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79.シチリの宿で

 ヤニックが洗脳されて、操られるままに洗いざらい事情を話し、民衆から顰蹙(ひんしゅく)を買う姿はなんとも滑稽であり、壮観であった。


 私は今日の朝の出来事をそう振り返る。


 衛兵に拘束された姿で、まだ片付けがすんでいなかった祭りの舞台の上に立たされた彼は、私の洗脳の魔法の効力もあり、洗いざらいに自らの悪事について告白した。


 その結果はその場にいた人を通じて、民衆の間に瞬く間に広まっていって、今はこの話題は流行の最先端を行っている。おそらく、しばらくの間ヤニックは表を歩けないだろう。いや、それ以前に捕まって、牢屋に入っているのだから出ようがなかった。


「……ねぇターちゃん」


 ベッドに寝転がって、今日の出来事を振り返っている私にメニーが声をかける。


「どうしたの? メロンちゃん」

「なんで、あの子にクルミっていう名前をつけたんですか?」


 改めて聞かれると、なんとも答えづらい質問だ。クルミという名前の由来は間違いなく、目の前にいるメニーの前世での名前なのだが、その理由までは深く考えていない。


「そうね。なんとなく、そう呼びたかったから……かしら」

「……そうですか」


 メニーが目を伏せる。その様子を見て、私は彼女を不快にさせてしまったのではないかと不安になるが、彼女はすぐに顔を上げる。


「ターちゃん。私、決めました」


 ゆっくりとメニーが立ち上がり、私が寝転ぶベッドの方までやってくる。


「決めたって……なにを?」

「クルミちゃんのことですよ。どうせ、これから一緒に過ごせたらいいなとか考えているんじゃないですか?」


 まさしく図星である。


「よくわかったね……」

「何年一緒にいると思っているんですか。ターちゃんがあの子を見捨てないことぐらいわかっていますよ」

「……そっか……」


 当初、私はメニーとクルミが並んですごすことはないと思っていた。しかし、それは間違っていたようだ。


 別にどちらかを選ばなくても、三人そろって暮らす未来というのもあるかもしれない。


「……私たちが夫婦なら、あの子は元気な子供かしら?」

「ふふっ私たちよりも大きい子供って不思議ですね」


 私とメニーはお互いに笑い声をあげる。


「……でも、クルミは亜人だから、普通には過ごせないんですよね」


 一通り笑い終わった後、メニーが現実を突きつける。


「そうだね……」


 亜人追放令。この世界のすべてを支配する帝国が発布した法律だ。


 その法律に従えば、今のようにクルミが街の中でいる時点で違反になってしまう。

 おそらく、今のうちはいいだろうが、この先学校に帰ったりすることを考えるとクルミをこのまま連れていくことはできないだろう。


「どうしますか? ターちゃん」

「どうするって……もちろん、できる限り一緒にいたいけれど……」


 ダメ元でクルミを学園に連れていけないか交渉するか。はたまた、彼女を連れて三人でどこかに逃げてしまうか……


 正直な話、後者は難しいだろう。幼女二人と無知な獣人の少女ではとてもじゃないが生活できないし、不老不死の私はともかく、そういった恩恵を受けていない二人にはつらい思いをさせてしまうだろう。


 かといって、前者を選ぶのもまた難しい。


 学園がわざわざ法律を犯してまで、一生徒の意見を聞いてくれるとは限らない。


 そう考えると、一番現実的なのは彼女の保護を誰かにお願いするか、人里離れた場所に彼女をおいていくかといったところだろうか?


 そこまで考えて、私は深くため息をつく。


 もし、亜人追放令がなければ、私たちは三人で平穏に過ごせるはずなのだ。しかし、今の私にはそれを撤廃出来るほどの力はない。仮に自分自身が領主になったとしても難しいだろう。


「……ねぇメロンちゃん」


 私はゆっくりと起き上がって、メニーの方を見る。


「なんですか?」

「……今すぐにとは言わないけどさ……国を作らない?」


 メニーがこれでもかというほど目を丸くする。当然だろう。私としても、あまりにも唐突な提案をしている自覚はある。


「亜人追放令が帝国の中で発布されているなら、そんな法律のない国を作ろうよ。そうすれば、クルミだけじゃない。他の亜人も堂々と歩くことができる。そんな国を作りたいなって思ったの」


 私の言葉を受けて、メニーは押し黙る。おそらく、返答に困っているのだろう。


「国を作ると行っても……どこに?」

「そういうのはこれから考えましょう? それに帝国だけが国として存在しているこの世界の改革にもあるだろうから、ちゃんと考えて作らないと」


 私の言動が突拍子もなく映っているのだろう。もしくは、クルミのことを考えすぎておかしくなったとでも思っているかもしれない。


「ふふっ思い付きで国を作ろうなんて、すごいことを言いますね。そんなのじゃ、民衆はついてきませんよ」


 私の発言からしばらく、メニーが静かに笑い始める。


「なに? そんなにおかしい?」

「おかしいですよ。これから、独立国の設立なんて言う帝国への反逆とも取れる行為をするのですから、もっと考えないと。まぁ例え民衆がついてこなかったとしても、私はターちゃんについていきますけれどね」


 メニーが笑顔で告げる。それを受けて、私もまた小さく笑みを浮かべた。


「……ありがとう。メロンちゃん」




 *




 翌朝。

 私はメニーの隣で目を覚ます。彼女はいつも通り、私を抱き枕がわりにしている。

 いつもと違うのは、寝ている間に部屋に入ってきたらしいクルミが私を挟んで反対側で寝ていることだ。


「……どうしてこうなった」


 昨晩はクルミの今後のことについて話し合って、方針を決めてから眠ったはずだ。

 その時点では、クルミは隣のエミリーの部屋にいたはずで、彼女はそのまま眠っていたはずだ。


 しかし、実際に起きてみると、右側に私を抱き枕にしているメニー、左に簡素な服がはだけて半裸になっているクルミの姿があった。


 おそらくではあるが、彼女は夜中にトイレにでも行って、戻る部屋を間違え、ここにたどり着いたのだろう。


 彼女の寝相の悪さは島にいたときからなんとなく知ってはいたが、服がはだけている状況ともなると、少し目のやりどころに困ってしまう。


「……起きれない」


 とりあえず、起きて彼女の服を直そうと思ったが、メニーが抱きついているためにそれは叶わない。最近はメニーの体をどけて起きると言うことが出来ていたのだが、どういうわけか今日に限っていつもよりもしっかりと抱きつかれているためにそれは叶わない。


「……もう一眠りしましょうかしら」


 そんな状況下におかれた私がとった選択肢は現実逃避である。


 私はゆっくりと目をつぶって大きく深呼吸する。

 すると、メニーとクルミの匂いがいい具合に混じりあって、鼻孔に侵入してきて、二人との距離が近いことを感じさせる。


 眠る前に二人の寝顔を拝んでもいいかもしれない。


 そう考えた私は、目を開けて、ゆっくりと右を向く。

 そうすると、当然ながら目の前にはメニーの顔が至近距離で存在していて、彼女がすやすやと寝息をたてていることがわかる。


 次に左の方を見ると、こちらもまた気持ち良さそうに寝ているクルミの顔がある。こちらもまた、穏やかな顔で、静かに寝息を立てている。


 そこまで確認して、最後に私は天井を向く。


 メニーとクルミ。相容れないと思っていた二人に挟まれて寝ている。そんな小さな幸せを私はしっかりと噛み締める。


「……これからも、みんなで一緒にいようね」


 誰からも返事は返ってこない。


 しかし、私はそれでも満足して目を閉じて、眠りについた。

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