閑話 お揃いの防寒具
ターシャとお揃いの防寒具を手に入れた。
メニーはその事実に心が躍っていた。
もともと持ってきた防寒具をわざと荷物から出しておいた成果がここにきて出たといえるだろう。
当初の予定ではターシャの分だけ防寒具を買う予定だったのだが、せっかく仲のいい友達になったのだし、お揃いの服を着たいと思っていた。
しかし、住んでいる場所も違えば、家柄も違う自分たちが事前に会ってそれをするというのは難しく、結果的に絶対に必要で、なければ買う必要がある防寒具をお揃いにしようという発想に至ったのだ。
やることとしては簡単で、荷物から防寒具を抜き取り、適当なタイミングで防寒具を入れ忘れたと訴えればそれで完了である。
一応、務めて幼い女の子が気に入りそうな服を選んでみたのだが、ターシャは気に入ってくれただろうか?
彼女があの服を着ている姿を想像するだけでもよだれものだが、そういった様子を見せると彼女を怯えさせてしまうといけないので必死に抑える。
「はぁ……ターちゃんかわいいよ」
正直な話、メロンちゃんというあだ名をつけられたときは少々考えてしまったが、自分の記憶にある限りこちらの世界にはメロンがないので本当に名前の響きだけで付けたのだろう。少なくとも、メニーはメロンのように丸いというわけではないから大丈夫だ。でも、将来的に文字通りメロンにならないように気を付ける必要はあるかもしれない。
「でも、なんで最初のはダメだったんだろう。あんなにかわいかったのに……やっぱり、ターちゃんにはフリフリですよね。フリフリ」
もともと、彼女はかわいい親友兼妹分ぐらいに考えていたのだが、今回の旅で彼女が余計に愛おしくなってきた。
最近はだんだんとなくなってきたが、朝起きて抱き枕にされていて、赤面していたり、一緒にお風呂に入った時も恥ずかしいのか目をそらしていたりしている。そういった動作の一つ一つがメニーから見ればかわいくてしょうがないのだ。正直な話、この世界にカメラがあれば彼女の写真を撮りまくって自分のためだけのターちゃん写真集を作りたいと思う程度にはかわいいと思っていた。いや、写真集となると作るのが大変だから現実的にいけばターちゃんアルバムだろうか?
これから一緒の学校に通って、二人で勉強して、寮で暮らしをして、いろいろな行事に参加して……
今からそのことを想像するだけで楽しみで仕方がない。
「そうだ。一足先に防寒具着てみようかな。もちろん、ターちゃんも一緒に」
メニーはお揃いの防寒具を持って部屋を出た。
*
「……メニーお嬢様。楽しそうで何よりです」
防寒具を持って部屋を飛び出すメニーの姿を偶然見かけたポールはわが子を見るような表情で目を細める。
メニーはターシャに出会って確実に変わってきている。以前のメニーは無理やりこちらの世界に溶け込もうとして、たくさんの人と交流し、こちらの世界の地理や文化について勉強をしていた。
そんな彼女であるが、ターシャと出会ってからは、彼女のことが相当気に入ったのか、彼女に贈り物をしたいだの、もっと会いたいだのとすっかりと夢中になっている。
その様はまるで思わぬ訪れた初恋に心を躍らせる乙女のようだ。実際問題、初恋どうのは別として彼女は列記とした乙女なのだが……
ポールはそのことを踏まえて、メニーの父親に宛てて彼女の現状を伝えるための手紙を書き始める。
メニーの父親は非常に心配症で自らの娘が元気に学校にたどり着くのかという点に関して非常に心配しているのだ。だからといって、メニーに何かしらの持病があるというわけではない。ただ単になれない長旅で体調を崩さないのかと心配しているのだ。
そんなメニーの父親に対して、ターシャの両親はそういったものを一切要求してこない。自らの子なら大丈夫だと思っているのか、はたまたそういった手間をかけさせたくないと考えているのか……はたまた……
ある程度まで考えたところでポールは思考を目の前の手紙に切り替える。
自分はあくまでメロエッテ家の執事だ。今回の旅にターシャが同行しているとはいえ、アリゼラッテ家の問題は自分には関係がない。
「さて、それでは手紙を書きますか……」
そういってから、ポールは手紙を書くために部屋へと戻った。
*
これまでの宿では基本的にメニーとターシャは同じ部屋だったのだが、この宿には残念ながら二人部屋がなかったため、一人ずつ別の部屋に泊まっているのだ。
そんな事情もあって、少し離れた場所にあるターシャの部屋まで全力ダッシュで向かい、勢いそのまま部屋の扉をあけ放ったメニーであるが、彼女はその体制のまま固まってしまう。
「ターちゃん。一緒に防寒着を……」
もう少し言えば、着替えている途中だったのか、ちょうどパンツに手をかけているターシャも部屋の中でメニー同様に固まっていて、そのまま数十秒の時が経過する。
「えっと……」
「出てって! ちゃんとノックぐらいしてよ!」
女の子同士だから別にみられてもいいだとか、普段は一緒の部屋だからいつも見ているだとか、いろいろな言葉が浮かぶが、メニーはあっさりと部屋から追い出されてしまう。
「……あー嫌われては……ないよね」
追い出された後、部屋の扉にもたれかかるような形で崩れ落ちたメニーはぽつりとそうつぶやいた。
一応、同じ性別だったからか悲鳴を上げられるだとか、はたかれるとか、もう嫌いといわれるだとかそういうことはなかっただが、これは仮に自分の性別が男だったとすれば、いわゆるラッキースケベというやつではないだろうか?
いや、それ以前にターシャにノックもしないで部屋に突入するマナーのない人だと思われてしまったらどうしよう。そんなことになれば、彼女と親友になってあんなことやこんなことをする計画がつぶれてしまう。
メニーが廊下で頭を抱えていると、突如として扉が思い切り開け放たれる。
「痛っ」
「メロンちゃん!」
扉を開けた張本人であるターシャは扉の目の前にメニーがいたことに驚きの表情を見せつつ、メニーのもとへと駆け寄る。
「大丈夫? メロンちゃん」
「大丈夫。大丈夫です……私がノックしなかったことによって、ターちゃんが受けた心の傷に比べれば……」
「そんなこと言ってないで……えっと、こういう時は冷やさないと。ほら、下の食堂に冷たい水……いや、氷をもらいに行こう」
どうやら、ノックもせずにいきなり飛び込んでくるメニーであるが、ターシャはちゃんと許したうえで、こうしてけがをしたメニーのことを気遣ってくれるようだ。
「ありがとう。本当に大丈夫だから」
これ以上、(精神上は)年下のターシャに心配をかけるわけにはいかない。
そう考えて、メニーはゆっくりと立ち上がる。
「とにかく、私は大丈夫ですからね」
「えっあぁうん……」
かたくなに大丈夫だと主張するメニーに対して、ターシャはどこか引き気味だが、今のメニーには気づくことができない。
そのあと、せめて休んだ方がいいというターシャの声に押され、メニーは自室へと帰っていく。
「はぁ結局、防寒着の試着はかなわずといったところでしょうか……」
メニーは自室に帰った後、ベッドに顔を伏せて小さな声でつぶやく。
メニーはそのあと、ターシャが夕食の時間だと呼びに来るまで部屋で眠っていた。




