27.寒冷地帯を抜けて
結界を越えて寒冷地帯に突入してから数日。
長い長い寒冷地帯を抜けて、周りの気候はすっかりと亜寒帯湿潤気候ぐらいの風景となっている。街道の周囲には針葉樹林が並び、その葉の上には雪が積もっている。
ある意味で代わり映えのしない風景なのだが、全くといっていいほど変化のなかった原野に比べれば、木々の個性という変化がある分、まだましだと言えるだろう。
「あまり見たことのない形の木々ですね」
温暖な気候の影響なのかわからないが、メロ州やアリゼ領に生えている木はほとんどが広葉樹であり、この森を構成している針葉樹はほとんど見かけない。なぜ、植生すらここまで変化させるほどの結界が張られているのかわからないが、自分達がそれの恩恵をかなり受けているというのもまた事実と言えるだろう。
「……暇ですねー」
しかし、その中をただただひた走る馬車の中ではやることがないというのもまた事実で(なお、メニー提案のゲームはやりつくした)私はハッキリと言えば暇をもて余していた。
それは、メニーも同じで、現に意味もなく暇だ暇だとつぶやいている。
「ねぇポール」
「はい。メニーお嬢様」
「次の間ちにつくのはいつですか?」
「おそらく、本日の夕方になるかと」
町に着くのは夕方か。私はメニーとポールの会話を聞きながら、ため息をつく。
「夕方ね……」
今のところまだ昼ご飯すら食べていないような時間だ。そこから夕方になるまで走り続けるとなると、このあたりの宿場町の感覚は相当広いのだろう。
街道を行く旅人や馬車の数は多いのだから、もう少し宿場町の数があってもいいように思えるのだが、おそらく生活にするには厳しい環境であることから宿場町がなかなか作れないのかもしれない。
「夕方まで何をしましょうか。ひたすら外を眺めているのもつまらないですし……」
ポールとの短い会話を終えた後、メニーはもぞもぞとカバンの中を探り始める。
「あれもやった……これもやった……あとは……」
どうやらメニーは飽きやすい性格らしい。私としてはまだまだ楽しめると思うのだが、暇つぶしに関しての主導権を握っているメニーが飽きて次の暇つぶしを探しているのであればそれに従うべきといえるだろう。
「そうだ。今度は……」
しばらく荷物を漁っていたメニーであるが、なにかを思い付いたらしく、ポンを手をたたく。
「何も道具がないと遊べないなんてことはありませんからね。せっかくですから……」
そこからメニー提案のゲームが始まる。
その内容は連想ゲームやらしりとりやら、どこか聞き覚えのあるものばかりで、私としてはメニーもまた元日本人ではないかと疑いたくなる程度には親しみのあるものがとても多かった。もっとも、そんなことはほぼ間違いなく偶然であり、自分みたいな立場の人間が世界に何人もいるわけがないし、仮にいたとしてもそんな都合よく友達になったりはしないだろう。
そういったことを踏まえると、“あなたも日本人なの?”なんて質問をすれば、“日本って何ですか?”なんていう答えが返ってくるのが目に見えている。そうなれば間違いなく面倒なことになるし、何よりも変人認定されて唯一の友人を失うことにすらなりかねない。
そういった意味では、リスクを冒してまで低い可能性にかける必要はないだろう。むしろ、彼女が日本人だったと妄想して、ありもしないそちら方面での盛り上がりを頭の中で楽しんでいた方がよっぽどかローリスクだ。
「あのーターちゃん。ターちゃんの番ですよ。シャルロシティの“い”の続きを言ってください」
思わず考え込んでしまったが、今はしりとりの真っ最中だ。私は思考を切り替えて“い”から始まる言葉を考え始める。
それにしてもだ。こちらに生を受けてから今まで結構頑張って言葉を覚えてきたが、よく日本語とうまく使い分けられていると思う。もしかしたら、自動翻訳などというファンタジーなことが行われている可能性もあるのだが、今までうっかりと日本語を話してしまったということがない。むしろ、ある程度勉強したところで日本語的な独特の表現もなんとなくこちらの世界の言語で話せているような気がする。もっとも、時々メニーが理解してくれないことがあったりするのだが……
「それじゃあ……」
私はそんなことを考える一方でちゃんと“い”から始まる言葉をメニーに返す。
そこからしばらくの間、二人だけでのしりとりは続き、気が付けば時刻はすっかりと夕方に近づいてきていた。
*
「このまま進めばまもなく次の宿場町につきますよ」
自宅を経ってから一年近くが経過し、行程より若干の遅れがあるものの私たちは確実に帝都に近づいてきていた。
幸いにも道中、大きなトラブルもなく、旅は非常に順調だ。
何よりも、途中の宿場町ではとはいえお互いの誕生をささやかながら祝えたのが大きな収穫だといえるだろう。
その内容としては、単純に宿屋で“おめでとう”といって、その町で買ったちょっとしたプレゼントを渡したという程度のものなのだが、これまでメニーの誕生会に参加できなかった自分としてはそれだけのことでもとてもうれしかったし、メニーも喜んでくれているように見えた。
「ねぇポール。帝都まであとどのくらいですか?」
「そうですね。このまま順調にいけば後一週間といったところでしょうか」
「そう。楽しみですね」
「えぇ。そうですね」
メニーとポールの会話を聞きながら、私は周りの風景に視線を送る。
寒冷地帯に入ってすぐのところは街道もまともに整備されておらず、馬車が跳ねるように揺れたものだが、今は街道もしっかりとした石畳で整備されていて、揺れも徐々に少なくなってきている。
ポール曰く、帝都に行けば街道の整備が完璧なのでここほど揺れることはないとのことなのだが、現状でも十分乗り心地はいいのでそんなの労力をかける必要はないと思ってしまうのだが……
「はぁ楽しみですね。ターちゃん」
「えっあぁそうね。いつになったら学校につくのかしら……」
「そうじゃなくて、今日の宿の夕食ですよ。ちゃんと話を聞いていないんですか?」
どうやら、私が考え事をしている間に話題はすっかりと変わってしまったらしい。
それについていけなかったことを謝りつつ、私はメニーに合わせて話題を転換していく。
二人の会話は夕食の話題から、学校から、これまで訪れた街の話題から、様々な話題で盛り上がる。
その話が尽きることがない程度には二人の旅は長く、その旅はもともと仲の良かった二人をさらに親密にさせるには十分なものだった。
だからこそ、これまではしなかったようなもっと踏み込んだような話もし始めたし、 ベッドで抱き枕にされるといったことや一緒にふろに入るということについてもなんとなく慣れてきた。もっとも、途中で感じた“メニー日本人疑惑”については聞き出すことの怖さも助かって、すっかりと聞けないままなのだが……
そんなもやもやを抱えつつも、私とメニーはそれぞれ笑顔を浮かべてこれからの学校生活の夢を描く。
だからこそ、私は知る由もなかった。これから始まる学校生活が私にとって……いや、私たちにとって望まれない出来事に満ち溢れることになるという事実を……




