閑話 真夜中のお茶会
本日、二話目の投稿です。
時は少し遡って、入学式を三日後に控えた深夜。
メニーの姿はメリーの部屋にあった。
「飲み物は紅茶でいいですか? それとも……」
「紅茶でいいです」
「そうですか」
メニーの注文を受けて、メリーは紅茶を用意し始める。
「……ところで話というのはなんですか?」
「せっかちですね。せめて、用意を終えてからにしてくださいよ」
鼻唄混じりに紅茶を用意するメリーは文字通り上機嫌で、それの相手をしているメニーの眉は八の字になっていて明らかに不機嫌であることが伺われる。
「そんな顔しないで下さいよ。かわいい顔が台無しですよ」
「夜中に不気味な鼻唄を歌われて気分がいいとでも?」
「私が原因でしたか。でしたら、改めましょう」
どこか飄々としていてつかみ所がない人物だ。
メニーはそんな印象を受ける。
メリーはメニーの意見にしたがって鼻唄をやめ、無言で用意を続けるが、それはそれで居心地が悪い。しかし、あまり文句を言い過ぎるのもよくないので、ここはグッと我慢をすることにする。
「出来ました。これは、帝都周辺の……」
「そう言うご託はいいので話をしてください」
メニーに話を遮られると、さすがにメリーも不機嫌そうな表情を浮かべる。
「こういうのもお茶会のためには大切だと思うのですけれど」
「えぇそうですね。時間が夜中でなければ」
そう。今は夜中である。時間的には部屋の外にいてはいけない時間であり、他人の部屋にいることがばれれば、それなりにお叱りを受けることになるだろう。
これだけで直ちに何かしらの処罰が与えられるのかどうかという点についてはよくわからないが、成績等々に影響してくる可能性は高いと言えるだろう。
「あなたが何を気にしているのか知りませんが、大丈夫ですよ。絶対ばれませんから」
「なんの根拠があって言っているの?」
「それは言えませんね。まぁ安心してください。私の指示に従えば、絶対に安全ですので」
その自信の出所を知りたいとこほではあるのだが、これまでの会話からしてそれを聞き出すのは困難を極めるだろう。
なので、メニーは彼女の口からそれを聞き出すのを諦める。
「まぁ仕方ないので本題に入りますが……その前にメニー・メロエッテ……いえ、有栖川胡桃という名前に聞き覚えは?」
メリーからの質問をぶつけられたメニーは目がこぼれ落ちるのではないかと思うほど目を丸くする。
そうなる程度には予想外すぎる質問であった。
「……そんな人は……」
「知ってますよね? だって、あなたは転生者。前世では有栖川胡桃を名乗っていたはずですよね? 私にはすべてお見通しなんですよ。素直になりましょうよ」
メリーは怪しい笑みを浮かべて、メニーの方にグッと顔を近づける。
「……あなた。何者ですか?」
「あら、認めないと思えばそう来ますか。私はメリー。シスターに憧れるどこにでもいる女の子ですよ」
「……普通? どこが普通ですか?」
有栖川胡桃。それはメニーの前世での名前だ。それを知っているのは、メニーの家族と一部の使用人のみ。普通に考えれば、彼女が知っているはずがない。仮にそういった事情を知っている人間を近くに置きたいというメロエッテ家の意向があったとしても、あまりにも状況が不自然過ぎる。
この状況が指し示すのは、彼女が何かしらの方法、もしくは情報を得て、私の招待を見破ったということだ。
「……まぁこの話をしていても仕方がないでしょうし、続いて質問をしましょうか。有栖川陸人。こちらにも聞き覚えがありますよね」
有栖川陸人。その名前が彼女の口から出たとき、メニーの頭にハンマーで殴られたような衝撃が走る。
それは、こちらの世界に来てから一度も口にしていない前世での家族の名前だからだ。
「……どうして、その名前を……」
「知っていると、認めるんですね」
呆然とするメニーを見て、メリーは満足げな笑みを浮かべる。
「その顔ですよ。そう言う顔が見たかったんですよ。いやぁ、胡桃の名前を出したときの反応が予想よりも薄かったので神託が間違っていたのかと不安に思いましたが、いやはや、正解だったみたいで良かったですよ。はい。それにしても……」
メリーがなにやらペラペラと喋り続けているが、その内容がちゃんとメニーの頭の中に入ってくることはない。それほどまでに有栖川陸人という名前にはインパクトがあった。
「……どうして、どうしてあなたが有栖川陸人の……兄さんの名前を知っているんですか?」
「……言いませんでした? 神託ですよ。神のお告げ。転生者であるあなたと有栖川陸人に対する……ね。それを伝えるのが私の仕事。さて、この世界を見守る偉大なる神の言葉を受ける準備はできていますか?」
メリーが怪しげに笑う。
「……はい。出来ています」
普通なら、普段のメニーならこのような言葉に踊らされて話を聞くなどという選択は取らないだろう。しかし、前世での兄……有栖川陸人の名前を出され、まるで一緒に転生したかのような言い方をされて、完全に判断能力が鈍っていたメニーは、明確に彼女の話を聞くという意思を明示する。
「……それでは行きますよ。『汝、新たなる世界にて改革をもたらせ』以上です」
「……どういうことですか?」
「簡単ですよ。ありとあらゆるものが停滞してしまったこの世界を変えろって言うことです。なにも天変地異を起こせとかそう言うことを言っているんじゃありませんよ。人のなせる範囲で停滞したこの世界を改革をしろ。端的に言えばそんなところです。わかりましたか?」
意味がわからない。人のなせる範囲で改革をしろと言われても、何をしていいのかさっぱりだ。
「ふむ。わかっていない。そんな顔ですね。いいですか? 今、この世界において人類が到達したことのある地はすべて、一つの国によって支配されています。さらに言えば、マミ・シャルロッテによって出された亜人追放令によって、表向きには人類の天下となっている。この状況を人の手によってなせる範囲で変えて見せろ。それが神の意向です。こう言えばわかりましたか?」
彼女が言わんとしていることはわからなくもない。しかし、自信の頭がそれを受け入れるのを拒否している。
一国家による支配からの脱却? 亜人追放令の撤廃? そんなことが一領主の娘ごときの立場で出来るはずがない。
そもそも、メニーとしてはこちらの世界でできた愛しい親友のターシャと共に平穏な日々が過ごせれば、それでいいと願っていた。それが、どうだ。会ったばかりのシスター擬きに世界を変えろなどという神託を受け取っている始末だ。そういった意味では彼女の言葉など、受けとる必要がないのだが、メリーの口から出た有栖川陸人という名前がメニーの判断を狂わせる。
「……メリーさん」
聞いてはいけない。そう思いながらも、メニーは口を開いて、彼女から聞き出そうとしてしまう。
「なんですか?」
「……兄は……有栖川陸人はこの世界のどこにいるのですか?」
メリーの口が三日月のかたちに歪む。ついに聞いてしまった。兄にまた、会えるかもしれない。そんな期待から、パンドラの箱を開けるに等しい質問をついにしてしまった。
「知りたいですか?」
ここまで来たら引き返せない。メニーは小さく頷く。
「……でしたら、今から私の言うことを実践してください。いいですか」
メリーの手がメニーの寝巻きのボタンに延びる。
しかし、メニーは再び頷く。
「……それでは遠慮なく」
そう言って、メリーは微笑んで、メニーに対するあるお願いを口にした。




