閑話 メニーの独白
すっかりと泣き疲れて、眠ってしまったターシャの頭を撫でながら、メニーは小さく笑みを浮かべる。
朝、彼女が不老不死になったかどうか試すといって、心臓にナイフを突き立てようとしたときは、ターシャの精神がおかしくなってしまったのではないかと思い、心臓が飛び出るぐらいに怖かった。
それと同時に、ターシャがターシャでなくなっていってしまうのではないかという不安がメニーの中で広がっていった。
だからこそ、メニー・メロエッテという存在をアピールするためにあえて手伝ったのだ。その結果は……最悪なものだ。おそらく、メニーはターシャを刺したときの感触を、抜いたときの吹き出した血を、自分に降りかかった返り血の暖かさを生涯忘れることはないだろう。
そう思える程度には衝撃的な体験だった。
そのあとは、血だまりの中で泣きそうになっていたターシャを何とか慰めてから、学校へ向かい、メリーの協力も得て周りへの状況説明に回った。
最初こそ、エミリーも周りの先生たちも、もっと言えば同級生たちも信じてくれなかったが、とにかく、不老不死になったことによって心に傷を負っているからしばらくの間、部屋から出られないかもしれないと説明して回った。
正直な話、ターシャに無断でこの話をしてしまってよいものだろうかとも思ったが、今のターシャにその判断を委ねるのはあまりにも酷だし、ターシャは間違いなく周りに黙っているという手を使うだろう。
ここにいる年数がもっと少なければ、成長が少し遅い子供。ぐらいで済まされるかもしれないが、卒業が近づくにつれて彼女の成長が止まったことはどんどんと不自然になっていく。そうして、成長が遅い理由をいろいろと勘繰られた挙句、最後は自ら不老不死になっていたと告白することになる。
結局、将来的に隠せるはずがないのだから、今のうちから公表しておいて、変に勘繰られないようにした方がいいとメニーは判断したのだ。
後でターシャから反発があるかもしれないが、それでも、この公表は必要なことだとメニーは思って必死に説明をして回った。
その結果、教師陣からは経過観察の結果、そのような傾向がみられるのなら認めるという日和見的な回答を得、同級生たちからも動揺はありながらもある程度の理解を得ることはできた。もっとも、全員が全員理解して納得しているわけではなかったが……
そのあと、部屋で一人待っていたターシャに寄り添い続け、ターシャのことを心配して部屋を訪れた人たちの対応をした後、メニーが自分のしたことを正直に話したら、部屋を追い出された……らしい。
らしいというのは、そのあたりの記憶がごっそりと抜け落ちているからだ。ただ、夜になって部屋の外で立っていたことを考えると、ターシャが洗脳の魔法を使ってメニーを部屋の外に追い出したと考えるのが自然だろう。
部屋に戻った後、メニーはじっくりと今後について話をして、そこで疑惑は確信に変わる。
それは、ターシャはが不老不死のことを周りに話したくないと思っていることだ。
家族に不老不死のことを伝えるべきだという話をしたとき、明らかにターシャは動揺していたし、できればそれを避けたがっているように見えた。
そもそも、半ば事故のような形で不老不死になってから日が浅いので多少なら動揺しているということはわからないでもないのだが、家族に手紙を書くべきだという話をしたときの動揺ぶりは相当なものがあった。
ターシャとその家族の関係については、メニーはよくわかっていないが、普段のターシャの言動からして、あまり仲がいいような印象は受けない。いや、正確に言えば、接触している時間が少なかったというべきだろうか?
ターシャの身の回りの世話は使用人たちがしていたというあたりまではよくある話だが、食事の時から風呂に入る時まで、基本的に家族と一緒ということはなく、家族の代わり……なのかわからないが、使用人とそういった時間を過ごしていた傾向にあるようだ。
そのあたりから推測すると、何かしらの理由からアリゼラッテ家はターシャを自らの一族から遠ざけけていたのではないだろうか? その理由が何かまではわからないが、彼女の話から察せられる家族との交流の希薄さは異常だというほかない。
だからこそ、彼女は接した機会の少ない家族にこの事を伝えるのをためらっているのかもしれない。
そのあとは……メニーはターシャの気を紛らわして、ターシャの精神が安定するように努めようとした。
しかし、考えれな考えるほど、メニーの中での不安は大きくなっていった。
このまま、ターシャがどこかに行ってしまうのではないか? 朝起きたら、ターシャの姿がなくなっているのではないか?
そう思えるほどに、今のターシャは不安定で儚く見えた。
だからこそ、メニーはターシャを失わないためにターシャをこの場所に縛り付けておく方法を考え始めていた。
最初は、自分を好きにしていいから、この場に留まってほしいというつもりだった。
しかし、途中までいいかけたものの、そこまでいう勇気はメニーにはなかった。
単純に覚悟が足りなかったのかもしれない。今のターシャがどういう行動に出るか予想できなかったし、あまりやり過ぎると逆に彼女を失う可能性もあったからだ。
そこから転じて、メニーはターシャの恋人になるという選択肢を取ることにした。幸か不幸か、この世界では同性同士での結婚が認められている。
正直な話、前々からメニーはターシャのことが気になっていて、一緒にお風呂に入ったり、添い寝をしたりしていたのだが、自分の中での好きが、恋人的なものなのか、友達的なものなのかはハッキリとしていない。
そんなメニーの心情はともかくとして、メニーからして一か八かの賭けだった告白であるが、結果的にターシャはメニーの手を取ったので、とりあえずは成功だと言えるだろう。
問題はこれからだ。ターシャは不安定なままであるし、メニーの中の気持ちもいまいちハッキリとしていないところがある。
二人の恋人としての、もっと言えば、その先の夫婦としての関係はゆっくりと築いていけばいいので、まずはターシャの精神を安定させる方が先決だろう。
「……これから、よろしくお願いしますね。ターちゃん」
メニーは小さな声で語りかけながらターシャの頭を撫でる。
あの告白は彼女の目にはどう写ったのだろうか? 弱味に漬け込んで、自らの野望を達しようと見えただろうか? それとも、ただ単に意味がわからないと思ったかもしれない。それでも、彼女が手をとってくれたという事実には確かに存在していて、それはある意味で見えない鎖となってこの先、ターシャをメニーのそばに縛り付けることになるのだろう。
「……そろそろ、私も寝ましょうか」
そこまで考えたところで、メニーは就寝の準備をするためにいったんターシャのそばを離れようとした。
「……待って」
しかし、その行動はターシャが手をつかんだことによって阻止をされる。どうやら、寝ているように見えていただけで、寝ていなかったらしい。いや、それとも、起こしてしまったのだろうか?
「居なくならないで」
真偽のほどは定かではないが、ターシャの要望に答えて、メニーは再びベッドに腰かける。
「……ターちゃんは甘えん坊ですね」
「……静かに頭撫でてて」
「はいはい」
ターシャのわがままの応じて、メニーは再びターシャの頭を撫でる。
朝、ターシャをナイフで刺したその手で、彼女の頭を撫でているというのは、とても不思議な感覚だ。
その後、メニーはターシャが眠りにつくまで、その頭をなで続けていた。




