5-閑話 騎士と領主
「思うんだけどさ。
兄さんはアレだよね、自分の身の安全に頓着しなさすぎだよね」
書斎。執務机について書類仕事をこなす兄さんを見下ろしながらボクは言う。
仲間内であれ、眷属間であれ、夫婦間であれ、苦言を呈され続けるボクであるが、たまには苦言を呈する事だってあるのである。
そんなボクの言葉に兄さんは作業を止めて、呆れるような目つきでボクを見上げて言った。
「お前のそういうところは本当に■だよな」
ネコ。ネコ。ネコ。何でも兄さんの故郷に生きるというニャーニャの如きナマモノであるという。
けど、我輩はネコであると名乗るらしいので、きっとニャーニャとは別物に違いない。
……あ、そうか。名乗るのではなくて、我輩はネコである、が鳴き声なのか。凄い、ボク天才かもね。
「えー、どこがさー、ボクのどこがニャーニャなのさ」
「私人として人に意見する時、相手よりも高い位置に陣取ろうとする辺りがだな。
良いから降りろ、首が疲れる」
ぐうの音も出ないので逆さに釣り下がっていた天井から床に飛び降りる。
中空で反転。そして着地の際に床を傷めないように、爪先、足首と衝撃を吸収させるのを忘れない。
「でさ、兄さんはもうちょっと身の安全を考えるべきだと思うんだよ」
「これ以上、何が必要だ?」
言われると困る。出入りする人間を増やすと、それだけで侵入される危険が高まるのは事実なのだ。
身元を洗おうにも限界はあるし、身元が確かでも小金に心を動かされてちょっとした手引きをする不心はいる。
人が増えれば、食料を含めた多数の生活必需品が必要になり、その運搬に紛れることも可能になる。
人が多いというのは、それだけで潜入が容易になるということであり、また潜伏手段が豊富になるということなのだ。
「護衛」
けど、限度はある……というか、普通の館に潜入も潜伏も何もないって話。
人に紛れるまでも無く、木の葉でも使って窓の鍵――というか、閂を外して入り込めばいい。
見張りも人気も無い館は、さぞ忍び込みやすいだろう。
なので、せめて門柱のところと、裏庭やらを巡回する守衛くらいは置いて欲しい。
一つ二つ人の気配があるだけで、この手の潜入はやりづらくなるものなのだ。
「迅雷がいるだろ」
「何時も居るわけじゃないじゃん」
ジンライはジンライで忙しいのだ。
幻獣領なんて兄さんが言って土地を貸与した為か、西方領域中から幻獣が移住して来ているそうで、その纏め役として奔走しているらしい。
この間、顔を合わせた時は長文で愚痴られた挙句に、自由とは何だ? と哲学的な問いすらも投げかけられたくらいである。
自由? 自己責任ってことさ。責任の取り方は人それぞれだけどね。
「俺の命を狙う奴が居るとして」
「山ほどいるんだけど、それは……」
まあ大半が逆恨みで、残りも利害の不一致が原因だけどさー。
何をやったかって?
町娘を攫った馬鹿貴族を殴り飛ばして、眠った所を砂糖を塗りこんで逆さにして木に吊りにしたりとかかな。
その後、親が怒って領地に攻め込んできたから返り討ちにしたのも懐かしい思い出だ。
いやあ、騎士決闘の結果なのに親が出てくるとか正直ナイワー。
そもそも領地持ちの貴族の子息が強盗騎士なんぞやってんじゃないって話なんだけどね。
「居るとして。俺をどうにかできる相手だった場合、護衛が足手纏いになるんだが」
「……ぉぅ」
反論できない……。
言葉を詰まらせて、どうにか護衛を付けさせる為の屁理屈を考えていると、不意に兄さんが言った。
「お前、随分と強く魔法を作用させたな」
「へ? ああ、あの子に?」
無言で頷く兄さん。
兄さんは主語を抜いて話すことがあるので、偶に何を言っているのか解らないことがある。
というか、兄さん、何で魔法も使えないのに気付くかな……。
ボク達が魔法と呼ぶものは、技術ではなく能力だ。
言ってしまえば、呼吸や心臓を鼓動させるのと同じ生態機能に等しい。
走り方などと同じで、訓練で技術的な使用法として魔術を得ることは出来るが、生まれ持たない以上は会得できないもの。
この世界で生まれた生命が持つ先天性の存在的特徴であり固有性であり共通性だ。
「毎回毎回聞くけどさ、何で解ったの?」
そして先天性の存在的特徴であり固有性であり共通性であるが故に、ボク達は、ボク達の魔法に対する感知能力がある。
簡単に言えば、魔法の効果が発揮されていると、それを察することができるのだ。
ゼッツ姉並の魔法使いなら、多少は隠せるらしいが普通は隠せない。
発動している魔法の属性が近似、或いは同一のものであれば、その魔法の属性すらも把握できるらしい。
例えば、《隠す》属性の魔法で《自らを隠す》ことで潜んだ場合、近くに居れば誰かが側で魔法を発動していると察知でき、近似か同一属性の者は《隠す》魔法を誰かが近くで使っていると直感で察知できるのだ。
強く強く作用した魔法であれば、感覚の鋭いものならば確かに残滓としてその存在に気付くだろう。
だけど、そもそも《無》の属性すらない、まさに無能――能が無い兄さんが気付くのはおかしい。
視覚を持たない者が物を視て、聴覚を持たない人間が音を聴くような不条理だ。
「お前の気配が雑じっていたからな、気付かないほうがおかしい」
「気付くほうがおかしいと思うよ、ボクは!?」
気配が雑じるって何なのさ!?
《隠す》魔法で潜んでいた暗殺者に対する対応が脳裏に蘇る。
ボクは魔法が発動していることに気付いて、何処に居るか解らなかったから周囲を警戒した、ゼッツ姉は魔法で隠れている場所を見破った、兄さんはゼッツ姉が場所を知らせる前に問答無用で隠れている相手を斬り捨てた。
うん、今でも理解できない。
ゼッツ姉曰く、《隠す》魔法による隠遁は見破り易く、何が隠されているのかは解らないが、何処に隠れているかは解るらしい。
空箱が被せられて中身は解らないが、空箱そのものは見えるようなもん、だとか。
見てる世界が違いすぎて他人と会話に不自由するゼッツ姉にしては解りやすい説明だったと思う。
原子構造?とか別位相?とかを見てたりするらしいし。いや、流石のボクも別空間でなんちゃらとか星の海の構成物質がどうたらとか言われても返答のしようが無い。
ちなみに、この時の兄さん曰くにして、刃物の気配と殺気を感じたとか。
その殺気も魔法で隠されてたんだけどねー。あと刃物の気配って何さ?
そもそも正確に場所を見破るとかどういうことなの?
「歳をとるとな、色々と見えるようになる」
「その台詞は五十を越えてから言うべきだと思うよ?」
兄さんまだ二十代じゃん。まだ若いじゃん。世間じゃ若造だよ。
「異境に身を移すなんていう尋常ならざる事態を体験したからな、■■の一つも開けよう」
「? ? ? しょうがつ……? なにそれ?」
いや、しょうがく、か。うん、意味わかんない。
多少なら兄さんの故郷の言葉を理解できるボクだけど、やっぱり完璧とは言いがたい。
兄さんが何を意図して何を言ったのか今ひとつ把握ができなくて、こういう時に異世界の人なんだと実感する。
「特別なものじゃない。ただ生きていれば遅かれ早かれ見出せる程度のものだ」
兄さんの剣腕と同じで、誰でも体得できるけど尋常じゃないものってのは解った。
才能って最終的には役に立たないって心胆に叩き込まれたからね、ボク。
「で、何でああまで強く作用させた。お前はそこまで魔法を使う性質でもないだろうに」
「まーねー」
ボクの魔法は非常に使いづらいのだ。
《平静》属性を魔術として使おうとすると、その前段階でボクを《平静》状態にしようとする。
魔法や魔術の未使用状態が平静な状態として判定されているのか、魔法や魔術を発動させようとすると《平静》属性が働いて魔法や魔術を沈静化させようとしてくるのだ。
まあ《怪力》とかの属性のように、属性効果だけで筋肉が断裂し、魔法として使ったら肉体が千切れ飛ぶとかに比べれば遥かにマシだけど、使いづらいことこの上ない。
だからボクは滅多に魔法を使わない。いや、戦いとかだと強いんだけどね、相手の士気を落としたり、素に戻したりできるし。
「いや、なんていうかさー。
…………あの目が嫌でね」
あの、ものを写しながらも見ていない茫洋として曖昧な目。現実を見ているようで、幻を追い続けるような瞳。
崩れかけの釣り橋を気付かずに歩いているような、見ているほうが不安になるであろう雰囲気。
本人には全くもって自覚は無い……というか、自覚は持てないだろうけど、幻に撒かれながら生きている。
「ゼッツが怒るぞ」
「うん、怒ってるね」
ちょうど図ったように食堂の方から飛んできた怒りを含んだ視線に、乾いた笑いを見せてみる。
ボクの言葉から察したのか、それとも視線そのもの気付いたのか、兄さんは食堂方向に目をやった。
流石にここまで距離があると魔法発動の察知はできない。
自己に作用する魔法の場合、察知できるのは発動者を中心に半径10mといったところだ。
「けどさー。
崖っぷちで踊る酔っ払いを見たら、引き戻すのが人情じゃない?」
どんな事情があるのかは知らないが、見ていて気分の良いものでもない。
酔ったままでなければ生きられないにしても、せめて崖っぷちからは遠ざけるべきだろう。
ボクの魔法は幸いにして、心が弱った人間を立たせる程度のことは出来るわけだし。
その後に、ちゃんと向き合えるかは、その酔っ払い次第ではあるけれど。
「左様か」
「そういう兄さんはどうするつもりだったのさ」
「別段、何も。俺は魔法も使えないからな。
ゼッツの意見を聞きながら、成るように任せるしかないだろう」
「ふーん」
特別なことはしないが、出来る限りの事はする。結果としてどうなるかは本人任せ。
ま、そういうことだろう。
学校に放り込まないで自身で勉強を教えてる辺り、些か過保護と思うけれど。
ボクの見立てだと、あの娘は厳しめな境遇に置いたほうがいい気もする。
反骨心というか、逆境におけば輝く系。開き直ってからが本番みたいな感じ。
たまに居るよねー、そういう敵に回したら速やかに殺すべき人間って。
「ゼッツが二階に昇ったな。逃げるならそろそろ逃げておけ」
「うん、そうするー」
言って兄さんの背後にある窓を開けて、枠に足をかける。
そんなボクの背に兄さんの言葉が投げかけられた。
「ゼッツは自らの力で立ち上がることを良しとする。
お前は誰かの手助けを受けようとも立ち上がることを良しとする。
ただ、それだけの違いだ」
「兄さんはさー、どっちが正しいと思う?」
ボクの問い掛けに兄さんは、嘗てのような断言で答えてくれた。
何一つとして変わらない。我が英雄の言葉。
「方法論の違いだな、どちらも正しい。
重石を引き摺って長く緩やかな坂を昇るのも、重石を背負って急で短い坂を昇るのも、苦行である事に違いはない」
「そっか、うん、そうだねー」
人の人生して苦行と言い切る兄さん、マジ容赦ない。
流石は人生がそのまま苦行な人である。
さー逃げようさー逃げよう。少なくともゼッツ姉の怒りが静まるまでは逃げないと。
説教は避けられないけどね。
「だが、少しばかり押し付けが過ぎるな。
葉に絹を着せて言うが、自己判断に難がある状況の相手とはいえ、許諾を取る努力はしろ」
「……そうだね、うん、それだけは謝っておくよ」
言って、窓から飛び降りる。
「まあ、今回は緊急避難の枠内だろう。気に病むことも無い」
そんな慰めが最後に聞こえた。
そして。
「やー、長。元気してるー」
おう、何さ? 何さ?
窓から飛び降りたボクを囲んだのは、ボクの眷属達である。
食堂での会議が終わった後は好きに休むよう言って置いたが、庭で遊んでいたのか。
目深に被ったフードから覗く口元は、みんな総じて楽しげだ。うん、素晴らしい。
人生は楽しむべきだ。でなければ、失われた命に申し訳が立たないし。
「なんだい、ボクに急用かい?」
「急用ですよ。ゼッツ姉から引っ捕らえてくれとのことです」
その言葉に周囲を見回していく。地面に置かれた槍、長い丸太、荒縄。
………んー、よっし。何をしたいのかは解った。
「はっはっはー。
捕まえられるなら捕まえてみろ」
「おっし捉えろー!」
飛びかかってくる眷属達を適当にぶん投げていく。
三対一だろうが勝負にならない。
まあ、こいつらだってボクを捕まえられるとは思ってはいないだろう。
実力的には、イザリス以外の眷属全員でボクと対等と言った程度だし。
暫く遊んだら自ら捕まる事としよう。
ボク自身は間違った事をしたとは思っては居ない。
けど、お医者さんを無視するというか、何一つとして相談をせずに勝手をした点は間違いなくボクが悪いので、素直に説教は受けるべきなのだ。
ただ、自ら出頭するのも趣味ではないので、ボクは眷属達に捕まって突き出される道を選ぶのである。
ああ、それにしても。
…………あの娘にも、こんな他愛の無い日常を楽しめる日がくれば良いのだけれど。
偶には番外編も良いよね




