語らう学徒
久しぶりの投稿! 待ってくださった方には長らくお待たせして申し訳ないと謝罪を!
正直な話、シックザール……音に聞こえし大貴族の嫡男たるクリスはどうあれクラスで浮く存在であると俺は思っていた。が、現状を見るにどうもそれは俺の杞憂だったようだ。
「ねね、クリストフくん。行きがけに戦ったっていう怪魔の話を―――」
「いいとも、あれは我が友フィートと―――」
「あの、クリストフ……様」
「様はよしてくれよ。同い年で同じクラスなんだ。仲良くいこうぜ?」
「う、うん。よろしくね。クリストフくん」
「貴族様が平民と同じクラスなんて……」
「なに、畏まることはない。学ぶ立場、未熟な身であることに貴族も平民も―――」
と、好意的なものからやや怯えるもの、警戒するもの、多々いる彼ら彼女らとクリスは容易く距離を詰め、仲良くなっていく。無論、全員が全員とは言わないが、怯えるものも警戒するものも取り敢えずはクラスにクリスという貴族がいることを認めている。
(なんというか、流石は四大貴族の嫡男。人との距離の詰め方が早くて上手い)
彼の性格、人徳によるものもあるだろうが、貴族の嫡男とだけあって人の間合いを測り、詰める術が同年代で比べても卓越している。生まれ持って人を付き従える星を確約された貴族という立場である……だけでは理由付けに弱い。
(日頃の教育か、付き合いは長いが実の話、本家で一体どんなことをしているかは余り知らないからな)
大貴族の嫡男。その言葉は俺に想像できないほどに重いのだろう。いつかのクリスは勉強が難しい、面倒くさいとだけ愚痴っていたが、通常の教育と比べ、恐らく積み上げた勉学は難しいや面倒くさいだけで片付くものではないはずだ。
「根本的に馬鹿ではあるが、無能ではないか。ま、知ってたけど。……支えるほうも大変だ」
とはいえ、歳も歳。どれほどに学問を積み上げようとも経験部分は未だ未熟であり、感情の起伏による行動の不安定さは否めない。先日の怪魔騒ぎも、本来は仮にも大貴族が嫡男のやる仕事ではなく、寧ろ、大貴族の跡継ぎであることを考えたうえで自身の身を守ることを最優先に無視か、防衛に徹するべきだった。統べる村の一つだったとはいえ、身を危険にさらしてまで「自力で解決」する必要はなかった。
「その辺を諫めるのが俺の役目かな」
前世も含めれば、仮にも年長者。前世の経験が勝手の違う今世で生かせるかは不明だが、年上として自分がしっかりしなければなるまい。何せ、いずれは彼の右腕となる副官の身だ。主が甘い分、副官が厳しくても相対的に見てバランスが取れている。否、寧ろそうあるべきだ。
「とすると、あの輪に下手に加わるのは……邪魔をするか」
複数人に囲われ、和気藹々と話すクリスとクラスメイト達。極端に敵意や悪意、害意を持つものや「礼」を失うものは傍から見てて見当たらない。ならば、あの場はクリスに任せきりでいいだろう。警戒はするが、目立った変化がない限り加わりはしまい。
「極端な話、俺はクリスの傍付きだからな」
傍に侍り、主を守る。それが未来の副官であり、本家の分家である自分の役目。クリスには自分の意思でここにいるとは言ったが、家からなんの言葉もなかったわけではないのだ。
「ま、だからと言ってクリスにアレだけ言っときながら自分は一人っていうのも格好はつかないか」
取り敢えず教室を見渡す。人を多く引き付けているクリスだが、流石にクラスメイト全員とは及ばず、遠巻きに眺めるもの、無関心を気取るもの、或いは他に親しくなったまたは親しかった友人と話し者といる。
「ふむ、挨拶だけでもしておくか」
クリスと違い、自分は余りワイワイガヤガヤとした雰囲気は得意ではない。なので、寧ろ適度に静かな方がやりやすい。取り敢えずはクリスとその取り巻きは気を配りながらも放置。自分は他のクラスメイトらと友好を深める……まではいかずとも顔見知り程度にはなっておこう。
「そうと決まれば……」
「ちょぉっと良いかしら?」
行動を起こそうと俺が一歩踏み出そうとした瞬間、その出鼻を挫くように妙に間延びした、それでいてどこか楽し気な声が掛かる。反射的に振り向くと、そこには金色の髪を持った赤い目が印象的な女子生徒がいた。
「……ああ構わない。どうせ、暇を持て余していたところだからな」
「あらそう? あそこの貴族様に気を向けていたみたいだから邪魔かとも思ったんだけれど?」
「多少の警戒は覚えていたが、まああちらの様子を見る限り無用の用心だったようなのでね、どうせなら俺も顔繋ぎぐらいはしておこうかと思っていたところだ」
「顔繋ぎって……あっちの貴族様と比べてお堅いわね。ま、いいわ。用がないなら取り敢えず……私はカナリア。カナリア・ヴァイゼルよ。平民だけれど同じⅦ組として是非によろしくしてもらいたいわ」
「平民貴族で差別する意思はあちらの主と同じくないよ、ヴァイゼル嬢。俺は……と、私はフィート・クラウゼル=シックザール。シックザール分家の息子で、一応、あそこにいるクリス、クリストフの副官のようなものだ。アレに関して困ったことがあれば相談してくれ」
「……取り繕ってはいるけど、ずいぶんとバッサリいうわね。ふーん、お堅い傍付きだと思ったいたけれど、意外とそうでもないみたい。うん、仲良くなれそう」
「光栄な話だ」
「礼」は払っているが、随分と物怖じしない少女だと思った。それによく人を見る。どうやら気が強い、というだけの少女ではないようだ。平民とはいうが……ヴァイゼル、聞き覚えがある。
「ところで、ヴァイゼル……もしかしてヴァイゼル商会の?」
「あら、平民の、それも一介零細商会の名を知ってくれているとはこちらこそ光栄な話ね」
「何を。ヴァイゼルといえば、商業参入がなかなか難しい首都で最近名を上げ始めた新鋭。首都の話とはいえ、目立つ話は四大貴族も耳にする」
ヴァイゼル商会はアガルタで近年、知れ渡り始めた交易商会だ。元々は西の都で海の向こうの別大陸から持ち込まれる珍しい品を取り扱う商会であったが、近年は首都にも参入してきているという。首都の市場は古い商会が多くある上、首都並みを誇る四大貴族領地で腕を磨いてきた商人たちが進出してくる都合、市場参入が困難であるのだが。
「実に商才豊かと聞いているよ」
「そ、お父さんも捨てたものではないわけね」
俺の褒め言葉に余り興味なさそうにツンとするカナリア。実際、余り興味がないのだろう。というか、何故か不機嫌そうだ。ひょっとしたら家の話題が好きではないのかもしれない。
「……すまない。知らずとはいえ気を害したようだ」
「別に。ただあの父をしてこの評価が煮え繰らないっていうか、納得しないっていうか、って私の話はいいわ。友好を深めることも大事だけれど、話しかけたのは別の事情ですもの」
「別の事情?」
ふと、ニヤリと或いはにんまりと実に楽し気に笑うカナリア。もしや良からぬことでも考えて近づいてきたのかと眉を顰めるが、どうやらそうではないらしい。カナリアは唐突に目を背後に向けると、
「そら、さっさと出てきなさい。いつまで隠れているの」
「で、でもぉ……」
「でもも何もないわ! この期に及んで怖気づくなってのよ。それでも男? 男なの?」
「う、うぅぅぅ……」
「もう! 出てこい、感動のっ、再会よっ!」
「わ、ちょ、まって……」
と、引っ張り出されるカナリアより少し小柄な男子。どうやら一回り小さいことを利用してカナリアの背後に隠れていたようだ。それにしても気配が薄かった。というより息を潜めていたのか。戦闘訓練を積んだ俺をして感知できなかったとは……こと気配を隠すことに関しては中々である。
(ん、いや、待て。既視感が……)
現れた男子を見て、唐突にこみあげてくるデジャブ。俺は一瞬にして過去に記憶を遡り、情報を捜索する。女子であるカナリアより小柄な少年、東方系の端正な顔立ちにいっそ少女と見間違うほど白磁の如き白い肌とそれによって際立つ黒髪。輝くルビーの瞳は若干うるんでおり、よりいっそ彼を彼女と魅せる。その、前世のマニアックな業界上「男の娘」とジャンル分けされそうな美少年は確か……。
「……………君は、いつぞやの少年か」
思い出す。カナンの路地裏、住宅街での一幕を。
「あ、あ……あの時はありがとう……ございました」
顔を真っ赤にしながら吃りつつ礼を口にする少年。間違いない。十一、二の頃にシックザールが統べるカナンの都で出会った複数人の男児にいじめられていた少年だ。とはいえ、こんなところで遭遇するとは予想外も予想外だ。何せあの時の彼は六か七の少年に見えたし、実際取り囲んでた彼らもそれぐらいだろう。
―――あの時の自分は十二歳で今は十五……今年で十六歳だ。とすると目の前の少年は十か十一ほどが年齢であり、成人を経てから入学する高等教育機関であるヴァナハイム学院に身を置くのはあり得ない話だ。と、疑念が表情に出ていたのか、美少年の隣に控えるカナリアが苦笑を浮かべながら付け加える。
「小柄だから勘違いされやすいけど、ユウキはこれでもタメよ。その上、弱気でこの見た目だから近所の悪ガキ相手に虐められていたのよ。ま、私がいる時はそんなこと許さなかったけど流石に四六時中はね」
「成程」
改めて美少年……ユウキを見る。男女差もあってカナリアは俺の慎重に対し頭半分ほど小さい。そしてそんんなカナリアの影に隠れられるほど小柄なユウキは成程、確かにタメには見えない。しかも弱気が相まって保護欲を掻き立てるような虚弱な様はただでさえ、年相応に見えない彼の年齢をより判りづらくしていたのだ。
「では、数年前の扱いはかなり適切ではなかったな。かなり遅れた謝罪だが謝らせてくれ。すまない」
「い、いいいえ、そんな! 助けてもらったのはこっちで! ええと……か、カナリアちゃん……」
「すぐに私に助けを求めるそれ、止めなさいって。それに振られたのは貴方、だったらちゃんと礼儀として自分の返事を返しなさい」
俺の謝罪に対して傍らに控えるカナリアに困ったように、戸惑ったように助けを求めるユウキであったが、カナリアはやや突き放した物言いを返す。……よくよく考えてみれば、恐縮するのも当然であった。分家といえ、自分もまた貴族の一席。そのような身分の人間に頭を下げられれば確かに戸惑うものだ。ましてや平民の立場であるならば猶更。少し、配慮が足りなかった。
内心で僅かに自分の対応を悔やみながら返事を待っていると、ユウキはやはり困り切ったように、しかし確かに自分の言葉で声を返す。
「う……その、あ、謝らないでください。僕は貴方に助けて貰った立場だし……その、別に……気にしてませんし……」
「……それに颯爽と駆けつけてくれた王子様だったしね」
「なっ!? カナちゃん!?」
言葉尻に近づくにつれ、細々となる声でユウキが答える。……と言い切った刹那にカナリアが意地の悪い笑みを浮かべつつ言葉を付け加えるとユウキはボンという効果音が聞こえてきそうな勢いで真っ赤になり、カナリアに悲鳴のような抗議を返す。
「……って、カナちゃん? とすると、君たちがいうところの悪ガキたちが口にしていたカナちゃんとはもしかしてヴァイゼル嬢のことだったのか?」
「ん、多分そうね。何? あいつら私の名前を口にしたの? ……ほほう、一体どんな悪口を叩いてくれやがったのかしら? 是非教えてくださると嬉しいわ。今後の参考になるから」
鼠を虐める猫のような先ほど以上に悪どい笑みを浮かべるカナリア。察するに、ユウキと長い付き合いなのだろうからユウキを虐めていた彼らとの付き合いも長いのだろう。たまたま俺が助けに入ったような一幕を除いて彼女はどうも普段から彼の騎士を務めていたようだから。
「といっても別に君の悪口を言っていた訳ではないよ。単に彼のせいでカナちゃんが構ってくれないと、そう口走っていたのを聞いただけだ」
「はあ? あいつらがそんなことを? ふーん……ま、それはそれで使い道があるか。だけど、私が構ってくれなかったから、ね……ほーん、ふーん?」
予想外の返答だったのか小首を傾げながら納得いかなげな態度を取るカナリア。恐らくユウキを守っていた側と虐めていた側との構図からどうも構ってくれなかったという一言が解せないらしい。彼らの虐めの場面に出くわし、そして件のカナリアの話で強請った側として思うに、この何処か姉気質の少女に彼らは憧れというかささやかな好意というか、そういうものを持っていたのだろう。そしてそんな彼女がユウキばかりを贔屓するものだから面白くなかった、と。
(ま、完全な推測だが)
と、カナリアが解せない話に小首を傾げ、俺が第三者目から見て思った推測に思い耽っていると黙り込んでいたユウキが意を決したように声を出した。
「あ、あの……!」
「うん?」
「僕は……ユウキ、ユウキ・フォルベルージュです。あの時は本当にありがとうございました! それと、それと……こ、これから同じクラスとして……その、よ、よろしくクラウゼル……くん……様」
顔を真っ赤にしつつ、上擦った口調で言い切り頭を下げるユウキ。人と接することが苦手そうな彼には精いっぱいの背伸びだったのだろう。思いのほか大きな声での挨拶だった。
「そういえば、まだキチンとした挨拶を交わしていなかったか。ヴァイゼル嬢に紹介した通り、シックザールが分家のフィート・クラウゼル=シックザールだ。奇妙な縁だが、クラスメイトとしてこれからよろしく頼む。それから、同年代だし、それにここでは同じ学生の身分だ。様はいらないぞ」
そういって俺は手を差し出す。ユウキはそれを見て、手と俺の顔とに何度か視線を行き来させた後、戸惑いながらもおずおずと手を取って、
「う、うん……よろしくね、クラウゼル……くん」
―――と初めてふわりと笑みを浮かべて握手に応じた。
「うんうん、良かった良かった。早速、私以外に友達がいないという惨劇から抜け出せたようでお姉ちゃんは安心したわ」
「ちょ、ちょっとカナちゃん!?」
「ふっ、仲がいいな」
収まるところに収まったにも関わらず茶々を入れるカナリアにユウキは再び抗議の声を上げる。その、遠慮なく、それでいて親しげなやり取りから俺は俺の幼馴染とのやり取りを思い出して思わず苦笑が漏れる。傍から見たら彼女と彼とのやり取りのように自分たちも見えていたのかもしれない。
息の合ったやりとりで話すユウキとカナリア、彼女らのやり取りに時折俺も混ざり―――そうして俺たちはクラス担任となるだろう教官が来るまでの時間、初めてできた学友との下らない雑談で時間を潰していくのだった………。
久しぶりのせいで若干書き方に違和感が……。
長い時間放置はいけませんね。今後気をつけよう……。