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戦わずに全部潰したら、誰も戦わなくていい村になった  作者: 慈架太子


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79/130

79:やり手女商人登場(30歳前後)

村の朝は、以前よりも少し騒がしくなっていた。

以前のようなただの喧騒ではない。そこには、明確な「生産」のビートが刻まれている。

規則正しい織機の音。炉を叩く鍛冶の音。広場から響く防衛隊の訓練の声。


そして――。


「……荷車の音だな。また数が増えている」


エルダが腕を組んだまま、村の入り口を見据えて呟いた。

三台の荷車。その周囲を固めるのは、見慣れた村の護衛ではない。洗練された動き、抜け目のない視線。


「商人だ。それも、ただの行商人じゃないぜ。軍曹殿、ついに俺たちの『看板』が、外の鼻の利く連中を呼び寄せたみたいだ!」


カイゼルが陽気に笑い飛ばすが、その瞳はすでに「鑑定」を終えていた。

積荷の重さ、馬の質、そして何より連中の「格」。


「カイゼル、これ以上の外部流入は防衛の負担になる。……リスクを計算しているのか?」


「ははっ! 心配すんなって、エルダ。リスクってのは、管理されるためにあるんだよ。……だから、最高の『管理者』を呼んだのさ」


「……呼んだ?」


その瞬間。

「ええ。呼ばれたのよ。これだけゴキゲンな香りを漂わせられたら、商人の端くれとしては無視できないわ」


ゆったりとした、しかし確信に満ちた足取り。

現れたのは、マリナ・クローネ。

そして、その後ろにもう一人。


三十歳前後。仕立ての良い黒い旅装束に身を包んだ、切れ長の瞳を持つ女性だ。

その立ち姿からは、幾多の修羅場を算盤一つで潜り抜けてきた、冷徹なまでの「意志」が溢れていた。


「久しぶりね、カイゼル。あなたが辺境で『お城ごっこ』を始めたって聞いた時は笑ったけれど……」

女が広場を一瞥し、不敵に笑う。

「……どうやら、本物の『王国』を作り始めてるみたいじゃない」


「ははっ! お城ごっこにしては、随分と現実味のある数字カネが動いてるだろ、レイナ?」


「レイナ・ヴェルシアよ。……エルダ様、そう殺気を放たないで。私はマリナと同じ、王都の汚い空気に飽きて『捨てられた側』に回った女よ」


マリナが肩をすくめて補足する。

「元・西方の物流女王。価格操作と情報網のプロフェッショナルよ。……彼女、私のライバルだったの」


エルダは無言でレイナを観察した。数秒。

「……使えるな」

「ははっ! 軍曹殿の合格点だ、光栄に思えよレイナ!」


「あら、光栄だわ」

レイナは軽く笑うと、すぐに商人の顔に戻った。

「カイゼル。この村、形はできているけれど『血管』が足りないわ」


「血管?」


「そうよ。物が溢れ、人が溢れている。でも、外の世界と繋がっていない。このままだと、内側から膨れ上がって破裂するわよ?」


カイゼルはニカッと笑い、首を振った。

「だからお前を呼んだんだ。俺が作ったこの『心臓』に、外へ繋がる血管をブッ刺してくれ!」


「いいわ。商会を置かせてもらう。……ただし、マリナとは役割を分けるわよ」


レイナが流れるような手つきで村の現状を指し示す。

「マリナは『価値を金に変える』側。村の内側の充実を。……私は『外へ流す』側。価格を操作し、外の品を叩き買い、時には敵対する商会を潰す側よ」


「条件は?」

「単純よ。私のやり方に口出ししないこと。その代わり、利益の三割は村に、七割は商会の拡大に回させてもらう。……外の海は、あんたが思ってるよりずっと荒れてるのよ?」


「七割? 随分と強欲ね」

マリナが笑う。


「リスクを取るのよ、マリナ。……カイゼル、どうする? 私を飼うには、それなりの覚悟が必要よ」


カイゼルは考える。時間は長くない。鑑定の結果は、彼女が「嘘をつかないプロ」であることを示していた。


「……いいだろう。乗ったぜ、レイナ!」

カイゼルは一歩前に踏み出し、彼女の目を真っ直ぐに見据えた。

「ただし、一つだけ条件だ。――ここでは、人を『数字』として切るな。仕組みで救える命は全部救え。それがこの村の憲法だ」


レイナの瞳が、驚きに細まる。

「人を切らない……? 損をすると分かっていても?」


「ははっ! 損をさせない仕組みを作るのが、俺の仕事だ。お前はただ、その仕組みを外の世界に広めてくれりゃあいいんだよ!」


沈黙。

やがて、レイナは可笑しそうに、肩を揺らして笑った。

「……ふふ、本当におかしな男ね。いいわ。その『奇跡』、私が世界に売り込んであげる」


差し出された手。

カイゼルがその手を力強く握った瞬間。

この村は、閉ざされた辺境の集落から、世界という大海原へ漕ぎ出す「交易の拠点」へと確定した。


「忙しくなるな、エルダ!」

「……お前のせいだ」

「ははっ! 嬉しいねえ!」


村人たちはまだ、その握手の重さを知らない。

だが、新しい荷車が外の品を運び込み、村の色鮮やかな布が外へと運び出されていく光景を見て、誰もが確信していた。

自分たちの未来が、今、圧倒的な加速を始めたことを。


「仕組みはできた! 価値は生まれた! さあ、レイナ。世界を驚かせにいこうじゃないか!」


カイゼルの陽気な笑い声が、新しい商流の音と共に、どこまでも遠くへと響き渡っていった。

止まらない物語は、新しい「血管」を手に入れ、さらなる巨大な未来へと加速し続けていた。

「未来の地図は、俺が全部書き換えてやるぜ!」

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