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閑話 それぞれの休日、夜の話(メニー編)

 前世の記憶がある可能性は絶望的だ。

 メリーから告げられた言葉はずっとメニーの心のどこかに刺さっていた。


 しかし、そんな絶望はターシャのさりげない行動で払拭された。


 彼女が光と転生をつかさどるという神であるルーチェに会いたいと言い出した時、私もまた彼女と似たような感想を抱いていた。


 なぜ、私は前世の記憶を持ったまま生まれたのだろうか? そして、メリーは神の言葉として、『汝、新たなる世界にて改革をもたらせ』という言葉をメニーに伝えたが、それにはどのような真意が込められているのだろうか?

 もしかしたら、壁画に描かれている神様ならその真意を知っているかもしれない。そう考えてしまったのだ。


 だから、メニーも思ったのだ。


 光と転生の神であるルーチェに会ってみたいと。会って、話を聞いてみたいと思ってしまったのだ。


 そういった経緯を経て、否定されるだろうと考えながら、もしかしたら似たような考えからルーチェに会いたがっているという期待も込めて、私はメニーに尋ねたのだ。


 前世の記憶があるか? と……それに対して返ってきた答えは、否定ではなく、前世の記憶がちゃんとあるという答えだった。


 そのことがあまりにも意外で、あまりにも予想外だった。


 まさか、そのようなことがあるのだろうか?


 ターシャ・アリゼラッテの中身が有栖川陸人であるということは知っていたが、その中身の前世の記憶がある可能性は絶望的だとまで言われていたのだ。それなのに、彼女の中にはしっかりと前世の記憶というものが存在していた。


 そのことがとてもうれしくて、夢のようだとさえ感じた。


 なるべくいつも通りになるようにと気を付けながら、夕食を食べた後、メニーとターシャは次の日が休日でなおかつ予定がないということもあり、いつもよりも遅い時間まで起きていて、この世界とあちらの世界の差だとか、こちらの世界でどのようにふるまってきたかという話をして盛り上がっていた。


 メニーよりも体力が少なく、話疲れて寝てしまったターシャの横に座って、メニーは小さく笑みを浮かべる。


「……本当によかった。お兄ちゃんとまた話せて。お兄ちゃんと学校生活が送れることがわかって」


 これからの13年の学校生活において、メニーは少なからず不安を感じていた。いつまで、ターシャをターシャとしてみていられるか。いつか、ターシャに自分の中にある兄の像を押し付けてしまうのではないか……と。あの日、あのお茶会の日、自身の体を犠牲にして得た情報はあまりにも残酷なものだと感じたが、今はあの情報を手に入れてよかったとさえ感じる。いや、よかったと感じるべきだろう。


 あの情報がなければ、メニーはターシャの中にある魂が有栖川陸人のものであると気づけなかったし、そういった可能性を疑うことすらなかっただろう。


 それにしてもだ。彼女が私に下した神託にはメニーだけではなく、ターシャにも適応されるのだろうか? 適応されるとするなら、その話をターシャにもした方がいいのだろうか? いや、そのあたりの話についてはいったんメリーに確認するべきだろう。


 明日の夜あたりにメリーのところに行って、ターシャに前世の記憶があったという話をしてみよう。彼女がどういった反応を見せるかわからないが、このことについてはしっかりと話すべきだろう。


 そう心に決めて、私はターシャの横に寝転がる。


「……それにしても、私は女の子のままなのに、どうしてお兄ちゃんは男の子から女の子になっちゃったんだろう」


 もう少し考えてみると、女の子の体になった兄は何を思って、れっきとした女の子である私と接していたのだろうか?

 幼女とはいえ、女の子の体が見れてラッキーとか……は今までの行動を考えるとなさそうだ。むしろ、今までの彼女の行動を振り返ってみると、どちらかというと目のやりどころに困っていたというのが正解なのかもしれない。


 そう考えてみると、前世ではそれなりに頼れる存在だった兄がかわいく見えてくるから不思議だ。


「……そうだ。せっかくだから、二人でメリーさんのところに行ってもいいかもしれないわね」


 兄との再会があまりにも衝撃的すぎて、すっかりとメリーとの話の経緯を説明するのを忘れていた。

 彼女から話を聞き出した方法について突っ込まれるといろいろとまずいので、そのあたりは省きながら話すのがいいだろう。


 私は頭の中で明日の朝からするべきことを整理しながら眠りについた。




 *




「お兄ちゃん。このままだと学校に遅刻しちゃうよ」


 女の子になる夢を見たとか何とか言っている兄をベッドから引きずり出した私は母親が用意したトーストを頬張りながら兄をせかす。


「わかってるよ。朝食ぐらいゆっくり食べさせてくれ」

「ゆっくり食べたいなら早起きしなさいよ」

「はいはい。わかったよ……」


 そういいつつも、兄が食事の速度を速めることはない。むしろ、ゆっくりとなっている気すらしてくる。


「もう! お兄ちゃん!」

「わかったって」


 少しは食べる速度が速くなっただろうか? あまりせかして、のどに詰まらせたりしても困るのだが、先ほどまでのゆっくりとしたペースで食べていたら遅刻は確実だ。最寄り駅まで徒歩10分ぐらいだが、いつもの電車が出る時間まであと30分しかない。着替えや歯磨きなどを済ませる時間を考えると、もう少し余裕がほしいところだ。


 胡桃はのんびりとトーストを食べている兄を前に、さっさと食事を終えて食器を片付ける。

 着替えやらその他もろもろは済ませているので、あとはのんびりと食べている兄をせかしながら、歯磨きぐらいで朝の準備は完了だ。


「お兄ちゃん。歯磨きしてくるから。その間に食べ終わっていてよ」

「……無茶言うなよ。まったく」

「とにかく。遅刻しないように食べてね」


 再び食べるペースが落ちてきた兄にくぎを刺してから、私は洗面所へと向かう。

 そこで、人形の糸が切れたかのように急に胡桃の体から力が抜ける。


「……なに……これ……」


 その言葉を最後に胡桃の意識は闇の中へと沈んでいった。




 *




 メニーは勢いよく体を起こす。その息は非常に荒く、額には玉のような汗が噴き出してきていた。


「……何……あの夢」


 今見ていたのは前世の……それも最後の方の記憶だ。


 あの後、兄と一緒に家を出たところで私の前世の記憶は途切れている。いうなれば、自分たちがメニーとターシャではなく、胡桃と陸人という兄妹であった一番最後の記憶である。


 あの日、あの雪の日に家を出てから記憶がないのだ。


 こうして、兄とそろってこちらの世界に転生しているということは、そのあとに何かがあったということなのだろうが、記憶が抜けちているのでそれが何かまではわからない。


 それにただ単に前世の夢を見ただけであったら、兄との再会によって前世のことを思い出しているのだろうぐらいで済ませられるのだが、気にあるのは夢の最後の部分。自分の体から力が抜けて意識を失ったくだりだ。


 実際の記憶ではそんなことはなかったはずだ。私は、あの後ちゃんと歯磨きをして、いまだに朝食を食べ終えていない兄をせかして、兄と一緒に少し急ぎ足で駅に向けて家を出たはずだ。


「……どういうことなのかしら?」


 このタイミングで記憶との相違がある、強いて言うのなら気味の悪い夢を見たことは何か意味があるのだろうか?


 頭の中でいろいろと考えを巡らせながら、メニーはターシャの方へと視線を向ける。

 視線の先にいるターシャはいつも通り、スヤスヤと寝息を立てていて、何か異常があるようには見えない。


「……たまたま変な夢を見ただけよね。うん。そうに決まっている」


 メニーは自分にそう言い聞かせてから、再び横になり目をつぶった。

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