38.入学式本番
事前練習もなく行われたグダグダの入場行進のあと、私たち新入生は何列かに分けられて席につく。
ホールの後ろ側にはすでに上級生たちが座っていて、入学式が始まるのを今か今かと待ち構えていた。どちらかというと、式が早く終わって遊びたいとかそんな感情があるかもしれないが……
しばらくの間、その状況が続くと目の前の壇上に高齢の男性が上がってくる。この状況で壇上に上がるあたり、この学校の中でそれなりの地位にある人物か、視界進行を務める人物のどちらかだろう。
「……皆の衆。静粛に」
舞台の真ん中に立つなり、その人物は声高らかに宣言する。これで確定した。この人は偉い人だ。
「えっえと、この学校の校長であるロワノール校長のあいさつですぅ!」
それから少し遅れて司会役と思われる女性の声が舞台わきから聞こえてくる。
どうやら、舞台に上がってきた人物はこの学校の校長だったらしい。しかしながら、先に校長のあいさつがあるという司会の言葉があってしかるべきだと思うのだがそのあたりに関してはどう考えていたのだろうか? 仮に司会進行がそのあたりをちゃんと考えていないのなら、先生たち同士の話し合いというか、連携がちゃんと取れていないような印象を受けてしまう。
もっとも、そのあたりについてはそう見えるだけで、実はちゃんとしているという展開に期待したいところなのだが……
「さて、諸君らはこの学校に本日より入学する運びとなった。まぁもっとも、学校についたのは三日前。学生寮にてそれぞれの三日間を過ごしたことだろう。この学校に入学した諸君らは……」
そこからしばらくの間、校長のあいさつが続く。
どうして、どこの世界においても偉い人のあいさつというのは長いのだろうか? 別に変な話をしているわけではなく、ちゃんとためになるありがたい話をしてくれているわけだが、それでも話が長すぎてはだんだんとついてこなくなる人がいる。
現に横に座っているローラなど転寝を始めている始末だ。
もっとも、いくら話が長いからといって式の途中で転寝をしてしまうのは、かなりの問題のように見えるが……
そんな新入生の様子などお構いなしに話を終えた校長は満足げな表情で舞台を降りていく。
そこからは上級生からの歓迎の言葉や保護者代表団(PTAみたいなものだと思われる)の団長のあいさつ、生徒会長のあいさつなどが続き、やがて最後のトリである新入生代表のあいさつの時間がやってきた。
「そっそれではぁ新入生代表のあいさつですぅ。新入生代表のターシャ・アリゼラッテは壇上へぇどうぞぉ」
その言葉を聞き届けると、私はしっかりと息を吸う。
「はい!」
練習と同様大きな声であいさつをしてから立ち上がると、私はそのまま舞台へと向かう。
ほぼ最前列の自分の席から舞台まではとても近い。しかし、緊張のせいかこの時間がとても長く感じてしまう。
しかし、一歩一歩歩くと確実に舞台は近づいてきて、やがて舞台に上がる階段に到達する。
それを一段一段上がり、一番上まで行くと振り返って一礼をする。
すると、舞台袖から三脚のついたメガホンのようなものが出てきて、私の前に設置された。
準備は整った。あとは話をするだけだ。
私は小さく深呼吸をしてから話始める。
「……皆様、初めまして。この度新入生代表に選ばれたアリゼ領出身のターシャ・アリゼラッテです。本日は私が新入生代表としてあいさつをさせていただきます」
出だしは好調だ。そこでいったん区切ると、私は再び深呼吸をしてから話を続ける。
「私たち新入生は先生方や上級生の皆様からすれば未熟な存在に見えるでしょう。しかし、それはこれから成長するための種であると私は思います。私たちは先生や上級生の皆様に見守られながら、大いに学び、大いに成長し、そして、立派な魔法使いとなってこの学舎を旅立っていくことをここに宣言します。私からは以上です」
このあいさつにおいて私が意識したのはなるべく短い時間でいいたいことをすべていうというものだ。このあいさつ……いや、宣言に子供らしさはないかもしれないが、そのあたりについてはあとからいくらでもごまかしがきくだろう。
とにかく、今大切なのは変に堅苦しいあいさつでもなく、新入生のように初々しいあいさつでもない。ただただ自分の思っていることをストレートに伝えることだ。
一通りのあいさつを終えて私が頭を下げると、会場から拍手が上がる。
その拍手に対して、もう一礼してから私は舞台を降りて自分の席へと戻る。
舞台に向かう時とは違い、私の足取りは軽やかなもので、あっという間に自分の席にたどり着く。
席に戻り、座る寸前にローラににらまれたような気もするが、私はそんなこと意に返さずに席に座る。
やった。無事にやり切った。
そんな感情が私の中を支配する。
そこからは閉会のあいさつがあり、私たち新入生は一足先に会場を後にした。
*
「やった! やりましたね! ターちゃん!」
部屋に戻るなり、メニーはいきなり私に抱き着いてきた。
その表情は安どそのものであり、その様子を見るなぎり彼女は私のあいさつが成功するのかどうかという点においてかなり心配していたのだろう。
「あっありがとう。メロンちゃん」
メニーのあまりの勢いに圧倒されながらも、私は彼女の祝福に対して感謝の意を述べる。
「私、心配していたんですよ。ターちゃんが失敗することはないと思っていましたけれど、もしも、ターちゃんが失敗して落ち込んでしまったらどうやって慰めようかと考えいていたんですよ」
「あーそうなんだ……」
それはまるで自分自身の出来事化のように心配してくれていたということなのだろうが、失敗したらどう慰めるかまで考えていたというのは少々やりすぎではないだろうか?
確かに練習時間の短さから失敗する可能性は大いにあったわけだが、あの短めにまとめたあいさつで再起不能になるほど落ち込むような大失敗をする可能性などあまり高くはない。
そう考えると、メニーの考えは少々オーバーではないのかと思えてくるのだが、彼女は彼女なりに心配してくれていたということなのだろう。
「とにかく、今日は無事に終わってよかったです。せっかくですから、お祝いをしましょうか。何かお菓子を買ってきましょうか?」
「……あーそれはいいよ。前にメロンちゃんに買ってもらった果物がまだ残ってるし、それでお祝いをしようか」
前に……というか、台本を書いているときにメニーに買ってきてもらった果物は思いのほか日持ちしていて、まだまだ残っている。それにお菓子を買うとなると、私はお金を持ち合わせていないのでメニーが全額出すことになってしまうのでそれはそれで非常に申し訳ない。
台本を書いているときは疲れていて、自然とメニーに甘いものを買ってきてと頼んでいたわけだが、普通に考えれば(私の見た目が子供とはいえ)友達(しかも子供)にいろいろとおごってもらっている情けない大人という構図が出来上がってしまう。
メニーからすれば、これらの行動は単なる好意からきているのだろうが、金銭的なものが絡んでくるとなると、それを全面的に受け入れるわけにはいかない。
メニーがどの程度のお小遣いをもらっているか知らないが、お金は無限ではないだろうし、私のせいで貴重なお小遣いがなくなってしまうようなことがあってはならない。
「……ターちゃんがそういうならそれでいいですけれど……確かにせっかく買ったフルーツですし、食べないともったいないですね」
この件に関してはメニーもとりあえず納得してくれたので、これ以上考えるのはやめておく。
そこからは二人でバスケットに盛られた果物を食べながら夜まで談笑をしていた。




