げ出してしまいたい。
自分がなにかをしたわけではなくても、この場はメニーにとって、あまりにも居心地の悪い場所だ。
メニーは一刻でも早くこの状況が終わるようにと願いながら、ターシャの姿を見つめていた。




