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23.翼下十六国の外へ

 結局、あの後メニーと案内人の議論が一々発生した関係でシャルロッテ家旧宅のすべてを見終わるころにはすっかりと陽も傾いて夜が近づいていた。

 その関係でこの場所以外に行く予定だった議会見学は次の機会に回すことになり、宿で一泊したのち、私たちはシャルロシティを発った。


 それから大体二時間ぐらい。

 私たちを乗せた馬車は翼下十六国から帝国本土に抜けるための関所を通過するための列に並んでいた。


 ポール曰く私たちがいる翼下十六国から帝国本土に行くためには三つしかない関所のいずれかで検査を受ける必要があり、私たちはそのうちの旧妖精国中央関所に並んでいる。旧妖精国というのは翼下十六国の別称であり、元々この土地が亜人である妖精のものだったことに起因する。メニー曰く、ほんの百年ほど前に編入された最後のフロンティアだそうだ。もっとも、その時点で魔法技術がかなり発達していたので町を作るのは一瞬で、かなりの数のゴーストタウンが存在していたのだとか……そんなゴーストタウンも現在は住民がちゃんと住み、活気のある街に生まれ変わっているのだから、問題がないといえば問題がないのだが、それほどの急ピッチで町を作った理由もまた気になるところだ。


 いや、そんなことは今はどうでもいい。今必要な情報はこの渋滞を抜けるのにどれくらいの時間がかかるのかという点と、同じ帝国内なのにこんな関門が設けられている理由だ。


「……ねぇあとどれくらいかかりそう?」

「そうですね。わたくしの経験ではあと三時間は待つことになるかと」


 ポールから返ってきた答えに私は深くため息をつく。


「どうしてこんな関門があるのかしら?」

「……帝国では物流や人の流れを管理するためにある程度の範囲を区切って関所を設けているんですよ。おそらく、中央に行くまでにいくつか通過することになると思いますよ」


 よくよく考えれば、日本にも昔関所があったわけだし、そういったものがあるのは別に不思議なことではないのかもしれない。この世界の技術を考えれば、犯罪者が遠くに逃げるのを防止するという意味でもこういった関門は必要なのだろう。


 そう考えれば、私の中でこの関署に対する不満はある程度薄れる。ある程度というところが重要だ。要はある程度であって完全ではない。


「ねぇこんなに待っていて大丈夫なの? 今日の宿とか」

「そのあたりは計算済みなのでご心配なく。馬車を動かしますよ」


 また一人、検査を終えた人が出たらしく馬車一台分だけ前に進む。日本で車に乗せてもらっていた時もそうだが、渋滞というのはどうも嫌いだ。それも、これが学校につくまでに何度かあると考えるだけで嫌になってくる。


「はぁ……もっと、関所がすいていたらいいのに」

「関所が混んでいるということはそれだけその地域が活気にあふれているということですよ。いいことじゃないですか」

「確かにそうかも知れないけれどさ……もう少し関所を増やすとか何とかできないのかな。これってどう見ても需要に供給に追いついていないというかなんというか……」


 このあたりの歴史が浅いところを鑑みると、関所を作った人たちはこれほどの需要を想定していなかったのかもしれないが、翼下十六国の各地に町を一気に作れるぐらいの技術があるのなら関所ぐらいすぐに増設できるのではないだろうかと安易に考えてしまう。もちろん、人の養成だとかに時間がかかるとか言われてしまうと納得せざるを得ないのだが、それでも混雑の解消の努力ぐらいはするべきだろうと思うのだが、間違っているだろうか?


 そんなことを考えている間にも馬車は再び前進する。


 私は先に続く長い渋滞を見て、小さくため息をついた。




 *




 関所を抜けてすぐの場所にある小さな宿場町。

 サウスシャルロと名付けられたその町は関所を抜けたばかりであろう人やこれから関所に挑むであろう人々であふれかえっていた。

 ポールの読み通り約三時間で関所を抜けた私たちを乗せた馬車はその町の中心通りをゆっくりと進んでいた。


「今日はこの町で宿をとります」

「あら、今日は結構早いのね」


 シャルロシティでの一件以来、すっかりと直で会話ができるようになったポールと私は今日の宿について話をしていた。


「この町を出てしまうと、日暮れまでに次の街につかない。そんなところでしょうか?」


 そんな私たちの会話の中にメニーが割って入ってくる。


「はい。それもございますが、もう一つはこの町で準備をする必要があります」

「準備?」

「はい。翼下十六国の周りには特殊な結界が張ってありまして、その範囲内は温暖な気候なのですが、その結界から一歩外に出ると一気に寒冷地帯になります。その気温差に備えて防寒具を準備するのと、結界を超えても耐えられる訓練を受けた特殊な馬を借ります。その準備をこの町でして、明日の朝、この町を発つ予定です」

「結界の中と外だとそんなに違うものなのですか?」


 メニーの質問にポールは小さくうなづいてから返答をする。


「結界の外は今の時期でも雪が高く積もっていると予想されています。結界の外は北部寒冷地域と呼ばれているのですが、こちらは夏になっても地面が見えないほどに氷と雪に覆われている特殊な場所でして、その氷と雪の壁こそ翼下十六国が最後のフロンティアたる所以だともいえます。最も、この最後のフロンティアという言葉はあくまで帝国内で出会って、帝国人が足を踏み入れたことがない世界の端が本当の意味での最後のフロンティアともいえるかもしれませんが」


 最後のフロンティアというのはかなり魅力的な響きだが、それは同時にこの世界の形が完全にわかっているわけではないということを意味する。

 いったいどの程度の範囲が人類の到達済みの場所であり、そのうちどれだけの部分が帝国の範囲内なのか分からないが、いずれにしてもこの暖かい翼下十六国の外が異常に寒い寒冷地帯だということは予想外だった。

 これにはさすがのメニーも驚いているらしく、すっかりと目を丸くしている。


「……そんな珍しいこともあるのですね」

「はい。世の中は不思議にあふれています。ぜひとも今後メニーお嬢様もターシャお嬢様もそういった不思議に降れ、学習をしていってくださいね」


 博識に見えるメニーでも知らないことは知らないらしい。そんな簡単な事実に意外だと思いながら、私はポールに質問をぶつける。


「なんでそんな便利な結界があるのに翼下十六国の中しか有効じゃないの?」

「それはわたくしにも……ただ一つ言えるとすれば、あの結界はわたくしたちの技術では再現不可能だということです」

「……そうなんだ」


 その結界とやらの効果がどれだけ持続するのかわからないが、それがなくなるということはすなわち翼下十六国の滅亡を意味するのではないだろうか? どうやら、私たちは再現不可能の結界というずいぶんと不安定なものに守られていたらしい。


 もちろん、結界を張った人間がどこかにいるのだから、何をしてもできないなどということはないのだろうが、いずれにしてもその仕組みは解明するべきものだし、どこかでそういった取り組みはされているのだろう。翼下十六国のある種異常な気象がその土地独特の気象現象ではなく、特殊な結界によるものということがわかっているという事実がそれを証明していると言えるだろう。


「さて、本日の宿につきました」


 そんな私の思考を中断させるかのようにポールから声がかかり、その声によって私は現実に引き戻された。


 ともかく、私が今考えるべきは結界を越えるための装備を整えることだ。そう考え直して、私は馬車から降り立った。

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