77.領主代理との対面
領主の館の置くにある食堂。
豪華な食事がおかれているその場所に私たちは案内された。
「これ、全部食べていいの?」
「いいけど、ちょっと待ってね。あーあと、出来ればお行儀よくしてくれるといいのだけど」
おそらく、見たこともないであろう豪華な料理を見て、クルミは口の端しからよだれを垂らしている。
前菜から主菜、デザートに至るまでフルコースできれいに並べられている料理は確かに魅力的だ。
「もーいってるそばから」
しかし、いくら魅力的な料理が並んでいても、さすがにこの場でそれはないだろうと考えた私は近くにあったナプキンで彼女の口元を拭く。
「よだれも我慢」
「はーい」
どう見ても彼女のほうが年上なのだが、こうやっていると、手間のかかる妹の世話でもしているような気分になる。メニーの名誉のためにいっておくと、胡桃は手間のかからない子だったと前世の母は語っている。
そんなことを考えている間にも、クルミは再びよだれを垂らしている。島での食事の状況を考えると、ナイフやフォークといった食器を使わずに手掴みで行きそうな勢いなので、食べ始めるまでに教えておく必要もあるだろう。
「いやぁお待たせして申し訳ない」
そんな私の思考を遮るような形で扉が開き、小太りの男が姿を現す。状況からして、彼が領主だろう。
「申し訳ない。兄は現在病床に伏せていてな。私は代理だ」
代理。ということは、彼は件の生け贄と首謀者の一人である領主の弟ルーメン・シチリだろう。
「そうですか。それでは仕方ありませんね」
「えぇあっ。どうぞ、お召し上がりください」
「ありがとうございます。それでは、いただきます」
ルーメンに進められるような形で、私やメニーたちは食事を取り始める。大方の予想通り、クルミの行儀が悪いのだが、これに関しては少しずつ教えていくしかないだろう。
「クルミ。フォークを使って食べるの」
「フォーク?」
「そう。これ」
とりあえず、手掴みだけはやめさせようと考えて、彼女にフォークを渡す。ひとまずはこれで十分だろう。
「それで、本題ですけれど」
「生け贄の件ですよね。この度は我々の警備が甘いせいでとんだご迷惑をかけました」
白々しい。
アンドレから大体の情報を聞き出している私からすれば、彼の言葉の一つ一つが嘘に聞こえてくる。
彼としては、自分は関与していない。会場に乱入した男たちが勝手にやったことだと言いたいのだろう。だからそこ、警備が甘かったから、今回の事態が起きたという言い訳に繋がるのだろう。
私としては、すぐにでも言い返したいところだったが、そこはグッと押さえて笑顔を浮かべる。
「あれは仕方ないことだと思いますよ。人数も多いですし、予測はされていなかったのでしょう?」
「はい。あのような生け贄を強行する過激派がいたことは把握していたのですが、あのような強行手段に出るとは思っていませんでした。それに過激派の仕業とはいえ、神聖な儀式が始まれば手出しはできないですし……」
何が神聖な儀式だ。私が受けたのは儀式でもなんでもなく、ただの処刑だ。
心のそこから沸いてくるいろいろな感情を押さえつつ、笑顔を保ち続ける。
「……そうだ。お名前を聞いていませんでしたね。改めまして、私はターシャ・アリゼラッテ。私の横に座る人間の子がメニー・メロエッテ。最後に獣人の子がクルミです」
「これはこれはご丁寧に……私は……」
名乗ろうとしたところで、ルーメンは動きを止める。
「どうかしましたか?」
「あぁいや、失礼かもしれないけれど、名乗るのは遠慮させてもらうよ」
おそらく、彼は名乗ろうとしたところで、私の洗脳の魔法が頭の中をよぎったのかもしれない。
一般人ならともかく、領主代理ともなれば、アリゼラッテ家の人間がもつ固有の魔法についての知識があってもおかしくはない。
「……そうなりますよね。私はアリゼラッテ家の人間ですから」
私は少し落ち込んだような曖昧な笑みを浮かべる。
領主に何人も兄弟がいて、彼がその中の一人。とかでなければ、彼の名前は知っているし、仮に彼がルーメンでないとすれば、適当な理由をつけて、ここに呼び出してもらえばいいだろう。
「……そういえばですね」
「……何がほしい」
「はい?」
名前の話題をさっさと切り上げて、次の話しをしようとした私の言葉をルーメンが遮る。
「保証の話だ。何を渡せば、今回の件をアリゼラッテ家を含めた周囲に口外しないと約束をしてもらえるかと聞いているんだ」
「……あら、警備の甘さが露呈するのがそんなに嫌ですか?」
私はわざとらしく聞いてみる。おそらく、彼はなぜ、私が生きているかという点について考えているはずだ。その理由は至極単純に私が不老不死だからなのだが、常人がその考えに至ることはまずない。
その考えに至らない限りは、儀式に際して、予定通りの方法を取らなかったにも関わらず、予定通りに終わったと虚偽の報告をされていると思っているのだろう。
「あっあぁそうだ。他の領の娘を巻き込んだなどと……」
「それとも」
ニヤリと笑って、ルーメンの言葉を遮る。
「私を火炙りにしたことかしら?」
言った瞬間、彼は目をこれでもかというほどに丸くし、口をパクパクとさせて崩れ落ちる。
「痛かったんですよ。熱い炎で焼かれて、焼きただれて、ただれたところをさらに焼かれて……」
ゆらりと私は立ち上がり、椅子を使って机の上に上がって、ルーメンの前まで歩いていく。少々お行儀が悪いが、最短ルートがこれしかなかったので、仕方ないだろう。
「ひっやめろ! やめてくれ!」
堂々と正面から、生きて入ってきたのに、幽霊でも見ているような反応だ。
机の上を通り抜けると、ピョンと床に降りて、じりじりと迫っていく。ルーメンはさらに後ろに下がろうとするが、彼の後ろには壁があるため、これ以上の交代を許さない。
「……あなたの名前は?」
「ルッルーメン。ルーメン・シチリだ。頼む! 許してくれ! 私は悪くない! 悪いのは!」
「悪いのは?」
「……メーラ! メーラだ! 教会の巫女のメーラが悪いんだ! やつが過激派を使って!」
この期に及んで、まだ他人に罪を擦り付けようとしているらしい。
「ふーん。おかしいな。私がアンドレを洗脳して聞き出した名前はあなたとヤニックっていう人だったけど」
言いながら、さらに足を進め、彼の目の前まで進む。
すると、足の裏にちょうど水溜まりを踏んだような感触がする。
彼の顔から視界を外して、足元を見ると、彼の股間を中心に小さな洪水が起こっていた。
「……きたない」
私は素直な感想をのべて足をあげる。靴を履いていたから良かったものの、裸足だったら、悲惨な状況に陥るところだった。
「……それで? 私に何を黙っていてほしいのかしら?」
「おっお願いだ。俺が、俺が関わっていたことは伏せてくれ! ヤニックが全部やったことに!」
私は右足を洪水の発生源にのせる。
「ひっ! やっやめろ! こんなことして、ただですむと思っているのか!」
「この期に及んでまだそれ? まずは……」
右足をゆっくりとあげる。
「ごめんなさいでしょうが!」
私はそのまま勢いをつけて、(獣人の力込みで)思い切り彼の股間を踏みつける。
自称かわいい幼女の蹴りを食らった彼は声にならない呻き声をあげて、そのまま倒れ混む。
「あちゃーちょっとやり過ぎたかな」
中身が男である私としては、彼の男の象徴が使えなくなるかもしれないという不安に陥るが、そんなことは私の知ったことじゃない。
気絶している彼を目の前にして、私はパンパンと手をはたく。
「はースッキリした。さて、食事に戻りましょうか」
私はちゃんと、机の周囲を周り、呆然とした様子のメニーと食事に夢中になっているクルミの間にある自分の席について食事を取り始める。
「うん。あんな領主代理が振る舞うわりにはいい味じゃない」
私は満足げに呟いて、泡を吹いて気絶しているルーメンを見ながら、何日ぶりかのまともな食事を楽しんだ。




