60.メニーの告白
夜。
一通り泣き張らした私は、メニーを部屋の中に戻し、彼女と今後のことについての話を始めていた。
端的に内容をまとめると、エミリー始め学園側は話の真理はこれからわかることなので、一旦置いておくとして、私が普通に学校生活を送れるように努力をするという解答があったらしい。
続いて、クラスメイトたちであるが、こちらに関しても一定の動揺を見せながらも、普通に接するように勤めるとのことだ。教師陣だけではなく、クラスメイトにまで話をしたのはいかがなものかと言いたいところだが、今ごろ文句を言っても意味はないだろう。
最後にアリゼラッテ家であるが、こちらに関してはまだ、なにもアクションを起こしていない。手紙を出すにしても、ターシャが自ら書いた方がいいとの判断がされたとのことだ。
「……それだけのことをするんだったら、事前に相談してほしかったんだけど」
私が文句をいうと、メニーは申し訳なさそうに目を伏せる。
「すみません。でも、なるべく早くターちゃんが馴染めるようにと思いまして……」
メニーのいうことはわからないでもない。わからないでもないのだが、どうも納得が行かない。
「……はぁまぁ過ぎたものはしょうがないし、次の話をしましょうか」
納得はいかなくても、これ以上の議論は不毛なだけだ。私は次の議題を促す。
「えっと、はい。次にアリゼラッテ家にどう伝えるかということですが……」
「それは手紙で伝えるしかないだろうけれど、どうやって書くかってところかしら?」
「ですね。取り急ぎ、不老不死のことだけ書いて、反応を見てみるのはどうでしょうか?」
正直なところ、ここが一番接触が無さすぎて、反応が読めないので怖いところがある。下手をすれば、学校から連れ戻されて幽閉なんてことがあるのではないかとすら、思う程度にはだ。
「……やっぱり、家族に伝えるのは怖いですか?」
私がすっかりと黙ってしまったことで心配したのか、メニーから声がかかる。
「大丈夫。そこは私が何とかするから」
家族との交流が薄いゆえにどうしても不安になってしまう。しかし、いきなり成長していない状況で帰るよりも、事前に手紙で事情だけでも説明しておくべきだろう。信じてもらえるかは別として。
「……とりあえず、落ち着いたら手紙を書いてみるね」
今すぐには書けない。暗にそういいながら、私は天井を仰ぐ。
朝、自らの心臓にナイフを突き立てたとき、これほどの痛みを経験しても、死ぬことが出来ないのだと実感してしまった。もし、そんな状況で拷問でもされたら……もっというなら、処刑されるようなことになったらどうなってしまうのだろうか?
その答えは決まってきて、普通なら死ぬような痛みを何度も味わうことになるのだろう。
そんなことは想像したくもない。
同様にどこかに閉じ込められたりしても最悪だ。
だからこそ、私はそういった出来事に会うようなことを避ける必要がある。
「とりあえず、明日からはなるべく普通に過ごせるといいな」
「……普通……普通ですか」
私の発した普通という言葉をメニーは反芻する。
ここでいう普通というのは二つあって、一つはいつもの日常に戻るということ、もう一つは、子供から大人に成長していくことだ。私の場合、精神は成長する余地はあるかもしれないが、身体の成長の可能性は完全にゼロだ。おそらく、体力的なものもそうだろう。
だから、今の身体能力で出来ないことは今後も出来ないし、出来るようになることもないだろう。成長をしないというのはそういうことだ。
「……ねぇメロンちゃん」
「……はい」
「……これから、どうなるんだろうね」
私の中にあるのは漠然とした、しかし、大きな不安だ。
「……それは……」
私の質問に対して、メニーは言葉をつまらせる。当然だろう。私が感じている不安など、彼女にはかり知れるわけがないのだから。
「……ターちゃん。とりあえず、一旦この話を終わりにして……ほら、気晴らしに何かしましょう? その、今の不安を忘れられるような何かを……」
メニーとしてはこれ以上、この話題が続いて私が自棄になったりしたらいけないと考えたのかもしれない。
「うん。それで? 何をする?」
何はともあれ、今の私からしたら魅力的な提案であることには間違いない。
「えっと……そうですね……」
メニーが私から視線をそらして、天井を仰ぐ。
おそらく、ほぼノープランで私に話を持ちかけたのだろう。
「一通りゲームはやったしな……かといって、お話をするにもちょっとあれですし……」
メニーはあれでもない。これでもないとつぶやきながら、思考を巡らせて行き、やがて動きを止める。
「……あの。お兄ちゃん。その、ちょっと、お願いしたいことが……その、ありまして」
「んっ? 何?」
本日二回目のお兄ちゃん呼びに私は少し身構えてしまう。別にメニーが変な要求をするとは限らないのだが、なんとなく、なんとなくではあるが、嫌な予感がした。
「……あーいや、やっぱりいいです。忘れてください」
しかし、メニーは発言を撤回し、私の嫌な予感はとりあえずなくなる。
彼女の雰囲気からして、口に出していたら、それなりにまずい事態が起こっていた可能性もある。
そこまで考えて、ホッとしていると唐突にメニーの手によって抱き寄せられる。
「……やっぱり、我慢できないかも」
どうやら、災難は去っていなかったらしい。私の背中を悪寒が走る。
「ねぇお兄ちゃん。私が好きだったものって覚えてる?」
「えっ? それはその……小さくてかわいいものだろ? よく覚えてるよ」
努めて、この世界で身に付いたターシャではなく、陸人として接する。なぜだが、そうしなければならない気がしたからだ。
「はい。その通りです。私、大好きだったんですよ」
これ以上は聞いては行けない。脳内でけたたましく警戒音が鳴り響くが、私は口を開いてしまう。
「……何が?」
メニーは私から体を離して、小さく笑みを浮かべる。
「ターちゃんです。私は、ターシャ・アリゼラッテのすべてが大好きです。その、こう言うことを言うのはターちゃんが成長してからと決めていたのですけれど、そう言うのがなくなってしまったので……それに、私の大好きなターちゃんは私の大好きなお兄ちゃんでもありますから」
「えっあぁうん。私が愛されてるのはわかった。えっと、その……」
前世の妹兼同性の友達からの告白に私は上手く反応することが出来ない。
「……ですからね。女神様が羨ましかったんです」
「……それってどういうこと?」
これ以上は聞いては行けない。そう思いながらも、私は彼女との会話に応じ続ける。
「体液。体液の接種です。いけないいけないとは思いつつも、少し嫉妬してしまいました。別にあれと同じことをやってほしいとは言わないですよ。ただ、その……なんというか、私が生きている間はなるべくそばにいたいんです。なので、私と結婚を前提にお付き合いしてください!」
私の不安を払拭させるという目的はどこにいったのだろうか? 意味がわからない。なぜ、このタイミングなのだろうか?
しかし、なぜか私は目の前に差し出された手を振り払うことが出来なかった。
「うん。わかった」
メニーがこの先、どれだけの期間を生きてくれるのかはわからない。でも、出来る限り一緒にいるという誘い文句が、大事な判断を鈍らせるほど魅力的に感じてしまったのだ。
私は返事をしてから、静かにメニーを抱き寄せる。
そして、本日何度目かの涙を静かに流した。




