52.入学後、初めての休日の一日(中編三)
「……なんか。足元がスースーして落ち着かないんだけど……」
服屋で着せ替え人形にされた私は結局、メニーたちが三人でお金を出し合って買った服に身を包んで商店街を歩いていた。
上は少しフリフリがついている真っ白なブラウスで下が緑を基調としたチェック柄のスカートだ。普段、スカートではなくズボンをはいている私としては、いろいろと違和感を感じてしまう。
「ねぇ……やっぱり、この格好……」
「ダメです。せっかく私たちで買ったんですから、今日一日はこの格好をしていてください。さて、次はどこに行きましょうか」
服装について抗議をする私の意見を封殺した後、メリーは服屋でもらった商店街の案内図を片手に問いかける。
「そうですね。本屋にでも行ってみますか? もしかしたら、面白い本とかあるかもしれませんし」
「本屋ですか。確かにいいかもしれませんね。お二方もいいですか?」
メニーの提案にメリーはすぐに乗っかり、そのまま私たちにそれでいいかと問いかける。
「私はいいですよ。ターシャ様はどうですか?」
「私もいいよ。それよりもこの服装を……」
「決まりですね。それでは本屋に行きましょうか」
本屋に行くのは問題ない。しかし、問題は服装だ。そのことについて抗議しようとしても、本屋に行こうというメリーの声でかき消されてしまう。
「ちょっと!」
「ほら、本屋に行きますよ」
聞いているのかいないのか、今度はメリーを先頭にして本屋に向けて歩き出す。
「この商店街の本屋にはどんな本があるんでしょうか?」
「どうでしょう? 聖書とかに期待したいところですね」
「聖書ですか。メリーさんらしいですね」
メリーの横にはサントルが並び、二人で本屋について会話を交わす。
私とメニーはその少し後ろを歩いていた。
「ふふっターちゃん。似合ってますよ」
「服装のこと? 私としてはこういうかわいい感じのはあまり……」
「まだいいますか? ターちゃんは、かわいいんですから、服装もかわいくしないとだめですよ。それに……せっかくの私たちからの贈り物なんですから、もう少しその……喜んでくれると嬉しいです」
「メロンちゃん……」
確かにこの服を買ってもらってから、私には似合わないだの、かわいい系は苦手だの文句しか言っていないような気がする。しかし、私の心情がどうであれ、これが三人からの贈り物であることは事実であり、その気持ちに対する感謝というものが私には足りていないのかもしれない。
「……そうね。確かに文句ばかり言うのも失礼よね……ありがとう。みんな」
「こちらこそありがとうございます。ターシャ様」
「……素直じゃないですね。似合ってますよ。ターシャさん」
文句を言うよりも小さな声でお礼を言ったはずが、前を歩く二人から返事が返ってくる。その様子からして、私の文句はあえて聞き流していたようだ。
「あっ見えましたよ。本屋」
そのことについて問いかける暇もなく、メリーが通りの少し先にある本屋を見つけて指をさす。
「本当ですね。このままだとお昼になってしまいますし、ちょっと急ぎましょうか」
そういって、前の二人が歩調を早めると、私とメニーもそれに合わせて少し早く歩く。
確かに街中に設置されている時計を見ると、今の時間は11時ぐらいであり、だんだんとお昼時が近づいてきている。
そうなると、お昼ご飯は商店街で食べることになるのだが、そのあたりについては料金設定はどうなっているのだろうか?
ある種、このショッピングが始まってからずっと抱いている不安が私の中で大きくなっていく。
お金がない。
私の中にあるのはそんなものすごくシンプルな不安だ。
今着ている服だって、結局みんながお金を出し合って買っているわけだし、昼食もそういうことになったらさすがに申し訳なさすぎる。
それに。それにだ。彼女たちがこの服を買ってくれた理由もなんとなく想像がつく。
お金がなくて不自由しているだろうからだとか、かわいそうだとかそういう理由だろう。
別に私がみじめだとかそういうことを考えているわけではないが、なんとなくわかってしまう。
“私たちと同じ女の子なのにおしゃれができなくてかわいそう”
何となくではあるが、服屋ではそんな雰囲気を感じ取ることができてしまった。だからこそ、彼女たちは私に服を贈ったのだろう。だからこそ、最初に買い物に誘われたとき、お金がないからといって断ったのは失敗だった。どうせ、それを理由にするのなら、もっと強く断るべきだった。
そんな思いが……後悔が私の中で生まれる。
もちろん、私に服を贈ってくれた彼女たちの気持ちはありがたく受け取っておくが、それでも、なんだか私の心の中に引っかかるものがあるのは事実だ。
「ターちゃん。どんな本があるか楽しみですね」
「うん……そうだね」
最初はみんなでウインドウショッピングをしようという話だったと記憶している。しかし、それはいつの間にか普通に買い物になっていて、現状では送金がないことに加えて、エミリーが紹介するといっていたバイトの話も音沙汰がないので金欠をとっくに通り越しているような状況はいまだに続いている。
そんな中で私は、メニーたちとともに本屋の前に立つ。
服屋と同じく、本屋と書かれた看板が下げられている店舗の入り口はやはりガラス張りになっていて、たくさんの書棚が並ぶ店舗の仲が良く見えるようになっている。
「さっそく入りましょうか」
少しの間、店先を見た後メリーを先頭にして私たちは本屋に入る。
「いらっしゃい」
店先で出迎えてくれたのは、服屋の時と同じように上級生とみられる青年だ。彼ははたきを片手に笑顔を浮かべてこちらを見ている。
「新入生さんかな? 本屋へようこそ。ここではありとあらゆるジャンルの本がおいてあるよ。本校舎の図書館とは違って、僕たちが本を選んでいるから、学校側の考えが入ることもないからね。まぁゆっくりしていってよ。ただし、立ち読みは遠慮してほしいかな」
それだけいうと、青年ははたきを手にして掃除を再開する。
私たちはそんな彼の横を通過して、本棚を見始める。
本棚には小説から童話に至るまでさまざまなジャンルの本が所せまいし説かれていて、中には子供向けに魔法の仕組みを解説する本やわかりやすいと銘打った歴史書など授業で行う勉強の補助をするような本まで置いてある。
全体的に見れば、子供向けの本が多いのだが、時々教師に向けて売るとみられる小難しそうな本も置いてある。
それにしてもだ。アリゼ領では紙は羊皮紙が中心でこういった薄い紙の本は貴重だなんて言われていたのだが、この本屋にはそういった本がふんだんに置いてある。パラパラと本をめくってみれば、文字は手書きではなくちゃんと印字されたものとなっているし、手で触って感じる紙の質感も前世の記憶にあるものと相違ない。
店先にあるガラス張りの扉などもそうだが、帝都ないし、帝都魔法学校は周りよりも技術が進んでいたりするのだろか?
「あっありましたよ。聖書」
適当な本を手に取り、紙に関する疑問を頭の中で巡らせていた私の横でメリーが声を上げる。
どうやら、彼女が探していたものが見つかったらしい。
私は手に取っていた本を棚に戻してメリーの方へと歩いていく。
「それがメリーが探していた聖書なの?」
「はい。ルーチェ様の教会があったので、もしかしたらと思っていたんですけれど……これがルーチェ様について書かれた聖書です」
メリーは嬉しそうに笑顔を浮かべながら、“光の神話”と書かれた本を私たちの前に提示する。
「よかったですね。見つかって」
「はい。さっそくお会計を済ませてきますね」
サントルとの会話のあと、メリーは奥のカウンターに向けて歩いていく。その姿に気づいたらしい青年もカウンターの方へと向かっていく。
「いいですね。好きなものがあるって」
そんな彼女の背中を見て、メニーがぽつりとつぶやいた。
「本当。ちょっとうらやましいわ」
その言葉に私が返答をすると、聞かれていたと思っていなかったらしくメニーが驚いたような表情を浮かべる。
そのあと、私たちはメリーが会計を終えるのを待ってから本屋を後にした。




