28.旅の終わり帝都での別れ
帝都。
帝都〇〇とか町の別名とかそういったものではなく、ただ単に帝都。町の名前がついていないのはこの世界に帝国という存在はこの国しかなく、また、帝国の領土が人類の到達している世界のすべての土地を領土として手にしているためわざわざ区別をする必要がないためそう呼ばれている。
あまりにも広大すぎる領土を手にしている帝国は世界を自らの都合のいいような形で領と州として線引きをし、領主に大きな権限を与えることで世界を収めている。
そんな帝国の中枢である帝都には帝国議会をはじめとした行政機関や帝都魔法学校を始めとする養成機関、馬車組合や商会、ギルドの本部などまさしくこの世界を動かしているといっても過言ではない場所だ。
そんな街の中心を貫く大通りを私たちを乗せた馬車はゆっくりと進んでいた。その理由は単純にほかの馬車が多いために渋滞を引き起こしているからだ。
帝都の大通りは馬車が通る馬車道と人が通る歩道がしっかりと分けられており、大通り同士が交差する場所では交差点の中心に人が立って交通整理をしている。
碁盤の目状に大通りが配置されている帝都の中ではそのような交差点が数多くあり、三回に一回ぐらいは交通整理のお兄さんに制止されて停車するということを繰り返している。
そこまでちゃんとやっても渋滞を起こすということはそれだけ馬車の数が多いのだろう。いや、それとも細かく分けすぎて馬車が動いたり止まったりを繰り返しているから渋滞してしまっているだけだろうか?
正直な話、馬車なんてものは一部の貴族だけが乗れるものだと思っていたのだが、帝都では馬車を持つということはある程度一般的なのかもしれない。もっとも、時期が時期だけに自分たちと同じ新入生だったり、新しい職を求めてやってきたりといった人たちが集まっているというだけの話かもしれないが……
「あっ学校が見えてきましたよ」
そんな中、メニーが少し興奮した様子で前方を指さす。
私はそれに反応するような形で馬車から顔を出して、前方を確認する。
「これが……」
すると、私の視界には町から少し離れた丘の上に立つ大きな建物が視界に入る。状況からして、それが学校だとみて間違いないだろう。
「あんな丘の上に……」
「はい。あの丘の頂上にあるのが校舎でその周囲が魔法の演習場、少し下ったところにあるのが私たちがこれから生活することになる学生寮です。ターちゃんは何も説明を受けていないんですか?」
「まぁね。ただ単に学校の名前だけ聞いて、それ以上の説明はなかったから……」
「そうですか。前々から思っていましたが、ターちゃんは放任主義で育てられているというかほっとかれているというか……まぁターちゃんのご両親にはターちゃんのご両親なりの考えがあるでしょうからとやかく言うつもりはありませんけれど……」
「えっえぇそのあたりはどうなのかな……」
前々から気になっていたが、メニーは突然難しいことを言ったりする。見た目は子供、中身は大人状態である私なら理解できるが、相手がただの子供だった場合、理解することすらできない可能性がある。そういったことを踏まえて、時々知らないふりでもした方がいいのだろうかと考えるのだが、下手にそれをしてボロが出るのが怖いので知っていることはちゃんと知っていることとして回答をする。もちろん、今のようにどうしても回答に窮してしまうこともあるのだが……
実際問題、自分の親が放任主義かと聞かれるとどうだろうかという疑問は残る。
この歳になるまでほとんど屋敷から出ることはなかったし、出たとしても周囲を少し回っただけ。それだけを切り取れば、完全に箱入り娘なのだが、家の中では、自分の世話から話し相手まですべてをメイドが行っていた関係でほとんど両親に会った記憶がないし、今回の件に関しても見送りをされたりといったことはない。そういった状況を踏まえて、メニーは放任主義という言葉を使って、私が放っておかれているのではないかという質問を投げかけているということなのだろう。
どう考えて、7歳児に投げかける言葉ではないのだが、彼女もまた子供だ。そういったものの区別がちゃんとついていないのかもしれない。
「あぁごめんなさい。変なことを言ってしまいましたね。忘れてください」
しかし、彼女はどうやら自らの発言のまずさを気が付いたらしく、発言を撤回する。
「とっとりあえず、このまま学生寮に向かいましょうか。学校に通う準備とかはそのあとでやるということで」
「そうね。とりあえず、荷物を部屋において身軽になった状態で買い物とかしたいし……」
そういいながら、私はポールから渡された必要物品リストを見る。
そこには教科書から魔法の演習で使う道具までさまざまな物品が並んでいて、買い物をすると相当な量になるであるということがうかがえた。
メニー曰くこのリストに載っているものは学校近くの商店街になる指定店でそろえるらしく、そのために必要なお金も渡されているため、学生寮についた後はメニーと買い物ということになるのだろう。
「それにしても楽しみね。どんな教科書があるのかしら?」
「あらあらターちゃん。そこに書いてあるじゃないですか」
「違うわよメロンちゃん。私が言っているのは教科書の種類とか名前じゃなくてその中身だよ」
「あぁそれもそうですね。確かに楽しみかもしれないです」
そういって私とメニーはお互いに笑みを浮かべる。
「お嬢様方、今よろしいでしょうか?」
「何ですかポール」
「その買い物についてですが、残念ながら私は同行することができません」
ポールがそう告げたとたん、メニーが驚いたような表情を浮かべる。
「なんで? なんでそうなるの?」
「本来なら先に説明しておくべきことなのかもしれませんが、帝都魔法学校は関係者以外はたとえ家族であっても立ち入ることができません。そのため、私が送り届けられるのは学校の入り口までとなります。お嬢様方が買い物をされる商店街も学校の敷地内に当たるため、私は立ち入ることが出来ません」
驚きの表情を浮かべるメニーに対して、ポールはどこか事務的に淡々と事実を伝える。
「しかし、そうなるとポールはどちらに? この近くにいる予定なのですか?」
「いえ、私はメロ州に戻り、お嬢様方の卒業が決定したらまたお迎えに上がります。旦那様とはそういった話になっておりますので」
つまり、彼とは学校を卒業するまでお別れということなのだろう。
ポールの役割はあくまで二人を学校まで送り届けることであり、それ以降は学校の規則に従って自らで生活しなければならない。つまりはそういうことなのだろう。
「……そうですか。それなら仕方ありませんね」
唐突な申し出であるにもかかわらず、メニーはあいまいな笑みを浮かべながら納得したような言葉を述べる。おそらく、心中穏やかではないだろうが、わざわざそれを指摘する必要はないだろう。
「ちょっと、さみしくなりそうね」
そう考えながらも、私は思わずそんな言葉を口にする。たった一年とはいえ、一緒に旅をした仲間だ。そう思うのも当然だろう。
「……ありがたいお言葉です。さぁお嬢様方、校門につきますよ」
ポールはそういって、馬車の速度を緩める。
「ここが……」
「……帝都魔法学校」
たくさんの馬車が止まり、新入生と思われる生徒たちが家族や使用人との別れを惜しんでいるその向こうに高さ三メートルはあろうかという立派なゲートがそびえたっている。そのゲートの向こうにも商店街が続いているのだが、そこはすでに学校の敷地の仲と見て間違いないだろう。
「さぁ荷物を下ろしましょう」
「はい」
そのあとは、ポールの手を借りながら荷物を下ろし、私とメニーは二人してそれを抱える。
「ポール。今までありがとうございました。気をつけて帰ってくださいね」
「……ありがとうございます。それでは、私はここで……お嬢様、くれぐれも」
「わかっていますよ。さぁターちゃん。行きましょうか」
「えっあぁうん……ポール。私からもお礼を言うわ。ありがとう」
私がそういった直後、メニーが私の左手が強く引っ張られて半ば引きずられるような形で校門へと向かっていく。
「大丈夫。ちゃんと歩けるから」
「あぁごめんなさい。強くしすぎましたね。さて、行きましょうか」
メニーは振り返らない。彼女はまっすぐと校門を目指して歩いていく。
そんな彼女の横でこっそりと振り返ってみれば、ポールは小さく笑みを浮かべながら私たちを見送っている。
そんなある意味あっさりとした別れを経て、私たちは帝都魔法学校の校門をくぐった。




