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閑話 それぞれの休日、夜の話(メリー編)

「……ルーチェ。どうせその辺で見てるんでしょう? 出てきて」


 メリーは部屋に帰るなり声を上げる。しかし、返事はない。


「ちよっとルーチェ! ルーチェ!」


 いつもなら勝手に出てきて今日の行いについて、説教するくせして、こちらから話したい時に限って出てこない。その事に苛立ちを覚えながらメリーは名前を呼び続ける。


「ルーチェ!」

「はいはーい。今行きますよー」


 もう何度目かという呼びかけに応じるような形でルーチェが姿を表す。


「遅い!」

「すみません。神界でその……会議がありまして……」

「……会議? 本当に?」


 メリーは疑いの目でルーチェを見る。


「何ですか。その目は。神を疑うのですか?」

「右手」

「右手?」

「その右手に握りしめたパンフはなに? 神界スイーツフェスティバル? それが会議の名前?」


 メリーの指摘でルーチェは動きを止める。


「これはーそのー神にも休息が必要なんですよ。はい」

「だからといって、会議とかいって誤魔化すのはよくないよね?」

「……はい。すみませんでした」


 おそらく、スイーツフェスティバルとやらに参加しているところから急いできたのだろう。登場が遅れた理由はそれに夢中になっていてこちらの呼び掛けに気づかなかったか、それとも、こちらに来るためには特定の場所に移動降る必要があったのかのいずれかだろう。


 もっとも、もっと別の可能性もないわけではないのだが……


「……それで、なんで呼んだんですか? あなたの方から呼ぶなんて珍しい」


 ルーチェはこれ以上、この話題を掘り下げられたくないと考えたのか、呼び出した理由について尋ねる。


「……あぁそうだ。あんまり遅いから本題を忘れるところだった。私が話したいのは、ターシャ・アリゼラッテの件」

「彼女に何かあったのですか?」


 いつもは私の行動を監視しているくせして、今日はまったく見ていないらしい。それとも、見ていないフリをしてとぼけているのだろうか?


「いやね。今日学校の教会に行ったんだけど、あんたの話をしたときにターシャのやつが会いたいって言い出してね。いやまぁ理由までは聞かなかったけれど……どう思う?」


 ターシャがルーチェに会いたいと言い出したとき、メリーの中では二つの可能性が浮かんでいた。

 一つは単なる興味本意である可能性。もう一つは彼女に前世の記憶があり、その意味を問いかけようとしている可能性だ。


 前者の場合は彼女の敬虔な信者が出来たという程度の話かもしれないが、後者の場合は話が変わってくる。


 メリーとしては、ターシャに前世の記憶があろうがなかろうが関係無いが、それは必ずしもルーチェにも当てはまるとは限らない。だからこそ、メリーはルーチェを呼び出し、ターシャの行動の意味について尋ねたのだ。


 彼女がその問題に行動があると判断すれば、ルーチェは何かしらの行動を起こすだろうし、監視をしていただけで問題がないと判断するのなら、それはそれで気にしなくてもいいだろう。


「……そうですね。確かにちょっと気になる行動ですね。探りを入れてもらえたりは?」

「……何かくれるなら考えるけど」


 監視以上の任務に関する対価を要求するメリーを前にして、ルーチェは深くため息をつく。


「まったく、あなたは本当に……」

「説教なら聞かないよ。人間なんて、そんなもんだろ」

「……今まで何人も巫女がいましたが、あなたほど現金な巫女は初めてですよ。それで? 何がほしいんですか?」


 ルーチェに尋ねられると、メリーは顎にてを当てて考え始める。


「……うーん。そう言われると難しいな……天国行きは約束してもらったし、来世人間の約束もしてもらったし……あと何か出来る?」

「私にできる範囲ではちょっと……まったく、ターシャの監視をお願いした時にいろいろ特典をつけすぎましたね……ということで……」

「そうだ。寿命とか伸ばせる? 別に人の限界を越えたいとかそういうわけじゃないけれど」


 メリーが要望すると、ルーチェは小さくため息をついてから手をパチンと鳴らす。

 すると、メリーの手元に紅茶のような色をした液体が現れる。


「……これを飲むと、どういう効果があるの?」


 メリーはビンを回して液体の粘度を観察したり、ふたを開けて匂いを嗅いだりして、液体を観察しながらルーチェに尋ねる。


「不老不死になります」

「……私、なんて言ったっけ? 人の限界を越えない程度にって言ったよね? ルーチェ的に人の限界ってどこにあるの?」

「おや、人の身において不老不死を成し遂げたミル・マーガレットという大魔法使いがいてですね」

「あぁもういい。わかったよ。あんたと人間基準で話をした方が間違いだった」


 多少寿命が延びるぐらいならいいと思っていたが、不老不死はいくら何でもやりすぎである。

 しかし、報酬として受け取ってしまったため、今頃拒否することもできないのでメリーはそのビンをそのまま近くの棚に置く。


「飲まないのですか?」

「飲むわけないでしょ。不老不死の薬なんて。まぁでも、もらったからにはちゃんとやるけどさ」

「ありがとうございます」


 受け取ったものが不満でも、報酬を受け取ったらやるといったらやるしかない。

 そんな私の態度に満足しているのか、ルーチェは笑顔で顔の少し下ぐらいで手を合わせている。


「……全く。慎重な私だからいいものの、これが簡単にちょっとだけ寿命が延びる薬だと思って飲んじゃった人がいたら大惨事だよ。大体、そのあんたが例に出したミル・マーガレットもちょっとした事故で不老不死になったって聞いてるし……自分の意思でそこまで寿命を延ばす人間なんていないでしょ」

「そういうものなんですかね? 私にはよくわからない感覚です。長く生きるということは、それだけ多くの学びができるということ。それはすなわち……」

「ちょっと待った」


 メリーはそのまま永遠と語り続けそうなルーチェを制止する。


「なんですか。人が気持ちよく話しているときに」

「だから、それが問題だって言いたいの。学びが続けられる? たくさんのことが学べる? いくら不老不死になったところで人の限界が越えられるわけじゃないのに永遠と学び続けろと? 人間はさ、死っていう終わりがあるからいいわけであって、それがなくなったら未来永劫自分の周りの人間が先に死んでいくっていう苦痛が続くわけだろ? それの代わりに得られる学びは普通の人間よりも多いかもしれないがそれまでだ。確かにそう考えると、私も寿命を延ばせなんて馬鹿なお願いをしたけどさ。不老不死はやりすぎだろ。不老不死は」

「えっと……ごめんなさい」


 ルーチェはルーチェでメリーの言葉でようやく事の重大さに気づいたらしく、申し訳なさそうな表情を浮かべている。


「まぁとにかく、これに関しては私がうまいこと封印しておくから。それでいい?」

「はい。面目ないです」


 ルーチェに持ち帰れといいたいところだったが、それをしたところで彼女もまた扱いに困るだろう。


 それに、不老不死とは言っていないが要求したのは自分であるから処分する責任は自分にある。

 なので、とりあえず部屋に置いておき、どこかで強力な封印な魔法でも覚えてきて適当なところに封印して置けばいいだろう。万が一破られたときのために“不老不死の薬。飲むのは自己責任”とでも但し書きをしておけば問題はないはずだ。

 問題点を挙げるとするなら、そんな強力な封印魔法を覚えるよりも前に自分が寝ぼけて飲んでしまったりしないように気を付けなければならないが……


「はぁとりあえず、こいつを入れておく容器でも買ってくるか。明日は初バイトだし、来週ぐらいかな」

「はい。くれぐれもお願いします」

「わかってるよ。まぁとりあえず、ターシャとは明日の夜ぐらいに話してみるわ。その結果はまた報告するから。というわけでおやすみー」


 一方的に話を打ち切ったメリーはそのまま横になる。


 その姿を見たルーチェは小さくため息をついてから、足元からゆっくりと消えていく。


「おやすみなさい。私の巫女」


 その言葉とともにルーチェの姿は完全に消え去り、部屋にはメリー一人だけが残された。

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