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66.ラメールの生け贄

 男たちが会場を占拠してから約一時間。男たちによる生け贄の選定はいまだに続いていた。


 リーダー格の男が言うには、生け贄の条件は幼い女の子供であることらしく、私たちはまさしく条件に当てはまってしまっている。


 そんな私たちは、現在男たちの指示にしたがって、舞台の上に並べられている。


 結局のところ、リーダーの男の独断で生け贄が選ばれるわけだが、果たして彼らはそれでいいのだろうか? いや、それ以前にこの町の警備体制に疑問を投げ掛けたい。これほどの事態が起こっていながら、今のところ、衛兵の姿は見当たらない。


 もしかしたら、この男たちの頭はシチリ領の上層部と繋がっていたりするのだろうか?


「……まぁそんなことはともかく、せめて、名前がわかればな……」


 名前。それさえわかれば、手はないことはない。もっとも、後でメニーだったり、エミリーにしこたま怒られる覚悟が必要になってくるだろうが……


「……ねぇメロンちゃん」

「何ですか?」


 私はわざと大きな声でメニーに話しかける。メニーは眉を少し潜めるが、同じく大きめの声で会話に応じてくれる。


「私たちを生け贄に選ぶような敬虔な信徒の名前ぐらい覚えておきたいな。なんて思わない?」

「ちょっと、ターシャ様……何を……」


 私の言葉に対して、サントルは困惑の色を見せるが、メニーは私の意図を察したらしく、そのまま会話に応じてくれる。


「そうですわねー生け贄の子はやはり、あの方の名前ぐらいの手土産を持つべきですよね」


 メニーの言葉にリーダー格の男が反応する。


 どうやら、うまくいっているらしい。男は私たちの方までやって来ると、仁王立ちで前にたつ。


「……そうか。それもそうだな。俺の名前はアンドレ。ラメール様の信徒である」

「……アンドレさんですか。そうだ。せっかく名乗ってもらったので……」


 こんなにうまく行くとは思わなかった。私は口を少し歪ませる。その行動にアンドレは違和感を覚えたのか、首をかしげるがすでに手遅れだ。


 私は周りの男たちに聞こえないように声量を小さくして命令する。


「アンドレ。いつも通りに振る舞いながら、私を生け贄に選びなさい。そして、儀式が終わるまで、私の指示にしたがいなさい」


 メニーとサントルがぎょっとした表情を浮かべているが、私は気にすることなくアンドレの方をじっと見つめる。


 そんな時間が少しだけ続き、やがてアンドレは私の首根っこをつかんで持ち上げる。


「決めた。生け贄は貴様だ」


 唐突な生け贄宣言に会場がざわつくが、止めようとする人間がいないあたり、この町の人たちは……いや、この国の人たちは少なからず生け贄が悪いことだとは思っていないのかもしれない。


 私はそんな会場に対して、いかにも死の恐怖を前にして怯えているような演技をしながら、舞台袖へと連れていかれた。




 *




「……おい。準備は進んでいるか?」



 後ろ手を縛られて座らされている私の前でリーダーのアンドレが周りに声をかける。


「へい。準備は進んでますぜ」


 それにしてもだ。彼らはラメールの敬虔な信徒と名乗っていたが、言動は完全に盗賊のそれに近い印象を受ける。


 そのせいか、実は生け贄を選ぶ振りをして、幼女の誘拐を企んでいる輩ではないかと一抹の不安を覚えるが、その時はその時でなんとかする他ないだろう。


「アンドレ。人払いをして」


 私はアンドレにすら聞こえるかどうか怪しい声量で声をかける。


「……そうか。ならいい。こいつと話がある。少し席をはずせ」

「はっ!」


 アンドレが私の術中下にあるなどと、知るはずもない部下たちはアンドレと私を残して去っていく。


 私は部下たちが去っていくのを見送ってから、アンドレに声をかける。


「……アンドレ。今から私の質問に正直に答えなさい」

「おう。いいだろう」


 普段通りにという言葉がまだ有効らしく、まだ態度はでかいが、むしろ好都合だろう。

 私は構わず質問を続ける。


「一つ目。あなたたちの目的は?」

「ある方の意向に従い、ラメール様に生け贄を捧げることだ」


 ここは間違っていないらしい。私は次の質問をぶつける。


「それは誰の意思? 教会? 巫女? それとも、領主?」

「……巫女を除くラメール様の教会とシチリ領の上層部だ」

「あなたは単なる実行役で、裏では教会や領の上層部が手を引いていると」


 呆れたものだ。だからそこ、いつまでたっても衛兵は動かないのだろう。今ごろは、私以外の人たちは解放されているのだろうが、その人たちが衛兵に訴えかけたところで、事態は解決されずに生け贄の儀式は実行されるのだろう。なんとも、気分のよくない話だ。


「首謀者の名前と肩書きは?」

「領主の弟のルーメン・シチリ。シチリ大教会の司祭であるヤニックだ」

「ルーメンにヤニックね。覚えたわ。そうね。最後にもう一つ聞くけれど……生け贄ってどういう風に捧げられるの?」


 首謀者とかは興味本意からの質問だが、これは一番大事な質問である。なぜなら、私は死んだ振りをして逃げなければいけないのだ。その方法を考えるためにも重要な過程であるとも言える。


「生け贄は聖なる炎で焼かれ、その灰を母なる海にばらまくことによって捧げれる。以上だ」


 わー非常に残酷かつシンプルである。というか、火炙りにしてしまった時点で死んでしまうので“生け”贄ではないような気もするのだが、いろいろと大丈夫だろか?


 正直な話、海に突き落とされるぐらいのことを期待していたのだが、完全に期待はずれである。というか、非常にまずい。


 普通の子供なら、想像を絶する苦痛を一定時間味わうことになるわけで、それだけでも全力で拒否をしたいところだが、私の場合はほぼ間違いなく焼けた部位から再生していくので、焼かれる。再生する。焼かれる。再生する。という繰り返しに乗る可能性が高い。そんなことになれば、死んだ振り作戦どころではないし、私は非常に長い時間苦痛にさらされることになる。


「……仕方ない。あれやるか」


 私はため息混じりにつぶやく。正直な話、ルーチェからいくつかの力を授かったとき、いつ使えばいいのかわからないものがあったのだが、どうやら、そのうちの一つの使い時らしい。


「……アンドレ。人払いはもういいわ。みんなを戻して」

「……おい。戻って準備を続けろ」


 アンドレが声をかけると、彼の部下たちが戻ってくる。

 アンドレ以外は洗脳されていないので、私は塩らしく落ち込む子供の演技を再開する。


「……俺はあの方と話をしてくる」


 その直後、アンドレはそれだけ言い残して、一旦その場から立ち去る。


「しかし、生け贄が中断されてから2年だが……」

「……まさかやり方から変えて再開するとは思わなかったな」


 彼が立ち去ると同時に彼の部下たちが雑談を始める。先程まで、何もしゃべらずに黙々と作業をしていたのとは対照的だ。


「……やり方が違うってどういうこと?」

「本来は生け贄が海に飛び込むだけの話だったんだよ。それがどういうわけか灰を撒くって話に変わっていてな……というか、お前はしゃべるな」

「……すみません」


 中断されたのがわずか二年前というのも少々驚きだが、そもそもやり方から変えているというのはもっと驚きだ。いったい何を思って、生け贄が直接飛び込む方式から生け贄を焼いて灰を撒く方式に変更したのだろうか?


 ここまで来ると、生け贄と称して特定の誰かを選び、その人物を確実に殺すためにそうしているとしか思えない。


 どうせなら、アンドレに本来の生け贄を聞いておくべきだったかもしれない。

 そもそも、あの生け贄の選定が結果ありきだったら、今ごろアンドレは首謀者に怒られているのではないだろうか? その時に彼が理由をうまく説明できなかったとしても、私が追い出されて、本来の生け贄が再選定されるということはないだろうが、一抹の不安は残る。


 私は少なからず後悔を抱きながら、小さくため息をついた。

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