65.シチリの祭り
プライベートビーチで夕方あたりまで遊んでいた私たちは、宿で少し休息をとってから宿を出て近くの通りを歩いていた。
「それにしても、こんな時間だっていうのに人が多いね」
「……馬車の中で調べていたんですけれどね。今日は一年に一回、一週間の期間で開催されるシチリ祭りの初日らしいですよ」
私が人の多さについて言及をすると、すかさずメニーから解説が入る。
「なるほどね……」
今日は祭りの日だから夜になっても出ている人がいるのか。
そう考えると、馬車で来るときの人の多さも祭りの影響なのかもしれない。
「もしかして、私たちはその祭りの会場に向かっているの?」
「はい。そうなります……って合宿所を出るときに言いませんでしたっけ?」
「いや、聞いてないよ」
「あー確かに出掛けようぐらいしかいってなかった気がしますね」
そもそも、馬車の中での話し合いに参加していない私は今回の旅行の細かい日程を把握していない。
そのため、ただ単に出掛けようと誘われたときも周囲を散歩するぐらいの話かと思っていたほどだ。
「祭りねーどんなお祭りなんだろう」
「なんでも、もとは豊漁を願うお祭りらしくて、この周辺の海で採れた魚が振る舞われたり、豊漁を願う躍りが披露されたりするそうですよ」
「なるほどね……つまり、今からそれを見に行くと?」
「はい。二人で話し合って、ぜひとも見てみたいなと思いまして。エミリー先生も同意済みですよ」
どうやら、メニーとサントルの間で立てられた計画はすでにエミリーの許可を得ているらしい。
それなら、私はその計画に沿って楽しんでいるだけでいいということなのだろう。
「それで……その踊りの会場っていうのは近くにあるの?」
「はい。このあたりにあるみたいですよ」
私の疑問に答えるのはサントルだ。
どうやら、二人で建てた計画は完ぺきのようだ。会場の場所までしっかりと抑えられているのなら、あとはついていくだけでいいだろう。
私は少しの間だけ歩調を緩めてメニーの斜め後ろを歩く。
「どうしたの? ターちゃん」
「二人が目的地がどこかわかっているなら、その少し後ろを歩こうかと」
「そうですか。別にいいですけれど、はぐれないように気を付けてくださいね。シャルロシティの一件もありますし、突然いなくなったりしないでくださいよ」
「わかってるって」
メニーの頭の中にあるのは、シャルロシティで私がはぐれて迷子になった事件のことだろう。あの時は本当に大変だった……ような気がしている。私としてはところどころ覚えていないところがあるし、捜索側の話を聞けていないので、どれ程大変だったかよくわかっていないのだが……
「とにかく、迷子にならないように気を付けてくださいね」
メニーから手が差し出される。要は迷子にならないように手を繋げと言うことなのこも知れない。
「……わかってるわよ」
私だって好きで迷子になったわけではない。そう思いつつも、私はメニーの手を取って横に並ぶ。
「どんな踊りが披露されるんですかね」
「さぁどうだろ? 楽しみだね」
私とメニーはお互いにこれから見る踊りがどんなものなのか予想をしながら、祭りの会場へ向けて歩いていった。
*
「……すごい人ね」
私の口から思わずそんな言葉が漏れる。
場所は祭りのメイン会場のひとつである踊りが披露される広場だ。
百年以上の歴史があると言われている豊漁踊りはこの町の伝統であると同時に誇りでもあるのだという。
そんな豊漁踊りを一目見ようと集まった人たちは広い広場を埋めつくし、踊りが始まるのを今か今かと待ちわびている。
「あっ始まるみたいですよ」
背の低い子供たちも見れるようにと用意された子供用の高い台座の上からサントルが声をあげる。
「えっ本当? 急がないと」
それなら少し遅れて、私とメニーも台座に上がる。
「はい。これ。場所取りありがとう」
「どういたしまして」
会場についた私たちは二手に別れて行動していた。
場所取り担当のエミリーとサントルはそれぞれ子供用の台座の近くとその上に陣取り、その間に私とメニーが踊りを見る間に食べる料理を探していたのだ。
「とりあえず、スリミー棒とか言うのを買ってきたから、みんなで食べよう」
私は白くて丸っこい台形をピンクで縁取りした練物(というか、ただのかまぼこ)を軽く焼いて、太めの木の棒を指しただけのシンプルな料理をサントルに差し出す。
「スリミー棒ですか。初めてみました」
「うん。私も初めて見た。エミリー先生もどうぞ」
私は台座から精一杯手を伸ばして、エミリーにもスリミー棒を渡す。
「すまないな」
エミリーはスリミー棒を受けとると、そのままそれを食べ始める。
「……久しぶりに食べたが、やはりスリミー棒は上手いな」
どうやら、エミリーはスリミー棒を食べたことがあるらしい。
私はスリミー棒を味わうエミリーを横目に見ながら自信もスリミー棒を食べ始める。
「……これは……」
食感、味共に完全にかまぼこである。
しかし、この世界では味わったことのない味と食感であることは確かなので、頑張ってそれっぽい感想を述べる。
「……うーん。なんだろう。初めて食べる感じ……」
結局、背一杯考えた感想がこれである。
「……そうですね。この独特の弾力とほのかな甘味……初めて食べる感じです」
かまぼこみたいで面白いという理由でこれを選んだメニーも答えに窮している感じだ。
ある意味で当然だろう。見た目が似てるだけで、味が全然違うとかそういったところを期待来ていたのに味も食感も完全に前世の記憶にあるかまぼこなのだから、コメントがとてもしにくくて仕方がない。
だが、せっかく買ってきたのに無言で食べ続けるというのもつまらないので、私たちは無理矢理食レポ(よくよく考えれば、誰かに感想を伝える必要はないため、必要性の面で見れば、やる理由は皆無なのだが)を続ける。
「でも、このなんとも言えない食感……」
「……なんというか難しいけれど、おいしいですね」
私とメニーがちょっと無理のある食レポを続ける中、踊りのメイン会場の方から号砲が響く。
それとほぼ同じくして、黒い服を着た男たちが勢いよく壇上に上がっていく。
「……どうやら、始まるみたいですね」
サントルが目を輝かせながら言う。
「……ねぇターちゃん」
その横でメニーが私に耳打ちする。
「なんか様子がおかしくない?」
「……うん。確かに」
会場の中には男たちに声援を送っている人たちもいるのだが、どちらかも言うとざわざわしているという印象を受ける。
私たちの近くからも、“あんな踊り子いたのか?”などという声が聞こえてくるぐらいだ。おそらく、祭りのことを知っている人からすれば、奇妙な光景なのかもしれない。
周りを見てみれば、踊りの会場をぐるりと取り囲むように男たちが立っていた。
あっこれはいろいろな意味でまずいことになったかも。
私がそう思った頃には舞台の中心にリーダー格だと思われる男が立っていた。
「この会場のやつらに告ぐ。この広場は我々が占拠した。おとなしく指示に従え!」
男が告げると、いよいよ全員が異常事態が発生したと察したらしく、ざわつきが大きくなる。
「静かにしろ!」
しかし、そんなざわつきも男の一言で封殺される。
何が起こったのか。誰一人として、状況を理解しきれずに静まり返る。
「我々は母なる海の神ラメール様の信徒である。これより、豊漁を願うための生け贄を選定する。全員その場で動くな!」
男の言葉で会場に再びざわつきが戻る。
「生け贄って……どうして……」
「もともと、この祭りは海の神であるラメールへ生け贄を捧げるための踊りをしていたというのが始まりだと聞いたことがある。男たちは、おそらくそれのことをいっているのだろう」
サントルの言葉に対して、エミリーの手短な解説が入る。
「……しかし、この祭りでの生け贄はラメール様の巫女が必要ないと告げてから禁止されているはずだ。あの男たちはどうして……」
「おそらく、その巫女の言葉を信じずに生け贄が必要だと考えているんじゃないの? 例えば、魚があまり採れなくなったとかで」
「……そういう考え方もできるか」
私が自分なりの考えを述べると、エミリーは納得が言ったらしく小さくうなづく。
「なるほど。そう言われると、確かにそうかもしれないな」
いずれにしても、この状況はまずい。何とかしなければ、生け贄と称した犠牲者が出る。しかし、不老不死なだけのただの幼女である私は何も手出しすることができない。
私は固唾を飲んで、会場の状況を見守っていた。




