78.領主代理との交渉
「ちょっと! ターちゃん何やってるんですか!」
領主代理であるルーメンを気絶させてから数分。
ようやく状況を飲み込んだらしいメニーが声を上げる。
「えっ? 幼女に股間つぶされるって、ある意味ご褒美じゃない?」
「……いや、彼がそんな特殊性癖とは限らない……じゃなくて! こんなことして、使用人にでも見られたりしたらどうするんですか!」
「その辺は大丈夫でしょ。私みたいなかわいい女の子が男の人を気絶させるなんて思わないだろうし」
「かわいいって……自分で言いますか?」
私との会話に応じるメニーは完全にあきれ顔だ。
口にこそ出さないが、私が大丈夫だと思う根拠はもう一つある。
それは、ルーメンが人払いをしている可能性が高いという点だ。
邪魔な人物を排除するつもりが、どういうわけか他の領の領主の娘を火あぶりにしてしまい、その人物がひょっこりと姿を現したのだ。そんな経緯など、周りに聞かれたくないだろうし、生きている事情を聞き出して口止めの交渉をしている場面を使用人に見られたりすれば、口止めをするべき対象が増えてしまう。
もっとも、私の中で人払いがされているという確信が生まれたのは、料理がデザートまできっちりと並んでいて、給仕の人物の姿が全く見えなかった時点なのだが……
「でも、起きて人を呼ばれたら……」
「そんなことしないと思うわよ。仮にしたとしても、私たちは彼が隠したがっている秘密について暴露してしまえばいいでしょう?」
正直な話、私がいくら主張をしたところで信じてはもらえないだろうが、私が使用人たちの目の前で洗脳の魔法を行使して、彼の口から自白させてしまえばこちらの勝ちだ。
念には念を入れて、彼がルーメン・シチリその人であるという確認も本人の口を通して取ってあるから問題はないだろう。
「はぁ……私が当初聞いていた話と違うんですけれど」
「うん。なんかちょっとむかついたから」
確かに当初は言葉だけでじわじわと責める予定であった。しかし、彼があまりにも他人のせいにするから、話が進まないし、いざ私が追及する側に回って見せれば、どこまでも自分の保身を考えているその姿勢に憤りを覚えたので、男の急所を踏みつけてしまったのだ。もちろん、彼がしっかりと人払いをしていると考えての行動である。
「まぁあまり時間がかかりすぎると、使用人たちに怪しまれる、食べ終わったら起こすわよ」
「……これ以上変なことしないでくださいよ。巻き込まれるのは私たちなんですから」
「わかってるわかってるって」
わかっているといいつつも、起き上がった彼が騒ぎ出したり、自分の非を認めなかったりした暁にはもう一度気絶してもらったうえで、その辺の適当なひもを引きちぎって縛ってみてもいいかもしれない。
幸運なことにこの部屋の装飾はいろいろと凝っていて、彼を縛るためのひもに困ることはないので、ひもを探す手間もない。最も、絵画を吊るめだけのひもが大半のため、耐久性に欠けるかもしれないが……
私はいまだに起きないルーメンを見ながら、デザートのフルーツの盛り合わせを頬張る。
そして、ゆっくりとフルーツの盛り合わせを味わった後、私は再びルーメンの方へ向かい、水たまりを避けて彼の横までやっていく。
「ルーメンさーん。そろそろ起きてくださーい」
言いながら、私はペチペチと彼の頬を叩く。
しかし、彼が起きる気配はない。もう少し力を強めてみようか。
そう考えていたその時、ルーメンからうなり声をあげる。
少し待っていると、彼は重たい瞼を押し上げるようにゆっくりと目を開く。
「おや、お目覚めかしら?」
「ひぃぃ!」
私が横から顔をのぞかせると、彼は悲鳴を上げて壁に体を張り付ける。こんな美幼女がモーニングコールをしてあげているというのに何とも残念な反応だ。
「さて、改めて聞きますけれど……」
「いっ生け贄の件はすまなかった! 許せ!」
なんだか偉そうで気に入らない。私はその感情を隠すことなく吐露する。
「それが謝る態度ですか?」
「申し訳ありませんでした!」
これ以上の報復は避けたいと考えたのだろう。ルーメンはその場で深く頭を下げる。震えながら謝罪をするその恰好がなんとも滑稽で笑いそうになるが、私はそこをぐっとこらえて彼と対峙する。
「はい。謝罪の言葉は受けとりました。まぁ許すかはこれからのあなたの行動次第ですけれど」
「何をする気だ!」
「まぁそうなりますよね。本来だったら、あの一撃で済ませて良かったんですけれど、あなたにはやってもらいたいことがあるので」
私はそこで、ニヤリと笑う。いたずらっ子の笑みを目指してみているが、彼の目には悪魔のように映っているかもしれない。
「これ以上何を要求するんだ! 私が! 私が頭を下げただぞ!」
「だから?」
しかし、ルーメンがそれに応じてくれる気配はない。
「自分の意思で行動できるうちに行動した方がいいですよ」
「貴様の思い通りになど!」
「……洗脳の魔法。知ってますよね?」
ルーメンの顔が凍りつく。ようやく、誰と対峙していたのか思い出したらしい。
「……何をすればいい」
このままでは何をさせられるかわからない。おそらく、そう考えたのだろう。彼は私から要求を聞き出す姿勢を示す。
「さっすが。話がわかるわね。さて、それじゃあ本題なんだけど……」
そこから、私はルーメンにあるお願いをする。もちろん、強制力を持たせないために名前は呼ばないように気を付ける。
「わかったかしら?」
「あっあぁできる限りやってみる」
「えぇ。くれぐれもお願いします。もし、約束が果たされなかったら、民衆の前で洗いざらい話してもらうのでそのつもりで」
私は彼の頬に手を伸ばす。彼の肌はべたついていて、さわり心地のよいものではないが、とりあえずは気にしない。
「よろしくお願いしますね。領主代理」
私は語尾に音符でも付き添うなぐらい楽しそうな声で彼に語りかけた。
*
深夜。
辺りもすっかりと暗くなり、月明かりのみが町を照らす中、私はメニーとクルミを引き連れて町の大通りを歩いていた。
さすがにこの時間ともなると、人の往来もほとんどなく、馬車で通るのに四苦八苦したのが嘘のようだ。
「……そろそろかな」
先頭をきって歩く私は辺りを見ながら、小さな声でつぶやく。
「止まれ」
来た。
聞き覚えのある声に振り向くと、生け贄の件の実行犯であるアンドレが立っていて、その横にはルーメンともう一人小太りの男の姿がある。
おそらく、もう一人の小太りの男がヤニックだろう。
「ヤニック。返事をしなさい」
「……はい」
試しに名前を呼んでみると、予想通りの人物が返事をする。
その頃になると、私たちはすっかりと男たちに囲ませる。
「……どうして生きているかしらないが、お前たちを拘束させてもらう」
「拘束ね。それは……誰のはなしかしら?」
私がそういうと、男たちを囲むような形で衛兵たちが姿を現す。
「しまった! 罠か!」
ヤニックが声をあげる。が時はすでに遅く、決定的な場面を目撃した衛兵たちの手によってルーメンを除く男たちが取り押さえられる。
「ルーメン貴様! 裏切ったな!」
衛兵に押さえられているヤニックが声を張り上げる。
しかし、それにルーメンが答える気配はない。
私は、“離せ”だの“私を誰だと思っているんだ”だの叫んでいるヤニックの前に行って、しゃがんで彼の顔を覗きこむ。
「あなたもそれ?」
「当然だ! 私は大司祭だぞ!」
「はぁなんで権力って人をダメにするのかしら?」
あきれたものだ。この男もまた、自分の立場というものがわかっていないらしい。
「……今のうちにごめんなさいを言えば許してあげるわよ」
彼の頬を小刻みに叩きながら問いかける。
「そんなことするか!」
「そう。残念。じゃあ、制裁ね」
なぜ、誰も彼もすぐに謝ることをしないのだろうか? 私は手を離して立ち上がる。
「あなたには、明日民衆の前で洗いざらい話してもらうことにするわ。ほら、連れていって」
正直なところ、ルーメンと同じ目に遭わせたいところだったが、衛兵の前でそれをやれば、暴行の現行犯で捕まってしまう。
私は衛兵に立たされて、連れていかれる彼の背中を見て小さく息を吐く。
「さて、行きましょうか」
私はきびすを返して、メニーたちと護衛の衛兵を引き連れて宿に向けて歩き始めた。




